13 やっぱり仲良くは出来ません
「マルコ、挨拶は」
「……マルコ。魔物の生態研究をしている。よろしく頼まない」
「マルコ」
エリクがチョップを落とすものの、本人は反省した様子もなくそっぽを向いていた。
「僕が居ない間にエステルに近付いて……」
「だからそれはマルコが研究に没頭していたからだろう」
同僚であるエリクによるたしなめも少年には効いた様子がない。
ここまで嫌がられているのは初めてなので、怒るというよりは困惑の方が強かった。
どうやら少年はエステルの事をとても大切にしているらしい。恋慕のような感情は見えないが、とにかく過保護……いやエステルにはあれくらいが丁度良さそうなので何も言うまい。
尻尾のような白髪の髪を揺らしている彼は、相変わらずヴィルフリートに敵意を向けていた。
「餌付けで取り入るなんて男の風上にも置けないね」
「取り入ったつもりはありませんよ」
餌付けの事は否定出来なかったが。
「マルコ、そういう事を言わない。ヴィルフリートは私の為に料理を作ってくれるのですよ」
「エステルもほいほい信じない! もし何かあったらどうするの! 薬盛られるとか!」
「有り得ませんよ。ヴィルフリートはそんな事しません。ねっ、ヴィルフリート」
「しません」
そんな事をしても無意味であるし理由がないのにする訳がない。理由があったとしても、人を害するような手段に踏み切る程堕ちてもいない。
それは自分でも言い切れるが、エステルにここまで信頼されるのはなんというかそんな簡単に信頼して良いのかと問いたくなる。
幼い笑顔で同意を求めてくる彼女は、欠片も自分を疑っていない。
疑われるのは気分が悪いが、かといって無条件に信頼されるのもそれはそれで困るというか。
「マルコさんもエステル様が危なっかしくて不安なのは分かりますけど、特にこちらとしては何もするつもりはありませんので」
「えっ私ヴィルフリートにも危なっかしいと思われているのですか」
「危なっかしいにも程があります。お供も付けないでふらふらするし、俺みたいな新参者をあっさり信用して。悪いやつだったらどうするつもりなんですか」
「ふらふらはお腹すいていたからで……あとヴィルフリートは絶対違うって直ぐに分かったからー」
くきゅううう、とお腹すいたの一言に呼応するようにお腹を鳴らしつつ、エステルなりにヴィルフリートの信頼の理由を説明しているものの、説明になっていない気がした。
しょぼん、と端整な顔を曇らせてお腹を押さえる彼女は、やや説得力に欠けた。
はらぺこな上司様の無言の(無音とは言わない)訴えに一息こぼしたヴィルフリートは、用意してあったボックスを取り出す。
サンドイッチをたっぷり詰めてきたので、朝食の代わりになるだろう。……本当は昼食用に作ってきたのだが、朝食になるのは日頃のはらぺこ具合で分かりきっていたのだ。
手際よく取り出して差し出す献身的なご飯係に、エステルはすぐさま顔を輝かせてサンドイッチに飛び付いた。
「これ、餌付けと何が違うの」
「残念な事に俺の仕事ですので」
はむはむ、と幸せそうに玉子サンドを頬張る姿を見たマルコから懐疑的な視線が突き刺さるものの、これが任された仕事の大部分なのでどうしようもなかった。
美味しいと顔で語りながら食べる彼女を眺めていると、お腹がすくどころかお腹一杯になる。
そんなエステルの食べっぷりは凄まじいものの食べ方は綺麗だし一口の量は普通な彼女は、たっぷりの具材がつまったサンドイッチは少し食べにくそうだ。
今度から具材の量を加減してやや小さめに作ろう、と心に誓いつつマスタードの付いたエステルの口元をついハンカチで拭うと、エステルはくすぐったそうにはにかんだ。
(……ああもう)
毎回飽きる事なく美味しそうに食べるものだから、ヴィルフリートもついつい彼女のためと色んな努力をしてしまう。
まんまと策にはまっているのは、もしかしたら自分の方なのかもしれない。
当然実力に嫉妬したし、こんなゆるい女の子が自分の上司だと思うと最初は不満がなかった訳ではない。
けれど――ここまで無邪気にされると、本人には言えない後ろめたい感情は、どんどん鳴りを潜めてきていた。
「ナチュラルに触るよね君」
指摘されて、つい子供の世話をするように触れてしまったが本来触るべきではなかったと気付かされる。
当の本人が気にしていないとはいえ、無断で触るのは失礼に当たるだろう。
「良いのですよマルコ。ヴィルフリートの触り方は優しいですから」
「そういう問題じゃなくてね……」
「私が許可しているから良いのです」
「いえ、女性に気軽に触れた私が悪かったですし……」
「でもこの間泊まった時は触ってくれましたよね?」
(何で今それを言うんだよ!)
不思議そうに疑問を呈されて、ヴィルフリートの頬が引きつる。
案の定、マルコの幼げな顔が歪んでいく。込められた意味を言葉に直すなら『やっぱこいつ信用出来ない』だろうか。
違う誤解だと言いたくても触れたのは事実だ。ただ、エステルの言い方がとてもあらぬ誤解を招くだけで。
ほんのり和らいだかと思ったマルコの視線がまた鋭くなって、ヴィルフリートに突き刺さる。
やっぱり相容れないと睨まれてしまって、ヴィルフリートはどうしてこうなったと額を押さえる事となった。




