太陽系周航ツアー
読んで頂いてありがとうございます。
少し忙しくて更新をさぼっていました。
俺とシャイラは、東京宇宙港に来ている。東京宇宙港は東京湾の羽田空港の周辺を埋め立てて作られている。現在、飛翔機による個人の高速移動が可能になっているが、やはり国際間など長距離において旅客機は広く移動に使われている。
その旅客機は機体が鋼製になったことによる調達価格・運航コストのコスト面、更には温室効果ガスの発生の面の規制によって全て重力エンジン機になっている。重力エンジン機は、ジェット・プロペラ推進機に比べて翼が必要なく胴体が太くなっていて、離着陸はほぼ垂直に行うことになっている。
150人乗りの旅客機で大体長さが60m、胴体の幅が8m、高さが6mであって翼のようなものはないので、幅20m長さ80mのスペースに着陸できるのだ。
だから、羽田空港の離発着の航空機の数は最近は国際便が増えて最近5年で3倍になっているが、ジェット時代の1/3の面積で運用が可能になっている。だから、空港の第2ターミナル付近が埋め立てられて宇宙港となったわけだ。とは言え、旅客用に限られた宇宙港であるが、行先は地球に近い太陽系内に限られているためにそれほど発着数は多くない。
宇宙クルーズはその新規性が抜群ではあるが、地球上のクルーズに比べて甚だ不利な面が多い。それは途中で寄港がなかなか出来ないという点で、さらには無論密閉した室内に閉じこもっているので、外の風に当たることもできない。
それでも最初に建造された4隻の宙航客船“おりひめ”は、32室のこじんまりしたクルーズ船であったが、月周回クルーズ、さらに月・火星周回クルーズ、月・金星クルーズなどが組まれ常時予約で満杯であった。この料金は一人2百万円から5百万円という高額であったが、大部分の乗客は60歳以上であり、高齢者が金銭的に余裕がある者が多いという事実を物語っている。
また、これらのクルーズの人気を見て、“おりひめ”の船体で、リクライニングシート、2段ベッドを使って大幅に乗客を増やしたいわゆる“月弾丸ツアー”用の船である“おりひめ2”が建造されて、これは150人の乗客を乗せて地球軌道と月ツアーに使われた。
これは、出発時と帰着時に地球を周回して、目的の月や惑星を低高度で周回、さらには表面に着陸して一泊を過ごす、さらには無重力を含めた様々な重力状態を楽しませるというような企画が大いに受けたようだ。
こうした豪華版のツアーは無理でも、可能なら宇宙に出てみたいという人は数多く、一人50万円以下という低い値段もあって、全行程1.5日のこのツアーも常に満杯であった。それでも、地球軌道から月まで6時間程度で行ける重力エンジン機であれば、地球と月を周回して船が月に降り立つこともできた。
こうした宇宙人気によるクルーズの成功を受けて、120室のクルーズ船が2隻建造された。これは、日本の宇宙自衛軍と共同で運用している月の“くまもと”鉱山が旅客を受け入れ施設を建設した。さらに、自衛軍と民間鉱山会社が火星に共同で開発した“えひめ”基地が完成したが、これは最初から旅客受け入れ施設を併設してリゾートを完成した。
つまり、月と火星ではホテルを含むリゾートに下りて入ることができるのだ。俺とシャイラは、その宙航クルーズ船の“ベガ”の最初の宙航便に乗って、クルーズに出かけようという訳だ。俺はシャイラと結婚して6年になるが、子供ができないこともあって結構あちこちに旅行している。
経済的には余裕があるので、ツアーなどには加わらず、自家用の飛翔機で日本では殆どの観光地は回ったし、地球の40ヵ国程度は巡っている。さらに、俺たちはハウリンガ世界でもジャーラル帝国はもちろん、アジラン帝国の範囲も一通り訪れている。
ただ、危ないと判断される地区を訪れる場合には護衛付きだ。俺もシャイラも結構な戦闘力はあるが、不意を突かれないとも限らないし、費用については問題ないしね。
ベガは全長150mで胴体は幅が25m、高さが15mで滑らかに丸まっているが、中は3層の客室があって、各室に2つのシャッター付の窓がついている。船は2本のレールで支えられて船底は地上1mであるが、乗客はボーディングブリッジで、ターミナルから2階に乗り込んでエスカレータで1階と3階に別れて進む。
俺とシャイラは、ゲートが開く30分ほど前に待合室に着いたが、すでに待っている人々のほとんどが白髪の老人である。ツアーは10日間でチケットは一人6百万円であるからやむを得ないだろう。ちなみに、今回のツアーは新造船の最初のものだけあって競争が激しく、ほとんどがコネで取っている。俺は、経営している太陽系クルーズの25%の株を持つ大株主だから当然希望すれば取れるのだ。
時間になってゲートが開き乗り込みが始まるが、ゲートで予約券を部屋の鍵を兼ねるにカードに替えていく。多くはカップルであるが、同性の2人、また一人の者もいるようだ。一人の場合のチケットは9百万円になる。俺たちは、ブリッジを渡ってベガに乗り込み、2階の部屋にカードを差し込んで入る。
