SS:ヴォイドと義理父
「エルメラも来られれば良かったのですが」
「ウェイスハルト殿にお付きの迷宮討伐軍、お仲間のAランク冒険者が二人も帝都入りしとるんだ。これ以上、迷宮都市の守りを薄くするわけにもいくまい。これも勤め人の辛い所よ」
ガッハッハ、という笑い方が似合いそうな剛毅な初老の男性が、イカツイ見た目に似合わぬウィンクをしてニヤリと笑った。
山賊か熊かというその風貌で、コミュニケーションの一環だろうが、バシバシと背中を叩いてくる。風貌に見合った剛力だ。叩かれているのがヴォイドでなければ苛烈な折檻を受けているように感じただろう。
15の夜かは知らないが、盗んだヤグーで走り出し、迷宮都市の山岳経由の販路を開拓、一代でシール商会を立ち上げたこの男こそ、ガーク爺の息子にしてエルメラの父、ガロルドだ。
商人というよりは古強者といった風貌だが、シール商会の主な仕事は山河を駆けて迷宮都市と帝都とを行き来することだったから、知性より武勇が要求されるのも致し方あるまい。
とは言え、義実家を訪れたヴォイドに対し、「Sランカーの不在は迷宮都市にとって痛手だろう」という本音をウィンク一つで済ませて、けっして口に出さないあたりは流石だ。
帝都にある義実家には、豪商らしく使用人も少なくない。長く務めた者たちとは言え、人の口に戸は立てられないのだ。
「内緒だよ、絶対に言わないで」という口約束は、大勢の人間にとって「みんなに教えてね」に等しいことをこの男は理解している。
「そういえば、エルメラが就職しようという時もな……」
お茶を出しに来たメイドが部屋から退出するまでのつなぎにだろう、ガロルドはエルメラの昔話をし始めた。
■□■
「『雷帝』が迷宮都市で職を求めていると。それは僥倖!」
エルメラが迷宮都市で就職活動を始めたと聞いた当時のシューゼンワルド辺境伯は、膝を打って喜んだという。
てっきり冒険者になるか商人を継いで、父親同様、迷宮都市から出ていくものと思っていたのに、最強に近い戦力が自らやってきてくれるとは、濡れ手に粟、棚から牡丹餅級の幸運だ。
高ランクの戦力は、魔物や外敵に面する辺境では貴重なのだ。『雷帝』の血を受け継いで、ちっちゃな頃から悪ガキ……ではなかったが、触るもの皆感電させちゃっていたエルメラは、シューゼンワルド辺境伯をはじめ周囲から「こいつは強くなるぞ」と熱い視線を注がれていたのだ。
とはいえ、いかな辺境伯といえど、権力に任せて最強戦力をゲットだぜ、とはいかない。
「キミ、我が家で勤め給えよ」とスカウトすれば、「ヘヘェー」とばかりに従うのは、並み以下の人材に限られる。どこででも生きていけるエース級の人材にそんなことをやった日には、脱兎のごとく逃げ出されるのがオチなのだ。
特に戦力的に優秀な人材は、高い志やら高額報酬やら好待遇やら果ては家族の住む街の生活環境の整備にまで気を配ってあの手この手で勧誘するのが常である。
そのエース級人材『雷帝』が、自ら志願して迷宮都市で働いてくれる。
それを聞いた当時のシューゼンワルド辺境伯は、小躍りするほど喜んで、面接室に自ら出張ってきたのだが。
「当時の辺境伯様は迷宮討伐軍の会議室で待ちぼうけを喰らったわけだ。なにせ、『雷帝』サマは迷宮討伐軍じゃなくって、商人ギルドに行ったんだからよ。
『雷帝』が頭脳労働希望だっつーのは、さすがの辺境伯も予想がつかなかったわけだ!」
ガッハッハ。見た目通りの大笑いをするガロルド。
“辺境伯に待ちぼうけを喰らわせた”というくだりはガロルドのお気に入りなのだ。
何度も話しては愉快そうに笑うのだが、エルメラが頭脳労働を希望するようになったのには、このガロルドが原因の一つだったりする。
大口を開けてガハハと笑いながらバシバシ背中を叩いて来る山賊みたいな父親が、思春期のエルメラはちょっぴり嫌いだったのだ。
