リクエストSS:けんけんぱ
大変お待たせしました、キーワードリクエストSS「幼少期」です。pocket様、リクエストありがとうございました!
残り2件のリクエスト分は3/18,25に更新予定ですのでもうしばらくお待ちください。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
「マリエラ、何をしてるんだい?」
片足で跳ぶ遊びをしているマリエラに、買い物を済ませた師匠が声をかけた。
マリエラがまだ幼い頃、師匠に連れられエンダルジア王国に行った時のことだ。大人の買い物というのは子供にとって長時間で退屈だ。だから、師匠が用事を済ませる間、店の前の路地で一人遊んでいたのだ。
――けん、ぱ。けん、ぱ。けん、ぱ、ぱ。
途中でくるりとターンして、元来た経路を引き返す。子供がよくやる遊びの一つだ。地面に丸印を描いて、そこには片足しか入れてはいけないというルールだったように思う。マリエラの足元には丸印など書かれていない。石畳を丸に見立てているのだろうか。
「あ、ししょう。あのね、落ちたら死んじゃうんだよ」
「へぇ。……道は続いているのかい?」
少しだけ目を細めて尋ねる師匠にマリエラは、「うん」と頷いて路地の奥を指さす。
「あっち。でもね、ししょうが待ってなさいって言ったから、ここで待ってたの」
「お利口だ。さあ、帰ろうか」
そう言って師匠はマリエラの頭を軽く撫でた後、その手で視界をふさいだ。軽く目を閉じた後に見た景色はやけに明瞭で、師匠を待っていた間のことはなんだか夢のように思われた。
「放っておいてもいいんだけどね……」
そうつぶやいた師匠は一体何をしたのだったか。
路地を行きかう人々は、石畳の目すら気にせず歩いていく。踏みしめる足元は、マリエラの体重ではどこを踏んでもビクともしないしっかりとした石畳で、そんな当たり前のことが、なぜだか不思議に感じられた。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
マリエラが、そんなことを思い出したのは、『ヤグーの跳ね橋亭』の裏の小道でエミリーちゃんが一人で石畳を飛び跳ね遊んでいたからだった。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
「エミリーちゃん、何してるの?」
「マリ姉ちゃん、あのね、落ちたら死んじゃうんだよ」
振り向き答えるエミリーちゃん。マリエラの方を見ているというのに、どこかぼんやりとして視線が合わない。
(あぁ、これは……)
マリエラはおぼろげな記憶をたどりながら、しゃがんでエミリーちゃんと視線を合わせる。
「道はつづいているの?」
「うん、あっち。でもね、もうすぐお手伝いの時間だから行っちゃダメなの」
「いい子だね」
本当に、エミリーちゃんがいい子でよかった。
エミリーの指さす方向に目を凝らす。目を細め入る光を制限すると、それまで同じように見えていた石畳に明暗が分かれる。
これがきっと道なのだろう。一人ぼっちで寂しく遊ぶ、子供を迷わす道なのだ。
「エミリーちゃん、リボンがほどけかけてるよ」
そう言ってマリエラは道の先を凝視するエミリーの視線をさりげなく遮った。
たぶん、これでいいはずだ。
「エミリーちゃん、マスターにおやつ作ってもらおうか」
「……。うん!」
エミリーは一瞬きょとんとした表情で、路地の先を見た後、今度はマリエラの方をしっかり見つめて元気に返事をし、石畳の目地など気にせず『ヤグーの跳ね橋亭』へと走っていった。
これなら大丈夫だ。少なくともエミリーちゃんは。
――けん、ぱ。けん、ぱ。けん、ぱ、ぱ。
その日、マリエラは『木漏れ日』に帰ると、聖樹に何やら話しかけ根元の土を掘りだした。
「何をしているんだ、マリエラ?」
「今日、エミリーちゃんの様子が少しおかしかったでしょ。最近の、たまに子供が行方不明になる事件と関係あるかなって。イルミナリアにお願いして、道をふさいでおこうかなって。――《命の雫》」
マリエラは、掘り返した土の上に《命の雫》をかけて湿らせると、コネコネとこねて土人形を作った。細かい木の根が混じっているせいか、単にマリエラがへたっぴなのか、土人形があまりに不格好だったので、適当な布切れを巻き、ピンクのリボンを結んで服も着せてやる。
