SS:爆裂コーン
5章終了後のお話です。
***
「《錬成空間》の練習方法ですか? レインボーフラワー……」
「それ以外でお願いします。数があるものではないですし、そもそも難易度が高すぎますから」
錬金術師の学校の敏腕教師が、マリエラの練習してきた方法を言い切る前に却下する。
質問しておいて若干失礼ではあるが、マリエラの錬金術の常識は世間での非常識だから仕方あるまい。
迷宮を討伐し地脈を人の手に取り戻したあとの迷宮都市で、錬金術師を大量生産したのはマリエラだ。いわば迷宮都市の錬金術師のルーツ、偉大なる錬金術師ではあるのだが、指導力の面ではポンコツなのだ。
フレイジージャが施した指導は英才教育を通り越してマリエラ専用のピーキーなもので、一般の錬金術師には向かない。マリエラの《錬成空間》を完璧なものに仕上げたレインボーフラワーも、温度管理がシビアすぎて娯楽の多い今の子供たちではすぐに飽きて使い物にならない。
「う-ん……。あ、じゃあ、爆裂コーンは? あんまりおススメじゃないですが」
とはいえ、マリエラも最初からレインボーフラワーで練習していたわけではない。幼少期のマリエラは爆裂コーンで練習したものだ。
「爆裂コーン、ですか?」
爆裂コーンは魔物野菜の仲間だ。帝都の上流階級は魔物食材を食べたりしないから、帝都出身のこの教師は知らないらしい。
魔物野菜とは、植物系の魔物のくせに食用できる微妙なやつらだ。食材として収穫される立場のくせに人間にはほんのりと攻撃的で、栄養価が低かったり、灰汁がきつかったり、当たり外れが大きかったり、見た目と味にギャップがあったり、なかには物理的に攻撃してくる種類もあるから魔物として分類されている。
爆裂コーンは、ポップコーン用トウモロコシの魔物化したもので、加熱すると破裂して白くフンワリした形に変わる。出来上がった姿とは裏腹に、そのさく裂力は“ポップ”なんて可愛らしいものではない。まるで社会への不満を暴走で表現するかのように、バンバンと大きな音ではじけてはガンガン壁にぶち当たる。
そんな彼らは実に個性的で、育てる環境によってさく裂する温度や条件に個性が出る。
天然物の爆裂コーンは天候の気まぐれさを反映するように、爆裂する温度が粒によってばらばらで、はじける力も強いのだけれど、定期的に水や栄養を与え日当たりの良い場所で育てたコーンは比較的低温ではじけるし、あまり飛ばない。
割と過酷な条件で、けれど愛情をもって育てた爆裂コーンは我慢強い性格になり、高温までよく耐えて、しっかり《錬成空間》を張っていないと破れるほどの強い爆発力を見せたりもする。
「それは使えそうですね。おススメされない理由は何なのでしょう?」
「たくさんできるので、食べるのに飽きちゃうんですよ」
「……そうですか」
始めこそパンパンはじけて面白かったし、たまに食べると美味しいけれど、毎食、食卓に爆裂コーンが並ぶと飽きてしまうのだ。
孤児院の粗食になれた幼い頃のマリエラでさえ、「もう、ばくれつコーンはたべたくないよ」と泣きごとを言ったほどだった。爆裂コーンから卒業するため、幼いマリエラは《錬成空間》の練習に真面目に取り組んだから、これもまた師匠の計略だったのかもしれないが。
「それでしたら、できあがった爆裂コーンは廃棄……」
「食べ物を粗末にしてはいけません」
「分かりました。出来上がったコーンの用途も合わせて検討させていただきます」
今度はマリエラがビシッと言い切る。
食べ物を粗末にしてはいけないのだ。食べ物を粗末にすると大きくなってからお腹を空かせる羽目になると幼いころに師匠に言われて、口の中をパッサパサにしながらも爆裂コーンを食べたのだ。独り立ちしてからは貧しい暮らしだったけれど、それでも食べてこられたのは、食べ物を無駄にしなかったからだと今でも割と本気で考えている。
そのおかげかは知らないが、マリエラが本気で空腹感に苛まれたのは、マルエラから脱皮するときだけだった。あの時はつらかった。暴食は罪だというなら、辛いダイエットはその罰に違いない。
