ロシア極東独立その後、日本にて
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仮称『北東アジア共和国』のサリミカヤ暫定大統領の談話は、世界に大きな驚きを与え、様々な議論を巻き起こしたが、日本においては特にそうであった。戦争でひどい目にあったのに、長くアメリカ頼りの“ぬるま湯の平和”に漬かってきた日本国民にとって、それはなかなかに重い話であった。
各新聞はこの件を社説に取り上げたが、後に最も客観的で、現実に即していると言われた保守中立系のY新聞の論である。
「日本はすでにアメリカの傘を完全に離れ、今や政治経済面で世界における一つの極としての立場を固めつつある。そして、宇宙平和軍構想では、米ロに乗せられた面はあるが、核のない世界を目指すという思いを明らかにして、多くの日本国民の賛同を得たことも事実である。
そこにどのような駆け引きがあったのか、今のところは不明であるが、日本政府は宇宙平和軍構想を改めて、汎地球平和軍の構想を打ち上げて、多くの国々の賛同を得たという。
参加を求められる国や地方の資格は核を保有しないということのみである。その条件であれば、おそらく参加を拒む国などは極めて少数であろう。それだけ、宇宙から単に岩を落とすだけの重量爆撃という戦法は世界のあらゆる国にとって脅威であって、それを防ぐには地上からでは極めて困難である。だから、そのシステムの運用に係われるという機会に飛びつくのは当然だと思われる。
その一方で、日本のその構想の発表の後の米ロの態度を見ると、日本政府が懸念したと言われることが正しかったと思われる。その懸念とは、核兵器を隠した上で次元ゲートのなし崩しの使用、AEE発電・重力エンジンの技術の譲渡の要求をするというものである。
とは言え、日本政府の汎世界平和軍構想の発表には唐突感があって、結果的にこれが米ロの大きな反発を招いたことは、準備不足であったことは明らかであり、このことは反省すべきである。しかしどのような事情があったにせよ、ロシアの最近の幾つかの行動は許されることではない。
日本が欣然と対抗したのは当然のことであるが、結果としてロシアは日本本土に向けて100基を超えるミサイルを発射しようとした。そして、そこにおいて仮称『北東アジア共和国』独立の動きが出てきて、その行動によってこのミサイル攻撃を防止できた。
日本はロシアのミサイル発射の動きに対応して、ロシア上空に宇宙自衛軍の宇宙機を配備した。政府と防衛省の発表によると、それは極東地区以外からの日本に対するミサイル攻撃を防ぐためであるという。とは言いながら、発射されたミサイルがどこに向かっているかは判らないから、ロシアから発射されたミサイルは全て撃墜することになるという。
さらに、これらの宇宙機からの重量爆撃の有無は、ロシアが核弾頭を積んだミサイルを発射した場合には首相の判断によってはあり得る、と言う。今回の事態に対して、多数の国民の生命にかかわる危機的な事態として、首相はすでに“列島危機宣言”を発しているので、政府によるこれらの措置は国内法上では合法である。ただ、後の検証で“宣言”が必要であったと検証される必要がある。
そして、昨日仮称『北東アジア共和国』のサリミカヤ暫定大統領の談話があり、予想されるロシアからの攻撃に対する防衛への助力の我が国への要請があった。彼らの独立の動機は、本国から資源の提供のみを求められ、その割に社会資本整備が進まず貧しい状態に置かれていることへの不満であり、まっとうな理由である。
そして、ロシアは過去同様な動きに対しては、もっぱら軍事力を用いた厳しい対応をしてきている。そのことから、ロシアからの北東アジア共和国への軍事侵攻は、必至であると考えられる。一方で、日本が北東アジア共和国の防衛に協力するということは、両者の争いに間違いなく巻き込まれる。