部屋は8畳ほどの広さで、2つのベッドとデスクと2つのソファ型の椅子があり、さらに壁に埋め込みの大画面のディスプレイがあるが、これはツアーの途中の光景を映す重要な設備だ。バス・トイレは各部屋についており、室内の内装、ランプ、壁に掛けている絵画など高級感にあふれている。
各部屋が狭いのは仕方がないが、船内には遊戯室、ダンスホールにもなる大食堂とくつろぐ空間は用意されている。何よりの贅沢は、重力エンジン機の常で常に正常な重力1Gで過ごすことが出来る点であり、乗客の要望に応じて低めの重力にすることも可能である。
乗船して寛げる服に着替えて一息入れた頃、出発のアナウンスがあって、ディスプレイが自動でON になる。画面にチーフアテンダントの溝田美紀の顔が映って、挨拶と出発に際しての注意事項が話されが、出発時は実際のところ重力変化もショックなどもない。
だが万が一のために、ベッド横になるか、椅子に座ってシートベルトをするかが規則で決まっていてそれを要求される。俺とシャイラは椅子に座ってシートベルトを締める。
「只今、出発です!」
アナウンスと共に、小さいショックがあって画面の地表が遠ざかっていく。離陸時には2Gの加速度で鉛直に上昇するので、1Gすなわち9.8m/秒^2で上昇していく。だから、15秒ほどで千mの高度に上昇して時速500㎞に達する。そこで垂直上昇を止めて、最初は航空機の上昇角度と同じ1/20で上昇していきどんどん角度を深くして最後は地上に対して45度で上昇する。
約30分で地上500㎞の亜宇宙に達し、秒速約10㎞の軌道速度で地球を周回し始める。1.2時間で地球を1回周回するので軌道をずらしながら、出来るだけ見どころの多い地表の上を5周する。この地球の周回は最も人気のあるプログラムの一つであり、俺もシャイラも部屋の画面を見て、鮮やかな海の青と地上の緑それに黄土色の地表の昼と夜の景色を大いに楽しんだ。
その後ベガは、現時点で60万㎞離れた月に向かって、更に加速して秒速50㎞まで増速して進む。加減速の時間を含めても月まで僅か6時間ほどの飛行であった。なお、ベガにはAEE発電ユニットは積んでいないが、これはその巨体にも関わらず、宇宙空間では地球圏ほど電力は消費しないためである。
例えば、地球上であれば地上に落ちないために常時電力を消費するが、宇宙では加速を止めれば、あとは空気抵抗もないので慣性により無動力で飛ぶ。そして、今では地球軌道上で6ヵ所、月で2ヵ所、火星に1ヵ所のAEE発電ユニット船“らいでん”が浮かんでいるので、そこで必要なACバッテリーを受け取れるのだ。さらには無論寄港地にもAEE発電機はある。
「どうだい、シャイラ。前の月への遊覧飛行から2回目だけど、前にはこれほどちゃんと周回はしなかったから、地球の軌道上からの景色はそれなりに見ごたえがあるだろう?」
俺は横に座って遠ざかっていく地球の映像を見ているシャイラに聞いた。
「うん、凄いなと思うわ。私たちの世界では、地球のように科学は発達しなかったけれど、流石にハウリンガという世界が丸いということは解ってはいたわ。だけど、地上から離れて空高く昇るとどうなっているかは全く分かっていなかった。それに、違う天体に行くなんてことは全く想像の外だったわ。
無論地球の科学を勉強するなかで、どういうことかは学びましたが。でも、まだ地球の人でも月などに行くこの旅行をした人は少ないのでしょう?」
「そうだね。でも期間が長いツアーは、何分チケットが高額だから、相当に経済的に余裕がある人しか乗れない。だけど、1泊2日の月へのツアーではかなり乗った人数は多くなっているよ。でも、地球はもう隅々まで調べられているし、月の表も望遠鏡から見えるし、何と言っても裸の大地だから美しい景色はない。
でも、初めての宇宙の旅というのは魅力があるようだね。まあ、その意味では宇宙からの青と緑の地球はいろんな距離から見てもやはりきれいだよね。それに月の自転と地球への公転の時間が一緒だから、月の裏側は地球からは見えないから新規性はあるな。もっともその映像はとっくに公開されているけど。
また、一つには船内の重力を変化させて体験できるレジャー室が受けているようだ。重力エンジンのお陰だね。それに重力エンジンによる宇宙旅行は、ロケットに比べるとうんと楽になった。ロケットだと、地表からの上昇時に高いGに耐えなければならなかったから、体が弱い人や老人ではとても乗れなかった。
それに、軌道上に上がると無重力だからね。筋肉の衰えをなくすための運動も必要だったし、それでも地上に帰ったら地球の重力に慣れるのが大変だったようだよ。それに比べると、重力エンジン機では、身体的に強健でなくても気軽に来れるよね。お金さえ持っていればだけど」
