ロシア極東独立!
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民主主義が根付いていない国であるロシアにおいても、極東の独立を叫ぶ人々はいた。元々ロシア人はウラル山脈の西にしか住んでおらず、極東に住んでいたのはモンゴル系のアジア人であった。その意味でウズベキスタンやカザフスタンと似た立ち位置であるが、違っていたのは住んでいた人口である。
現在においても、広大な極東ロシアの人口は650万人にすぎないことを考えれば、国を形成するほどの人口はなかったことになる。そして、極東はロシアではあくまで資源の供給源であって、相対的に貧しい状態に置かれており、その原住の人々の血を引くもの達は歴然と差別されている。
この地域にもテレビ・新聞はあり、中年以上の人々はインターネットを使うから、彼らは情報を世界から取り入れている。そうなると、被差別の人種として、自分の立ち位置を不満に思うようになるのは当然であり、元々の住民である自分たちの土地、極東の独立という運動は自然に出てきた。
ただ、簡単に警察が政府の意向で市民を拘束し、マスコミが政府に統制されているロシアにおいて、それは当然ながら地下に潜ることになる。地元民とのハーフであるサビライ・サリミカヤ極東連邦管区長にも、そうした独立勢力からの接触はあった。だが、ロシア政府の中での“出世”に懸命であった彼は関心を示さなかった。
そもそも、極東が独立を宣言したところで、配備されている戦力を自分のものとしても、西の戦力と戦えば鎧袖一触であって実現性はない。それに、ロシアであれば、その武力を独立を叫ぶ市民に使うことに躊躇いがないだろう。多分、必要と思えば都市に核ミサイルを撃ち込むくらいのことはするはずだ。
しかし極東連邦管区長という“あがり”の立場になった彼は、その経済社会のあり方を深く知るにつれて、改めて極東がロシアから収奪される地域であることを実感した。それでも、ロシアが今後豊かになる可能性のある国であれば、極東も少なからずおこぼれに与る。
しかし、残念ながらすでに世界に社会・技術の両面で世界に置いていかれているロシアには、その可能性はほぼ無いに等しい。しかし、極東ロシアは寒冷であっても、人口に比して広大な国土と資源があり豊かになることは十分可能である。
とは言え、極東が豊かになるためには、資源の採取と持ち出すための輸送のみでなく、民生産業やインフラに係わる社会投資が必要なのだが、貧しいロシアはそこからの収奪しか考えていない。そこから導き出される答えは“独立”である。そして、そのためにはバートナーというかスポンサーが必要である。
その相手は、隣国であり日の出の勢いの日本しか考えられない。そう考えて、進出している商社を通じて日本政府に接触を図ったのだが、そのリアクションが極東地区の資源マップであった。それは衛星からの調査結果というが、今までのランドサットなどの調査と全く違うのは、ある程度の地下の探査が出来ていることだ。
サリミカヤはそのマップを見て驚嘆した。約700万㎢、日本の19倍に近い面積の極東管区の資源マップは、すでに知られている資源とシンボルを変えて示しているが、知られているものの数倍を超える。
それだけ、実際には調査が困難であって調べられていないことを意味するが、そのシンボルに添記されているのは推定埋蔵量である。金・銀、鉄、マンガン、クロム、ニッケルなどの鉱物資源の他に石炭・石油も無論加わっており、その埋蔵量が確かなら、莫大な資産である。
「こ、これは……、事実ですか?」
サリミカヤは日本の外務審議官という朝比奈に震える声で聞いた。
「はい、位置的にはまず確かで、ある程度の量の該当する資源があることも確かだと思っています。ただ埋蔵量は推定に推定を重ねているので確かとは言えませんが、判っているデータから判定するとその程度ということです。まあ、いずれにせよ、貴方が管轄する極東管区には、今まで思われているより数倍の資源があることは確かでしょう」
朝比奈の答えに、尚もマップを見ながらサリミカヤは言った。
「うーむ。我々も極東管区には、実際にこのマップ程度の資源はあるとは思っていました。しかし、探すのは中々難しく、判らないものと諦めていました。ですから、このマップは極めて大きな価値があります。あなたがモスクワでなく、私にこれを見せた意味は何なのでしょうか?」