“食べ物だいじに”の効果のほどはさておいて、爆裂コーンの方は今どきの錬金術師たちに好評だった。魔の森に自生している天然物の爆裂コーンは比較的幅広い温度でさく裂したし、飛び散る方向や強さがまちまちだったから、《錬成空間》に入れたコーンが全部爆裂するまで《錬成空間》を維持するだけでも結構な訓練になったのだ。
できあがった爆裂コーンは、マリエラ師匠の“食べ物だいじに”命令により、安価なお菓子として商品化されたので、迷宮都市には空前の爆裂コーンブームが巻き起こった。生育環境や品種改良までされたブランド爆裂コーンが出る始末だ。
ちなみに菓子として女性に人気なのは、キャラメルなど甘いトッピングと相性がいい『スイーツコーン』で、水も栄養も光もたっぷり与えられた温室育ちのお嬢様コーンだ。低温でプリっとさく裂し、攻撃力はそよ風のようだ。食感はちょっとしんなりしているが、そのままでもほんのり甘くておいしい。
キャロラインが気に入って、キャラメルやチョコレートでコーティングしたスイーツ路線で商品化されている。
《錬成空間》の練習に向いているのは野生に近い『気まぐれコーン』。さく裂温度も攻撃力もばらばらなコーンで、温度指定の訓練には向かないが徐々に温度を上げつつ《錬成空間》を維持する練習に向いている。適当に育てるとできるのでコストも低いが、味のほうは残念ながらイマイチだ。塩味は銅貨1枚で大きな袋いっぱい買えるので、子供のおやつや駆け出しの冒険者に人気がある。
変わり種は『サウナマニア』という品種だろうか。温度の他に湿度も上げなければさく裂しない面倒なコーンだ。温度も圧力もそこそこの制御が求められるので《錬成空間》に慣れた中級者向けの品種といえる。身がぎゅっと引きしまっていて、酒のつまみのような味付けが合う。なぜか塩を振っていないのにほんのり塩味がするので、ネーミングと相まって評判は賛否両論ある。
ジークも初めて食べさせた時、「何でこんな名前にしたんだ……」と微妙そうな顔をしていた。最後まで残さず食べたけど、お気には召さなかったようで、サウナマニアのコーンを買おうとするとストップをかけられるので、『木漏れ日』に登場したのは一度きりだ。
そして爆裂コーンのレジェンド、『漢気コーン』。200度を超える高温に耐える忍耐強さと、触るモノ皆傷付けるナイフみたいな尖り具合、そのさく裂力はもはや武器と言っていい。しかし、《錬成空間》を破った後はふんわりと速度を落とし、人にダメージを与えない優さも兼ね備えた実に漢らしいコーンである。歯ごたえがあって味もよく、たっぷりと塩を振って食べると絶品、塩気の向こうに感じる甘みに新境地に至るとまで言われる。さく裂後の外見が眉間にしわを寄せた漢の表情みたいで万人に人気だが、栽培するのが難しい。
ちなみに漢気コーンはレオンハルトのお気に入りだ。初めて食べた瞬間に、目をカッと見開いて固まっていたから、よほど美味しかったらしい。
「うっまっ……」
と思わず漏らしたとかなんとか。
そのおかげで、レオンハルト御用達として高級路線で商品化されたが、練習用としては少々値が張るので多用できない。
パパパパパパパパーン!!!
今日も迷宮都市に爆裂コーンのさく裂音が鳴り響く。
「きゃーっ!」
「きゃははははっ」
同時に幼い錬金術師たちの驚き喜ぶ叫び声も。
(……楽しい)
チビッコたちが爆裂コーンにきゃあきゃあ驚きさざめく様子はなかなかに面白く、見ているマリエラもとても楽しい。フレイジージャがこういうアイテムを好んでマリエラに与えた理由がよくわかる。きっと師匠も驚き笑うマリエラを見て楽しんでくれていたのだ。
「マリ師匠~、キャロライン様~。エミリーもポップコーン上手に作れたー」
『木漏れ日』でポップコーンを作って見せるエミリーちゃんを愛でながら、マリエラは師匠気分を満喫するのだった。