もともとお爺ちゃん子だったこともあり、「私、お爺ちゃまみたいに知的な仕事で迷宮都市の役に立ちたい!」と、商人ギルドを希望したのだという事実は、ガロルドが聞いたらションボリしちゃうので伏せられている。
「エルメラの中ではガロルド義父さんは武将、ガーク爺さんは知将なんですね」
「70歳を越えようかってのにマサカリ担いで迷宮に潜るジジイのどこが知将だよ。ありゃあ、熊だ、熊。熊の亜種だよ、ガハハハッ」
大笑いするガロルドに合わせてニコニコしているヴォイド。
熊の子も熊だよね、とは言わない。そんなことを口にしたら、「面白いこと言うじゃねぇか!」とさらにバシバシ背中を叩かれて、普通の人は吹っ飛ぶし、ヴォイドだってちょっぴりむせてしまうだろうからだ。
「ともかくだ、『雷帝』が商人ギルドとはいえ迷宮都市勤務を希望してんだ。無理やり迷宮討伐軍に異動させて、出ていかれちゃあかなわねぇ。本人には知的な仕事をしていると思わせつつも、なんとか迷宮に潜ってもらわねぇと、才能の無駄遣いになる。
だから時の辺境伯サマは手持ちのコマの中から目端の利く人材を選りすぐってエルメラの補佐に付けたわけだな」
「あぁ、リエンドロさんですね」
「なんだ、気付いてたのか」
愛する妻の仕事上のパートナーなのだから、どのような人間かヴォイドが見極めていたのも当然だ。
現在、商人ギルド薬草部門長の地位に就くエルメラには、職責に見合った知識も実績もあるけれど、それだけでこの地位を維持できるようには貴族社会はできていない。冒険者ギルドのように武力=権力となりにくい商人ギルドにおいては、エルメラは平民というハンデがある上、性格が真っすぐすぎるのだ。
エルメラの役職は『雷帝』だからこそのもので、エルメラが『雷帝』エルシーだと知らない貴族や豪商の横やりをかわし、エルメラの成果を評価につなげてきたのは他ならぬリエンドロだ。
「エルメラはお人よしですからね。普通なら彼女の手柄を横取りし、自分が出世しようとするでしょう。ですが彼はサポートに徹してくれている」
「そう命じられてんだろ。まぁ、話の分かる良いやつだ。上っ面の肩書よりも実利ってもんを分かってる」
テーブルの上に小包と開封済みの手紙、そして調書らしき書類を置くガロルド。
小包はエルメラからヴォイドに当てたもので、ガロルド宛ての手紙は差出人が不明だが、おそらくリエンドロからなのだろう。この熊親父、山賊のような見た目に反し、リエンドロに裏から手を伸ばしているらしい。
「さすがはお義父さん。で、彼は何と?」
「ほとんどは愚痴だな。エルの奴、旦那が単身赴任中は時短勤務で子供の世話をするってごねたらしいが、あいつは、その……なんだ、家事全般がアレだからな。家事は家政婦に外注、パロワとエリオは学校のあとジジイが面倒見ることで落ち着いたらしいわ。信用のおける家政婦の手配やら、ジジイや学校との交渉やらで大変だったって書いてある」
「ははは。パロワもエリオも元気一杯ですからね。お爺さんぐらいでないと面倒を見るのは無理でしょう」
腕白盛りの二人に振り回され、「えー、エルメラさんの息子さんたち、規格外すぎませんー?」と慌てるリエンドロを思い浮かべて、ヴォイドは思わず笑みがこぼれる。彼には妻ともどもたくさん世話になっている。土産を買って帰らねばなるまいなどと考えながら、ヴォイドは自分に送られてきた包みを開ける。
小包の中からはエルメラと二人の子供からの手紙と、乾燥させたルナマギアが爬虫類の革に包まれて入っていた。エリオの筆跡で“おとうさんへ”と書いてあるからおそらく二人が採取したのだろう。昔は“さ”の字を書き間違えて“おとうちんへ”と書いていたのに子供の成長とは早いものだ。
