緊迫し始めた国際関係
すみません。長くさぼっていましたが、また週1程度は連載をはじめます。
アメリカがC国に続き、日本をターゲットに定めて日々非難して、様々な対抗の仕掛をしてきたことは既に国際社会に明らかになっている。C国の場合は共産党の独裁国家であり、国内の少数民族の迫害、周辺諸国への軍事的威嚇など、“西側諸国”にとって眉を顰める振る舞いがあった。
だから、国際的にもそれなりにアメリカの行動は支持されていた。一方で、『戦後』アメリカの支配下に置かれて良き隣人になろうとしてきた日本への締め付けは、違和感を持たれている。だから同調する者はそれほど多くなく、その行動も強いものではない。
とは言え、西側諸国というのは結局白人国の集まりであって、大航海時代以来、現在の常識では非人道的と明らかに言えることを堂々としてきている。そして、自らのその反省は聞いたことがないので、多分ほとんどの人が忘れているのだろう。えらく都合の良い記憶力である。
比べて、C国は古くからの大国であり、周辺に侵略していくつもの巨大な帝国を作ってきた。しかし、朝貢によって周辺国の野蛮国の人々が来国するのを受け入れ、その高度な文化を伝播してきた。日本などは、最も多くその恩恵に預かってきた国である。
そして、C国の王朝はどちらかというとその豊かさのために、騎馬民族の侵略などを受ける被害者の立場であって、最も盛んな時でも白人国がやったような他民族への残虐行為は少なかったようだ。だから、C国が西側諸国から一斉に責められたときに、『お前らのやって来たことよりは、ましだよ!』と吐き捨てたのは判る。
とは言え違った意味で、アメリカの日本に対する非難には同調する国が多い。なにしろ、重力エンジンとEXバッテリー、AEE発電という現在の根幹技術を握っており、そのために急速な経済発展が起こしている。一方で、その技術の延長で、軍備の重力エンジン化によって軍事力を急激に高めている。
また、それは突出した宇宙への進出によって裏打ちされている。しかも自国民のみで、地球規模の異世界への入植を始めているのだ。ある国が突出して豊かになることには、反発する者は多い。それが、日本というある意味特殊な国であれば仕方がない面がある。
無論、重力エンジンとEXバッテリー、AEE発電は全世界的に好景気を呼び込んでいる。これは、そのコストから、従来のシステムからこれらのシステムに変えるのは必然である。そして、そのための設備投資は全世界的に莫大であるから、全体のGDPが上がるのは当然であり、全世界的に景気は大きく上向いている。
加えて、AEE発電とEXバッテリーは、地球温暖化を食い止める切り札であることはすでに認められていて、温室効果ガスの発生が実際に減りつつあることは確かめられている。このように、日本発の技術が世界に大きく貢献しているのは認められてはいるが、その技術の根幹を日本が握っている点が嫉妬を買っている。
そこで、日本は懐柔策を考えた。まずEXバッテリーについては、低いパテント料で製造技術を公開した。これは、EXバッテリーが最も数がでる設備であり、それほど公開に軍事的に意味が少ないからである。次いで、重力エンジン・AEE発電機についても、キーパーツの変換器などの一部の機器を除いて同様にした。
日本としては、本来これらの生産は独占したかった。しかし、日本のみで生産をしていた結果、世界の需要に応えきれなくなって、世界中の国々と険悪になるところであったのだ。そのことで、政府としても断腸の思いでの公開であった。
勿論、この決断は俺にも相談があったけど、まあ認めるのは仕方がないよね。ただ、背景の理論は教えていないし、最も重要なキーパーツは握っている。だから、他国は生産をしても、改造・改良とか、他の機器への派生はできない。だから、アメリカは依然として不満であって、全ての技術を渡すように執拗に迫っている。
