軌道からの重量爆撃の余波
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隕石爆弾で更地にされた興山基地の跡は、衛星軌道から写真にとられて、インターネットに乗ってたちまちにして世界に広がった。核ミサイルを持った興山自治政府なる無法集団の、旧C国であった国々と台湾、K国への脅迫のことはすで世界に知れ渡っている。これは、実際に核を使っているだけに大きな憂慮の種であったのだ。
そして、日本政府は実行したのが宇宙自衛軍であること発表した。というより、日本の“さきもり”が基地の上空に滞空して多量の物体を落下させたのは、既に様々な国から探知されており、アメリカとロシアはその岩塊の群れを落としたことも掴んでいたので、隠しようはなかったのだ。
このミッションの要請を、正面から日本に対して行ったのは台湾と中央平原国であり、彼らは日本の月基地の存在と軌道上での作戦遂行能力を知っての要請であった。両国は、旧C国が分裂した国々とは微妙に緊張関係にあって、逆に日本とは関係が良好で、近年は安全保障上の密接な交流があった。
特に広大な中央平原国は、今や日本の最も重要な資源の供給元であり、日本の陸、空、宇宙の重要な演習地になっている。そして、この2国以外の脅迫を受けている全てからも、日本及びアメリカへの興山基地への攻撃要請はあった。だが、日本は否定的な回答をし、アメリカは前向きな回答をしてきた。
これは、間違いなくこれらの国のいくつかには、興山自治政府の情報源があると見られていたからである。また、攻撃を探知して、報復のために核ミサイルを撃てないほどの短時間に、宇宙からの攻撃の能力があるのは日本とアメリカのみである。
実のところ興山基地の事態を受けて、日本はアメリカとその対応策を話し合っている。むろん、宇宙からの攻撃の可能性に関してであるが、実際のところ核兵器を持つアメリカは、軌道からの質量爆撃の実用化については、日本に比べて立ち遅れている。
一方で放射能の問題で、月基地から興山基地に向けて核によって攻撃することは現実問題としてできない。だから、実行は日本であり、アメリカはダミーの実行役として振舞うことは、その話しあいで決められたのだ。日本が、今回の措置を実行したのは過去数十年の歴史からすれば画期的なことである。
この背景には、俺が持ち込んだいくつかの技術によって、日本発の産業革命が起き高度経済成長が達成された。更には、諸外国の嫉妬の中でハウリンガ世界の開発も始まっている。その中で、日本人が誇りを取り戻しつつあることは事実である。
さらに進んで、世界と利害がぶつかろうと、自分の利益は追及する必要があると国民が思うようになった。その中で憲法も改正され普通の国になって、国内に外国軍が駐在するという異常な状態は解消された。さらに、これは重力エンジンを使った兵器体系における実戦力は、ダントツであったアメリカに迫る世界2位と言われるようになったこともある。
それに加えて、重力エンジンやAEE発電など日本にしかない産業のみならず軍事的に重要ば技術を持つことから、アメリカに対しても“対等”の存在になり、ここ数年はその圧力にさらされている。ここにおいて、日本にも一定の軍事的なプレゼンスが必要であるという意識が国民の皆に生まれているのだ。
実際にアメリカとライバルになりその保護が効かないとなると、世界に500兆円を貸しこんでいる日本がそれを担保するのは最終的には軍事力であるのだ。現在の日本では、このような言説が飛び交っている。
その意味で、政府も今回のミッションの実施が国民の賛同が得られると踏んで実施に踏み切っている。実際に世界からの反応には大きな濃淡があったが、国内からは賛同の声が明らかに多数派であったものの、無論ヒステリックに非難する者もいた。
現在日本の政治状況は、衆参両院とも自民党が50%強、維新が旧立憲党の右派を取り込んで25%、自民と袂を分かった公民党が3%であり、これらが是々非々で法案によっては自民に協力している。明らかな左派は伝統ある共産党が2%、離集散を繰り返した民政党が20%であり明らかに弱体化している。
結局は今回のミッションに対して、政党では民政党と共産党のみが公然と非難している。また、すべてをインターネット配信に切り替えた新聞業界でのコテコテの左派である毎朝新聞も全力で非難している。これらの左派マスコミは、一部のかたくなな読者の顧客に支えられて不動産業で利益を繋いで命脈を繋いでいるが、論調はますます過激になっている。
「政府は、人類共通の財産である宇宙から、全く抵抗できない相手に戦争行為を仕掛け、250人以上の人々を殺戮しました。確かに爆撃の対象になった興山基地は、所属する中央西中華国を脅して、実際に核ミサイルを発射するなど、許されない存在ではありました。