エミリーちゃんほどではないが、手のひらサイズの可愛らしい女の子……のつもりだ。
このリボンは昔エミリーちゃんが忘れていったものだ。新しいリボンをプレゼントした時に忘れていったもので、片方を無くしてしまったからそのまま置いていたのだけれど、置いておいて本当に良かった。マリエラの時は確か、髪の毛を数本引っこ抜かれたんだった。
「ちょうど今日は満月だし、ジークがいれば私にも見えると思うんだよね」
「俺がいればということは、行方不明事件は精霊がらみなのか?」
「たぶんね」
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
迷宮が討伐されたとはいえ、迷宮都市は子供の大半が無事に大人になれるような安全な場所ではない。病で命を失う子供ももちろんいるが、それ以上に魔物の被害が少なくないのだ。大人が口を酸っぱく言っても、いまだに魔物が湧く迷宮に潜り込んでしまったり、魔の森に入ってしまったり。そうして帰ってこない子供は少なくない。
親がいる子は探してもらえるだけまだ幸せだろう。迷宮の討伐された今ならポーションがある。怪我を負っても命があれば助かる見込みはあるのだ。
けれど孤児院で暮らす子供などはそうもいかない。少ない大人が大勢の子供の面倒を見ているのだ。年長の子供が下の子の面倒を見る仕組みはあるが、それでもいなくなってしまったなら探す労力などとてもない。年長とは言え子供を捜索に行かせなどしたら、二次被害が免れない。
だから、街の中であるとか、外であっても畑のある場所であるとか、迷宮もいつもアプリオレを拾いに行っているような浅くて安全な階層だけ皆で探すのが関の山で、それで見つかることなんて、ほとんどありはしなかった。
「最近、たまになんだけど、いなくなった子供が見つかるんだって。それも街の中で」
細い路地の突き当りであるとか、板を立てかけた暗がりの中であるとか、そういう場所で。見つかった子には目立った外傷はなく、数日間も失踪していたにもかかわらず、飢餓状態にあるわけでもないという。ならば誰かが保護していたのかというと、失踪していた間のことは何も覚えていないし、身体的な状態とは対照的に、一様に衰弱していていたらしい。
「昔……200年前はね、そういうことがたまにあったんだって。悪い精霊……っていうか、いいことと悪いことの区別がつかない精霊っていうのかな、そういうののせいだって師匠は言ってた。迷宮があると地脈から湧き出る《命の雫》の力を迷宮が食べちゃうから、精霊自体が力を保てないんだけど、迷宮が倒されてそう言うのが生まれたのかもしれない」
そんな話をしながら月明かりの街を行く。エミリーちゃんが遊んでいた裏路地に付いたマリエラは、昼間のようにしゃがみ込んで目を凝らすのだけれど、そこにはただ月光に照らされた薄暗い石畳が続いているだけで、昼間のように道を見ることはできなかった。
「私一人じゃ無理みたい。ジーク、お願い」
「あぁ、分かった」
マリエラに頼まれ、ジークは眼帯を外して右目の精霊眼で路地を見た。
右目を失う前の若い頃、精霊眼はただ弓の精度や威力を上げるだけの魔眼だったのだが、マリエラの作った特級特化型のポーションで取り戻して以来、その威力は明らかに増していた。
フレイジージャが言うには、今の状態が本来に近いもので、昔は精霊に嫌われていたんだろうということだ。だったら、今は好かれているのかというと、「ジークは面白いからな! まぁ、そのうち落ち着くだろう。それまで頑張れ!」と言っていたから、面白がられているらしい。そのせいか、ここぞという時はちゃんと力を貸してくれるのだが、普段は力が安定しない。仕方がないので、未だに眼帯を付けている状態なのだ。
ぐらり。
「うわ」「わわっ」
ジークの精霊眼に映されるや否や、揺さぶられたような、平衡感覚が狂わされる感覚がした。なんとか力を入れた足元は黒い沼にいくつかの石畳が浮いたような状態に変わっている。
――けん、ぱ。けん、ぱ。けん、ぱ、ぱ。
これが、道だ。この先に、子供たちを誘う何者かがいるのだ。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
