うおのめ
その日、シュッテとアウフィが捕まっていた。
「暴れんなっ、このクソガキ!」
「シュッテ、やーなの! ゴメンナサイなの!」
「アウフィもやーなの! もうしませんなの!」
魚屋のオヤジに。
「うちの子たちがすいません。その子たち、何をしましたか?」
「あぁ!? あぁ、あんた、確か薬屋の。このジャリタレども、あんたんとこの子かぁ」
魚屋の親父はマリエラのことを知ってくれていたらしい。シュッテとアウフィの呼び方が、クソガキからジャリタレに変化した。格上げなのか、格下げなのかは知らないが、双子が謝っているところを見るに、イケナイことをしたのだろう。例えばそこに並んでいる大きな魚をツンツンしたとか。
ジロリとマリエラが双子を見ると、手を服でゴシゴシ拭いている。こうやって服で手を拭くものだから、双子の服には洗っても取れない黒ずみが残っていくのだな、とマリエラは遠い目をしてしまう。どこの家でも似たようなものらしく、双子用に作った洗濯洗剤は迷宮都市のお母さまから汚れに悩む冒険者にまで、幅広い層に好評だ。
「売りもんの魚の目ん玉、ツンツンつつきやがったんだ」
やっぱりか。
そして、目玉を一点狙いか。
迷宮都市の側には川が流れているし、迷宮でも魚は獲れるから、魚は珍しくないけれど、本日、魚屋に並んでいるのは1メートルほどもありそうな、大きな海の魚だった。
よく見る川魚は、しゅっと身の引き締まった横顔ハンサム君なのに対して、この魚はぶよんと重力に負けた体つきをしている。目玉も口もでっかい顔は魔物素材が並ぶ卸売市場においても恐ろしい部類だ。
この魚の目玉をツンツンしに行ったのか。そのチャレンジ精神に、マリエラはむしろ感心してしまう。
「すいませんでした。その魚、買い取ります」
「おう、そうか。毎度あり。こいつは海の深いとこに住んでる奴で、めったに手に入んねぇ高級魚なんだが、なんでか今日は淡水の階層で獲れたらしい。魔物魚のまだ稚魚だがな、肝が絶品なんだ。ソテーにすりゃワインに合うし、チビどもならクリームスパゲティーなんかにしてもいいかもな」
お客さんになったからか、クソガキ改めジャリタレは、さらにチビどもにランクアップした。さすがは客商売だ。美味しい食べ方まで教えてくれたけれど、マリエラには作れそうもない難易度だから、『ヤグーの跳ね橋亭』に持って行って調理してもらおう。
「シュッテ、アウフィ。売り物を勝手に触ったらダメなのよ。お魚とかお肉は触るだけで悪くなっちゃうんだからね」
「シュッテ、すぱれてぃーすきー」
「アウフィもしゅぱれちーすきー」
「白ワインに合いそうだな」
駄目だ、こいつら聞いちゃいない。
ワインに合うと聞いて、ジークまであっちの世界に仲間入りだ。
こうなっては、仕方あるまい。
シュッテとアウフィを預かっている以上、しつける義務がマリエラにはあるのだ。
■□■
「シュ、シュッテのすぱれてぃーは?」
「ア、アウフィのしゅぱれちーどこ?」
「二人がつんつんした目玉を食べてからね」
双子の前に置かれた子供サイズの深皿には、ごろんと魚の目玉が乗っていた。
目玉は左右二つあるから、シュッテとアウフィで一つずつだ。丸い器に丸い目玉が載っかっているのは、こちらを見ている感じがして、なかなかにインパクトがある。
言っても聞かない双子には、この方針が効果的だ。目玉の調理も含め、本日の魔物魚のコースは『ヤグーの跳ね橋亭』のマスターがやってくれているから見た目はともかく味はいい。
「ぶー。マリがいじめるー」
「ぶー。エラがひどいのー」
「だーれーがツンツンしたのかな? ほら、おめめと見つめ合ってないで食べちゃいなさい」