しかし、なぜ日本がわざわざ単独で行動する必要があったのでしょうか?しかも、宇宙からの地上の攻撃という地獄の蓋を自ら開けてしまったのです。宇宙から見て地表は無力であることを実証したのです。これは日本政府が世界に向けて出した示威行為であり、今後日本が戦争を出来る存在であることを誇示した許されない行為であります。
しかも、政府は国会に一切図ることなくこの重要な戦争行為に踏み切っております。これは、重要な政府の権限の逸脱行為であり我が党は政府に最大限の抗議を申し入れるものです」
民政党党首で影の内閣総理大臣(笑)である枝山慎太は、国会でそう述べて政府を非難した。
「ええ、枝山慎吾議員から、今回の我が国が実施した中央西中華国に存在した核ミサイル基地である興山基地への無力化のための攻撃に対して政府の決断を非難されました。しかしながら、ご承知かと思いますが、今回の行動について高度な秘密保持が必要でありました。
また、強盗集団である基地の、周辺諸国の人々の現金の要求期限までの時間はあまりありませんでした。国が核を持った集団の脅しに屈して金を払うような前例は、言うまでもなく作ってはならなかった。一方で、その期限がきたら核が使われかねなかったのです。
そして、我々なり別の国が彼らを攻撃するという秘密は漏れてはならなかった。その条件があったために、今回のミッションの計画は少数で行わざるを得なかったのです。そういう条件でなければ、私も国会に諮ってその合意の上で実行したでしょう。しかし、さっき申し上げたような条件があったので、内閣というより私の決断で実行しました。
なお、このような緊急かつ高度に秘密を要する案件の特例事項は、緊急事態特別措置法の第32条2項に述べておりますので、決して違法ではありませんし、憲法においても国民または国際的に特に重大つ緊急を要する件については自衛隊の最高指揮官たる私の権限として述べられています」
現内閣総理大臣の仁科正治は、国会の答弁においてそのよう述べ、これに対する有効な反論はなかった。だが、野党及び左派マスコミの非難は『宇宙からの攻撃を始めて行ったことで、新たな戦争の道を開いた』という一点に絞られた。そしてそれに対して仁科総理は、テレビの特別会見においてこのように国民に対して訴えた。
「我が国は、太平洋戦争に敗れその反省の元に、長く国際社会において、経済においては大きな存在とはなりましたが、安全保障を含めた政治力においては従属的な存在に留まってきました。
この中で、すでに10年を過ぎましたが、重力エンジンとほぼ無限のエネルギーを得られるAEE発電の実用化、さらに異世界の開発によって、我が国の立場は大きく変りました。その中で、わが国は日米安保条約を解消し、いやがおうにも安全保障においても自立せざるを得なくなったのです。
この立場において、隣国における核ミサイルを持った強盗集団の存在は見逃せませんでした。更に、密接な友好国である中央平原国と台湾国から解決への要請がありました。そして、我が自衛軍にはそれを解決する手段がありました。それを実行した宇宙自衛軍月基地は、まさにこのような事態を含めた自衛のためのものでした。
従って、私は興山基地の無力化を我が自衛軍によって行うことが必要と考え、閣議に諮ってその合意の上で実施を命じました。攻撃に当たって、現地の多くの核弾頭の誘爆が懸念事項でありましたが、事前の調査の通り、弾頭の核分裂物質の蒸発によって誘爆は起こりませんでした。
ただ、残念ながら核分裂物質の蒸気の拡散によって、半径少なくとも1㎞は立ち入り禁止区域になりますが、この点は基地のあった中央西中華国も承知の上です。ですから、事実上我が国初めての平和維持活動は成功裏に終わったと考えて良いと思います。
今回の我々の行動に関しては、わが国に実施を依頼してきた、中央平原国に台湾国は無論、興山基地の脅迫対象であった全ての国から感謝状と国民からの感謝の声が届いています。さらに、国際連合の安全保障理事会からも、我が国の果断かつ適切な行動を讃える決議が出されています」
首相のこの国会での答弁は、世論調査で72%の賛同を得られており、内閣支持率は5%ほど上昇している。これには野党支持者も半数ほどが賛成しているが、やはり15%は日本の宇宙からの軍事行使に反対している。一方で世界においては、まず国連は安全保障理事会の賛同決議はでたものの、ブラジル人事務総長以下はつんぼ桟敷に置かれたことに不快感は隠せなかった。
実際のところ、国連はますます数の多い途上国の言い分を通す場になって、どんどん機能不全が進んできている。そのため、アメリカを始めG7のメンバーは国連の活動に無関心になってきており、日本においても無視または反感を持つ人が増えてきている。
国連以外の反応は、従来から日本に友好的な国は日本の行動に賛同して、隔意のある国々は批判的である。隣のK国は、興山基地から脅されていた当事国であるため、政府としては感謝の談話は出したが、そのマスコミの論調は日本の野党、左派マスコミと同じ論理で日本政府を非難している。