マリエラとジークは、軽くジャンプをしながら石畳の上を進む。
いい大人が“けんけんぱ”をする状況は、傍から見れば酔っ払いのように見えたかもしれない。
進んでいくにつれて、沢山あった足場はまばらに、間隔も次第に開いていく。
ほんの一歩先にある黒い沼のような場所は、“落ちたらいけない、死んでしまう”という不穏な予感に満ちているのに、なぜか逃げようという気にはならない。
――けん、けん、ぱ。けん、けん、ぱ。
どれくらい進んだだろう。細い路地の曲がり角の手前まで辿り着いた。
建物の影に隠れた道の先はここからでは見えなくて、道の先を知るにはもう一歩大きく進まないといけない。そんな場所だ。
「たぶん、ここが入り口だと思う」
「あぁ、そんな感じがするな。攻撃するか?」
「ううん、大丈夫だと思う。ジークは土人形を視ていて」
弓を構えようとするジークをマリエラは制すると、腰の鞄にしまっていた土人形を取り出し、暗がりが覗ける一つ前の石畳へと放り投げた。
土人形が石畳の上に着地し、コテンと倒れた。
《命の雫》をたっぷり含んだ人の形の土塊は、命ある者という存在をよくわかっていない、自身もあやふやな存在にとっては、人の子供のように思えたのかもしれない。
しかもその土人形には、数時間前に招き損ねたエミリーのリボンが結んであるのだ。
土人形は動かない。当然だ。ただの人形なのだから。
けれど次の瞬間、土人形を引き寄せるように石畳が曲がり角の暗がりへと動いた。
「イルミナリア、お願い!」
土人形が暗がりへと呑まれる瞬間に、マリエラが祈る。その声に応えるように土人形の中にうずもれていた木の根――聖樹の根っこがざわりと伸びたのをジークの精霊眼は捕らえていた。
次に訪れたのは、ただの静寂であった。
音はない。悲鳴も特に聞こえない。
ただ、暗がりから周囲に視線を移した時には、沼の上に石が点々としていたような道は無くなっていて、ただの石畳に戻っていた。
曲がり角の先、土人形が引き込まれた場所を見て見ると、そこには土塊とそれをくるんでいた布が落ちていた。土塊を布で包んで取り除いたけれど、土塊に混じっていた木の根だけは石畳の目地に根を張ったように入り込んでいた。
きっと、イルミナリアが道をふさいでくれたのだろう。
「うまくいったのか?」
「みたいだね。帰ったら、イルミナリアにお礼しなくちゃ」
かつて師匠は、「放っておいてもいいんだけどね」と言っていた。おそらくあれは、親の言いつけを守るような子供にとっては、何でもないものなのだろう。黒い沼に落ちたって転ぶ程度の被害で済むのだと思う。
「でも、遠くにいっちゃだめだとか、暗くなる前に帰っておいでとか、そういう言いつけをしてくれる人がいる子供ばっかりじゃないからね」
万一囚われてしまったとして、生気を吸われるだけですむから、魔物に喰われるよりはよほど安全だ。それでも、そんな道に進んでしまわないようにするのは、大人の勤めなのだとマリエラは思う。
「マリエラの時も、フレイジージャ様はこの方法で道をふさいだのか?」
「いやー、師匠は師匠だからね。たしか私の髪の毛に、自分の髪の毛をちょっと混ぜて吹き飛ばして、“ファイヤー!”したんじゃなかったかな。うん、確か火力で解決した気がする」
あれじゃ、道が爆破されただけじゃなくて、その先にいた何者かも無事では済まなかったんじゃなかろうか。さすがは炎災の賢者だ。
「道をふさいだだけで大丈夫か、他から出てきたりはしないだろうか?」
「大丈夫じゃないかな、リボンは持っていったみたいだし」
曲がり角の向こうには、土人形だった土塊と着せていた布は落ちていたけれど、ピンクのリボンだけは見つからなかったのだ。
あの道は不可思議ではあったけれど、恐怖心は感じなかった。おそらくではあるが、遊びたかっただけなのだと思う。だから、けんけんぱ、なのだ。いけないことだと伝われば、分かってくれる気がした。
「もし、また何かあったら、その時は方法を考えるよ」
ジークの心配をよそに、その後、消えた子供が現れた、という話は聞かなくなった。
そして、いつの間にか『木漏れ日』の裏庭の聖樹の近くの花壇に、植えた覚えのないピンクの花が咲いていたから、あの方法で間違っていなかったのだろうとマリエラは思っている。
――けん、ぱ。けん、ぱ。けん、ぱ、ぱ。