さらには、彼らは異次元ゲートの独占をことさら非難して、これも西側諸国を中心とした国際管理に移すように迫っている。しかし、これについて俺は断固として拒んでいる。「西側諸国」「国際管理」なるものが怪しい限りであることは、歴史を見ても明らかであるし、どこでも行けるこの技術は余りに危険である。
日本はG7の一つであり、西側諸国の一員として考えられているが、唯一の非白人国として様々な面でつまはじきされてきており、不利益を被ってきた。例えば、地球温暖化にしても嘗て日本は、石炭火力を保持する姿勢等に対して、欧州からことさらに非難されてきた。
しかし、エネルギー資源を輸入に頼っている日本は、省エネ化には歴史的に最大限の努力を払ってきた。日本の省エネ化は世界でも有数であるが、それはすでに使える手段はほぼ取り尽くしているからである。石炭火力にしても、当然そのような手段が取られている。
だから、日本が今後10%の省エネ化を進めるのと、まだまだ取るべき手段が多い他国の10%の省エネは次元が異なる。欧州は二酸化炭素の排出権取引を持ち出していたが、省エネの進んだ日本は明らかに損である。まあ幸いに、その点を完全に解決する日本発の先に述べた技術があったから、そのような構想は霧散したが。
次元の壁を超えるゲートを、俺は日本政府にも渡すつもりはない。これは地球上であれ、異世界であれ好きなところを結ぶことのできる物騒なものだ。それは全面的にバトラが操っていて、今のところ俺の要望通りになっているが、どこかにその使用のリミットがあると思っている。
ハウリンガの開発が軌道に乗った今、そのような危険は冒せない。だから、その点は十分政府にも説明しており、彼等こそハウリンガの開発に期待しているので、日本がゲートの管理で妥協することはないだろう。ただ、ハウリンガに日本人のみを受け入れることを貫くのは無理だと思っている。
この点では、政府もすでに一定の条件で受け入れることをすでに公表しているが、その条件については模索中としている。このことで、政府は国際社会からの圧力はある程度緩和されたと判断している。
そして、最近になって日本、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オーストラリア、ドイツ、インドの8か国による宇宙平和軍の構想が出てきた。つまり、これは日本の宇宙自衛軍によって、海賊化した旧C国の興山基地を隕石爆弾で壊滅したことをきっかけで、ロシアが積極的に働きかけて一応の合意がされたものである。
この中で8ヵ国の内の核保有国は核を全廃すると共に、共同で主として月と地球の軌道から地球の平和を担保するという構想である。実のところ俺は、この構想にはきな臭いものを感じていた。大体がロシアが仕掛けた所が怪しい。
ロシア人は結構お人よしも多いが、国となると陰険で裏切るのは平気である。実際特に日本は碌な目にあっていない。典型的なのは太平洋戦争末期の不戦条約破りを行って、日本が支配していた満州国やサハリンを攻め込んで多くの日本人を殺し、さらに捕虜にしてシベリアで奴隷扱いをしたことである。
日本政府は核が全廃できると、内閣総理大臣の仁科正治以下舞い上がっているが、ロシアがそう簡単に核を手放すとは思えない。なにしろ経済では中進
国並みのロシアが、国際社会でそれなりの存在であるのは核ミサイル体系あればこそである。
それにアメリカの出方も怪しい。今のアメリカ政府と日本の関係は相当に悪く、何か口実があれば、喜々として日本を嵌めようというレベルになっている。
何しろ、核ミサイルシステムは建設も維持も極めてコストのかかるものであり、必要がなくなれば廃棄したいのは実情ではあろう。だが、ロシアにとっては国際的威信の源であるし、ロシアと並ぶ保有国であるアメリカにとっても同じ部分がある。
ただ、アメリカは世界一の経済力を背景に、通常兵器体系の戦力についても飛びぬけているので、ロシア程核に拘る理由がなかった。ところが、重力エンジンなどの導入の進行によって、従来の兵器体系が陳腐化してしまった。そして、それを実証したのは興山基地を隕石爆弾による破壊であり、あの目立ちたがり屋のアメリカが、日本に実施を譲ったというのは実際には実施できるレベルになかったのだ。
