リクエストSS:忘れん坊ブラックの大冒険~追放編
大変お待たせしました、キーワードリクエストSSです。夏乃様、リクエストありがとうございました!
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ブラックは物忘れが激しいのが玉に瑕な冒険者だ。
実はとっても強いのだけど、自分が強いことさえ忘れてしまうのか、それとも他に理由があるのだろうか、実力よりは遥かに低いDランク冒険者をしながらあちらの街、こちらの街と旅をしながら暮らしている。
その日、パーティーの仲間たちと一仕事終えたブラックは、リーダーのソードにギルド横の酒場に呼び出された。ソードたちはこの街に来て数か月、一緒に冒険をしてきた仲間で、もうすぐBランクに上がろうという勢いのある若者たちだ。
「ブラック、君とは今日でお別れだ」
「どういうことかな、ソードくん。旅行にでも行くのかい?」
「はっ、分からないならハッキリと言ってあげよう。君は解雇だよ、解雇」
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「あー、ブラックだ。ガロじいちゃんの新作?」
「がんがえー、ぶらっくー!」
「そうみてぇだな。全く暇なんだかマメなんだか」
ガーク爺が読み聞かせをしている物語は、帝都で暮らすガークの息子にしてエルメラの父、ガロルドが集めた話をもとに書いたシリーズものの冒険譚だ。
超強いのに温厚で、けれど忘れっぽい主人公ブラックが大活躍して大きなトラブルを解決するけれど、最後はいつも自分の活躍をすっかり忘れて別の街に行ってしまう、という物語だ。エルメラの息子であるパロワとエリオ、特にエリオが読むには少し対象年齢が高いのだけれど、最後の“ブラックは一晩寝たら全部忘れてしまったのだ。”の語り口のところが面白いらしく、途中分からないながら大喜びで聞いている。
今回の新作は、開始早々にパーティーから別れを告げられていたから、いわゆる“追放もの”らしい。
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「解雇とは、随分急だねぇ。理由を聞いてもいいかい?」
「言わねぇと分かんねぇのか? 自発的に去ってくれればいいと態度に示してたんだがな。ほんっと鈍いやつだ。防御ばっかでろくに攻撃もしやしねぇDランクの前衛なんていらねぇんだよ」
「ほら、あたしたちってスピード重視のパーティーじゃない? 攻撃とか全然当たらないしさ。まぁ、ブラックは盾職にしては軽装で歩くのは遅くなかったんだけどね。でも軽装の盾職ならいなくてもいいかなーって。盾ならソードだって持ってるわけだし」
「ごめんなさいねぇ、ブラック。でもBランクに昇格するにはもう少しパーティーとしての攻撃力を上げたいのよー。その点、新しく来てくれるカナタちゃんは、カタナとかいう剣の使い手で攻撃力が高いのよー」
片手剣を使うソードと斥候のシフーと魔法使いのスノウ、そして盾職のブラック。今でも十分攻撃よりの編成だ。ここからブラックが抜けるなら、せめて治癒魔法使いを入れるべきだが、ソードたちが連れてきたのは物理攻撃を得意とする女性だった。
今でさえ、シフーとスノウでソードを奪い合っているというのに、さらに女性を増やすなんて、余計なトラブルが倍増するに違いない。
「ってことでブラック、お前はクビだ。あ、その盾はパーティーの金で買ったやつだから置いていけよな。もちろん今日の分け前もなしだ。どこの誰かもわからんお前を今まで置いてやっただけでもありがたいと思え!」
ちなみに冒険者パーティーの雇用形態は、賃金支払い型と所得分配型の二つが主流だ。就いた職業によってかかる経費が違うから、それも込みで毎月の給料を決めて契約するのが賃金支払い型。必要な経費を収入で賄った後、残った所得を分配するのが所得分配型だ。
賃金支払い型の場合は大きなもうけが出た時、雇う側の利益が大きくなるが、失敗続きで例え利益が出なくても賃金を払う必要がある。逆に所得分配型だと儲かっても儲からなくてもパーティーで所得を分け合うのだが、メンバーの実力や貢献に差がある場合はその分配で揉めることが多い。
