SS キャロライン護衛コンビのかくも悩ましき日々
前書き:『黒い悪魔』討伐前のお話です。
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一 二三様リクエストSSです。
コミカライズでちょっと出てきたキャロラインの護衛にまでリクエスト下さり、ありがとうございました。なんか個性的なキャラ設定が誕生いたしました。
1.護衛Aの悩ましき日々
私はエンダルジア王国時代より続く由緒正しき錬金術師家系アグウィナス家のご令嬢、キャロライン・アグウィナス嬢の護衛、アンドリューである。護衛たるもの、自己主張は控えめが望ましかろう。気軽に護衛Aと呼んでいただきたい。
唐突ではあるのだが、キャロラインお嬢様はご友人が少なくていらっしゃった。
それも致し方ないこと。私がお仕えするアグウィナス家は、かのエンダルジア王国にルーツを持つ錬金術の名家だ。長きにわたり、200年前の魔の森の氾濫直後に製造されたポーションを管理し、迷宮の討伐に貢献してこられた。
迷宮都市ではもはや新たに作られなくなったポーション。そんなものを管理しているのだ。利権に与ろうと近寄って来る輩は数多い。迷宮という人類の敵がある故に対人の危険が薄い迷宮都市において、私のような、そう、私のような、優秀な護衛の力が求められるのも納得である。
しかし我々がお守りできるのは、お嬢様の身の安全に限られる。不埒な輩が寄ってこないようお守りすることはできても、年頃のご令嬢の悩みに寄り添うことはできないのだ。お嬢様にたった一人でも気心の知れたご友人がいればと、どれほど願ったか知れない。
しかし、アグウィナス家の肩書が、お嬢様と他の令嬢の間に高い壁となって立ちはだかるのだ。お若いキャロラインお嬢様に近寄るご令嬢のほぼすべてが、ポーション目当てであったのだから、気の許せるご友人など持ちようがない。貴族令嬢のたしなみとして微笑を絶やさないお嬢様ではあったが、本当に楽しそうに笑われる姿が見られないのが、心苦しい限りであった。
御母上はすでになく、御父上も長く臥せっておられた。兄上に当たるご当主も帝都から招へいした錬金術師たちと研究ばかりに心血を注ぐ日々だから、お嬢様の孤独は武骨な私にも痛いほど理解できる。しかも、婚約者は会ったこともない20歳も上の帝都の錬金術師とは。私よりも年上ではないか! しかも錬金術師は余り体を鍛えないから、腹など出ているに違いない。なんということだ! あまりにお嬢様がお可哀そうではないか。
そんなお嬢様ではあるが、最近になって年の近いご友人ができた。
帝都からきた錬金術師とのことで、若輩の身ながら同郷の幼馴染の男と薬屋を営んでいる。迷宮都市でそれなりの住居を確保できるのだから、貴族とはいかないまでも相応の知性と気品ある少女なのかと思ったら、平民が服を着て歩いているような……失敬、服を着ていなければただの痴女だが、それくらい平民らしい娘だった。
少々浮世離れした雰囲気はあるが、それを加味しても庶民偏差値52というところだろうか。お嬢様を令嬢の鏡と評すなら、こちらは庶民の鏡だろう。あまりに平凡すぎて顔を覚えるのに時間がかかってしまった事は秘密だ。護衛をしているジークとか言う青年のほうが、よっぽど気品が感じられる。
そのような娘であるので、最初は貴族令嬢であらせられるお嬢様が、そのような平民の小娘と親交を深めるなどと……と思わないでもなかったが、このマリエラとかいう娘、良い意味で凡百らしくポーション利権に全く興味がないようだ。お嬢様は薬草や薬について話を弾ませていて、たいへんに楽しそうだったし、『木漏れ日』に通うようになってからというもの、お嬢様の表情は柔らかく、よくお笑いになるようになった。
ダイダラマイマイとかいう巨大蝸牛の臓物をじっくりたっぷり眺めてみたり、他の薬師に薬に関する知識をご教示なさったり、お茶を光らせてみたり、下々の者と恋愛談議に花を咲かせてみたり。
貴族として適切な行いかは別として、そう言った数々の経験が、兄君ロバート殿の騒動のあと、アグウィナス家を背負う強さをお嬢様に与えたのだと私は思う。ポーションを失ったアグウィナス家を建て直されたその手腕、正直兄君のロバート殿より頼りになる。
