シャイラの実家、ロリヤーク領
読んで頂いてありがとうございます。
シャイラの実家であるロリヤーク男爵家は、現在はジャーラル帝国の新南東領群の一員である。新南東領群はカロンを支配するカリューム侯爵家とシーダルイ侯爵家がリーダーとなっていて、ロリヤーク男爵家は隣接しているカリューム侯爵家の寄子になる。
この男爵家は、元は騎士爵家という貴族階級では最下級の存在であったが、俺の妻であるシャイラの実家ということで、領侯爵家への働きかけで陞爵したものである。同領は、森林と荒れ地が多いものの面積は普通の伯爵領以上にあり、そこに俺が資本をつぎ込んだために経済力はすでに伯爵家以上である。
最初に訪問した時のシャイラの父ゼンダは、たくましい武人という感じで、貧しい領の主として日々肉体労働も厭わずやっていた。一方で、母のナタリアは、穏やかでふっくらした美人であったが、身にまとう雰囲気は田舎の裕福な夫人という感じで夫とよくマッチしていた。
しかし、最初に出会ってから7年を経て、ゼンダは堂々とした態度と整った服装でいかにも敏腕経営者という風貌になっている。その夫人も手入れの行き届いた肌や髪、華美ではないが上品な服装で、その明るい表情と相まってむしろを若返っているように感じるほどで、お似合いのカップルになっている。
20歳になった長男のカミールはまだ細いが、すでに父と同じ身長になっており、その体格は鍛えていることが良く解る。服装はジャーラル帝国でもはやり始めている地球風のカジュアルなパンツとジャケットだ。彼は現在すでに日本が殆ど理解できるようになっており、過去2年間日本に留学して日本文化を吸収した。
日本語教育の教材は、ハウリンガ通商によって作られたもので、アミア語(アミア亜大陸の使われている言語)をベースに映像を多く使ったもので、普通の人でも2年真剣に学べば中学卒業レベルの日本語が覚えられる。シャイラもこれを使って日本語を覚えたものだ。
その時点で、遥かに文化の進んだ日本文化を身につけることの有用性を俺から説かれて、弟と妹にこの教材を贈ったのだ。これは、日本のドラマ、マンガなど様々なメディア媒体を多く使ってその言葉を理解したいという動機付けをすることをまず狙っている。
その後、効率よく話し言葉、読み書きを覚えさせようとするものである。一方で、ハウリンガ世界にも日本語の様々な専門書や一般書のアミア語への翻訳した書物が出回り始めており、とりわけ自然科学については、特に新南西領群では学校で普通にその知識が教えられている。
ところで、カミールはシーダルイ領の領都シーダルにある南東領群総合学園の大学部に通っている。この学校は日本の小・中・高校の学制にならって、ほぼ日本で教えられている内容を教えており、ハウリンガ通商とシーダルイ領、カロン領が協同で設立している。
ハウリンガ通商としては、この世界の従業員募集のすそ野を広げたいのと、社会レベルの底上げを図ろうという狙いであり、南東領群としての狙いは地球の知識の取り込みを狙うと共に住民のレベルの底上げである。構成は小、中、各学年40人の10クラスであり、それぞれ、促成で日本にレベルの知識を叩き込む仕組みになっている。
そして、中学校卒業レベルに達したものは高等学校に移る。現時点では大学はあるが、まだ学生は300人足らずであり、段々に増やしているところだ。生徒の年齢は一応30歳が上限であるが、受験者はジャーラル帝国全土から集まるため入学試験は極めて難関である。
ところで、日本語が判り、日本で知られている知識も相当に身に着けている18歳のメランダは、美しい少女になっていた。身長は160㎝余りの姉のシャイラと同じくらいで、ほっそりしているが、女らしい起伏もある。顔だちは、優し気な母や可愛い系のシャイラよりシャープで誰もが認める美人顔であり、どうもハウリンガでは理想とする顔立ちに近いらしい。
正直に言って俺の好みは可愛い系のシャイラであって、メランダはかなり外れる。とは言え、現在通っているシーダルにある総合学園の高等部では大変なモテ方らしく、わざわざ実家まで押しかけてくるものもいるという。
それは一つには、生活にゆとりの出来たロリヤーク家で本式の淑女教育をカロンの街で受けさせたこともある。そのため、彼女の身のこなしはジャラシンの妻で、カリューム侯爵令嬢のアデリーナを思わせる。どちらも美人であるものの、儚げという言葉が似あうアデリーナよりメランダは生き生きしている。
シャイラと父母、弟・妹とのハグを含む挨拶が終わり、俺も義父母、義理の弟・妹に挨拶をして屋内に入る。カミールとメランダは、自分達と違う容貌である平たい顔の俺と、自慢の姉が結婚することに抵抗があったらしい。だが、この結婚で自分達にも大いに利益があったことを実感したこともあって今では喜んでいるそうな。
