白の仔ら⑳ かくれんぼ
「シュッテね、エミリーとあそぶの」
「アウフィも、エミリーとあそぶの」
「エミリーは遊ばないよ。お手伝いで忙しいもん」
白い双子の襲撃に、エミリーはぷぃっとそっぽを向く。
はわわわわ!
思わぬオコトワリに、シュッテとアウフィはそんな声が聞こえそうな形に半口を開いてお互いとエミリーを交互に見る。
『ヤグーの跳ね橋亭』での接客で鍛えられているから顔に出したりしないけれど、エミリーは双子のことがあまり好きではない。
「シュッテ、エミリーとあしょびたいーっ!」
「アウフィもエミリーとあしょびたいーっ!」
駄々をこねる双子の声を聞きつけて、『ヤグーの跳ね橋亭』の厨房からエミリーの父親であるマスターが顔を出す。
「おう、エミリー。せっかく来てくれたんだ、手伝いはいいから遊んでやんな」
「とうちゃん……」
双子のこういうところが嫌なのだ。
遠慮なく周囲に甘えてしまえるところが。
迷宮都市は物資も人材も豊かな街ではないから、家の手伝いで働いている子供は多い。子供たちは家事や家業の手伝いを通じて生きていく術を学ぶ。親とは違う仕事に就くために、弟子入りする子供だっている。10歳に満たない子供でも、家の手伝いをするのは当然で、手伝いをしている子供を遊びに誘ったりなどしない。
みんな、働くことの大切さを知っているのだ。だから、働いている大人のジャマなんて、いい子はしてはいけないのだ。そう思って、エミリーはずっと我慢してきたのに、どうしてこの双子は遠慮なくわがままを言うのだろうか。
(マリ姉ちゃんは甘やかしすぎだと思う)
エミリーはご機嫌斜めだというのに、双子の方はエミリーに構ってもらえるとニコニコしている。
(エミリーだって父ちゃんにかまって欲しいのに……)
夜遅くまで働く父親と、朝食の配膳を担当するエミリーは、生活サイクルがずれていて、昼を回った頃のお手伝いタイムは父親に構ってもらえる数少ないチャンスなのに、それを邪魔されたのは面白くない。
だがしかし、エミリーは10歳で双子よりお姉さんなのだ。ここはお姉さんらしく遊んであげないこともない。
「……しょうがないなぁ。じゃあ、何して遊ぶ?」
「シュッテねー、かくえんぼ! エミリーがおにさんー!」
「アウフィもね、かくれんの! きゃあっ、かくれんのー!」
「えぇー、やだよ。二人とも見つからないもんー。あ、ちょっと、まってよぉ!」
ぱたたたたー。したたたたー。
しぶしぶOKしたとたんにコレである。
手も足も身長も、エミリーより小さいというのにパッと『ヤグーの跳ね橋亭』を飛び出した双子は、まるでつむじ風のようにくるくるひらひら走り回って、街の路地裏に消えてしまう。
じっとしてくれれば見つけやすいのに、あっちの陰からこっちの陰へ、エミリーが他所を向いた隙にちょこまか移動するものだから、なかなか見つけることができないのだ。
「もうー、シュッテもアウフィも! ずーるーいー!」
くすくすくす、うふうふふ。
双子の姿は見つからないのに、囁くような笑い声が聞こえてくるのが癇に障る。
はじめは真面目に探していたエミリーも、ちっとも見つからない双子にだんだんイライラしてきた。声を頼りに探そうとしたら、いつの間にか笑い声さえ聞こえなくなっていた。どこを探しても見つからないし、いつになってもシュッテとアウフィは出てきてくれない。
鬼ごっこなら他の子の姿が見えるけれど、かくれんぼじゃ鬼は一人ぽっちの孤独な戦士なのだ。
「シュッテ―、アウフィ―、出てきてよー!」
エミリーはなんだか泣きたくなってきた。お姉さんの面目は丸つぶれだ。
「つまんない! もう帰るからね! 帰っちゃうからねー!」
大きな声で叫んでも返事もしないなんて、シュッテもアウフィも勝手すぎる。これでは、一緒に遊ぶ意味がないじゃないか。父ちゃんのお手伝いをする時間を邪魔しておきながら、エミリーを勝手に鬼にして、見つからないように二人で隠れて楽しんで。
「もう、知らない! シュッテもアウフィも知らないんだから!」