どちらにしても、一度渡した装備を取り上げるのは窃盗、恐喝とみなされる場合が多いし、労働の対価を支払わないのも違法だ。しかし、“そういう約束だった”と言い逃れることもできるから、仕事をする前には労働条件を確認して、きちっと契約を結ぼうね。
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『忘れん坊ブラックの大冒険』シリーズは、“雇用形態”だとか“契約の重要性”といった、社会で生活する上で必要となる知識も散りばめられていて、ブラックの冒険を楽しみながら学習できる仕組みになっている。おかげでエルメラやその兄たち親世代にも好評だ。さすがは一代で財を成したガロルドだ。孫たちの教育にも余念がない。
ちなみにシスコンをこじらせているエルメラの兄たちには、ヒロイン『サンダー』の活躍が好評である。どうでもいいが登場人物の名前がどれも分かりやすすぎる。
「じーじ、さんだーはー? さんだー!」
「サンダーって母さんみたいだよね」
「そうだな、パロワ。エリオ、まってな。そろそろ出てくるんじゃねーか?」
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「仕方ない。一人でもできそうな仕事はないかな……」
パーティーを追放されてしまったブラックが冒険者ギルドの掲示板で何かいい仕事はないか探している時、冒険者ギルドにざわめきが起こった。
「お、おい。あれ、サンダーじゃねーか?」
「ホントだ。あの格好。噂に聞いたAランク冒険者のサンダーに違いねぇ」
「いったい、この街のギルドに何の用が。何かでっかいヤマでもあるのかな?」
どうやらざわめきの原因はサンダーと呼ばれた冒険者のようだ。レザーのスーツを着た美女で、帯電でもしているのか不用意に近づいた男が静電気にやられてバチィっと音を立てている。
「私に近づくと感電するわよ! ……あら? そこにいるのはブラック? ブラックじゃない!」
「??? どちら様かな?」
「まぁ、私を忘れるなんてひどいわ!」
バチバチバッチーン!
サンダーは一度会ったら忘れられないほどの美女なのに、ブラックはとても物忘れが激しいからなんと忘れてしまったらしい。怒ったサンダーの雷がブラックを攻撃する。
「けほ……。サンダー? サンダーじゃないか。思い出したよ、相変わらず君は刺激的だね」
「また会えてうれしいわ、ブラック!」
なんでもかんでも忘れてしまうブラックだけど、サンダーのことだけは電撃の衝撃でなぜか思い出せるのだ。きっとブラックにとってもサンダーは特別な人なのだろうね。
ちなみに、いくら知り合いだからと言って、いきなり攻撃してはいけないよ。相手が赦してくれたとしても、衛兵さんに捕まってしまうからね。
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「さんだー、ばりばりー」
「エリオ、バリバリしないで。痛いよ」
「ふぇ、ごめんなしゃ……」
まだ幼いエリオはサンダーも大好きだ。というか、内容があまり理解できていないのだろう。擬音が出るところでキャッキャと喜んでいる。ガークやパロワは慣れているから大して痛がってはいないけれど、喜んだついでに結構な電流が流れるところは、物語のサンダーそっくりだ。
ちなみに物語のサンダーは、この街に『地鎮のオーブ』というものを届けに来たらしい。無事に受け取りのサインを貰って、ギルドに完了報告に来たところで偶然ブラックと再会したらしい。再会を果たした二人はサンダーの申し出によりパーティーを組んで活動することになる。
攻撃力の権化のようなサンダーと、攻撃を絶対に通さないブラックの相性は最高で、たったの数日で前のパーティーの1年分の稼ぎをだしてしまう。
対してブラックを追い出したソードたちのパーティーは、お約束のごとく苦戦を強いられ、その日の宿代にも困る有様だ。実はここの迷宮、防御力は低いが素早くて攻撃力が高い魔物ばかりが棲んでいたのだ。
ブラックは自称Dランクなだけで実力はそんなどころではない。そのブラックが盾一つで攻撃を防ぎみんなを守っていたから、陰からチクチク攻撃するだけでソードたちでも倒せていたけれど、ブラックがいなければ魔物にぶっ飛ばされて終わりである。
「『くそう、なんでこんなに苦戦するんだ~~~』」
「きゃっきゃ」
「あはは、バカだな~」
「…………だがまぁ、こういうやつらもたまーにいるからな。ホントに」