それだけに、俺は今回の8か国の宇宙平和軍というのは怪しく思っている。俺は面識のあるNCS(国家安全保障会議)の事務局長の和田慎吾氏に会った。彼は、実質的に日本の安全保障の実施担当者であり、俺には向こうから連絡を取って来た。まあ、そうだよね。安全保障を語るなら、現状においては、俺の存在を抜きにしては出来ないのは俺でも思うよ。
彼には彼からの要望で、年に4~5回程度は会っているので、俺の申し込みに応じてすぐに会見できた。
「ところで、どうなの、あの宇宙平和軍の話は?ロシアが応じたというより、持ち込んだのは如何にも怪しいよね?」
俺が彼の執務室で聞くのに、彼も顔を顰めて応じる。
「うーん。私もそう思ったので仁科総理には日本が発表するのは早いと言ったのですがね。なにしろ、条件がはっきりしない。それを、核を廃絶という言葉に躍らされて日本が真っ先に発表したでしょう?こうなったら、引っ込みがつかないのですよ。
そもそも、平和宇宙軍などと言っても全て我が国というより、三嶋さん発の技術ですよ。多分ありとあらゆる技術を、公開するように迫られると思うとちょっとね……」
和田の言葉に俺は懸念する点を言った。
「うん、まず間違いなく、異次元ゲートの技術の公開、あるいは無制限公開は言ってくるな。その上で、核廃棄は実際には表づらのみで、相当部分を隠すだろう。ロシアとアメリカは間違いないと思う。ゲートと核の組み合わせがどうなるか分かるかな?」
「ええ、核の使いづらい点は運搬面にあります。それを次元の壁を抜けて好きなところに持っていけるとすると、これはもはや阻止する術がない。最強・最悪ですな。確かに、ゲートは渡せませんね。ただ、仁科総理は核廃絶で歴史に残る自分に酔ってしまって、人の言うことを聞きません」
「どの程度の閣僚が、反対というか慎重論なの?」
「官房長官の木村さんの消極反対、防衛大臣二宮さんに経産大臣田川さんは強硬に反対、外務大臣の西野さんに財務大臣の吉田さんなどは総理に同調ですね」
「ふーん。でも俺は、ゲートをいずれにせよ渡さんし、重力エンジンとAEE発電の肝の部分はこのタイミングでは渡さんよ。いきなり書類を突き付けられて、それらが条件と言われたらどう対処するつもりかな?国際社会とやらの前で、自分の利益のために核廃絶の邪魔をした、ということで一方的に日本が悪者になるよ」
「うーん。可能性はありますが、そこまでしますかね?」
「やるさ、その程度。太平洋戦争の始まりなんて、まさにそれ以上の事をやられたからな。よし、アメリカとロシアの大使は日本にいるかな?」
「ええ、どちらも本国に最近本国から帰っていましたが、今はいますよ」
「彼らは間違いなく真相を知っているよな?」
「どちらもそれなりに政府の実際の実力者の一人ですから、それは間違いないと思いますよ」
「ふん、聞いてみよう。本音のところを」
「ええ!し、しかし、貴方なら出来るでしょうが。くれぐれも……、気を付けて」
「ああ、ではまた来るよ。多分明日だな」
俺がそう言って立ち上がるのを、和田は期待した目で見送る。
俺は、まずハウリンガに渡って、シーダルイ領の魔術師団のロリア・カールスアを連れてきた。シーダルイ辺境伯は、今はジャーラル帝国の伯爵になっているが、領内の膨大な資源量がある石油の産出が始まっているため、帝国でも最も豊かな領である。
そのため、シーダルイ伯爵家の魔術師団は層が厚く、俺がバトラから知ったノウハウを教えていることもあってレベルが高い。そこの20歳代半ばのロリアの魔力は少し低いが、人の精神に魔力を及ぼすことに長けている。つまり、人の精神を操れる能力があるのだが、魔力が弱いので、単独では精神の強固な者を相手にするのは難しい。