ロシアはソ連であった時代を含めて過去数十年間、軍事強国として存在感を保って来た。経済的な面では、近年は豊富な石油・天然ガスによって、それなりの立場を保っていた。だが、わが国初のAEE発電によって、石油・天然ガスの価値が激減したこともあって、どんどんその地位を下げている。
軍事力は概ね経済力に比例すると言われているが、ロシアの場合にはアメリカに並ぶ巨大な核戦力によって世界のトップ級の力を持っていると見做されてきた。ただ、核兵器と言う存在はコストの高いものであることから、その経済力から見て公称の核戦力が、どこまで使えるか疑問を持たれていることは事実である。
そのような事情でロシアの国際的な地位は継続的に下がっている状態なのである。だから、ロシア大統領ウラジミール・ドリトフ氏が猶更ヒステリックに大ロシア復興を叫ぶことになる。
さてそのようなロシアから独立を宣言した北東アジア共和国に、ロシアから自らを守る力はない。それは、人口はわずか650万人で、1億5千万人のロシアに比べ著しく国力・軍事力が劣っているのは当然であり、日本に助けを求めるのは無理からぬことである。問題は日本の助ける能力があるかということであるが、それはある。
日本が実用化して、世界に広がっている重力エンジンは宇宙の軍事利用を極めて安上がりにした。自衛軍は率先してそれに取り組んでおり、宇宙での行動能力では現在アメリカを凌いでいる。その日本が確立してしまった軌道からの岩による爆撃という手法は、一旦確立してしまえば重力エンジンを使っているだけに、極めて安あがりである。
日本がロシア上空の亜宇宙に展開させている宙航艦を使えば、ロシアが発射するミサイルは例え大陸間弾道弾でもほぼ撃墜することが可能であり、加えて重量爆撃を行えばミサイル基地を含む全ての軍事基地を更地にすることですら可能である。つまり、すでにロシアより日本の方が経済は無論、軍事的にも強いのだ。
また、北東アジア共和国を助力することは我が国にとって大きなメリットがある。一つはロシアという危険な隣人と国境を接することが無くなることで、もう一つは我が国の懸案である北方領土が返ってくることだ。さらに、最後は日本の19倍もの面積があって、わが国の資源探査によってこれまで知られていたより数倍の資源がある国と共同歩調で開発ができるということだ。
しかし、日本は大きな問題を抱えている。その政府と国民に、その軍事力を含む力を振う覚悟がないということだ。一方で、もし北東アジア共和国を我が国が放置して防衛への助力を拒むなら、その人々に大きな悲劇が起きることはほぼ確実である。
それこそ、ロシアはその都市に核兵器を使いかねない相手である。我々は、日本政府と国民の皆さんに北東アジア共和国への助力を呼びかけたい。それこそが、わが国日本が本当に意味では変わっていける第一歩であると考えている」
一方で、左向きのA新聞などは、政府のやってきたことに暗に非難し、早急にロシアと北東アジア共和国の間を取り持って和解させるようにと、いつも通りの評論家的かつ現実性のない論を張っていた。
だが、近年においては日本発で世界が変革しつつあること、持続的な経済成長が続いていることを背景に、よほどの変人以外は昔で言えば中道右派の考え方をする者が多くなっている。そのためA新聞といえど、政府の方針に真面に非難することが出来なくなっている。
それに、新聞は未だそれなりにオピニオンリーダー的な立場ではある。だが、大部分は電子版になっていて、A新聞など左向きの社は大きく読者数を落としているものの、電子版故の運営費の大幅な削減で生き延びているというのが現状である。つまり、国民の多数が読み賛同するのはY新聞の論である。
Y新聞、A新聞など新聞社を始め、テレビ局や様々なネットニュース媒体は、議論を呼ぶこのニュースに早々に世論調査を行ったが、政府も重大な関心を持ってその結果を見守っている。結果として、宇宙平和軍構想についての賛否についての賛成:反対は20:50、汎地球平和軍については65:30であった。
