迷宮都市極地戦闘服店
2話目です。
ドワーフ街。
迷宮都市、随一の職人街は、鉄を打つ工房の煤塵に黒くくすみ、重苦しい石壁を一層威圧的なものに見せている。
調理器具を扱う店のように、一般の客が入りやすい店もあるが、名前が彫られた小さい看板が掛けられただけの、地図を持っていなければ見逃してしまうような店も多い。
「めいきゅうとしきょくちせんとうふくてん……」
そんな店の一つ、いかめしい名前の店の看板を、マリエラとジーク、リンクスは見上げていた。
“服店”を名乗っているのに、センスもひねりもない店名だ。服屋の風上にも置けない。高齢者向けの服屋でももう少し洒落た名前を付けるだろう。
いかにも頑固おやじが営業していそうな店だ。
だがしかし、こういう店は、売り込まなくとも客が来る。
だから職人は例外なく腕がいい。そして店主の変人比率もまた、例外なく高いのだ。
ちなみにこの店、魔物の皮革を使った防具の中でも、極寒だとか、灼熱だとか、場合によっては水中といった極地戦闘に向いたものを扱っている。防御力だけでなく、特異な性質を持つ魔物革は性能だけでなく加工方法もピーキーだ。そんなものを専門に扱う彼らは皮革製品を扱うドワーフの中でもマニアックな部類で、当然、性格や嗜好も偏っている。
“一体どういう系統の変人だろう。”
ゴクリと生唾を飲み込んで、マリエラは重厚な扉を潜った。
「こんにちは……」
「らっしゃい! 何をお求めで!?」
「らっしゃい! 何をお求めで!?」
マリエラたちを迎えたのは、店構えとは裏腹な、愛想のよいユニゾンだった。
エントランスの先は店舗が二つに分かれていて、その両側から声は聞こえた。このシンクロ具合、シュッテとアウフィを思い出す。
「えぇと、防寒着が欲しくて」
「なんでい、毛のある方かよ。皮革の真の美しさを引き出す時は、また来てくれよな!」
「モフいって言えよ、このつんつるてんが! お客さんたち、こっちだこっち。魅惑のモフモフパラダイスへようこそだ!」「にゃー」
「にゃあ!?」
思わぬ語尾に振り向くと、目に入ったのは黒髪髭もじゃの、一目でドワーフと分かるずんぐりしたおっさんだった。だがしかし、このオヤジの頭部には、ぴょこんと立つ二つの突起。
ぴこぴこっ。
(う……動いた!?)
ドワーフ以外の何物にも見えない親父だけれど、この人、まさか獣人か。初めて見たと驚くマリエラの前で、オヤジの頭部は猫耳ごとニャーと鳴いてずり落ちた。
「ニャー」
「あっ、こら、にーたん、動くな、まてまて」
「「「なんだ、猫か……」」」
今度はマリエラたちがユニゾンする番だった。
ぬるんと動いて親父の頭部から逃げ出した黒猫は、驚きに固まるマリエラの脇を抜けてリンクスの横へするりと移動した。
「びっくりしたー。なんだよ、猫かー。つか、オッサン、なんで頭に載せてたんだよ」
「ドワーフの職人なんざ、一般の客からすりゃあとっつきにくいだろ? 冒険者だけじゃあ、商売あがったりなんだよ。俺ぁ開けた店を目指してーの。だから、猫かぶってみたんだよ!」
リンクスの質問に、笑顔で答えるドワーフ親父。
猫をかぶるの意味がおかしい。
ちなみにこの猫、名前を“にーたん”というらしい。
「俺はこの兄弟工房の兄のほうだからよ、気さくに“にーちゃん”って呼んでくれよな!」
猫はにーたん、それをかぶったドワーフはにーちゃん。
(うん。さっさと買い物を済ませて帰ろう)
ツッコミをする気すら起きない。マリエラはさっそく帰りたくなってきた。
だが今日は、オーロラの氷果を採取しに行くジークとリンクスの防寒具を買いに来た。ここは迷宮討伐軍御用達の店なのだ。寒いというのはつらいことだ。マリエラは氷雪の階層までついていけないけれど、せめていい物を揃えたい。
