リクエストSS:幻の変身薬
一 二三様KWリクエスト「性転換」「ポーション」「マリエラ」です。
リクエストありがとうございました!
「あとは、人体実験を残すのみだ」
「じんたいじっけん……」
ロバートの発言に、マリエラはごくりと生唾を呑み込む。
――人体実験。なんてインモラルな響きだろうか。口に出したのがロバートだから、背徳感もひとしおだ。
ポーションの大半は人間が使用するものだから、新しいポーションの誕生には、必ず通る関門でもある。
一般的には、まずは魔物や小動物に与えて毒性や効能を確かめ、次第に人間に近い種族に変えていく。そして、複数の人間で試したのちに新たなポーションとして《ライブラリ》に登録するのだ。
とはいえ、それはメジャーなポーションだとか完全に新しいポーションの話であって、既存のポーションの応用版で危険性が著しく低い場合は簡略化され、作った錬金術師が飲んで確かめることも少なくない。
「で、これは本当に毒性も副作用もないのですね?」
「それは大丈夫です。効果がよくわかんないな、って感じなだけで、効果時間が切れれば元通りに戻ります」
マリエラとロバートの前に置かれているのは、二人が技術と知恵を出し合って作り上げた変身薬の亜種だ。
ナンナを人の姿にする人化の変身薬を作る過程で生まれたもので、魚人の変身薬の場合、鰓石を使うところを代わりにミリフィカ・スネイルの殻を配合している。
ミリフィカ・スネイルは卓越した擬態能力のある水棲の巻貝で、周りの環境に合わせて石や水草、流木に擬態することもあれば、なぜか周囲とは関係のない陸上の木の枝や時には動物か植物かも分からないヘンテコな形になることもある。その擬態メカニズムは未だに謎なため、ロバートの知り合いの研究者が飼育していたのだ。姿を変えられる性質が変身薬と相性がいいだろうとロバートが持ってきたのだが、これで作った変身薬の効果がいささか謎なのだ。
毒性も副作用もないし、時間が来ればちゃんと元に戻る。
そういうことは、動物実験などしなくてもマリエラには分かるのだ。《命の雫》を通じて素材の有様が何となく理解できるようになった頃からだろうか、物によってはできたポーションがもたらす効果も何となく分かるのだが、このポーションに関しては効果のほどがさっぱりだ。
だから動物実験をしてみたが、種類によって違う結果になってしまった。テディラットの場合は毛皮がサラサラになったのに、ゴブリンでは上位種を思わせる姿に変貌してしまった。
この結果にはマリエラもロバートさえも首をかしげるばかりだ。
「……本当にロバートさんが飲むんですか?」
「毒でなく、副作用もないのでしょう? だったら人間で試すのが一番早い。濃度も最大限濃く調整してある。私が飲めば真の効果が判明するはずだ。安全面では信頼していますが、万一錯乱などした場合はジークさんが取り押さえてください」
「分かりました」
一気にグビリとあおるつもりか、マリエラが錬成した特濃ポーションをグラスに注ぐロバート。うっすら青みがかった液体はその濃度を示すようにとろりととろみがついている。
「ふーっ……」
やはり緊張するのだろうか。それとも、とってもまずいからだろうか。テーブルに置かれたグラスを前に深呼吸をするロバート。
不思議と無臭なポーションなのだが、ミリフィカ・スネイル――カタツムリもどきを原料にしているせいかこのポーションはゴブリンさえ吐いたレベルで不味いのだ。
いろんな意味で緊迫する部屋の空気に、ジークはいつでもマリエラを守れるように身構え、雰囲気にのまれたマリエラは思わず手をグーに握る。
その時。
「うなんなー」
「ナンナたん、入っちゃダメだって!」
バァーンと扉が開いて、ナンナとエドガンが部屋に飛び込んできた。
お昼寝をしていたから放っておいたのだが、目が覚めてマリエラを探してきたらしい。
「び、びっくりしたー」
「うなんな」
びっくりしたあまり心臓が止まりそうになるマリエラと、固まって動かないロバート。ジークはマリエラを庇う位置に立ち剣の柄に手をかけている。「うなんな」じゃないと小一時間説教したい。
何をしているか伝えてはいなかったが、エドガンは止めようとしてくれたようだ。しかし、素早いナンナに翻弄されたのか珍しく息を切らしている。
「ゼェゼェ、悪ィ、ジーク。ナンナたん躱すのうまくてさ。あー、のど渇いた」
「いや、それは構わんが……。待て、エドガン。それは構うぞ」
ゴッゴッゴ……、ブハァーーーーッ!
