白の仔ら⑱ サイレント・マリオネット計画
貴族令嬢キャロラインは、『木漏れ日』に入り浸っている一人だ。
結婚前のわがままとか言うやつで、庶民代表マリエラとも仲良くしてくれるし共同で薬を作って売ったりもしている。
だがしかし。
庶民とお貴族様の間には、深くて広い溝がある。蝶々とカトンボくらいの開きがあるのだ。
そのことをマリエラもジークもきちんと弁えているからこそ、キャロラインとマリエラの友情は成り立っているのだけれど、今の『木漏れ日』にはそんなこと知ったこっちゃない暴君が二人もいる。
見た目だけは可愛い双子、シュッテとアウフィだ。
お人形さんのような見た目に反して、その生態はハナタレ小僧のそれに近い。
「ジーク、リンクス。緊急事態だよ。キャル様が二人と遊びたいって!」
「……それは不味いな」
「あそぶー」「あそぶー」
「おー、お前らあっちで遊んでな?」
今までは、ジークが連れて出かけたり、リンクスに任せたり、エミリーちゃんに面倒をお願いしたり、外に遊びに行かせたりと、あの手この手で接触を避けていたけれど、今度ばかりはそうはいかない。リンクスに裏庭へ誘導される双子を見ながら、マリエラは遠い目をする。
「あの子たち、初めてキャル様見た時、スカートをめくろうとしたんだよ……」
ひらひらするのが気になるらしい。
なんて恐ろしいことをしようとするのか。事前に捕獲できて本当によかった。
マリエラのマントもバッフバッフとどれだけ捲くりあげられたことか。
「もし、失礼なことをしでかしちゃったら、私もジークも良くて無礼討ち、最悪、市中引き回しの上、打首獄門……」
青ざめてぶるぶる震えるマリエラ。また、変な本を読んだらしい。さすがにそれはないと思うが、罰則がなくともご令嬢に失礼を働いていいはずはない。
「こうなったら、第一種戦闘配置だよ! ジーク参謀、作戦の立案はまかせた!」
「え?」
「さんぼー」「けいれー」
「だから、お前らあっちいっとけ?」
拳を握り、宣言するマリエラ。やっぱり変な本を読んだらしい。
いつものごとく、ちょっとぼんやりしていたジークは、マリエラの無茶ぶりに固まりながらも、その頭脳をフルに活かしてシュッテとアウフィがキャロラインの前でいい子にするための計画を立案するのだった。
***
「ただ今より、“サイレント・マリオネット計画”を発動します!」
「シュッテ二等兵、アウフィ二等兵準備はいいか!?」
「あい、さー!」「いえす、さー!」
『木漏れ日』のカウンターに両肘をつき、口元で手を組んだマリエラ総指令が作戦の開始を告げる。
ジーク参謀は、マリエラ総司令の横で、今まさにこちらへ進行を開始しているキャロラインの為に、カップを磨き、最後の点検を行っている。
本作戦の肝である、双子二等兵の訓練はリンクス軍曹が見事果たしてくれたようで、二人はしぴっと敬礼を返している。うん、実に可愛らしいお嬢ちゃんどもだ。
カランコロン。
『木漏れ日』の扉の鈴が軽やかに鳴り、ついにキャロラインと御付きの護衛二人が襲来した。
「ごきげんよう、マリエラさん。それに、うふふ、こんにちは。可愛らしい双子ちゃんたち」
キャロラインからの先制は完璧なまでの淑女の礼だ。いつもより、3割増しでスカートの裾がひらひらしている。ひらめく裾に、双子の視線は釘付けで、さっそくうずうずし始めている。
パンパンパンパン!
だがしかし、リンクスが手を打ち鳴らすと、双子は跳ねるように背筋を正し、手拍子に合わせてチャッチャッチャッチャとポーズを決めていく。
ポーズ・トレント、エイプ、トレント、オウル、そしてフィニッシュに挨拶だ。
「こんちにわ、シュッテです」
「こににちわ、アウフィです」
――決まった!
ジークの立案した“サイレント・マリオネット計画”――。
それは、いくら挨拶を教えても勉強らしいと感じるや絶対に覚えようとしない双子に、様々なポーズを覚えさせ、それをつなげてそれっぽい動きをさせようというものだ。
ポーズはいくつもないのだけれど、飽きっぽい双子に覚えさせ、手拍子のリズムに合わせて演じさせるのは、恐ろしく根気強い仕事であった。
鬼軍曹リンクスは双子の調教……じゃなかった訓練に、黒鉄輸送隊の調教師、ユーリケを引っ張りだしたくらいだ。文字通りの飴と鞭――おやつを貰えるか貰えないかのじごくのくんれんに、どれほどの尊い犠牲が運命の荒波へと消えていったことか。
その努力は、見事実ったといえよう。二人の完璧な仕上がりに、リンクス軍曹も満足そうだ。
しかし、敵もさるもの。次なる攻撃を繰り出してきた。
「まぁ、上手に挨拶ができてえらいわ。はい、これお土産のケーキよ」
「ケーキ! シュッテ、白いふわふわのケーキ好き!」
「ケーキ! アウフィ、黒いぴかぴかのケーキ好き!」
「生クリームとチョコレートかしら? どちらもありましてよ」
「きゃあっ、けーきぃ!」
「きゃあっ、けーきぃ!」
物資の乏しい迷宮都市では、畜産品は貴族向けの高級品だ。庶民向けには労働力でもあるヤグーの乳製品が出回っているけれど、やはり専用に育てられた牛の乳製品にはかなわない。牛乳製品をふんだんに使った菓子など高級品で、稀に手に入ってもガキンチョが寝静まった後の大人の楽しみだ。
普段なら食べさせてもらえない特別なお菓子の登場に、双子のテンションは爆上げで思わずキャロラインに飛びつきそうになる。
もちろんその程度の攻撃は、想定済みだ。ジークの眼帯がきらりと光る。
パンパパパンパン!
