王様と双子
シューゼンワルド兄弟はキラキラしている。
金髪に青い瞳、整った顔立ちと、幼い女児が思い描く“王子様エッセンス”を凝縮したようだし、迷宮攻略の為に鍛え上げられた肉体は、幼い男児が憧れる“つえー、かっけー”を体現している。まさに完全無欠の王子様系兄弟だ。それゆえ、大変よく目立つ。
しかも、迷宮討伐の先鋒にして、後に続く冒険者たちの旗印となるべくそれなりに露出もしているから、迷宮都市で彼らの顔を知らない者はいないだろう。
そんな迷宮都市名物の兄の方、レオンハルトは時折、お忍びで市井を視察する。迷宮討伐に重きを置いているとはいえ、この都市の政治を預かる者として見識を深めるためでもあるし、何より戦いに疲れた心を癒し再び奮い立たせるために必要なのだ。
ここ数か月、迷宮討伐の戦績はめまぐるしいものがあった。長く膠着していた『呪い蛇の王』を下しただけでなく、次いで『海に浮かぶ柱』まで打倒せしめたのだ。しかも迷宮討伐軍の損耗は驚くほどに少ない。けれど、激戦であったことに変わりはなく、レオンハルトにはしばしの休息が必要だった。
そういう時、レオンハルトはここへ来る。
街で暮らす人々の風景は、これこそが己が守るべきものなのだと、レオンハルトに実感させる。
一般の冒険者が着るような服にローブを羽織り、目立つ金髪はフードを目深にかぶって隠してしまえば、見えているのは口元くらい。近づけば、青い瞳や金髪が少し見えてしまうだろうが、それくらいでは誰であるか分かるまい。
完璧な変装である。
そう考えているのはレオンハルトただ一人で、実際は、偉丈夫ぶりはローブで隠せていないし、姿勢の良さや凛とした立姿、何より“獅子咆哮”というスキルゆえかそれとも為政者としてのものなのか、醸し出すオーラが半端ない。
だから自称完璧な変装をしていても彼を見た者は、「あ、レオンハルト様だ」と分かるのだけれど、レオンハルトの人となりを理解している迷宮都市の住人たちは、真面目なレオンハルトが真面目にお忍び視察に来ているのだな、と気が付かないふりをしている。
優しい世界だ。そういった気遣いであふれている間は、迷宮都市は大丈夫かもしれない。
住人たちの理解と思いやりによって、常ならばお忍び中のレオンハルトはそっとしておかれるのだけれど、今日ばかりは勝手が違った。
じー……。
迷宮のある広場の端に腰かけるレオンハルトの両脇に座り、こちらを見上げて凝視して来る子供が二人。
シュッテとアウフィだ。
行きかう街の人々の中に双子がいるなと思って眺めていたら、テテテと駆け寄ってきてチョコンと隣に座られたのだ。
(困った……)
隣を陣取られる前に移動すればよかったのだが、このところ寄ってくるのはガチムチ兵士か魔物ばかりという侘しいばかりの迷宮ライフを過ごしていたレオンハルトは、愛らしい見た目のチビッコに寄ってこられて、対応が遅れてしまったのだ。
出会って数十秒だというのに完全に仲良しの距離感でぴったり両脇を固める双子は、レオンハルトのマントの上に座っているから、立てばコロリと転がってしまうだろう。
それは少々可哀そうだ。
どうしたものか。こちらをガン見して来る双子をレオンハルトは交互に観察する。
(街の子供のようだが、アルビノとは珍しい)
着ている物は庶民が着ている類のものだが、色違いでデザインが揃えられ、双子の整った顔立ちと相まって非常に可愛らしい。しかし、せっかく可愛らしいのに土遊びをしていたのだろうか、服は泥だらけで、よく見れば手や靴まで土で汚れている。
レオンハルトの顔を見るのに飽きたのか、双子は申し合わせたように同時に下げていた布の鞄から紙袋を取り出した。どうやら菓子の袋のようだ。泥が着いたままの手で菓子をつまみ出そうとしている。
「あー、レディたち、手を洗ってからの方がいいのではないかな?」
「!!?」
「!!!」
見かねたレオンハルトが思わず声を掛けると、「かまってもらえた!」とばかりに双子がばっと反応する。
ピョン、テテテ。
すぐさま立ち上がった双子は、レオンハルトの前に並ぶと無言で両手を差し出した。
「……?」
泥に汚れた紅葉のおててが四つ、レオンハルトに向けられている。
水をよこせということだろうか。
「《ウォーター》」
双子の前に水瓶からこぼすように水を出してやると、双子は一筋の水流に四つの小さな手を突っ込んで、こしゅこしゅと洗っていく。途中からどれが自分の手か分からなくなったのか、四つまとめて団子状に洗い出すのが面白い。
やるだろうな、と思っていたが、双子が洗い終わった手を泥まみれの服で拭こうとしたからハンカチまで貸してやった。はたから見れば完全に父と子だ。
(迷宮討伐に専心するあまり、息子の子育てを妻に任せきりだったが、子供というのはなかなかに愛らしいものだな)
金獅子将軍相手にゼロ距離攻撃を繰り出す双子に、思わず父性が芽生えてしまったのか。そんなことを考えているうちに、再び双子はレオンハルトのマントの上にちょこんと着席してしまった。金獅子将軍を出し抜くとは、なかなかに将来有望な双子ではある。
