白の仔ら⑭-帝都の商人
ガーク薬草店まで行ってみると、店の前に一台の馬車が停車していた。黒鉄輸送隊が使うような、装甲で覆われたイカツイ荷馬車だ。
「初めて見る馬車だね。なんていうか……なんだろう、綺麗だし、高そう?」
「随分と装甲が薄いようだな。この足回り、速度を重視しているようだ」
「シュッテのほうがはやいのよ」
「アウフィのほうがはやいもん」
マリエラのふっわふわな違和感をジークが律儀に言語化し、急に速さに目覚めた双子がマリエラの周りをくるくる回る。
本日も双子は絶好調。激しい動きにかぶせた帽子が取れそうだ。
(なるほど、この馬車速度重視か。……うん、よくわかんない)
うむと、分かった風に頷いて見せるマリエラだが、理解は全くしていない。
馬車の仕組みなどさっぱり興味のないマリエラだ。違和感を覚えただけでも合格と言えよう。
迷宮都市と帝都を往復する輸送隊は黒鉄輸送隊だけではない。ヤグーに荷を積みえっちらおっちら山岳地帯を行くヤグー隊商か、1週間以内に到着できるが確実に魔物に襲われる魔の森コースか。行路が2択しかない迷宮都市では、魔の森を抜ける輸送隊はハイリスクだがハイリターンだ。
利益は運んだ荷物次第だから、どの輸送隊も、過積載なんて単語は知らぬとばかりに、積めるだけ荷物を積みこんで魔の森を駆け抜ける。
だというのに、小型軽量速度重視とは。
めったに襲われないならば、この装甲も頷けるが、魔の森を抜けるのだ。魔物除けポーションをたっぷり使えるなら、あり得るのだろうが。
量が運べないなら、よほど高価な荷を運ぶに違いない。
よく見れば、この装甲馬車にはエンブレムまでついている。この図案は樹木に天秤だろうか。
“帽子をかぶらせているとはいえ、目立つ双子を連れている。厄介ごとは避けるべきだ”
ジークがそう判断するより早く、マリエラの周りをくるくる回っていたシュッテとアウフィが、突風のごとき急な動きでガーク薬草店の中へと駆け込んでいった。
「あっ、ちょっと二人とも、待ちなさい!」
クッキーの籠を抱えたマリエラが慌てて双子の後を追い、周囲を警戒しながらジークが後に続いた。
***
「実に良い取引ができました。ガーク殿にはまだまだ現役でいただきたい」
「こんくらい、この街じゃどこの薬草屋でも揃うだろうよ」
表の装甲馬車の持ち主だろうか。店の中にはこぎれいな服装の若い男がガーク爺と話をしていた。
つばのない四角い帽子からこぼれる金髪は肩口で切りそろえられており、女性かと見紛うほどのスラリとした体形は、冒険者ばかりの迷宮都市では華奢な部類だ。きっと帝都の商人だろう。優雅というか繊細というか、とっても都会っぽい雰囲気がする。
カウンターには男が購入したらしい袋がいくつも置いてある。
(どれも高品質の商品ばっかり。それも新しい。この人、ガーク爺のお眼鏡にかなったんだ。珍しいな……)
袋からちらりと見えた薬草を見て、マリエラは驚く。この商人、見た目に反してやり手のようだ。ガーク爺はこの商人との仕事で、ここ数日『木漏れ日』に来られなかったのだろう。
「迷宮がありますからどこでも種類は揃うでしょうね。ですが、錬金術師のいないこの街では、素材の処理がどうしたってお粗末になる。貴方くらいのものですよ、我が商会が運ぶに値するのは」
「お眼鏡にかなったのはありがてえがよ、その素材を緩衝材代わりにすんのは、お前んとこくらいのもんだぜ」
ガーク爺は商人に、早く帰れと言わんばかりの嫌そうな表情で手を振る。この遠慮のなさ、古い馴染みだろうか。これほどの品をそろえた相手に、なかなかに粗雑な扱いだ。
「ガーじい、こんにちはなの」
「ガーじい、あそびにきたの」
空気を読んでいるのかいないのか。ちょうど話の切れ目に声を上げるシュッテとアウフィ。