打ち鳴らされるリンクスの手拍子。キャロラインの護衛には事前に連絡済とは言え、少し驚いているようだ。
(ふふふ、驚くのはこれからだよ)
ちょっと的外れなマリエラ総司令の心の声を反映するかのように双子がシュビビと反応する。
ポーズ・竜巻、トレント、石ころ、からのカエルさん!
「シュッテ、うれしい!」
「アウフィも、うれしい!」
その場でくるりと回ってから飛び上がって喜びを表現する双子。
じつにあざとかわいい動きではないか。
(勝った……!!!)
何もしていない割に、勝利を確信するマリエラ。
挨拶は済んだ。後は適当にキャロラインが持ってきてくれて高級スイーツを双子に与えつつ、静かにさせればいいだろう。
老若男女問わず何かを食べている間は静かになるものだ。例え、栄養を考えるお母さん泣かせの外法であっても、『木漏れ日』の秩序が保たれるなら正攻法だ。野菜は明日食べさせればいいのだ。
「ささ、キャル様、お席にどうぞ。今お茶の準備をしますので。シュッテ、アウフィ、手伝って」
「シュッテ、ケーキもつ」
「アウフィもケーキもつ」
「おりこうさんだねぇ。今日は冷たーいアイスもあるからね」
仕込みは双子のポーズだけではない。静寂をもたらす兵器だって用意してある。
冷凍の魔道具では温度が足りず、錬金術まで駆使してカチンコチンに固めた最終兵器――。スプーンすら刺さらないこの特製アイスは30分近く双子を黙らせ釘付けにする禁断のアイテムだ。作るのが面倒くさいからめったに作らないが、材料も妥協せずに作っているからお味の方も魅惑のおいしさだ。
「きゃああっ! アイシュ!」
「わああぁっ! アイシュ!」
今日は、なんて素敵な日なのだろう。ケーキにアイス。他にもキラキラしたお菓子がたくさんある。シュッテとアウフィは嬉しさのあまり、その場でくるくる回りだす。興奮のせいか、いつもより三割増しでろれつが回っていないほどだ。
そうだ、お礼だ。こんな素敵なものをくれるのだから、お客さんにお礼を言わなければいけない。
マリエラの日頃のまっとうな躾を思い出したシュッテとアウフィは、キャロラインの方を向くとぺこりとお辞儀をしてお礼を言った。その様子があまりにお行儀良かったせいで、リンクス軍曹も思わず見逃してしまったのだ。
「おしめさま、ありあとうざいます」
「おしめさま、あんあとおざいます」
お し め さ ま。
なんだろう、オムツなその呼び名は。
――やっちまったー!!!
(そういえば、言語統制を忘れていた……)
ジーク参謀、痛恨のミス。
何事もクールにこなすジークは、双子の想定外の発言に思わず面白い顔をさらしてしまう。
「うふふ、私はお姫様ではなくてよ。でも、お姫様の出てくるお話ならいくつか知っているわ。いらっしゃいな、お話ししてあげる」
「おひめさま?」「おひめさま!」
なんて優しいキャロライン!
(うぅ、キャル様こそ、お話に出てくるお姫様みたいだよ……)
キャロラインの優しさの前に双子爆弾はどうやら不発に終わったらしく、マリエラは胸をなでおろした。
子供というのは相手をよく見ている物なのか、おっとりとしていても優しく賢いキャロラインに双子は大人しくくっついて遊んでもらっていた。
その後は、ケーキやお菓子そして、最終兵器の投入により、何とかつつがなくキャロラインの来訪を終えたのだった。
「けーきのおひめさま、また来る?」
「けーきのおひめさま、いつ来る?」
いい子にしていれば美味しいお菓子がもらえると学習したのか、その後も双子がキャロラインの前では比較的おりこうさんになったから、訓練の成果はあったのだろう。
パンパンパパパン!
「ポーズトレント、石ころからのアプリオレのアプリオレでフライ・ハイ!」
しばらくの間、おもしろがったリンクスが双子にいろんな動きを仕込んでは、『木漏れ日』で披露したのをキャロラインも楽しそうに見ていたけれど、これが標準的な子育てだと勘違いされなければ、ハッピーエンドは間違いなしだ。