「ゲホゲホ、まっず! ナニコレ、生臭っ」
「うなっ!」
「ぎゃっ!!」
――室内でも、虹って出るんだね。
そんなことをぼんやりとマリエラが考えた時には、狭い会議室にはエドガンが噴き出した効果不明の変身薬が霧になって充満していた。
ポーションは液体だから飲むか傷口にかけることが多いだけで、別に経口でなくとも効果はでるのだ。例えば、噴霧して鼻孔から吸引するとか。
もちろん量が少なければ効果もその分落ちるのだけれど、エドガンが噴水のごとくリバースしたポーションはロバートの要望により飛び切り特濃だったのだ。
その結果。
「……きたないですね」
「うな?」
「え? ダレ、そのキレーなオネーサン」
テーブルの脇、ロバートの立っていた場所から聞こえた、か細くも美しい声に全員が振り向くと、そこにはキャロラインを薄幸にした感じの少し影のある美女が立っていた。
――ロバートの服装で。
「……ロバートさま?」
「そうだが……、貴様ら、その姿は!?」
どうやら、エドガン噴霧器がまき散らした変身薬を、この部屋にいた全員が吸ってしまったらしい。冷静に想像するとちょっぴり汚いのだけれど、その結果起こった変化に全員が驚愕しきりだ。
薄幸の美女と化したロバートより直接変身薬を口にしたエドガンは、なぜか変化は少なく胸部だけが巨乳になっていた。隣にいたナンナはなぜかムキムキの強そうなニャンコになって、ドヤ顔をしている。
「え? オレも? って何これ、ボインボイーン! それに、ジーク! なんだよカワイイじゃん!」
自分の胸部を持ち上げ尻を振りつつ喜ぶエドガン。適応力が高すぎだ。
ジークはというと、小柄で若いツルペタ少女になっている。まるでマリエラのような輪郭だ。
自前のバストをゆさゆさしながら近寄ってくる、エドガン改めエド実ちゃん。ちょっぴりホラーだ。ジーク改めジー子は思わず剣を抜こうとするが、腕まで短くなっているのか剣が鞘でつかえている。そして、ジー子の背後に守られているマリエラは。
「やめろ、よるな、エドガン! ってその前にマリエラ! 無事か、マリ……マ……
マルエラァ!!!」
なぜか、存在感を増していた。主に、物理量的な意味合いで。
「え? え? まさか皆、女の子になっちゃたの!? って、あれ? 私???」
これは一体どういうことか。
猫度の高いナンナや起伏の少ないジー子は分かりにくいが、ロバー子やエド実の変化からこれはもしやの性転換薬かと思われたのだが、ぽちゃカワ系になってはいてもマリエラは女性のままだ。
だからか落ち着いたものなのだが、イレギュラーに弱いロバートは慌てふためき、美女化したロバー子の側にはエド実がにじり寄っている。
「おち、おちおち、おちち……」
「お乳? 揉む?」
「黙れ、寄るな、落ち着けと言ったんだ!」
「うなんな~」
動揺しきりのロバートに生えたばかりのバストを提供しようとするエド実。ある意味エド実が一番落ち着いているかもしれない。いや、一番落ち着いているのは、せっせと毛づくろいをしているナンナだろうか。
そんな一人と一匹……いや、まとめて2匹のおかげで、ようやく落ち着きを取り戻したロバートは、静かな声でこういった。
「落ち着け、貴様ら。まだ、……ついているはずだ」
なんですと!!?