サンダーとブラックの活躍と、いわゆる“ざまぁ”のシーンは子供たちに大うけだ。
1作目が届いた時は、あからさまな題材に思わずモデルになっただろう人物たちに視線を泳がせたガーク爺も、何冊も新作が届けられるうちに慣れてしまって、今では読み聞かせる演技もなかなか様になっている。
この後、物語はブラックを首にしたせいで全く稼げなくなってしまったソードたちが、サンダーが運んできた『地鎮のオーブ』を盗み出すことで大きく動く。
実はこの『地鎮のオーブ』は定期的に迷宮に捧げることで、迷宮の活動を安定化させる働きがある。それを盗まれてしまったことで迷宮は活性化し、魔物の氾濫が起こってしまうというわけだ。
ここからは物語のお約束というべきか、それともガロルドの趣味なのか、ブラックがやたらとカッコイイことを言い残し、一人で事態を収拾すべく迷宮へ向かうのだが、これまたお約束のようにちょっとピンチになったところをサンダーが助けに駆けつける。
「さんだー、がんがえー! ぶらっく、がんがえー!」
「いて、いてて。エリオ落ち着いて!」
でもって、エリオの興奮がマックスになったあたりで、見事『地鎮のオーブ』を迷宮に戻して事態を収拾するというわけだ。
後半はガロルドの創作が大きいらしくいつも同じような展開で、特に最後のシメに至っては判を押したようにおんなじだ。
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戦いに疲れてぐっすり眠ったせいだろう。
ブラックとサンダーの活躍は英雄と呼ぶのにふさわしい、それは見事なものだったのに、やはりというかいつも通りというべきか、ブラックは一晩寝たら全部忘れてしまったのだ。
ブラックからしてみると、目が覚めたら知らない街で財布にはたくさんお金が入っている。
「お金があるということは、まだ旅の途中だろうな。なんでも忘れてしまうのは困ったものだが、新しい景色に出会えるというのは新鮮でいいものだ」
そんな風に考えて、ブラックはまたふらりとどこかへ旅立ってしまったのだろう。
「もーっ、またなのーっ! 今度はどこに行ったのよ!!」
サンダーの叫びが街に響く。
サンダーがブラックに再び会えるのは、一体いつのことだろうね。
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「おしまい。どうだ、面白かったか?」
「うん、今回も面白かった! お爺さんに感想のお手紙書かなくちゃ!」
「ぶらっく、かっこいーってかく」
今回の『忘れん坊ブラックの大冒険~追放編』も、子供たちに好評のようだ。
「二人とも、もうすぐ夕食だよ。お手紙は食べてからにしなさい。もうすぐエルメラも帰って来る。……ほら、帰ってきた」
「ただいまぁっ! あなたっ、パロワ、エリオ、母さまが帰ってきましたよー! まぁ、おじいちゃまも、いらしてたのね!」
ちょうど夕食の準備を終えたヴォイドが料理の大皿を持ってやってきたタイミングでエルメラが帰宅した。相変わらずものすごいタイミングの良さだ。おそらくヴォイドには、読み聞かせる声が聞こえ、近づくエルメラの魔力が感じられていたのだろう。この男の能力ならば、家の中どころか家の周囲の状況まで把握できていても不思議ではない。
「今回の話も面白かったですね。実話をもとにしているだけあって、所々リアリティーがあって大人の僕でも楽しめました。ブラックというのは、一体どういう人物なのでしょうね」
――お前さんだよ。
穏やかな笑顔で話すヴォイドにガーク爺はもの言いたげな表情を見せる。本当に、“忘れん坊ブラック”の天然ぶりには困ったものだ。
「まぁ、お父様の新作? 今回は追放編なのね」
「あぁ、今日届いたんだ。手紙も同封されている。なんでも、次作は『婚約破棄編』だそうだよ」
「……婚約ですって? 誰と、誰の?」
数日後、ガロルドの元には可愛い孫とエルメラからの手紙が届いた。
『忘れん坊ブラック』シリーズの陰の編集長を務めるエルメラのご意見により、『婚約破棄編』は構想段階で却下となった。ちなみに似たような意見によって、『ハーレム編』も書かれていない。
天の声的な采配によってヒロイン以外にはちっともモテない忘れん坊ブラックの冒険は続く。
まけるな、ブラック。がんがえ、ブラック。