後者の反対論は日本が一方的に資金や技術を提供することに対する反発が多い。とは言え、経緯を考えれば妥当な線であり、仁科首相の決断は国民に支持されたことになる。さらに、ロシアに対抗して北海道上空の亜宇宙に防衛網を張ったことに関する賛成:反対は85:5であったが、さらにその後ロシア全土の上空の亜宇宙に宇宙艦隊を展開したことは55:12であった。
これは、それなりの国民が後者は“やりすぎ”と思ったことになる。だが、過半数は賛同しているので、政府の決断と行動はお墨付きを得たと言って良いだろう。また、北東アジア共和国の独立に関しては、賛成:反対は65:20で歓迎する意向が多かったが、その防衛に助力するということに関しては50:35でかろうじて賛成が半数に届くというレベルであり、反対もそれなりにある。
「ふむ。大体予想通りの結果だな。これで、仁科首相も防衛条約の締結に踏み切れるだろうよ」
㈱ハウリンガ通商の社長室のソファに座って、俺が言うと隣に座ったシャイラが応じる。
「でも、かろうじて半数なのよ。35%は反対ということなのだから、政府がそう簡単に踏み切れるかしら」
彼女も年間の半分は日本にいて、すっかり日本の事情に詳しくなっている。
「いや、50%支持があれば十分ですよ。今の議会は自民党が半数、自民より保守傾向が強い議員が多い未來党が30%ですから、条約を締結することは問題ないでしょう。これが世論調査の結果が逆なら少し問題ですがね。今回は、日本が地球全体のことに本当の意味でコミットしていくことの試金石だと思います」
ハウリンガ通商の山下社長が言う。ハウリンガ通商は、現在社員5千人いて、地球とハウリンガの通商の仲立ちをしている。地球側では、業務の多くを他の商社に委託しているので500人ほどの社員しかおらず、残りの人員はハウリンガに置いている。だから、社員は日本人が多くを占める地球人が2千人、残り3千人がハウリンガ人である。
その業務は、「ハ」世界開発機構と分け合ってやっている形になっている。そのマネジメントの傾向は、社員には給料を含めて良い待遇をしているが、ハウリンガ世界の貧困状況の解消、文明化の加速のためなど利益にならないことに相当な費用をかけている。だから、会社の商売ベースの収支は常に赤字である。
これは、AEE発電の特許使用料で莫大な収入があって、それを「ハ」世界開発機構と分け合っているため出来ることである。だから、民間企業としてはかなり変わった組織と言えよう。結局これは、俺が特許料を個人で受け取ることをしなかった為であるが、AEE発電は元々が自分で考えた訳でなくバトラを通じて貰ったものだ。
それに、ハウリンガ通商の配当はほとんどないものの、㈱RGエンジニアリングからは重力エンジンの特許料の分け前もあって、シャイラと2人、十分豊かな生活ができている。
「うん、俺が聞いた話だと、仁科首相の鼻息は荒いようだね。間違いなく条約まで行くだろう。またそうでないと北東アジア共和国の存続は出来ないだろうよ。まあ、仁科さんも米ロの陰謀を聞いた時には青くなっていたが、すぐさま汎地球平和軍を打ち出したのは見事だったね」
俺が言うと山下が応じて言う。
「でも、首相は宇宙平和軍の8か国の枠は広げるつもりで根回しをしていたんでしょう?」
「うん、そのようだね。結局彼も核のない世界ということは真剣に考えていたようだな。今回は彼の信念のよる行動がいいように作用して、彼の政治生命を救ったということだな。それと、ロシアの上空に宇宙機を貼り付けた決断も早かったな」
俺が言うのに山下が受ける。
「そうですね。過去の日本の政府の行動からはかなりかけ離れたことですからね。防衛大臣の進言があったにせよ、立派なものです。まず間違いなく、汎地球平和軍は実現して歴史に残るものになると思いますが、そうなると仁科首相は世界史に残る日本人の一人になりますね。ちなみに、アメリカは動きがありませんが……」
