SS:ジークズと愉快な仲間たち
いかにもな雰囲気の湿っぽく薄暗い地下牢に、夢幻の一撃たちは一人ずつ捕らえられていた。
どうしてこういった場所は、苔の生えた石の壁と床に、暗く寒くてじめじめした雰囲気に、更には虫とネズミのオプションがもれなく付いて来るのだろうか。尋問などを有利に執り行うために、収監された者たちを絶望的な気分にさせるなら、すでにこの牢屋という舞台は十分以上の効果を上げていた。
「ミッテクール。夢幻の射手時代から斥候に従事。知っていることを話してもらおう」
「ハイハイハイヨ。まぁ、あらかた話したとは思うんだけどな。……こんな話はどうだ? あれは、オイラたちがまだジークと夢幻の射手を組んでいた時の話だ……」
初っ端から正直に洗いざらい話しすぎたせいで、何度も同じ話をすることになったミッテクールは、やや投げやりになりながらも、今日は尋問官の他に自分を捕らえたニクスがいることに気が付いて、いつもとは違う話をし始めた。
“これは新たな情報か!?”
そう期待した尋問官ではあったのだが。
「ジークの奴、今でこそベテランぽい雰囲気だして、横に若けぇ嫁っ子……え? 違うの? なんだ、アイツ、今でも押しが弱いのかよ。ま、それは良いとして、女遊びは卒業しました、みたいな顔してっけどさ。田舎から出てきたときは、そりゃーひどかったんだ。
何がって? そりゃあ、もう、見てるこっちが、痛いようなむず痒いような、そう言うひどさだよ。
聞きてぇか? いいけどよ、そのかわり……。ハハッ、話がわかるねぇ! よろしく頼んますよ!
で、何がひどかったかっつーとだ。
まぁ、奴さんも男だ。それも若いとくりゃ、キレードコロにちやほやされたくてしかたねぇ。まぁ、オイラみたいに口の立つ奴なら、面白れぇ話の引き出しは満杯で、いくらだって場を盛り上げることができるんだけどよ、あいつは、ホラ、元が無口な上に、田舎で狩人なんてやってたろ? 街のオンナを愉しませる話なんざ一つも知らねぇ。
だからよ、やっちまったんだな」
一体何をやったのか。確かにミッテクールの話術は達者で、ニクスどころか尋問官まで前のめりに聞き入っていた。
そんな二人の様子を見て、ミッテクールはさっと手で右目を隠す。顔を少し傾けて眉をよせ、視線はななめ後ろに流すように……。そして、いつもより低めの声色でこう言ったのだ。
「ウッ、魔眼がうずく……」
……………………………………。
言ったのか。若かりし日のジークムントは。
「オイラ達と狩りをしているときは、一日中ぶっ通しで使ってもピンシャンしてるっていうのに、何が“魔眼がうずくー”だよ。つーか、アレ、精霊眼って便宜上魔眼って呼んでるだけで、魔物関係ないんだろ? 魔力は使うみてーだけど。メチャメチャクリーンなやつじゃねーか」
全く恥ずかしいやつだよなー、等と笑い始めたミッテクールと尋問官を残して、ニクスは静かに独房を後にした。
次にニクスが向かった先は、臆病な盾戦士、フセグンの独房だ。そこではとっくに尋問が始まっていて、何度も同じ説明をさせられるフセグンは、少し憔悴した様子に見えた。
しかし、入室したニクスを見て、フセグンも何か思うところがあったのだろう。これまた、今までと違う内容を話し始めたではないか。
「こ、こんな話が、役に立つかわがんねぇけど……。あれは、夢幻の射手が結成されてすぐだった。あの頃は、ジ、ジークは酒とかあんまり飲まなくて、む、村では自分たちで作った葡萄酒なんかが主流だったんだろうな。オ、オデの村も、そうだったから。
で、ミッテクールが、打ち上げかなんかの時に、酒を買ってきたんだ。オイラの気に入ってる酒だって、特別な時に飲む酒だって。
そう言われて飲めば、な、なんだってうまいよな。みんなで飲んだんだし。一本はみんなで開けて、残る一本は、ミッテがジークにやったんだ。お近づきの印だ、とか言って。
ジ、ジークはさ、そ、育ちがよさそうだからさ、その酒をいい物だと思ったんだろうな。大事にとっておいたみたいでさ。
で、別のパーティーと一緒に仕事をする前の懇親会の場に持ってきちゃったんだ。
オデたちよりずっと稼いでるパーティーで、だから、いい酒をって、そう考えたんだと思う」
うつむきながらもごもごと話すフセグンの話は、なんとも自信がなさそうで、パーティーを結成したばかりの駆け出しの冒険者の心情を彷彿とさせた。
というか、なんだかいい話が始まった気がする。そんな風に思ったのだが。
ものすごーく間をとった後、ものすごーく小さな声で、フセグンはこう続けた。
「……その酒、銅貨5枚の安酒だったんだ……」
……………………………………………………。
待てど暮らせど、フセグンは黙ったままだ。大層打たれ弱い彼は、これ以上、共感性羞恥にも似た胸の痛みに耐えることができなかったのだろう。
