白の仔ら㉑ エミリー頑張る
「あっ、あたしがっ、ちゃんとしなかったからっ」
かくれんぼの途中で行方不明になったシュッテとアウフィ。
一緒に遊んでいたエミリーは、自分のせいで二人が帰ってこないのだと、酷く動揺していた。
「落ち着いて、エミリーちゃん。あの子たちのことだから、かくれんぼの最中に何か面白いものでも見つけて、どこかで迷子になっているんだよ」
「あぁ、きっとそうだ。すぐに探して見つけてくるから、帰ってきたらまた一緒に遊んでやってくれ」
マリエラもジークもそう言ってくれるけれど、『ヤグーの跳ね橋亭』で大人たちの中で育ってきたエミリーは、それが慰めの言葉であることが理解できてしまう。
それを証拠に、ちょうど迷宮都市にいた黒鉄輸送隊の面々は、リンクスを『ヤグーの跳ね橋亭』に残して双子の捜索に出かけてしまった。
それにエミリーだって、このところ迷宮都市を騒がせている“白い獣”の話は聞いている。シュッテとアウフィはまるで“白い獣”が人間になったみたいだと思っていたのだ。白い獣を捕まえたい悪い冒険者にさらわれていたらどうしようと、エミリーは不安でたまらない。
「どっ、どうしようっ。二人が、さらわれちゃったらっ。
探してもふたりが見つからなくてっ、“もういいよ”の声も聞こえなくてっ。シュッテもアウフィも、いっつもワガママばっかり言って困らせてっ、だから、だからっ、……いなくなっちゃえばいいのにって、思ったからっ」
しゃっくりをあげながら泣きじゃくるエミリーちゃん。
問題を起こした時に、悪いことをしたと理解できない子供や、自分は関係ないとそっぽを向く子供は意外と多い。
だというのに、双子の面倒を見るべきだったと反省できるとは、本当にしっかりした子供だ。お子様という単語はこういうお子さんのためにあるのではないか。
きっと、男手一つで育ててくれている父親に迷惑をかけないようにと、頑張って背伸びをして暮らしてきたのだろう。
マリエラも師匠に引き取られてすぐのころは、“ちゃんとしなきゃ、がんばらなきゃ”と肩に力が入ってしまっていたからよくわかる。
師匠はそんなマリエラをくすぐって笑わせ、肩の力を抜いてくれたし、何より師匠があまりにちゃんとしてなかったせいで、なんだかたくましく育ってしまったけれども。
だからマリエラは師匠が昔してくれたように、エミリーちゃんをぎゅーっと抱きしめたあと、こしょこしょと脇腹をくすぐった。
「ひゃっ。ちょ、マリ姉ちゃん!? くすぐったいよ!」
「エミリーちゃんは悪くないよ。悪くないからそうやって笑って二人が帰ってくるのを待っていて。あの子たちは大丈夫だから。それにね、思うだけでいなくなるなら、とっくにいなくなってるよ。私だってしょっちゅう思ってるんだから」
マリエラだって双子の悪戯に悩まされるたび、何度追い出そうと思ったか知れないのだ。
でも本気で追い出しはしなかった。あの双子たちとすごす賑やかな生活が、どこか魔の森の小屋で師匠と暮らした日々のように思われて、手放しがたかったのだ。
本当は、シュッテもアウフィもとっくに元気になっていて、送り出してやらなければいけなかったのに。
「だからね、これは、私の責任なんだよ。これでもあの子たちの保護者だからね」
そう言うとマリエラは、リンクスに目くばせをした後、「シュッテとアウフィが帰ってるかもしれないから」と、『ヤグーの跳ね橋亭』を後にした。
残されたリンクスもいつものようにエミリーの頭をぐしゃぐしゃとなでる。
「しょげてんじゃねーよ。目ぇ、腫らしてっと明日、双子に笑われんぞ」
「もうー、リンクス! 髪ぐしゃぐしゃになるでしょー!」
「ははっ、おっかねー。じゃー、オレも退散して、チビッコどもを探してくっか」
そうして、エミリーがいつものように文句を言えるようになったのを確認すると、逃げ出すようにおどけて見せて、『ヤグーの跳ね橋亭』を飛び出していった。
マリエラもジークもリンクスも、一刻も早くシュッテとアウフィを探しに行きたいだろうに、エミリーを泣いたままにしないでいてくれたのだ。しかも落ち込むエミリーに大ごとだと思わせないよう、時間を空けて出かけたのだろう。
笑わせてくれたマリエラも、慰めてくれたジークも、からかってくれたリンクスも。今もエミリーを慰め店の客に双子のことを頼んでくれているアンバーや店の女たちも。
みんなみんな、とても優しい。
ずっと、シュッテとアウフィばっかり甘えてずるいと思っていたけれど、エミリーもずっとみんなに妹のように可愛がってもらっていたのだ。
(……いつまでも泣いてちゃだめだ。
シュッテもアウフィも小さい子供だもん。悪い大人に捕まって、きっと泣いちゃってる!エミリー、お姉さんだから、助けてあげなくちゃ!)