最後に自分の目を覗き込んで言ったサリミカヤに朝比奈は答えた。
「率直に申します。我が国はモスクワの政府は信頼に足りる相手ではないと思っています。もう10年近く前ですが、お国のプーチャン大統領が我が国の阿山首相との話をひっくり返した件など、気を持たせて最後にひっくり返すという件が多くあります。
その文脈で言えば、ロシア政府の極東管区長の貴方も信頼に足りる相手ではありません。しかし、このデータを生かすために、ロシアからの分離を考えているという貴方に賭けるべきと判断したということです」
「うむ、なるほど。日本もこれらの資源の利益に与りたいということですな?」
「まあ、そうですが、お気付きだと思いますが、日本にとってこれ程度の資源はそれほど切実に必要としている訳ではありません、日本はすでに宇宙の資源開発を進めています。それ以上に、ご存じのハウリンガは丸々地球サイズの惑星一つの資源です。
しかし、極東ロシアはなにしろ近いという点が大きなメリットです。それと、隣国にロシアという存在を抱えたくないということがあります。なにしろ、何かあるとお国境に兵力を集中するし、核兵器を平気で使いそうな相手ですからね」
「しかし、我々が仮に独立したとしても、ロシアに抗するほどの力はないぞ。なにしろ人口がたったの650万人だからね。また、それはロシアから離れることの困難さでもある。まあ現時点においては、彼我の武力を考えれば独立は夢物語だな」
「そうですね。現時点では無理です。ただ、わが国も今後はこの地域により強くコミットします。とりあえず、この地区の銅鉱山を、わが国の調査で見つけたことにして進められたらどうでしょうか?」
そのような話で始まった、ベリリンクス銅鉱山の開発であるが、結局モスクワのごり押しでロシアの資源会社が大部分の利益を吸い上げる仕組みに変えられてしまった。大統領以下の閣僚にそのおこぼれが行くのだろう。そして、このことはサリミカヤの手柄としてその立場を強化したが、彼の独立への意思をより固めることになった。
そして、ロシアが日本に公然と敵対行為を始めた。従来であれば必ず強く反発して、制裁を科すと脅すアメリカが口先だけの介入をしている。欧州、カナダやオーストラリアさらにアジア各国がロシアの日本へのミサイル発射、択捉島への軍の展開を非難しているが、ロシアは勿論歯牙にもかけない。
早速、サリミカヤは日本政府の極東事務所と協議し、同志に連絡をとった。その結果がロシア極東軍の掌握であり、ミサイル基地の占拠によるモスクワが命じたミサイル発射の阻止であった。
対日本で、モスクワも極東には5万の軍を送り込み、最新のミサイルも送り込んでいたが、派遣軍の幹部を始末することで掌握できている。だから、今や仮称『北東アジア共和国』の司令官であるウラジミール・アジゾフ中将の対ロシアの戦略は、ミサイルに核弾頭を積んでロシア軍に対抗することだ。
それは自前の策であるが、日本に対してはロシア軍が日本本土の都市部に100発以上のミサイルを発射しようとしていたこと、それを自分達が阻止したことを通達した。その場合については少し曖昧ではあるが、日本が対抗措置を取るという約束があった。
実現するか懸念があったが、幸いに日本は宇宙艦隊をロシア全土の上空に配備した。そのうえで、今後ロシアから発射するミサイルなど発射体は、全て日本を狙ったものと見做し、亜宇宙に配置した自衛艦から全て打ち落とすと宣言した。さらに、それが核であった場合には軌道上からの質量爆撃を行うことも付け加えた。
日本はすでにロシア領の核弾頭の在り処のマップを公表しているので、核を積んだミサイルが発射されたら、歴然と判ってしまうことになる。なお、ロシアは日本に対して全面的な攻撃をすると宣言し、実際に極東のミサイル基地に発射を命令したことはすでに明らかになった。
この事態となって、日本としては、自らの国土を守るためにということで、この警告を自国民にも世界に向けても正当化できた。だから、日本の行動を非難したのは当事者のロシアと、トーンは弱いがアメリカのみで、他は黙っているか又は汎地球平和軍構想に賛同している国々が日本の行動を当然と賛同した。
このことは、結果的にはロシアから極東領にミサイルを撃ったら日本に撃墜されることになり、もしそれが核であったら宇宙からの重量爆撃をされることになる。岩による重量爆撃は、基本的にはそのものによる放射能による危険はないが、そこに核兵器があったらその核分裂物質の飛散による放射能汚染の可能性は高い。