「こりゃあ、リザードマンの革だな。エルにしちゃしょっぺぇ獲物だが……」
「パロワとエリオですよ。迷宮都市のルナマギアが欲しいと伝えたら、お爺さんと一緒に採りに行ってくれたみたいです。最近は毎日のように通っているとか」
「おいおいおい、ルナマギアが採れるのって20階層付近じゃなかったか?」
「19階層から23階層ですね。20階層までは魔物除けポーションが効きますが、この革、21階層くらいかな」
「……それってギリCランクの狩場じゃねぇのか?」
「男の子は元気があって大変だって本当ですねぇ」
「…………そりゃあ、お前んとこの子供だけだ。まだ10歳やそこらだっつーのに、我が孫ながら末恐ろしいぜ」
そう言えば、目の前で穏やかにほほ笑んでいる娘婿は、『隔虚』だったなと取ってつけたように思い出すガロルド。普通、高位の冒険者を前にすると、本能的な畏れを感じて体が緊張するものだけれど、この男にはそれがないから、知ってはいても普段は意識していないのだ。
柔らかな所作と笑顔のインテリ眼鏡。
その印象は今も変わっていないけれど、彼の眼差しは大きく変わったなと思う。
エルメラが結婚すると連れてきた時は、その瞳はとても虚ろで一片の希望も理想も灯ってはいなかった。なんでこんな男をと思ったし、エルメラを見つめる時だけその瞳に光が宿るのに気付かなければ、大反対しただろう。
(随分と、人間らしくなったもんだ……)
出会った時をがらんどうの人形だとすれば、今は凡庸な男性に見えるのだから、エルメラと二人の子供との生活はヴォイドにとって大切なものなのだろうとガロルドは思う。
……二人の血を引く子供たちが、サラブレッド過ぎて末恐ろしくはあるけれど。
「まだガークお爺さんのサポート付きでCランクに手が届くかという段階ですよ。これからどうなるかは分からない」
「それでもエルの子ってだけじゃここまではならねぇ。まぁ、そのほうが本題の信憑性が増すってもんだが」
“本題”と前置きをして、ガロルドが取り出した3つ目の書類。
そこにはかつて『隔虚』と縁のあった貴族家の動向が記されていた。
「『隔虚』ゆかりの連中の現状だ。まず、自称『隔虚』の妻子だが、完全に偽物だな。貴族の愛人に一芝居打たせたんじゃねぇか。ガキどもの戦闘力は皆無で母子ともども使用人として働いてるらしい。こっちの自称父母も、自称妹も似たようなもんだ。ちなみに自称『隔虚』サマはな、この前うちの店内ですれ違ってるんだぜ。なのに全く気付いてなかった。その認識阻害のスカーフも優秀だが、そもそも、オメェさんの顔、知らねぇんじゃねぇか?」
「僕はどなたも知りませんから、おあいこですよ」
『隔虚』が帝都から姿を消してすぐの頃は、大騒ぎになったらしい。家族や親族を名乗って『隔虚』をいいように使おうとする者が後を絶たなかったから、自称親族たちの間で責任のなすりつけ合いが始まって大変だったとか。責任逃れのためか偽の『隔虚』まで現れた始末だ。
あれから10年以上経過している。
ヴォイドの正体を知る者はシール家の他は数えるほどしかおらず、その誰もが秘密を口にしないから、『隔虚』が帝都に戻っていると誰一人として気付いていない。
ちなみに偽物の『隔虚』だが、もともと『隔虚』のファンだったらしく、偽物認定された後はその黒歴史をネタに更なる情報収集に励み、今ではいっぱしの専門家のようになっている。
パトロンは誰であろうガロルドで、著書『忘れん坊のブラック』シリーズの情報源として、資金援助を貰っては各地を飛び回って『隔虚』の情報を収集している。この手紙も偽物君からのもので、『あの時の人々は今』というお題目で、現状の調査を頼んだものだ。
「ってことで、安心して帝都にいてくれていい」
「いつもありがとうございます、お義父さん」
