03 まだ見ぬかつての同僚
エステルが筆頭魔導師になった今、檻として用意されていた第二特務室はその役目を終えた。
しかしながら、エステルとヴィルフリートが抜けてもエリクとマルコ、そしてヴィルフリートが一度も見た事がないレティーツィアという職員が居る。用済みだからはい解散、という事にはならない。
「……あのさー、人使い荒すぎじゃない?」
「今までが仕事なさすぎただけなんですよ。はいこれ次の仕事です」
結局どうなったかといえば、第二特務室は存続。
メンバーはそのままエステルの直接指揮下にある、という体でそのままの形を残していた。違うのは、ヴィルフリートがその残った人間を放っておかなかった事だろう。
マルコが魔物学に精通している事は知っていたので、これ幸いとエステルご筆頭魔導師になってから持ち込まれるようになった魔物の変異についてやあれこれをマルコに任せるようになっていた。
「そもそもマルコさんの専門分野でしょうに。あなたしか筆頭魔導師の役目を理解していて且つ任せられる人が居ないので」
「そうだけど」
「俺はその能力を買ってあなたに頼んでいるのですよ」
「持ち上げられても仕事量減らないから要らない」
「本音なんですけどね。まあ仕事量は諦めてください」
研究部門に任せられない類いの仕事のみを渡しているとはいえ、一人では負担が大きいのだろう。エリクはマルコがしている作業と同じものを出来る訳ではない。本人いわく「実働派」らしい。
そんなエリクは、マルコの机に積まれた書類や魔物のサンプルなどに哀れみの視線を投げている。彼には彼で頼んでいる仕事はあるものの、マルコの比ではないので余裕があるのだろう。
「……くっそ、手伝わせようにもレティーツィアのやつ居ないし……エリクは脳筋だし」
「誰が脳筋だこら」
「アンタは頭脳労働より肉体労働派だろ」
「魔導師は全員頭脳労働だからな」
「じゃあ手伝ってよ」
「しかしながら俺の本領は戦闘にあるので残念ながら手伝えないな。俺、お前ほど造詣深くないし」
ひらりとかわしていくエリクにマルコが苛立ちを見せたところで、ヴィルフリートもまあまあと宥める。
彼にしか出来ない仕事ではあるので、出来る事なら気持ちよく仕事をして欲しい。ヴィルフリートも手伝えればよいのだが、彼ほど魔物には詳しくないし、補佐官の仕事があるために難しい。
なら人手を増やせば……とは思うものの、内容が内容なために新たに人員を増やす事もままならない。
だからマルコはレティーツィアが居れば、と言ったのだろう。
ヴィルフリートとしてはレティーツィアという女性の人柄や得意分野等知らないので、なんとも言えないのだが。
「レティーツィアさん、生憎見た事ないんですよね。かなり長い期間居たのに一度も会った事がないって相当だと思うんですが」
「そういえば会った事ないんだっけ。レティーツィアは与えられた専用の研究室にこもってひたすら実験と研究してるよ」
「それはまた、情熱的な人で」
「情熱的っつーか、研究狂いっつーか。常識を置き去りにした代わりに常軌を逸した行動力と執着心を得た女というか」
「ほんと、研究しか目が向かないから……報告にこさせるように伝えておいたら、その内来るよ」
「は、はあ……」
何だかとても二人から危ない評価をもらっているレティーツィアという女性に、ヴィルフリートは会っていいのかちょっと悩ましくなってきた。
一応、面識はないもののかつての同僚であり現在はほぼ直属の部下であるからして、一度は顔を会わせておくべきだとは思うのだが、微妙に気が進まなくなるのは何故なのか。
「まあ会ってもろくな事にならないけどね。アンタも気をつけた方がいいよ、出会って早々に逃げ回るような事にならないと良いけど」
「激しく不安なんですが」
「解剖されないといいな」
「命の危機じゃないですか」
「解剖は言い過ぎだよ。精々血を抜かれたり魔力ほぼぶんどられるぐらいで」
「安心出来ないですよそれ」
聞く度にどんどん身の危険を感じて、本当に会うべきなのだろうかという疑問すら湧いてくる。
彼等も冗談で言っていると信じたくはあるが、二人の表情がおふざけなしで本気なためやはり顔を合わせる事が億劫になりかけている。今のところ会う予定自体はないが、その時は覚悟した方がいいのかもしれない。
ヴィルフリートも、自分で頬がひきつりかけているのは自覚している。基本的には誰とでもそれなりに話せるヴィルフリートでも、聞く限りではその女性にあまり関わりたくないとすら思ってしまう。
「ま、精々怯えていてよ」
「面白がってませんか」
「そんなまさか。でもまあ仕事増やしてくる上司にはレティーツィアに協力させてちょっとお休みいただくのもいいかもね」
「すみませんって。今渡したもので当面大きな仕事はなくなりますから」
他は研究部門の職員がするため、マルコに渡しているのはほんの一部だ。エステルの役目を知ってある程度情報を得ており、それでいて魔物に詳しいのは彼だけなのだ。
大地の変化による魔物の変異について内部事情を知る者の見地から研究してほしくて彼に任せただけである。何も全部負担してもらおうという考えはないのだ。
これさえ終われば、と理解したらしく「手当ては弾んでよ」と機嫌も少し直ったように返したマルコは、そっとため息をつく。
了承の証と受け取ったヴィルフリートも微笑むとマルコに背中ぺしりとはたかれた。
「人手足りなくなったらレティーツィアも召集するからね」
「……それまでに覚悟を済ませておきます」
どんな人物かは分からないが二人によって危険人物と刷り込まれてしまったヴィルフリートは、口角が震えるのを自覚しつつ頷いた。