その上に、爆撃の条件によっては熱で溶けた核分裂物質が臨界量以上に集合して核分裂反応、つまり核爆発を起こす可能性も否定できない。興山基地の重力爆撃の後に大きな議論の種になった話である。そして、亜宇宙から爆撃を実行した宇宙機に被害は何もないのだ。
いわば“きれい”であるはずの重量爆撃が極めて凶悪なことになるが、そこに核爆弾がある場合に限る。それが嫌なら核兵器などを持たなければ良いのだから、自業自得と言えないこともない。欧州に核保有国にはそのような議論があって、核を早急に手放すべきと意見が強くなっている。
独立宣言の翌日、北東アジア共和国の暫定大統領は談話を発表した。
「我々旧ロシア極東管区領は、仮称『北東アジア共和国』として独立を宣言した。我々の6割以上は古くからこの地に住んでいた人々の子孫であり、この地に固有に権利を持っている。我が国は約700万㎢の広大な大地に僅か650万人の人口であり、一人一人が莫大な国土と資源を保有している。
だから、適切にその国土と資源を使えば我が国民は豊かな生活を送れるはずであるが、実際にはロシアの時代には中央に比べて貧しい生活を強いられてきた。つまり、豊かな資源は収奪され、その広大な土地を有効に使うための資本を得られなかった。
我々は独立後、近隣の国々、日本、旧C国であった国々、K国、北国、モンゴルさらにロシアとも仲良くして交易関係を通じて互いに豊かになりたい。中でも日本は尊敬すべき先進国であり、我が国土と資源をより有効に活用できる国として緊密な関係を構築したい。
だから、ロシアが仕掛けたことであるが、我々の軍はロシアによる日本に対するミサイル発射は止めた。さらに、択捉島に配備した軍の部隊はすでに引き上げ中である。加えて、日本の長年の懸案と聞いている北方領土の島々の全面返還に応じるつもりである。
我らの現在の広大な領土に比して、北方領土は何ほどのものではないし、現在の住民には苦しむことのないように最大限の努力をするつもりだ。またそれには、日本の協力も得られるものと信じている。
実のところ、日本はすでに我が国土の資源の探査を実施して、資源マップを作製している。その結果、その資源は知られている量の数倍であり、世界最大級ということが判ったベリリンクス銅鉱山はその成果の一つである。そのように日本が発見してくれた資源については、日本企業と共同で開発を進める。
そして、その過程とその利益によって、我が国が今後豊かになれるように産業開発、都市交通などインフラ整備を進めて行きたい。
さて、独立宣言を行った我が国にとっての最大の懸念は、ロシアによる再統一のための侵略である。我が領土を差し引いたロシアの面積は1.4倍で我が国とはそれほど差はない。だが、人口は1億5千万を超えていて比較にもならず、経済力、軍事力も同様である。だから、ロシアがその気になれば簡単に我が国を再征服が可能である。
しかし、世界にはそのような関係の国々が沢山あるが、必ずしも強者が弱者を統合していないのは、弱者を保護する国の存在と国際社会の目であると思う。そして、国際社会の目は力を持ちつつある。それは日本が提唱して、急速に実現しつつある汎地球平和軍であると考えている。
我が国もすぐさま平和軍に加わりたい。しかし、それは目の前の危機であるロシア軍による脅威には間に合わない。だから、日本政府、そして日本国民の皆さんにお願いしたい。我が国が汎地球平和軍の正式の一員になるまで、わが国の防衛を助けて頂きたい。
日本の方々は唐突に聞こえるかも知れないが、日本がロシアから我が国を守る力があることは、すでに世界の常識である。実際に日本が展開している亜宇宙の艦体はすでに私がお願いした機能をはたしている。だから、私のお願い日本の艦体のロシアへの配備というこの状態を、今しばらく続けて欲しい。
大変勝手なお願いではあるが、わが国の国土と資源は日本にとっても必ず大きな利益になると考えている。オネガイシマス。ニホンノミナサン」
ロシア語から、最後は片言の日本語で言い終わった暫定大統領のサリミカヤは、深く頭を下げた。
なお、この様子は、日本では日本語の同時通訳を付けてNHKで放送された
2025年、12/20文章修正。