「なんの、これしき。一番肝心なお前さんが“どこから来て、どうして『隔虚』なったのか”ってとこは、いくら追っても分からずじまいだ。これくらいはさせてくれ」
「あなた方と家族になれて本当に良かった」
ヴォイドは心からそう思う。
ずっと昔、残存する一番古い記憶はエルメラと出会った頃だけれど、あの頃は何も恐ろしいと思うことはなかった。
何者にも害されない強い肉体があるからだと、当時は考えていたけれど、失いたくないと思えるものを何一つ持っていなかったからだと今では分かる。
あの頃に比べたら、今は失いたくないものばかり、恐ろしいものばかりだ。家族と過ごした記憶を失うかもしれないと思うと、ちょっとした怪我さえ躊躇する自分に気が付き、時に愕然としてしまう。
だからこそ、今までは自分が守らなければならないと信じていた弱い人々、エルメラやガーク爺、ガロルド達に守られているのだと実感できる。そのありがたさが身に沁みる。
彼らと生き、共に逝きたいと心から願う。
「……『司書』に出会うことができました。まだ、親交を深めるという名のもとに、使い走りをさせられている状況ですが」
「そうか。まずは良かったというべきか。それにしても、随分と豪勢な使い走りだな」
「それが本当に他愛ない雑用をさせられているのですよ。このルナマギアもそうですね。帝都でも手に入るのに迷宮都市のものがいいとか」
子供たちが父親のために採取した薬草。それは違う意味でもプライスレスかもしれないが。
ともかく、娘婿は新しい一歩を踏み出したようだ。
『隔虚』の新たな歴史の一ページの始まり、ガロルドはそれを心のメモに書き止める。
「その行く先によき風が吹きますように。面白い話があったら教えてくれ。で、前回のアルアラージュ迷宮の話だがな」
真面目な話はこれで終わりだ。
風の精霊に加護を願うと、ガロルドはそそくさと別の紙束を取り出した。
ここからが、彼の大本命『忘れん坊のブラック~愛と裏切りのアルアラージュ編』だ。
先日、ヴォイドからアルアラージュ迷宮に行った話を聞いて、さっそく執筆した新作なのだ。
「新作ですか。ほう、これは」
「かつての仲間と再会したブラックは、その卑怯な罠を掻い潜りつつアルアラージュの最深部を目指す! 途中、愛欲の複製品の罠にかかってサンダーへの愛を自覚するブラックと、ブラックへの歪んだ執着を見せるナオシンス! 友達は選ばないといけないことを教えつつ、ちょっぴり大人な展開でドキドキしちゃうアルアラージュ編、力作だ!」
熊みたいな風貌で「ドキドキしちゃう」とか言われても、返答に困ってこちらがドキドキしてしまう。
「ボツで」
「えー」
『アルアラージュ編』は、マリエラがサンダーに変わっていたり、ジークが存在ごと抹消されていたりと事実改変が過ぎた作品で、違う意味でドキドキしちゃう仕上がりだったのだ。ボツになるのも仕方ない。他人の手柄を横取りするなど、それこそ教育に良くないのだから。
ちなみに、ガロルド曰く力作だった本作は、ガロルド自らジークに交渉したことで、あとがきに注釈という名の言い訳を乗せることで何とか出版にこぎつけた。
ちなみに、子供たちに一番人気があったシーンは、ジークがかっこ良かったり面白かったりするシーンではなく、愛欲の複製品の罠でサンダー・ドッペルがわらわら出てきて、それを見たサンダー・オリジナルが照れ隠しでバリバリっと退治しちゃうオリジナルシーンだった。
それを聞いたジークが「事実は小説より奇なりっていうのに」と。ちょっぴりガッカリしたのは別の話だ。
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」は、
B's-LOG COMIC Vol.131(12月5日配信)掲載予定です。