折角遊んであげたのに、なんてワガママなんだろう。エミリーはとっても腹立たしくなって、プンスコ怒りながら『ヤグーの跳ね橋亭』に帰っていった。
「チビどもはどうした、エミリー」
「知らない」
「なんだ、ケンカでもしたか?」
「知らないったら!」
あんな子たちなんて知らないんだ。いっそ、本物の鬼に連れ去られてしまったらいい。
エミリーがそんなことを考えたせいだろうか。
「すいません、シュッテとアウフィが帰ってこないんですけれども、知りませんか?」
いつもならとっくに家に帰っている日が暮れかかった頃合いに、訪ねてきたマリエラからもたらされたのは、双子が行方不明だという連絡だった。
■□■
「思いのほかうまくいったな」
「あぁ。にしてもよ、やっぱ、これはマズいんじゃねぇか? 子供を攫っちまうなんて……」
「むぅー」
「むむー」
「子供じゃねぇ! 人間に化けてるだけで幸運を呼ぶ白い獣だって話じゃねぇか。だから罪になんてならねえよ!」
「おめぇ、それマジで信じてんのかよ」
「むっむぅ!」
「むむっむ!」
「うるせぇぞ、ガキども!」
「おい、怒鳴るなよ」
「ムー……」
「ムゥ……」
シュッテとアウフィは、マリエラたちの心配通り、悪いやつらに絶賛捕縛されていた。
うるさく騒ぎ立てるものだから、猿轡までされている。猿轡を外さないようにかわいいお手々も緩くではあるが前で拘束されている。
二人を攫った男たちは幼女を殴るほどの外道で無かったせいか、それとも彼らの取引相手に“絶対に傷付けるな”と厳命されているからか、シュッテもアウフィも怪我一つなく、「ムー」「ムー」と何やら元気に主張している。だから、どことなく暢気な雰囲気だが、現状は深刻な上、これは分かりやすく犯罪だ。
だいたいこんな幼子に猿轡とは何事か。しかも、動物のように檻の中に入れるだなんて。
双子を攫った二人組のロクデナシは、赤毛のロッソと栗毛のブルーノ。Bランクの冒険者崩れだ。
少々腕は立つものの、素行も心がけもこれっぽっちも良くはない。
冒険者の能力というのは、生まれ持った才能――スキルに依存するところが大きい。もちろん努力は必要だが、努力だけでは超えられない壁というものがどうしたって存在する。それは何も冒険者に限ったことではないのだが、ランクという目に見える指標が存在する分、冒険者は誰しも能力の限界に行き当たるという経験を認識しやすいのだろう。
その時にどういった選択をするかで、その後の人生が決まるといっていい。
Aランク昇格の為に迷宮都市に来る冒険者は多いが、二人はとっくに諦めてしまったクチだ。この街にやってきたのはロクでもない仕事を斡旋されたからだ。
Aランクになれなくたって、真面目に働けば人並み以上の裕福な生活が送れるというのに、Bランクという“俺は結構強い”と自惚れられる頃合いなぶん、失脚の痛手も大きかったのだろう。
どこぞの弓使いのように奴隷にまで落ちぶれる者はレアケースだけれど、この二人もなかなかの落ちぶれようだ。現在進行形で転落中なことに気が付いていない二人は、高額で胡散臭い仕事にまんまと飛びついたわけである。
「だいたい、こいつらは人間じゃねーんだ。それは捕まえた時に見ただろう? この紙切れ、人間にゃ何の効き目もなかったじゃねぇか!」
「……そうだな。でもよ、魔法陣ってやつはとうの昔に無くなっちまった技術なんだろ? そんなもんを寄越してくるなんて、ヤバイ奴じゃねぇのかな」
「ハァ? 帝都じゃポーションの瓶にだって彫られてるだろ? こいつはちょっとばかし複雑で見慣れねぇけど、あれだけの前金をポンッと出す御仁がバックについてんだ。別に不思議じゃねぇだろうがよ!」
赤毛のロッソが栗毛のブルーノに突きつけた羊皮紙には、なかなかに複雑な魔法陣が描かれていた。似たような模様はシュッテとアウフィが閉じ込められた檻の錠前にも彫られている。
魔法陣は大半が失伝した知識だ。今残っているものは、ポーション瓶に描かれているようなシンプルで生活に根付いたものばかり。ブルーノが持つ羊皮紙に書かれた魔法陣は、それから比べればかなり複雑な部類で、一般的に出回るようなものではない。