それなりに稼いでいるパーティーに、「いい酒なんだ」みたいな顔して銅貨5枚の超安酒を差し出すジーク。相手が優しいパーティーならば、その酒の値段には触れずに、もっとましな酒をおごってくれたのだろうが、冒険者という者は勝ち気で短気な者ばかりだ。新人冒険者が安酒かついでいじられに来たなら、盛大にバカにしてマウントを取りまくるに違いあるまい。
その酒の値段を上げ連ねて、ジークは大いに笑われたのだろう。
「…………あの頃は、オデたちも金が無かったから……。食うのが先で、酒は二の次で……。ミッテが言った特別な時に飲むって言うのは、嘘じゃ、ねぇんだ……」
居たたまれない気持ちになって独房を後にしたニクスの背後から聞こえたフセグンの声は、もはや懺悔のようだった。
(すこし、気分を変えますか……)
これにはニクスも少ししょんぼりした気分になってしまった。ここは少し元気をチャージしたいところではある。
そこで次にニクスが向かった先は、夢幻の一撃の紅一点、イヤシスの独房だ。
「だーかーらー!」
独房に入る前から、少しヒステリックな声が聞こえる。
うん。イヤシスはまだまだ元気なようである。これならば尋問官が頑張って、新情報の一つも手に入るかもしれない。そう思って入室したニクスだったが。
「あら、エルフさん! そうね、あなたになら価値のある情報があるのよ! 若い頃のジークって、紳士っていうか、夢見がちな男の子でね!」
……またジークムントか。二度あることはなんとやらな展開に、入ってすぐ退出しようかと考えたニクスだったが、扉を守る衛兵に示されて、仕方なく尋問官の後ろに座った。
「ジークにも、まだ女性に慣れないうぶな頃があったのよ! まぁ、可愛かったわね。何がって、夜のお店の女性って、みんな薄着でしょ? そう言う店なんだから狩人が弓持ってるのと同じくらい当たり前のことなんだけど。それなのに目のやり場に困ったみたいで、“寒くないか”とか言っちゃって自分の上着を掛けてあげたりしてたのよー。
なに? その、優しいじゃないか、みたいな顔。あのね、それがある程度、気心の知れた相手ならありがとう~、優しいね~ってなるわよ? でもあったばかりの、それもそう言うお店なのよ? 普通だったらドン引きよ! 実際、半分は怪訝な顔をして引いていて、残る半分は上着をそのまま持ってちゃったの。で、どうなったと思う?」
……………………………………………………………………。
ニクスの方をじっと見ながら言葉を切るイヤシス。聞きたいでしょう、と言わんばかりだ。
対するニクスはというと、聞きたくないというより、もう、止めてあげてくれと言いたい気分だ。ここにジークがいたならば、ライフはとっくにゼロだろう。
このまま独房を立ち去りたい気分になったニクスだが、尋問官がまだここに居ろと目くばせして来る。その目はちょっと笑っているから、彼は続きが聞きたいらしい。
「……どうなったんですか?」
いやいやながらニクスが聞くと、イヤシスは嬉しそうな顔でオチを話した。
「もっていったジークの上着、売るんだろうなって思ってたらね、本当に売られちゃったみたいで。古着屋で自分の上着を買い戻すジークを見つけて笑っちゃったわよー。あ、私が見てたことは気付かれてないわ。だから、これはとっておきの情報なの!」
うん。思った通りのひどいオチだ。
ジークムントという青年とは、仕事で会ったきりだが、こんな話を聞かされて親しくなった気持ちさえする。だがしかし、それとこれ――、ジークと今回の黒幕とはまったくもって別の話だ。
「どうしてジークさんの話を? 彼は今回の被害者で身元も確かだ。我々が知りたいのはあなた方の依頼主の情報ですが?」
「依頼主については何度も話してるんだもの。それに、尋問官には意味が無くてもあなたになら意味のある情報でしょう? 次に依頼する時、タダで受けてくれるかもしれないんだから」
「くだらない。ジークさんはあなた達の減刑すら申し出たというのに」
そう吐き捨ててニクスは尋問室を後にしたが、確かに夢幻の一撃の話した内容は、脅迫にならない絶妙な加減で使えそうな話ばかりだ。
(…………………………………………まぁ、覚えておいて損はないでしょう)
そう思ったニクスは、ジークムントの真っ黒けな歴史を心のメモに書き残すことにした。
ちなみに、尋問官にこってり絞られた夢幻の一撃だったが、あの依頼を受けたリョウ=ダーンが依頼者の特徴をよく覚えていたおかげで、割とあっさり解放された。
ちなみに、尋問官が「お前はジークムントの話をしないのか?」と聞いたところ、少し怪訝な顔をした後、「精霊眼が治っているなら、どうして眼帯を付けているのか? ファッションだったら恥ずかしいと思う」と答えたという。
頑張れ、ジーク! 黒歴史は現在進行形で紡がれているみたいだぞ。
小原先生版ジークズが見られる、
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」は、
B's-LOG COMIC Vol.129(10月5日配信)掲載予定です。