まあ、獣人もいるこの世界で、人の容貌の違い位は大した問題はないはずだものね。一方で、義父母は大人でもあるし、最下級と言え貴族だから、容貌などにはこだわらなかったそうな。無論、異世界人という相手を連れてきた娘に、どうしたことかとは思ったらしい。
だが、飛翔機などというとんでもないものを所有して操っていること、娘が心から信頼している様子であることがまずあった。さらに領を襲おうとした強盗団を簡単に退治したことなどから、良縁じゃないかとは思うようになったらしい。
ところが、その婿はその上に、領の最大の問題であった水源を見つけ、異世界の機材を持ち込んで、収量を挙げたうえで、農地を広げ、製紙工場、木工工場などを建設した。更には、領主館、領民の住む家々の建設・改修など惜しみない投資をしてくれたおかげで、領は何倍もの豊かさになっている。
結果として人口もすでにその前の3倍に達している。おかげで、領主のゼンザは領主としての経営管理に専念するようになり、領主夫人のナタリアは優雅に領主夫人として館の管理をすれば済むようになった。いずれにせよ、シャイラが俺と結婚したことを喜んでくれているらしい。
竣工後6年を経て、落ち着きが出てきた領主館に皆で入り居間のソファーに寛ぐ。
「お義父さん、領経営はいかがですか?」
俺の問いにゼンダは明るい声で答える。
「うむ、お陰で順調だぞ。まあ、面積が倍になって収量が2倍以上になっている農業、それと導入した製紙、木工の工場のお陰で領の収入は十分だ。どのみち我々は田舎者で、貴族の付き合いもあまりしないからな。カミールとメランダの教育費も、平民も行く南東領群総合学園なので大したことはない。それに2人とも魔法が使えるのでマジックバッグ作りで稼いでいるからね。
領民の数は知っての通り、どんどん増えてきたが、1万人で大体増加は止まったところだ。元の主産業だった農業の方は農民一人当たりの収量は3倍以上になっている。それで、彼らの家は改築したか新築して、昔のぼろ屋に比べればはるかに立派な家に住んで、家具も揃えている。
製紙工場、木工場の従業員は、募集する際に皆家を建ててあげて、それなりの待遇はしているから、彼らもそれなりの生活をしているよ。まあ、ケンジが来た頃に比べると、わが家も領民も夢のような生活だよ」
「はは、それは結構ですね。でも、現状のところ、ここの製紙工場と木工場は地球でも最新のシステムが入っているので、魔法と組み合わせて競争力があります。ですが、なにせ規模が小さいので、いずれあちこちに大型工場ができるとコスト的には厳しくなりますよ。だから、差別化を図ることが必要です。
まあ、相談役のアドバイスをよく聞いて今後の展開に生かしてください」
ハウリンガ通商は、この世界で起こした企業に、様々なアドバイスをして競争力を失わないようにしている。製品の販売先は、ハウリンガ世界が主であるが、地球へも異世界製としての販売を積極的に進めている。その際に、大量生産ではまず地球製に敵わないので、魔法を使った、地球ではあり得ない製品が主体になる。
ロリヤーク領の製紙工場は、その意味ではハウリンガ世界の自己消費のためであるが、木工品は地球向けに考えたものが多い。そのために、ロリヤーク領にも日本人の木工技術者がいて、それに現地の魔法が使えるものが一緒になって製品を作っている。
俺は今度はナタリアに聞く。
「お義母さん。最近の領での生活はいかがですか?」
「そーね。このロリヤーク領にも、マーケットが出来たでしょう?品ぞろえもそれなりなので、普通の生活は殆ど不自由しなくなったわ。でも、この領は大都市のカロンに近いし、カロンとの間にはバスも出ていて、行き来も簡単だから買い物には不自由しないわ。でも一番有難いのは、買い物をするお金があることね。
前もカロンは大きな街だから、買いたいものは沢山あったわ。でも、領主の私たちでさえ、なかなか思うように買えなかったのよ。平民である領民の皆はもっと大変だったと思う。今は、少なくとも食べるのに不自由はしないし、いろいろ選んで食べることが出来ますし、以前は高かった甘味も躊躇いなく買えます。
それに、服が安くなったわ。収入がずっと上がったのに服は却って安くなっているから、今ではぼろを着ている人はいません。領内を歩く女性の服装も華やかになったわ。
それと有難いのは領内に病院が出来たことね。貴方も言っていた衛生に気を付けることで、そもそも病気になる子供も大人も減っていますが、それでも色んな病気や怪我はあります。それを、医療師さんたちが診てくれるので、特に子供とお産の女性が死ぬのが減ったわね。ケンジさんが、地球の知識や仕組みを持って来て頂いたと聞いていますが、本当に皆助かっています」
穏やかなナタリアの言葉に、暖かい気持ちになる俺だった。
「ケンジさん。僕の話も聞いてください」
20歳の青年であるカミールが身を乗り出して言うので笑顔で頷くと、堰を切ったように話し始める。
「僕とメランダは、シャイラ姉さまから日本語の教材を受け取って、真剣に勉強しておいて本当によかったと思っています。なあメランダ?」