お嬢様のご成長を間近で見られてこのアンドリュー、感無量である。
だがしかし。
カサカサと重力すら無視したように立体機動を可能とする黒い悪魔を、鞭で倒されるのはいかがなものだろうか。
いや、その雄姿のお陰もあって、お嬢様はかつてのご婚約者、20歳年上の中年貴族など目ではない超優良物件、ウェイスハルト様を釣り上げられたのだから、“すべての道は帝都に続く”ということわざの通り、お嬢様のなさることに間違いはないのかもしれない。
本日も、キャロラインお嬢様は『木漏れ日』に向かわれる。
そのスケジュールは、この私が責任をもってウェイスハルト様にお伝えしているから、お二人は自然に距離を縮められるはずだ。
私にして差し上げられることなど、この程度。これ以上は野暮であり、むしろ邪魔でさえあるだろう。
けれど、できることなら叫びたい。
お嬢サマァーッ! ウェイスハルト様は、ニーレンバーグ先生でなくお嬢様に会いに来られているのですーッッッ!!!
護衛Aの悩ましき日々は続く。
2.護衛Bの悩ましき日々
俺は由緒正しき錬金術師家系アグウィナス家のご令嬢、キャロライン・アグウィナス嬢の護衛、ブライアンだ。護衛Aって堅苦しくてちょっと面倒だよね。俺のことは護衛Bでいいよ。面倒でしょ?
護衛Aって俺と年変わんないくせに、中身はジジイだと思うんだ。きっと、お嬢様の爺やかなんかだと思ってるんじゃないかな。優秀なやつだけど、お嬢様に集中しがちだから、周囲の警戒は俺の担当。
アグウィナス家ってポーション利権バリバリの家だから、お嬢様を狙うやつとかちょくちょくいてね、最初『木漏れ日』なんて平民の店に通うって言いだした時は、「警備が大変だからやめてくれー」って思ったよ。言わないけど。
まぁ、この『木漏れ日』、平民の店の割には造りも警備もしっかりしてる上に、常連にヤバいのがちらほらいんだわ。護衛Aは気付いてねーみたいだけど、ガチでやったら俺ら負けんじゃね? ってのが、フツーに茶シバイてんの。なに、この店。護衛のジークも薬屋の護衛ってレベルじゃねーし。
だからまぁ、俺らも安心して茶すすってられるんだけど、それでも貴族のご令嬢が通うのってどうかなって思うじゃん。お嬢様、薬作って売ってんだぜ。貴族令嬢が良くやる慈善活動の延長じゃなくて、ガチのマジの商売で。
あんなお姫様みたいな見た目して、なんかねりねり練ってんの。「腕がふとくなるからやめてくれー」って思ったよ。やっぱり言わないけど。
そもそも薬の効果って分かりにくいし。お嬢様には悪いけど、治癒魔法使いに頼んだ方がよっぽど早い。帝都ならポーション作れるだろうに、わざわざ迷宮都市にきて薬屋やるなんて、訳アリですーって言ってるようなもんだし、適当にそれっぽいモノ作って売ってんだろって思ってた。
店だって、……護衛の俺らにもお茶を出してくれるし、安全で居心地が良くていい店だとは思うけど、要はお茶と消耗品で成り立ってんだろって。石鹸とか洗剤とかなんかめっちゃあるし。常連がいっつもたむろって茶シバイてるし。
だから、うっかり軽い肉離れになっちゃった時は良い言い訳ができたって思ったんだ。「薬効かないですよー」って言えばお嬢様も通わなくなるだろうって。
で、肉離れに効く薬買ったらさ、なんと3種類も出してくんの。
「えっと、これが基本の傷を治す塗り薬で、こっちが痛みと腫れを抑える飲み薬。たぶん痛みで筋肉がこわばってると思うんで、この飲み薬も飲んだ方が良いです。でも、これ飲むと、ちょと動きが鈍くなるから、護衛の方だし夜だけにしますか?」
って、バイトの嬢ちゃん……じゃなくて店主のマリエラ嬢ちゃんがそれっぽい説明してくれたけど、これって、いっぱいだしときゃどれか効くだろ作戦だって思ったんだけどさ。
3日で治ったよ! マジか。フツーこれ、2週間はかかるやつだぞ。
いやぁ、この迷宮都市ってさ、これくらいの怪我が一番困るんだよね。治癒魔法使いに頼むまでもない、けど痛い、みたいなやつ。すごいじゃん、治るんじゃん、本物じゃん。
なんだよ、ここ。喫茶店じゃなかったんじゃん。
ほんと、目からウロコだったね。ここ、薬屋だったわ!