「私は、長いこと経済的に困っていたから、まだ、このように沢山のお金を使うことにはためらいがあるわ。でも、ケンジがいろいろな旅行に連れて行ってくれるのは、楽しいし素直に嬉しい。今回のこのツアーもすごく楽しみだったわ」
このような会話している内に、月“ルナ”リゾートに着いた。この基地は“くまもと”鉱山として経営していた半地下基地に隣接して建設されたもので、ホテルに加えて低重力を利用したアミューズメントパークが隣接している。ここには自衛軍の基地もあるが、無論入場は制限されている。
このアミューズメントパークは、運動場と低重力による様々なパフォーマンスを試すことのできるアスレチック器具が備えられていて、体力のある人は数時間以上運動を楽しんでいる。さらに、飛翔機や月面車で外に出るツアー、場合によっては宇宙服を着てバイクで自力のツーリングを楽しむこともできる。
ただ、宇宙服も随分進歩したが、依然として価格は数千万円であるため、宇宙服を短時間でも借りて使う試みはコストが高い。その意味では、月面を走るバスでのツアーのコストはそれに比べると高くはない。
このリゾートには、宇宙服を着ることなく宇宙船からリゾートに入ることのできるボーディングチューブを備えた発着ピットがあって、柔軟性のある径が2.5mあるチューブが宇宙船の扉に密着する。人々はそのチューブを通ってリゾートに入ることができるのだ。
また、人が生活するうえで、水と空気は必須である。月の岩石中に水は含まれてはいるが、それを砕いて取り出すにはそれなりのコストがかかる。そのため、水はマジックバッグを使って地球から運んでいる。さらに、空気については、2酸化炭素を分解することで空気を浄化して徹底的に再利用している。
しかし、窒素などの不活性ガスは消費されないが、酸素は消費されるので水を電気分解して発生させている。この点は電力を無尽蔵に使えるAEE発電のお陰で電力は使い放題なので、元になる物質さえあれば様々に分解加工して利用できる。
水にしても、無論電力を多消費しつつ徹底的に再利用して使っているが、リゾートである以上はそれなりに贅沢に使っている。その目玉が50×50mで最大深さ3mのプールである。1/6Gの環境で泳ぐと、また潜るとどうなるのか、また感じるのか、ほとんどの人がプールに入って泳いでみている。
とは言え、俺たちが着いた時点では、“ルナ”リゾートはベガ初就航を待ってのニューオープンであり、先述のことはその後の訪れた人々の行動である。また、ベガのツアーにはこのリゾートの2日の滞在が組み込まれていて料金も含まれている。
また、既に使われていて多数のシートがある“おりひめ2”によって、このリゾートに来るという客も多く、この場合地球を出発して、概ね6時間で来ることができる。そして、その往復のコストを入れても“ルナ”リゾート2泊3日のツアーは予約で一杯である。
俺たちは、その低重力での運動やプールで水に入っての泳ぎを楽しんで、最終目的地の火星に向かった。その間に乗機のベガは、リゾートのAEE発電機によって充電されたACバッテリーの交換を済ませている。現状での月と火星の距離は1億2千万㎞であるが、最大速度である秒速300㎞として、2Gでの加減速各4時間半を加え飛行時間は約15時間である。
乗客は基本的に出発地の日本の時刻に合わせて生活しており、この飛行時間には夜間に合わせているので、起きている時間は半分程度である。起きている時間の乗客は、船内の重力調整ができるレジャールームの一室での運動や高拡大望遠鏡による太陽系の惑星や衛星の映像を楽しんでいる。
火星軌道に着いたベガは、軌道を変えながら火星の周りを4回周回する。流石に火星表面は、月と違って変化に富んでいるためそれなりの見ごたえがあり、さらに2つの小さな衛星であるフォボスとデモスに近接するなど、アトラクションとしての価値がある。
俺とシャイラは、その火星までの飛行も火星の周回も大いに楽しんだよ。その後ベガは、火星に新しくオープンした“ヘリウム・リゾート”に着陸した。ここは、月と同様に鉱山の開発と日本自衛軍の基地開発に連携して開発されたものだ。採掘している資源は触媒としての需要が高まっているプラチナである。
リゾートとしての構成は似たようなものであるが、規模は人々が簡単に行ける月と違って小さい。だから、開発コストは当分ペイできない。ただ、ここは将来の木星・土星へのツアーの中継点としても考えられていて、それを見込んでの開発である。
火星は月と違って大気があるが、地球の気圧の0.75%であるから真空とほとんど変わらない。重力は地球の1/3であるので、やはり地表での体は軽い。ここでの滞在時間は5日間あり、そのうち2日間は飛翔機を用いての地表のツアーが含まれている。
また新連載を始めました。「異世界に根付くニホン文明」と「錬金術で進める国作り」です。
どうなることやら。
2025年、12/20文章修正。