彼が横に座っている妹に声をかけると、メランダも応じる。
「うーん、よかったけど、勉強は結構大変だったわ。カロンの学校に行きながらだからね。でも貰ったドラマやマンガを理解するためと思うと結構勉強する気になって続いたわ。それに、姉さんから度々、メールがあって監視されているから……」
「うん。私もその間、日本語の勉強をしていたのよ。まあ、私も日本のドラマとかマンガ映画を理解したいという動機はあったけどね。だけど、貴方達の将来のために絶対必要だと思ったのよ、日本に連れて来るつもりもあったしね。あなた達のためを思ってのことだったのよ。監視とは心外だわ」
シャイラが笑って言うが、それを俺が茶化す。
「でも、『必要だとは思っているけど、自分だけ苦しむのはちょっとね』と言っていたようだけどね」
「ケ、ケン、そういうことは言ってはいけないわ。大体皆で勉強すれば互いに教え合うこともできるし、足りない教材もすぐに揃えられるし……」
少し慌てるシャイラにカミールが笑って言う。
「いいんだよ。姉さま、つらかったことは事実だけど、実際に役にたったしね。いまジャーラル帝国でも南東領群総合学園は最難関の学校だよ。今のところチキュウの技術や社会システムを学べる唯一の学校だから、特に大学部は、帝国中央大学の教授クラスが入って勉強しているところだよ。
その大学部に僕の年で入れたのは、日本語知識もあるけど、それを習う段階で学んだチキュウの科学や社会の知識だよ。まあ、僕は父上の後を継ぐつもりだけど、領の範囲を超えて事業をやろうと思っているんだ。そのためには、日本に留学した時の人脈と総合学園でのジャーラル帝国の最優秀の有力者との人脈が役立つよ。
勿論、そこで学んだ知識もだけどね。その意味では、姉さんの与えてくれた教材のお陰ともいえるかな」
「私は、姉さまとケンジ様のお陰で、何不自由なく帝都にも留学させてもらったし、その後総合学園の高等部にも入ることが出来ました。それに、マジックバッグを貰って、飛翔機も使わせてもらっているので、シーダルイへの往復も楽々できています」
「そうね。私は貴方達の教育はちゃんとやって欲しかったの。そう言う意味では良かったわ」
シャイラがそう言うのに、ナタリアが沈んだ顔で応じる。
「シャイラには本当に申しわけなかったわ。王都の学校にも行かせやれなくて、その上借金を負わせて」
「お母さま、いいのよ。学校に行かなかったおかげで、こんな立派な夫に出会えたのだから。それに私は冒険者の生活は気に入っていたのよ。あのまま、王都の学校に行ったとしても貴族と言っても最下級でろくな目に合わなかったと思う。
その点で、カミールとメランダは、ジャーラル帝国でも稀有の知識を持っているのだから、将来は明るいわ。それに、領自体が栄えているのがうれしいわ。領民たちの表情が明るいもの」
シャイラがそう言うが、シャイラの家族にとっては借金のために学校も行けず、冒険者になって借金を返してくれたシャイラは負い目なのだ。
「ところで、お義父さん。王国との国境付近は治安が悪化していると聞いていますが。この領の周辺はどうなんですか?」
俺はすこししんみりした空気を変えるために聞いてみた。
「うむ、それなのだがやはり問題がある」
気を取り直したゼンダが応える。この近辺では、帝国に鞍替えしてカリューム侯爵家の寄子になっている領はこの領のように栄えている。そして、王国側に残った近隣の領とは国境になる訳だが、街道には門を設けているものの、荒れ地や山は何も境を示すものはないわけで行き来は簡単だ。
王国に国境の門の管理する能力がなく、その地の領主が実施していることになっているが、門はあっても王国側の門は実質的に野放しである。その意味で、帝国側はカリューム家が帝国から委嘱されて管理を実施しているが、こちらはきちんと管理されており、非武装の民間人の通過を許可している。
「王国側はやはり治安は悪い。一部の領ではこちらのやり方を真似て、それなりに豊かになっているところもあるが、貧富の差が広がって不満が高まっている。我々の領では人手は足りないから、王国からの労働者は受け入れているが、魔道具で犯罪履歴があるものは門で追い返している。
門のないところで、国境を超える者もいるが門でもらう鑑札が無いと働けない。そうした奴らが集まって盗賊団を作って、主として王国側を荒らしまわっている。領軍が銃をもっているこちらの方が手ごわいからな。
しかし、その盗賊団が大規模化しているという話もあるのと、王国側のいくつかの領がそれを扇動しているという話もある。実際に、我が領の近くの男爵領が50人ほどの盗賊団に襲われていて、相当被害を受けている」
「そうですか。確かに襲うなら王国側より豊かなこちら側ですな。マーケットを襲うだけでもそれなりに収穫はありますからね」
俺もその話に同調したが、近隣の領が襲われたのは聞いていて、心配していたのだ。