「さて、防寒具が欲しいんだったな」
キリリ。猫かぶりが表情を引き締める。まるで出来る職人のようだ。
だが、ついさきほどのやり取りで割れている。
このドワーフは要注意だ。防具を作りたがる調理器具屋もしかりであるが、こちらの要求は華麗に無視して己の嗜好をごり押ししてくるだろう。
「このスーツは、アルミラージのスノウ種の毛皮を丸ごと使った一品で、防御力も……」
「なんでうさ耳ついてんですか? それって着ぐるみですよね。しかも値段……たかっ」
案の定、しょっぱなから奇抜で高価な毛皮をごり押ししてきた。しかもサイズがあっていない。どう見たって子供サイズだ。
「他のお店も見てみます。ジーク、リンクス、行こう」
「そうだな」
「んー、いいぜ」
面倒になったマリエラは割と本気で回れ右をしたのだけれど、どうやらそれが効いたようだ。
「まてまてまて! まってくれー」「にゃー」
帰ろうとするマリエラたちを親父とにゃんこが呼び止める。親父はともかく黒猫にすり寄られたら足を止めざるをえない。随分店員レベルの高い猫だ。
「最近、弟の方ばっか注文が来て、ちょいとピンチなんだ。俺たち兄弟の店は迷宮討伐軍の御用達なんだぜ、だから性能はぴか一だ。もうちょっと見てってくれよ」
聞いてもいないのに話し出した親父が言うには、モフくない皮革製品側の店には迷宮討伐軍からの大口注文が入って、ウハウハなんだとか。
「わざわざ水に入ろうなんてどうかしとる。防御力だって落とさざるを得ないし、それ以前にモフくないだろう」
なんてぶつくさ言っているが、迷宮討伐軍だって、望んで水中に入るわけではない。そういえば、マリエラのところにも似たような注文が入っている。その素材集めの為に防寒具が必要なのだ。マリエラのところに来た注文は素材もポーション自体も希少でマージンが大きい、なかなかにおいしい仕事だった。
仕方ない。この店で防寒具を買えば、足元にすり寄るにゃんこの食事が豪華になるかもしれない。
「迷宮討伐軍ご用達って言いましたよね? 迷宮討伐軍が氷雪の階層を攻略するときに使った防寒具とかあります?」
「えぇー、あるにはあるけどよー。……モフくないぜ?」
「見せてください」
「だからモフく……」
「見ーせーて」
お店の端の端、売る気がミジンコほども感じられない日の当たらない場所に、マリエラたちが想像していたような普通で機能的な防寒具が並んでいた。毛皮の毛の字もない製品だが、隅に追いやられている割には生地は新しいようだ。日に当たらないせいかと思ったら、この店の売り上げの半分以上はこの製品らしい。ジークとリンクスのサイズもあった。
「モフくないどころか、生地は水蜘蛛の糸をクリーパーの樹液で撥水処理したモンだぜ? かろうじて裏地にスノウ種のヤグーのフェルトを使っちゃいるが、虫と草から作られてっから、ペラいし、軽いし、見た目からして頼りねぇ。迷宮討伐軍の仕事は機能一辺倒だからいけねぇ。ファーなんぞ要らんと言いよる」
フードのふちと袖口に付けられたファーは迷宮討伐軍用にはないそうだ。どうしても譲れないこだわりらしい。
「軽いし、動きやすいな。これなら攻撃速度も変わんなさそうだ。ファーもこのくらいなら邪魔になんねーだろ」
シュシュっと素早い動きで拳を動かすリンクス。
「防寒性能も申し分ない。水蜘蛛の糸ならそうそう破れはしないだろう。ファーもまぁ、問題ない範囲だろうな」
ジークは生地や大きな動きを確認している。
「邪魔……問題……」
不満げなのはオヤジだけで、試着したリンクスとジークは満足そうだ。値札を確認したマリエラも、妥当な価格にうんと頷く。
「いいのあるんじゃん……。これください」
「えー。せめて嬢ちゃん、これ買わない?」