そして、二人は斡旋業者経由でクライアントにこう命じられていたのだ。
「迷宮都市に行き、白いつがいの獣を捕まえてこい。
前金は迷宮都市に着いた時点で支払おう。失敗しても前金の返却は不要。ただし捕獲用に魔法陣と錠前は貸与だ、再び帝都の石畳を歩きたいなら必ず返せ。
いいか、この魔法陣を使って動きが止まったならば本物だ。その獣を連れて来られるなら高く買う」
二人だってバカじゃない。いや、こんな仕事に引っ掛かっている時点で大馬鹿野郎には違いないが、少なくとも得体のしれない魔法陣を真に受けて犯罪に手を染めるほどではないと、少なくとも本人たちは思っている。
だから、魔法陣はそこら辺の野良犬や酒場で寝込んでいる飲んだくれ相手に試して、無害なことを確認している。
その時点で二人は考えたのだ。
“無害な魔法陣なら、適当な白い獣を捕まえて、動かなくなる演技を仕込めばいいんじゃね?”と。
「それにしても驚いたぜ。迷宮都市に来て見りゃあ、白い獣の噂話で持ちきりどころか、こんな双子がいるんだからな」
赤毛のロッソが双子に目をやる。
動物の調教は根気がいるが、子供だったら言葉が通じる分、簡単だ。相棒のブルーノを説得するのに時間がかかってしまったが、おかげで絶好のチャンスに巡り合えた。
かくれんぼなのだろうが、二人そろって暗がりに転がり込んでくれるとは。
「ホントに動かなくなったのには、驚いたぜ……」
双子に魔法陣を使ったのは、最後まで子供の誘拐に反対していたブルーノだ。魔法陣を人間に使っても何の影響もないことは確認済なのだ。怪しい大人に双子が逃げればそれでいいくらいに思っていたのに。
双子の目の前で羊皮紙に描かれた魔法陣に魔力を流した瞬間、双子はまるで人形になってしまったかのように、目を開けたまま動かなくなってしまったのだ。
おかげでロッソとブルーノはやすやすと双子を誘拐することができてしまった。
双子が動かなくなったのはほんの数分間だけで、じきにうるさく騒ぎ出したけれど、一緒に遊んでいた子供に気付かれない場所まで逃げるくらい、二人には簡単なことだった。
あとは双子が騒がないよう猿轡を噛ませて、動物用の檻に入れ、貸与されていた錠前で鍵をかければ仕事は半分済んだも同様。あとは、この街から運びだすだけだ。
「あの運送屋、足元を見やがって。高値を吹っ掛けたどころか街の外で荷を渡せとか。クソッ」
「そうカリカリすんなよ、ブルーノ。本物を見つけたんだ。謝礼はたんまり出るだろうさ。荷物の詮索をしない代わりに街の外で引き渡してーのは賢いやり方だ。俺は信用できると思うぜ」
「ムッム、むむむむうぅー」
「ムウムむ、むむむむむむー」
「だからガキども黙れって!」
「……腹減ってんじゃねーか? おい、ガキども、静かにするって約束できるならパン喰わせてやる」
「むん。ムッム、むむっむ」
「むん。ムウムむ、むむっむ」
教育がなっているのかいないのか。こんなに怪しい二人だというのに、パンを与えてやると双子はお行儀よく食べ始める。
モフモフカフカフ。んっくんっくぷはー。
小さなお手々でパンを掴んでもしゃもしゃと食べる双子は、どう見たって可愛らしい人間の子供だ。
多少なりと罪悪感があるのだろうか、赤毛のロッソは双子から目をそらし、栗毛のブルーノは少しばかり眉をしかめた。
「このパンかたーい。シュッテ、マリのごはんが食べたい」
「このパンまずーい。アウフィもエラのごはんが食べたい」
「うっせぇ! 状況分かってんのか、黙れ!」
「家には帰れねぇからよ、それ食べたら大人しく寝な。……怖いことはなるべくねぇようにするからよ」
渡されたパンをきっちり食べ、水まで飲んでから文句を言う双子に、ロッソは大人げなくキレ散らかし、ブルーノは再び猿轡を噛ませる。
「大丈夫、マリエラはシュッテを見つけてくれるもん」
「平気だよ、マリエラはアウフィを見つけてくれるもん」
口をふさがれる直前に、双子が話した小さな声が、なぜだかロクデナシたちの耳に残った。