二人を探してあげなくちゃ。そう思った瞬間に、エミリーの耳に双子の声が聞こえた気がした。
――もぅーいーよ。
かくれんぼは続いているのだ。双子が探してほしがっている。エミリーにはどうしてかそのように思えた。
「あたしも、もうちょっとだけ、探してくる!」
外はまだ日が落ち切っていない。外で遊ぶ子供もまだいる時間だ。
エミリーは目じりに残る涙を袖でぎゅっとぬぐうと、双子の失踪にざわめく店内を離れて、夕暮れの街へと駆け出した。
■□■
(衛兵さんにはマルロー副隊長とかが連絡してるよね)
夕焼けの街並みを走りながら、エミリーは考える。
“通報するのは大人の仕事だ”くらいのイメージだけれど、実際、都市防衛隊や冒険者ギルドには黒鉄輸送隊の方のマルロー副隊長から連絡済みだ。都市防衛隊は検問や見回りを強化してくれるだろうし、冒険者ギルドも情報買い取りの依頼を出してあるからめぼしい情報があれば連絡が来る。だから、シュッテとアウフィが迷宮都市の中にいるなら見つかるはずだ。
けれど、エミリーには二人が迷宮都市の中にいないような気がするのだ。
「もぅーいーよ」の声が、ずっと遠く、壁の向こう側から聞こえたように思えたからだ。
(街の中より外の方が、見つかりにくいもんね。でも街の外に連れていくなら、けんもんで見つかると思うんだけど……。でも時々、けんもんをすり抜けるやつがいるってお客さんが言ってた。えと、なんだっけ?)
ぴゅうと吹く風に髪を梳かれると、なんだか頭がはっきりしてくる。
『ヤグーの跳ね橋亭』でウェイトレスを務めるエミリーの元には様々な情報が入ってくる。夜の女たちの集う『ヤグーの跳ね橋亭』ではエミリーは“幼い子供”という印象が強い。それ故に客たちはエミリーの聞き耳に注意を払わず、「うんしょ、うんしょ」と給仕を行うエミリーの横で信憑性の高い情報を漏らすのだ。
例えば、迷宮都市を出る時にかかる高い関税から逃れるために、商品をこっそり持ち出す方法だとか。
(うまくいきやすいのは、森で合流パターンだっけ。あ、西門だ!)
馬車が出入りする大門の検査官は、不正を絶対見逃さない。
二重底になった馬車の床やら、馬車の裏側に固定された荷まで、専用のスキルでもあるのかというほど見つけ出すから馬車に隠して持ち出すのは不可能だ。逆に出入りが緩いのは、街の住人が出入りする西門。
城壁の外の畑で働く人や、魔物の少ない西の森に行く人が日常的に使う通用門で、荷物を積んだ馬車などの出入りは禁止されている。通行できる車両は農作物を運ぶ荷車くらいだ。
「すいませーん! 今日、子供を連れた人が出ていきませんでしたか? 大きな荷物を持った人とか」
「うん? お嬢ちゃんは確か『ヤグーの跳ね橋亭』の。いや、見てないな。どうしたんだい?」
西門で尋ねるエミリーに、詰所から優し気な衛兵が出てきて応対してくれる。エミリーは知らないことだが、農具の底に隠したり、狩りや採取の道具に忍ばせて、チェックの緩い西門から商品を持ち出そうと考える者が一定数いる。その対策として、西門にはエミリーの顔さえ覚えているような記憶力に優れた者が詰所の奥で目を光らせているのだ。西門だって、そう緩いわけではない。
エミリーの話を聞いた衛兵は、詰所の奥に引っ込んで不審な人物がいなかったか確認をしているようだ。エミリーもどさくさに紛れて話の内容を盗み聞く。本当に不審者がいたとして、子供のエミリーに教えてくれないだろうと思ったからだ。
ちょうど風向きが変わって、衛兵たちの話が途切れ途切れに聞こえてくる。
「……子供はいなかっ……。……荷物も確認……いない」
「が……時間差で二人……。冒険者……」
(やっぱりいたんだ! でも、シュッテとアウフィは通ってないの? 城壁のどこかに穴とか開いてて、そこから出たりしたのかなぁ?)
城壁は魔の森から迷宮都市を守る要だ。子供が出られるほどの穴を放っておくはずはない。定期的に見回りをして修繕を行っているはずだ。けれど、都市防衛隊も把握していないような、新しく開いた穴ならどうだろう。
門の近くに積もった落ち葉をつむじ風が掻きまわす。こういう落ち葉の中には虫が入り込んでいるからうかつに近寄っては危険だ。――あの双子はしょっちゅう突撃しては芋虫なんかを捕まえてくるのだが。
(そういえば、お客さんが穴掘り芋虫が出たって言ってた! シュッテとアウフィも捕まえてきて、大騒ぎになったんだった)
土竜虫という、蚯蚓草の後を掘り進んで迷宮から地上へ別の出口を作ってしまう、困った芋虫の駆除が面倒だったと客が話していたのをエミリーは思い出した。
もしも誘拐犯が土竜虫と蚯蚓草を手に入れていたなら、城壁の下にトンネルをこっそり掘れたかもしれない。
(きっと穴を掘って二人だけ外に出したんだ!!)
全部思い付きに過ぎないのに、今日のエミリーはなぜかとっても冴えていて、思いついたどれもこれもが正解のような気がしていた。エミリーは衛兵の返事もそこそこに、城壁に沿って走り出す。
風に背中を押されるままに、タッタカとエミリー史上最速の走りで夕暮れの迷宮都市を走る。目指すのは城壁に面した人気のない場所。かくれんぼに適した、茂みがある場所だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。すごい、本当にあった! 見つけた……!! これ、シュッテとアウフィの服の切れ端だ」
エミリーの推理通り、デイジスで隠されたかつては雨水用の排水溝だった場所が掘り返されて、子供がギリギリ通れるくらいの穴が開いていた。大人では気が付きにくい低い場所に、シュッテかアウフィの服の一部らしき布が破れて引っ掛かっている。
間違いない。ここだ。
ふたりの「もういいよ」は気のせいではなかったのだ。
(知らせなきゃ!! シュッテ、アウフィ、待っててね!)
エミリーは大きく息を整えると、『木漏れ日』へと走り出した。