まだあきらめていないのか、猫かぶりが先ほどの兎の着ぐるみをマリエラに押し付けてくる。このドワーフ、マリエラに着ぐるみを着せるつもりだったのか。
「いりませんよ、着ぐるみなんて。それに、それ、すっごく高いし。
だいたい、毛皮って洗えないじゃないですか。この店、冒険者向けでしょ? 冒険者なんて、返り血やら泥やらで汚れるんだから、せめて洗えるのでないと。モフモフが可愛いのは分かりますけど、毛皮って高いんだし、毛皮を売るなら貴族向け、可愛いのを売るなら安くしないと」
「ぐはぁ、正論。だが、正論が正義とは限らんのだよ」
もはや猫かぶりが何を言っているのか理解不能だが、差し出された兎の毛皮がふわっふわで気持ちいのはマリエラだって理解できる。確かにもふもふは正義かもしれない。
物資の乏しい迷宮都市ではワンパターンな衣類が多いから、自分でアレンジしてオシャレをする女性も多い。こんなモフモフを気軽に使えたら、みな喜ぶのではないだろうか。
そんなことを考えながら、毛皮をそっと撫でるマリエラ。
モフモフでフカフカでフワフワだ。
……こんなものをまとった、ちっちゃ可愛いものが近くにいたら、ちょっと……いや、かなり最高かもしれない。マリエラの中で、悪魔的な何かがささやいた。
「モフモフが作れる毛糸とかあったら、欲しいところにちょっと付けれたりしていいのにな。洗えるやつで。……着ぐるみだって、子供向けならかわいいと思うし。やっぱり、洗えなきゃだけど」
「毛糸? 洗えるとなると……。いや、イケんじゃねぇか?」
マリエラの意見にインスパイアされたのか、その年の冬、迷宮都市ではファーヤーンなるモフい毛糸が売り出された。少々高めの価格設定だったが、同時に出回ったファーヤーンを使った可愛いバッグやニット製品のおかげで売り上げは好調だった。
なかでも、もふもふな着ぐるみパジャマは、子供に可愛い格好をさせたい裕福なご家庭のお母さまを中心に人気を博した。
マリエラも思わずシュッテとアウフィに買ってしまったくらいだ。
「シュッテ、うささん」
「アウフィもぴょんぴょん」
(かっ、かわいい……)
モフっとした兎の着ぐるみパジャマを来たシュッテとアウフィは、暴れまわっても許せるほどに、それはもう、可愛かった。
ちなみにこの着ぐるみパジャマ、猫かぶりの店で購入したものだ。購入するため再び店を訪れた時、カウンターに山盛りの毛糸と編み棒が見えたけれど、この可愛い着ぐるみパジャマをせっせと編んだのが誰なのかは、マリエラは考えないようにしている。
お値段も、毛皮ほどではないにしろ、ジークとリンクスが買った防寒具よりお高かったのだけれど、『木漏れ日』の財布を握るジークさえ何も言わなかったから、やっぱりもふもふは正義なのだろう。
「マリエラの煮込み」
マリエラ「ちらりーん♪ これは、何でしょう♪」
リンクス「あれだろ、7つの玉を集めると願いが叶う的な話に出てくる甲羅背負った仙人!」
マリエラ「ちがうし! よく見てよ、この足、おじいさんのじゃないでしょ!」
エドガン「はっはっは。リンクスはまだまだお子様だな。よく見ろよ、この足、どう見たって子供の足じゃねーか」
マリエラ「だから違うし! 立ってるんじゃないの。にょきって出てるの! せくしーな、さーびすしょっとなの!!」
ジーク「…………」
(チョイチョイとリンクスとエドガンに合図し、画像を回転する)
リンクス「これは…………」
エドガン「えぇと…………」
マリエラ「なに、そのリアクション!?」
B's-LOG COMIC Vol.110(3月5日配信)掲載
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」
をお楽しみに~♪