その一言を聞いた後の、ジー子違ったジークと、エドなんとかの最初の行動については割愛しよう。
「これで気になるあの娘の本音をこっそりチェックできると思ったのにー!!」
「落ち着け、エドガン。お前、胸以外はエドガンのままだぞ!」
正気に戻ったジークが鏡を見せて更なる絶望にエドガンを叩き落すころには、変身薬の効果は切れて、全員無事に元の姿に戻ることができた。
■□■
「あの変身薬の検証結果だが……」
あの時のマリエラ達の変貌ぶりから、何か仮説を得たのだろう。数日後、大量の検証結果を携えてロバートがやってきた。
内容がセンシティブだという理由から、ジークは扉の外で待たされ代わりにナンナが入っている。そもそもロバートのことをマリエラ達は信用しているのだが、第三者の乱入に備えての配慮だ。
ロバートの努力によってついに判明した、謎の変身薬の真の効果はというと。
「女子力、ですか……」
「そう呼ぶと理解しやすい。それも、服用した者の潜在意識にある女子力のようです」
なんと、『女子力増幅の変身薬』というべき物だというのだ。
そう言われてみれば、確かにテディラットは毛質の良い個体がモテるし、ゴブリンはガタイの良い上位種の雌がモテる。
ナンナ達獣人は、力が正義の種族だから、女子力=筋力なのか。ナンナに聞いてみたけれど、「うなんな」と返事をされたからYesかNoかよくわからない。
(そういえば……)
マリエラ自身も心当たりがないわけではない。マルエラ化していた時期は、毎日大量の珍しくて美味しいお菓子が差し入れられて、モテている気分がしていたのだ。マルエラから脱皮する時も、ジークとリンクスが二人がかりでダイエットに協力してくれたから、その時、構ってもらって楽しかった思い出の方かもしれないが。
「なるほど……」
とすれば、男性3人の変化については。
「ロバートさんは薄幸そうな人がタイプですもんね」
「余計なことは言わなくてよろしい」
エスターリアに長らく片恋していたロバートの女性の趣味は分かりやすい。
だが、実際のエスターリアは魔の森の氾濫直後の混乱期を生き延びた女性だ。相応にたくましかったのではと思うのだが、そこはあえて触れないでおく。
(エドガンさんは、ある意味何でもいいんだろうなー)
エドガンが巨乳になったのは、女性だと分かりやすいからだと思う。それ以外の部分に何の変化もなかったところから、女性ならあとは何でもいいのかもしれない。エドガンらしい変化だと言える。
(じゃあ、ジークは?)
小柄になっていた気がするし、若返っていた気もする。
「ジークは若い子が好きなのかなぁ……」
「言ってやるな、男はだいたい若い女性を好むものだ。好みと伴侶は別物だ」
年をとったら浮気とかされちゃうのだろうかと、ちょっぴり複雑な気持ちになるマリエラ。フォローのつもりだろうか、ロバートが何か言っているが、その言葉、そっくりそのまま返してやりたい。もっともロバートは貴族の長男だから、その辺りは割り切るのかもしれないが。
マリエラとロバートの話を一応聞いていたのだろう、珍しくナンナが会話に加わってきた。
「ちびジーク、マリエラっぽかったんな」
「? それって?」
「……そう言われればそうかも知れんな。ふん、とんだ茶番か」
それってどういうことだろう。
マリエラはよくわからないままだったが、検証結果を伝えたロバートはさっさと自分の工房へ帰って行ってしまった。
この一連の調査のおかげで、ミリフィカ・スネイルの擬態は産卵に適した形状への変化だとのちに判明した。なるほど、女子力と言えなくもない。
真の効果が明らかになった『女子力増強変身薬』は、個人差が出やすい人間用には実用化されなかったが、繁殖力が低く絶滅に瀕した動物や家畜の繁殖目的で後世もそれなりに重宝され、獣人人化の変身薬以上にロバートの名を後世に残した。