しかし、俺と組めば別である。俺は、威圧で大抵の相手を気死するレベルまで追い込むことができる。だから、俺がまず相手を気力的に弱らせれば、後はロリアが相手を好きなように操れるのだ。実のところ、ロリアを使って、ジャーレル帝国とアジラン帝国の情報を抜いたことが何度かある。
この場合は、あらかじめ探査した上で、ゲートで好きなところに入り込んで、出会う者が俺とロリアを認識させないようにするのだから、自分で言うのも何だけど結構タチが悪いよね。それで、まずは麻布台のロシア大使館、次は赤坂のアメリカ大使館に行った。
大使館は人が多くて忙しい部署もあるけど、大使の周辺にはそれほど人はいないから、大使と周りの人の精神に介入して、大使執務室から人払いをするのは簡単だった。そこで、俺とロリアが大使御本人に色々聞きだして、その映像と音声を取るのもさほど時間はかからなかった。
部屋にコピー機があったので、必要な書類のコピーも取れたしね。ロリアには、十分な金貨を与えたし、仕事の後でシャイラから東京を案内されて大喜びだったらしいよ。
和田は木村官房長官に連絡して、首相と主要な閣僚を集めた。和田には両大使への尋問の結果のメモリーとコピーを取った書類のデータを渡しているから、当然、和田は官房長官には見せただろうね。まあ、実質閣議の席に俺を出すのは大いに変則だが、和田は強硬にそのようにすると言っていた。
俺も相当に頭に来ていたので、その旨は官房長官の木村オバサンにちゃんと言ってあるから、首相の仁科も俺の出席を拒むことはないだろうね。彼もすこしおっちょこちょいの所はあるけど、自分の面子を国益の前にするようなことはないだろうと、俺は信じている。
俺が部屋に入った時、首相の仁科、官房長官木村、外務大臣の西野、防衛大臣の二宮、経産大臣田川、財務大臣吉田、法務大臣菅野、官房副長官宮田それにNSCの和田が待っていた。このうち、個人的な付き合いのあるのは防衛大臣と経産大臣であるが、一応参考人扱いで似たような会議には出ているので皆面識はある。
司会は無論木村官房長官である。
「三嶋さん、今日は御足労頂きありがとうございます。では、まずは今日の会議の趣旨を説明しておきます。総理、経緯についてはざっくばらんに言わせて頂きますのでよろしいですね?」
その言葉に、仁科首相が軽く頷く。覚悟の決めたようなすっきりした顔をしている。
「では、まず先日首相から国民に向けて、わが国、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オーストラリア、ドイツ、インドの8か国による平和宇宙軍の創立の説明と、核全面廃絶などの意義の説明がありました。
しかし、これにはロシアが提案したものであるということで、裏を懸念する向きもあって、反対する方もおられました。とは言え、核廃絶は唯一の被爆国である我が国にとっての悲願でありましたから、総理も前向きに捉えて国民の前に早めに公表した訳です。
しかし、皆さんもご存じのこの三嶋さんが、宇宙平和軍への次元ゲートなどの供出を強要されるのではないかと懸念されて、自らロシア大使館とアメリカ大使館に調査に入ったということです。今日はその結果の報告とその対応のための会議ということです」
「ええ!大使館に入ったというのはどういうことですか?明らかな国際法違反じゃないですか?」
まだ40歳代と若い法務大臣の菅野が半ば叫ぶのをジロリとみて、木村が言う。
「それだけ重要な謀略を両国が我が国に仕掛けているということです。黙っていられないなら出て行きなさい。ただし、情報を漏らしたら判っていますよね?」
60歳代の後半の木村にとっては、仁科はまだ若造である。
「え、でも……」
周りを見渡して、同調する動きはないことを見て仁科は黙ってしまう。
「ええ、では三嶋さん、お願いします」
木村はそれを無視して俺に話を振った。
「ああ、じゃあ、始めます」
俺は立ち上がって、大画面スクリーンの操作パソコンを操作すべく控えていた首相秘書官に合図した。
2025年、12/20文章修正。