ちらっ、ちらっ。
シュッテとアウフィは助けを求めてあたりを見るが、テーブルの向かい側にはお怒りモードのマリエラしかいない。こういう時にマリエラの目を盗んで代わりに食べてくれる、チョロ……、甘……、いや、優しいジークは奥の厨房で魚を捌くのを手伝っている。
厨房の方から、とても良い匂いが漂ってきた。たくさんの料理が出来上がりつつあるのだろう。双子が目玉を食べるまで、マリエラもジークも食事をしない。しつける側はじっと我慢だ。
テーブルの上には目玉料理が二皿載っているだけで、いい匂いを漂わせているご馳走の数々は、双子が目玉を食べ終わるのを今や遅しと待っている。よほどお腹が空いたのか、それとも単に諦めたのか、双子は嫌そうにしながら、ようやく目玉に齧りついた。
「ふうううぅ。おめめ、すごいシュッテを見てくるの。……あむぅ、あぅ? ぷりぷりしてて、ちょっとおいひい」
「うえええぇ。おめめ、アウフィのこと見ているの。……むにゅう、あぅ? こりこりしてて、ちょっとおいひい」
流石は『ヤグーの跳ね橋亭』のマスターだ。魚の目玉は美味しく調理されていたらしい。目玉を食べるシュッテとアウフィを、離れたところでエミリーちゃんが「うへぇ」という顔で見ている。
「……おめめツンツンしてゴメンナサイなの。すぱれてぃー食べたい」
「……おめめツンツンしてもうしませんなの。しゅぱれちー食べたい」
何とか目玉を食べきって、ちゃんとゴメンナサイもできた。語尾に打算が丸見えだけれど。
マリエラが「よろしい」とばかりに双子の頭を撫でると、テーブルにたくさんの魚料理が運ばれてきた。
「!!! すぱれてぃー、すんごいおいひい!!」
「!!! しゅぱれちー、とってもおいひい!!」
「うわ、ほんと、これ美味しい……」
「濃厚でワインと合わせると絶品だな」
高級魚というだけあって、グロテスクな見た目と反して魔物魚はとんでもなく美味しかった。
白身の唐揚げは外はカリっと、中は驚くほどふんわりとしていたし、ムニエルは肉のうまみが口いっぱいに広がる。何より最高だったのは、やはり肝の料理で、ジークが絶賛したソテーはマリエラの口には合わなかったけれど、クリームで延ばして作ったパスタは濃厚でとんでもなく美味しかった。
残った身は他の魚介とブイヤベースにしてくれて、本日の一品に加わったから、おいしそうな匂いに鼻を引くつかせていた他の客もご相伴に預かり大満足だ。
「ねぇ、アウフィ。また、おめめツンツンしたら、このすぱれてぃー食べれるかな?」
「うん、シュッテ。また、おめめツンツンしたら、このしゅぱれちー食べれるよね?」
「……あんたたちねぇ。お魚さんは悪い子のこと見張ってるんだよ。あの大きいお口、見たでしょ? 暗がりからでてきて、パクって食べちゃうんだからね!」
懲りない双子に、ダメもとで適当な脅しをかけたマリエラだったのだけれど。
■□■
「うえぇ、お魚さんたち、すごく見てきたの」
「ふえぇ、お魚さんたち、おくち大きいの」
夢に怖い魚が出てきたらしい双子は、その夜布団に見事な地図を描いてしまって、泣いて反省することになった。
あの魚料理がたいそう美味しかったので、マリエラはその後何度か探しに行ったけれど、あの魔物魚の稚魚が入荷されることはなかった。
あの日だけ、迷宮で何かあったんじゃないかだとか、単なる迷宮の気まぐれだとか、魚屋の親父は言っていて、ポーションを迷宮討伐軍に納めているマリエラは、「多分前者だろうな、だったらもう、獲れないかもな」と少しだけ残念に思った。
30階層に湧いたイラスト真ん中の稚魚は、マリエラたちが美味しくいただきました。