ガーク爺は、先ほどまでの機嫌の悪さはどこへやら、双子をみると好々爺然とした笑みを浮かべて様相を崩した。
「おう、チビどもよく来たな。奥にきな。茶をいれてやろう」
「こら、シュッテ、アウフィ。ダメでしょ、お仕事の邪魔したら」
「取引は終わったんだ。構やしねぇよ」
「おきゃくさん、かえるって」
「おきゃくさん、バイバイって」
まだ何か話したそうな商人に、帰れとばかりに手を振る双子。少々悪乗りしすぎじゃないか。
「コラ、二人とも。いい? 働くのって大切なの。働かないとごはんもおやつも食べられないんだよ」
「シュッテ、ごはんたべるの」
「アウフィはおやつもたべるの」
「だったら、ゴメンナサイしなさい。すいません。ご商談中に」
謝るために、帝都の商人に目を向けたマリエラは、商人の目がマリエラでなく双子にくぎ付けになっていることに気が付いた。
小っちゃい子を愛でる眼差しではない。
珍しい、価値あるものを見るような視線だ。
表に停められた、量の積めない装甲馬車と相まって、さすがのマリエラもトラブルの影に気付いたのだけれど。
「ごめんなさいだから、あげるの」
「ごめんなさいだから、食べてなの」
ママエラに叱られた双子はガーク爺の為に持ってきたクッキーの袋を帝都の商人に差し出した。中身は双子が整形した、前衛的な物体だ。形がいびつな分、ところどころ焼けすぎていて、知り合い以外が喜ぶはずのない、アウトな物体Xだ。
「これは……?」
「シュッテが作った、小枝なの」
「アウフィが作った、葉っぱなの」
帝都の商人に、双子は“握って指の後の残る細長い物体”と“手の平でペチペチ広げた物体”の説明をする。
(それ、小枝と葉っぱの形だったんだ……って違う!)
何の形かわかってスッキリしている場合ではない。
帝都の商人は袋から飛び出した指の型付きの小枝クッキーと手の平の型付き葉っぱクッキーを取り出して検分するように眺めている。失礼だと怒りだしたらどうしよう。
「あああ、あの、うちの子たちがすいません。こっちは普通に作ったやつで、良かったらどうぞ……」
慌ててマリエラがお店用にちゃんと整形したクッキーの袋を差し出す。貴族令嬢のキャロラインに渡したら、ステキな笑顔で喜んでくれたから、こちらは失礼には当たるまい。ちびっこの手形付き物体Xの非礼は、これでチャラにしていただきたい。
「これはご丁寧に」
態度こそ丁寧に、商人はマリエラに礼を言い、クッキーを受け取ってくれた。しかし彼の視線は、マリエラとマリエラの渡したクッキー、そして護衛のジークにさっと向けられた後、再びシュッテとアウフィに向けられる。
「お礼をしたいのですが、ちょうどよい物がない。可愛らしい贈り物のお礼はいずれ必ず。……良き風がふきますように」
「用が済んだらさっさと帰れ」
「バイバイなの」
「じゃあねなの」
しっしとばかりにガーク爺に追い払われた商人は、双子に視線を投げかけると少し名残惜しそうに店を出ていった。
(商人さんの最後の挨拶、変わってたな。……どこかで聞いたような?)
最近、そんな話を聞いた気がするのだけれど、マリエラの思考をガーク爺が遮る。
「嬢ちゃんたちも、さっさと入んな。今日はもう、店じまいだ。お茶にすんぞ」
「シュッテはねー、クッキーたべるの! マリがたくさん持ってきたの!」
「アウフィもねー、クッキーたべるの! ジークと一緒に食べるのよ!」
ガーク爺に招かれて、シュッテとアウフィはカウンターを潜ってガーク爺の側に駆け寄る。キャッキャと笑いさざめく声が、店の奥へと移動していく。
「シュッテはね、梢をざわざわゆらすのよ」
「アウフィはね、葉っぱとくるくるおどるのよ」
いつもの二人の脈絡のない謳うようなおしゃべりと、マリエラの感じた小さな疑念が、客のいない店内に残された。