再び立つチャンスを失ったレオンハルトに、双子は借りたハンカチと、先ほどの菓子の包みを差し出してくる。
「おじちゃん、ありがとうなの」
「おじちゃん、クッキーどうぞなの」
「……おじちゃん」
レオンハルトの疲れた心にクリティカルヒット。
傷をいやすには魔法の薬が必要だ。具体的には甘い菓子など良いかもしれない。
差し出された菓子の袋には、家で焼いたと思われるクッキーが数枚入っていた。普段ならば毒の混入を懸念して得体のしれないものを口にしたりはしないのだが、どうぞとお勧めしておきながら、双子は先にムッシャアと食べ始めているから大丈夫だろう。万が一があったとして、今ならば解毒のポーションだってある。
「頂こう」
レオンハルトがクッキーを食べてくれたのが嬉しかったのか、双子はニコニコしながらしゃべりだす。
「それは、シュッテたちの特別のお菓子なの」
「それは、アウフィたち以外は食べちゃダメなの」
「ほう、もらってよかったのか?」
レオンハルトが口にする、牛のバターをふんだんに使ったものと違って、素朴な味わいだが、ナッツと柑橘系のジャムか何かが練り込んであって後味がいい。不思議と疲れが飛んでいくようだ。
「おじちゃんは、疲れているから食べていいの」
「おじちゃんは、戦ってるから食べてもいいの」
うふふふふ。うふうふふ。梢を揺らすように双子が笑う。
不思議な双子だ。迷宮都市には戦えない人間の方が少ないのだけれど、まるでレオンハルトが迷宮討伐軍の者だと知っているように感じてしまう。
レオンハルトが見ていると、双子は再び鞄をあさってハンカチに包まれた何かを取り出した。
「これ、シュッテが捕まえたの。あげる」
そう言って、シュッテが差し出したのは、小さな手でギリギリ掴めるほど大きな芋虫で、
「これ、アウフィが見つけたの。あげる」
そう言って、アウフィが差し出したのは、青紫色が毒々しいつる草の雑草だった。
(子供の宝物というやつか……)
それにしても得体のしれない虫や雑草を鞄にしまい込んでいたのか。それも袋に入れているとはいえクッキーと一緒に。
この子らはレディーの皮を被った小僧だったか。鞄からでっかい芋虫が出てくるなんて、幼き日の弟ウェイスハルトより男児らしいではないか。
(とは言え子供には違いない。いらないと突っぱねてしょんぼりさせるのも気が咎める。とりあえず受け取って、どこかにこっそり捨てて帰るか)
チビッコたちのプレゼントを受け取った心優しいレオンハルトは、芋虫に視線をやるや眉間にしわを寄せた。次いで雑草もしげしげと眺める。
「これをどこで? 街の中にあったのか」
双子が渡した雑草と芋虫は、蚯蚓草と土竜虫という迷宮で発生する種類だった。人間に危害を加えないがブロモミンテラやデイジスは嫌うという、魔物かどうか悩ましく、攻撃力の面からすればただの雑草か虫程度のものだ。
しかし、これが街中で見つかったならば問題だ。なぜなら、これらは迷宮が別の出入り口を作る際に放つものなのだ。
(急速に迷宮を攻略したせいで、異変が起きたのかもしれんな)
蚯蚓草は、迷宮の浅い階層から地中を進んでどこか任意の地上に伸びる。その後発生した土竜虫が、蚯蚓草を喰い進んで地上までの細い通り道を作るのだ。初期段階なら、迷宮と地上を繋ぐ小さな穴が開いた程度だけれど、蚯蚓草は細かい根からも再生するし、土竜虫は芋虫の姿が成虫で、再生した蚯蚓草を餌にどんどん増えて穴を広げる。
子供が通れるサイズまで成長すれば、地上から獲物をおびき寄せる通り道の完成だ。万一魔物の氾濫でも起きれば、防ぎきれない通路になるし、平時でも好奇心旺盛な子供が迷い込めば命はない。
「シュッテ、知ってる。こっちなの」
「アウフィも知ってる。こっちなの」
双子が案内した穴は、以前キンデル建材部門長が薬草を抜きまくったあたりに開いていた、貫通するかしないかのごく初期のものだった。これなら除草剤と殺虫剤を撒いた後、薬草を植えれば防げるだろう。後は都市防衛隊に引き継げば、他に穴が無いかの調査も含めて対処できる。早期発見できたのが良かった。
「二人とも、お手柄だ」
双子を誉めてやろうとレオンハルトが振り向くと、それまでぴったり側にいた双子は遠く離れ、レオンハルトに手を振っていた。
「シュッテね、迷宮嫌いなの。だからおーさま、がんばって」
「アウフィも迷宮じゃまなの。だからおーさま、やっつけて」
そう言うと、双子はパタパタと走って迷宮都市の路地へと消えていった。
「おーさま? おじさんの略か」
迷宮の穴のことといい不思議な双子だったが、あの双子と遊んだせいか、レオンハルトは気力が充足するのを感じていた。
「応援されたのだ。必ず迷宮を斃してやるさ」
呟くレオンハルトのフードを一陣の風が吹き飛ばす。
あらわになった金髪に日の光が輪を作り、マントをたなびかせるレオンハルトの姿は、まるで王冠を頂いているようだった。