で、薬屋だって思ってみれば、この店ちょっとすごいんだ。まず薬の種類が多い。それに日用消耗品。洗剤って言っても、食器用、洗濯用、頭洗う用に体洗う用に顔洗う用。さらには風呂を洗う用なんてものまである。洗い過ぎじゃね?
ほかにも美容関連がそりゃーもー多いのなんの。「何塗ってもかわんねーだろー」って思ったよ。これは絶対言わないけど。
女性はともかく男なら、顔も身体も頭まで石鹸一本でいいだろ、と思ってたんだが、ここのを使うようになってから、女ウケが違ってきてさ。
いやぁ、やるわ、あの嬢ちゃん。スゲェ、スゲェ。マジ、感謝。
でももっとスゲェのは、それ全部ここで作ってるっていう。それも、二人で。
この店、営業時間は比較的緩くて、買い物や用事の時は店を閉めたりすんだけど、基本的に朝から夕方までやってる。マリエラ嬢ちゃんは時々、居住区画に行ってるから、家事とかその時にしてるんだろうけど、店の商品を作れるような時間じゃない。俺は詳しくないけど、結構な量作ってるはずなんだ。
だって毎日どんどこ材料届くんだぜ?
オークの脂だとか、オリーブの実だとか、スライムの溶解液だとか、各種の薬草なんかになると何が何やらさっぱりだけど。毎日市場から配達されんのを、ジークが地下室かどこかへ運び込んでる。
ほんといつ作ってんだって思うけど、常識的に考えて夜しかないわな。
で、ある時、聞いてみたんだが、マリエラ嬢、ちょっと困った感じでこう言ったんだ。
「あー、ジークが頑張ってくれるので」
なるほどな!
ジークが張り切ってるわけだ。護衛としてだけでなく、店の経営から商品の製造まで幅広く活躍することで、この店に不可欠な存在となるべく不断の努力をしてるのか。
護衛Aが言うように、確かにマリエラ嬢は見たところ庶民の鏡みたいな女の子だが、『木漏れ日』みたいな安定した収入のある店の主人なんて、かなりの優良物件だ。
10歳以上も年上のジークからすりゃ、イイトコ見せたいんだろうな! お嬢様がおっしゃるように、しょっちゅう『木漏れ日』に来るリンクスの存在も気になっちゃうってなもんだよ!
うちのお嬢様が紆余曲折の末、ウェイスハルト様みたいな超大金星を釣り上げちゃったみたいに、マリエラ嬢も見事ジークをフィッシュなわけだ。
いやぁ、いいね。なんだか俺も頑張らなきゃって気がしてくるね。釣って釣られて恋の駆け引き大物狙いで一本釣りか!
となれば、さっそく『木漏れ日』の商品でも試すとするか。
お嬢サマァーッ! おすすめの美容製品、教えてくださーいッッッ!!!
護衛Bの悩ましき日々も続く。