「アメリカ大統領のジョナス・カーピントンは、前任のバラスほどアメリカ第一ではない。だけど、バラスの後任ということもあって、それを演じてきた面があるな。それで、C国の次は日本ということで色々いやってきているが、宇宙平和軍構想はロシアに乗ってみたということだな。
ただ、アメリカはロシアとは違ってマスコミがそれなりに健全であり、それにリードされる民意には逆らえないことは事実だ。だから、よほどのことが無いと日本への軍事行動はできないだろうな。とは言え、謀略でその理由をでっちあげてきたのが、またアメリカでもあるがね。
しかし、今の世界で嘗てのような謀略は出来んだろうね。なにしろ、個々人が記録のできる情報機器を持っているということだから、まず秘密が守れん。だから、アメリカに出来たのはロシアが日本にミサイル攻撃をするのにあたって無視する程度だ。でもその態度を国内では相当責められているよね」
俺の言葉に今度はシャイラが聞く。
「うーん、まあ軍事力で攻められることはなさそうというのは有難いわね。でも経済も大事だけど、アメリカからは大量に穀物を買っているというし、半面で世界最大の市場というけど、日本に意地悪する要素はないのかな?」
「うん、食料については、ハウリンガのムラン大陸での小麦や大豆の生産が軌道に乗っていて、実質輸入が必要なくなりつつある。ただ、急激に輸入を減らすと摩擦が大きいので、徐々に落としている段階だ。それで余剰分がでているけど、これは空間収納で保管している。
これは国が負担している訳だけど、実のところ90%以上の確率で、5年以内に全地球的な大飢饉が起きると計算されている。さらに、近い将来の不足は見えているので、この貯蔵は絶対に無駄にならない。だから、食料に関してアメリカが日本に対して意地悪は出来ないだろうね。
あと、日本はアメリカに対して概ね10兆円程度の輸出超過だけど、日本からの輸出分は相手がどうしても必要なものが殆どで代替が効かない。なので、輸入を制限したら自分の首を絞めて支持者から見放されるね」
「うーん。そうなると余計に腹がたつだろうね?」
「まあ、そうだけど。全体のGDPはまだ2倍以上の差があるんだけどね。とは言え、アメリカでは額面の収入が多くても豊かとは言えないと言われているし、貧富の差が激しいからなあ」
「ところで、極東アジア共和国の独立に日本は関わっているのでしょうかね?」
山下が俺に聞くのに答える。
「うーん、俺は知らんが、タイミング的に全く無関係とは思えんな。政府の中枢が知っていたかどうかは知らんが、日本側で絵を描いた奴はいるだろうね。でもまあ、日本にとってロシアを敵対するのは少し重かったけど、今は実力的には日本が圧倒しているからね。
ロシアが、上位下達の共産主義的くびきから逃れられない以上は、今後も国力の漸減は止まらないだろうね。彼らは核を中心として軍事力がほぼ唯一のストロングポイントだったけど、もはや核廃絶の動きは止まらんだろうよ。
バトラのお陰だけど、核の位置がすでに判っているのが大きいよね。核ミサイルも宇宙からはほぼ無力だし、重量爆撃をされたら、その余波で核爆発を起こす可能性があるものね。まず英仏が手放し、イスラエル、インド、パキスタンなどが手放すだろうし、旧C国もそう時間を掛けずに廃棄するだろうね。
アメリカはロシアが手放さん限りはと抵抗するだろうけど、結局手放すだろう。そうなったら、ロシアは今と同じように空から監視されるだろうから、持っていても意味ないよね。結局ロシアも手放すしかない。
話が逸れたけど、日本が関わっているといないに関わらず、極東アジア共和国の独立は日本にとって得だよ。政治的なことを除いても、あの広大なエリアにたったの650万人だよ。日本の技術と資本を入れたらすぐさま豊かな大地になるな」
「ふーん。じゃあ、それはいいことなんだ」
シャイラがにっこり笑って言った
2025年、12/20文章修正。