そして、日本政府、アメリカ政府とも予想していたが、いわゆる主要国からの宇宙軍参画の要請というより強要を受けている。核兵器がその一つであるが、国としてある兵器に防御の手段がないということは、許されないと考える政府が多いのだ。
その結果が互いに核ミサイルを持って、“相互破壊保障”というアホな考えの元に使いもしない兵器を莫大な費用を投じて維持している。
その延長で言えば、宇宙からの質量爆弾に対して無力というのは許されない訳だ。武力による威嚇、侵略を憲法で明確に禁じている日本にしても、月基地を作って、岩による質量爆撃のシステムを作り上げたのは、防衛のためであるため人のことは言えない。
日本及びアメリカと関係が悪いわけでなく、その行動原理を知っているG7を中心とした国々にはさほどの緊迫感はないが、ロシアは別である。少なくともこの国は意識してアメリカとは対立してきたし、日本に対しても歴史的に散々コケにしてきた結果、好意は持たれていない自覚はある。
また、日本とアメリカの月基地に関しては当然把握していて、とりわけアメリカの月からの核攻撃に神経をとがらせていた。その反面、日本の月での活動は日本が月の鉱山、さらに火星の開発を行うための護衛的役割と考えており、マジックバッグを使っての質量爆撃を考慮してなかった。
一つには、マジックバッグは米軍も持ってはいるが、高度な秘密保持の対象になっていたこと、さらに“さきもり”に大量の岩石を積めないことが明らかであったためである。そのため、興山基地爆撃によってロシアでは一時期パニックになった。
「イワノフ国防相、あの日本の軌道上からの質量爆弾は防げるのかね?」
ロシア大統領のウラジミール・ドリトフが呼びつけた国防大臣に聞くと、額に汗を浮かべたイワノフが応える。
「は、はい。我が国にも“さきもり”と同じ仕様の機が3機ありますから、爆撃地点が判っていれば迎撃できます」
「ふん、爆撃地点が分っていれば、いかようにも迎撃は出来よう。しかし、日本はその爆撃機の護衛を出来る機を潤沢に持っている。つまり、日本が例えばモスクワに近い、ドボルク・ミサイル基地を爆撃しようといても、わが国はそれを止める術がないということか。探知はできるのか?」
「は、はい彼らの爆撃は高度千~3千㎞からのものになるはずです。その高度であれば、当然レーダーで探知はできますが、こちらの迎撃機では準備が間に合わないかと。ミサイルであれば間に合うでしょうが、その高度にいる敵にとって迎撃は容易でしょう」
「つまり、迎撃は出来ないということか?」
「はい、よほど幸運に恵まれれば別ですか、まず非常に困難でしょう」
「ふむ、そういうことであれば、これは政治と外交によって解決するしかないな」
ドリトフ大統領はそう言って、内心である決断しその後精力的に動いた。
仁科首相が国民の前で、宇宙平和軍の発足を公表したのではその2ヵ月後であった。
「我が国の宇宙自衛軍が、中央西中華国の興山基地を無力化したのは2ヵ月前のことです。この際に、我が国の自衛軍が実施した宇宙からの地上攻撃の能力は、わが国とアメリカ軍のみが持っております。我が国は少なくとも他国を威すとか侵略等のために、宇宙における機材と自衛軍の隊員を使うつもりはありませんし、それは憲法においても明確に禁じられています。
しかしながら、我が国とアメリカの2国のみが、そのような戦力を独占することに懸念の声があることは事実です。そして、わが国とアメリカ合衆国はそのような国際的な要求にこたえ、宇宙の平和維持活動を国際部隊で当たることにしました。
それに合わせて、5年をめどに世界に数万発と言われる核兵器を全廃します。その宇宙平和軍の、最初のメンバーはわが日本、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オーストラリア、ドイツ、インドの8か国になります。
これらのメンバーは核保有国を一つの要件として選定しています。実のところ、他にもC国から分裂した国々など核を保有している国はありますが、今後の外交交渉によって地球の無核化を達成することにしています。
この宇宙平和軍は、地球上の平和を維持するための必要な行動と、宇宙からの脅威に対抗する戦力を持つものとします。宇宙からの脅威というと夢物語のように思われるかもしれませんが、次元の壁の向こうの異世界が存在する以上、現実のものとして対応する必要があると宇宙平和軍では考えています。
その地球上の本部は中央平原国に置き、アメリカの月基地を拡張して平和軍の基地化し、各国から要員と機材を持ち込んで戦力化することになりますが、実際的な活動を始めるには5年ほどを要すると見られています」
この首相の発表と時を同じくして、残り7か国では同じ発表をしている。これは大ニュースとして世界を駆け巡った。
よろしければ、並行して連載中の「異世界に根付くニホン文明」もよろしくお願いいたします。
2025年、12/20文章修正。




