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俺の冒険  作者: 黄昏人
第7章 変革する地球世界と異世界
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魔法医学の幕開け

読んで頂いてありがとうございます。

 奥田康彦は、西京大学の外科学科の准教授であるが、現在は、ムラン大陸のミノリ市の市立病院に、助手の山田さなえに加えて院生2人を連れてきている。


 これは、この市民病院に赴任していた同級生の村木和也医師から、魔法を使って医療を行う地元の祈祷師の話を聞いてやってきたのだ。無論話だけでなく、様々な映像を含めた治療記録を受け取って、ガセネタではないことを確認してでの訪問であり、上司にあたる教授の了承も得ている。


 その女性祈祷師は、市民病院で正式には医療師、通称『魔法医師』として契約して働いてもらっているということで、少なくとも外科的な治療に関しては、近代医学では考えられない結果を出している。最初は、医師の村木に持ち込まれた中学生の息子の慎太郎からの話だった。それは、慎太郎が通っている学校の魔法研究会にムラン人の女生徒が入っていて、彼女の母親が祈祷師であるのだと言う。


 祈祷師というのは、ハウリンガにおける魔法使いのことであり、所属する村などの医療を主として司る人々で基本的に世襲である。その女性ミューランは、3百人位の村の祈祷師であったというが、代々その地位は女性に受け継がれているらしい。


 彼女は、村人の怪我や病気を一手に受けて治療活動しているほか、火魔法や水魔法また灯りの魔法が使えていたこともあって大いに尊重されていたらしい。だが、村人がミノリ市に移転した結果、人々が怪我をすることもなくなって、生活環境も良くなってめっきり出番が減ったと言う。


 慎太郎は、魔法研究会の活動の中でミューランの娘のアースラが、たまたま怪我をした生徒の傷口を、短時間で治してしまったのを見て、治療魔法の存在を知って父親に告げたのだ。それは、魔法研究会のメンバーで、グラウンドの隅で風魔法の練習をしている時のことであった。


 元々、アースラは体内に十分な魔力を持っており、母親から魔力の体内循環や使い方を教えられている。しかし他の生徒は、意力増幅器によって体内の僅かな魔力(意力)を増幅して、体内に循環させることを覚える必要がある。その点は教室に通うか、ビデオの講座により自分で練習するなどして一応身に付けている。


 さらに、魔法研究会に加わっている者達は光、発火、風魔法、更に身体強化はある程度出来るようになっている。いわゆる念動力は風間法の一種として扱われていて、マナにより空気分子を扱うかまたは物質を直接扱う。身体強化は、マナにより筋肉を補強活性化してその動きを補強するもので、最大で1.5倍程度の力が出るが、彼らは到底そのレベルにない。


 その日は、魔法研究会で学校の50m×50mほど未使用の用地で、木で作った的に向けて風魔法で風の刃を撃つという練習をしていた。何しろ中学校の土地は500m四方ほども取って、余るほどあって実際には1/4ほどしか使っていないので空き地は十分ある。


 魔法研究会の皆の魔法の技量は、今のところ未熟なもので、20mほど先の的を揺らすのが精いっぱいのものが大部分である。ただ、中ではアースラは長く母親から魔力の循環と魔法を習ってきているので、日本人の中ではましな会長の新井と共に、会員に魔力によるマナの操り方を教えている。


 アースラは的として立てている直径5㎝ほどの丸い棒程度であれば、風の羽で切り飛ばすことができる。その日はそうやって訓練をやっている内に、殆ど威力の出ない自分の魔法に苛立った1年生部員の一人仁科祐樹が、必死に魔力を練って半ば気を失った状態で魔法を放った。

 

 それは、たいして威力はないものの、方向が全く定まらずに自分の足元に放ってしまった。そのため、地面をえぐって土を激しく巻き上げてしまい、その中に交じっていた尖った石ころを自分の手に打ち当てた。その石が半そでで剥き出しの前腕を深く傷つけたために、「あいたー!」と仁科は悲鳴を上げて傷ついた腕を抑えた。


 慌てて部員が駆け寄ってくるが、中でも部長の新井はすこし慌てている。その用地を使うことの許可は学校から取っているが、事故のないようにとは念を押されており、部員が怪我をすれば許可が取り消される可能性があるのだ。彼女は慌てておっちょこちょいの所のある仁科の傷を検めたが、結構深い傷だ。


「あの、部長。私が治癒魔法を掛けましょうか?」

 横から血が噴き出て垂れている傷を見ていたアースラが言う。


「そういえば、アースラは治癒魔法を習っていると言っていたわね。出来る?」


「ええ、病気とか見えないところは出来ませんけど、こんな風に見えていれば大丈夫です」


「そう、じゃあ。お願い。仁科君、アースラさんが治癒魔法をかけてくれるって。光栄に思いなさい」


 少々開き直った荒井は、痛みに唸っている仁科に言った。仁科も自分のミスは自覚しているので、あまり大事にはしたくなかったし、痛みの中でも治癒魔法というのにも大いに興味があった。また彼は自分のドジで怪我をするのには慣れていて、この程度でパニックにはなっていない。


「ええ、治癒魔法!そ、それは光栄です。アースラさん、是非お願いします」

 半ばおどけてそう言って、腕を取ろうとする彼女に腕を差し出す。


 皆が凝視する中で、アースラが痩せた仁科の細めの腕をとり、長さ3㎝ほど深さは1㎝ほどもあって血が噴き出している傷を見つめ、まず水魔法で傷に向かって水を出して傷口を洗う。皆がどよめくが、それによって血が洗い流されて、切り裂かれた脂肪層がむき出しになって傷口がはっきり見える。


 その傷口が、見えない指で押さえたように閉じて、水と血が不規則に裂かれたためにギザギザの線になった傷口から流れでる。親が外科医であることもあって、自分でも医学の勉強している村木慎太郎がそれを見て『おお、いわゆる念動力で傷口を閉じたか、糸で縫うのと同じ効果だな。でもずっとは押さえられないだろうに』内心でつぶやく。


 しかし、そのあたりが判らない他の皆は驚いて「わあ、凄い。あの傷口がふさがった」と叫んでいるが、慎太郎は間もなく違和感に気付いた。本来物理的に傷口を閉じても、傷ついた組織からの出血は止まらない。だから、血の噴き出るのは止められないはずが、血は事実上出てきていないし、傷口も塞がってきているような気がする。そこに、仁科が自分の傷口をまじまじと見て叫ぶ。


「ああ!だんだん痛みが無くなっている。本当に治癒魔法ってあるんだな。血も止まっているし、すごーい。凄いや、アースラさんは凄いよ!」


 慎太郎は、その時治癒魔法というのは確かにあるのだと確信した。ラノベのように、あっという間に傷跡がなくなるということはなさそうだが、数分で傷ついた組織からの出血を止めて、傷を塞いでいるようだ。

 自分の理解している魔法は、空気中のマナを体内の魔力を使って起こす現象であるが、それは、傷口を縫って塞ぐ感じで閉じ、その部分の人体の自然治癒機能を促進することも出来るとすれば理屈としては理解できる。


 そして、アースラは“見える所は治せる”と言っていたが、現在の地球の医学の知見を組み合わせたら、医学に革命が起きるのではないだろうか。

 5分ほども経ってから傷口が乾いた感じになった時点で、アースラが傷を凝視して怖いほど集中していた緊張を解いて仁科に話しかける。


「仁科さん、これで、傷は塞がりましたけど、1日位は触らないことと、この腕を振り回したりしないでください。痛みはどうですか?」


「うん、むずむずして痒いよう気がするけど、痛みはないよ。でも、凄いね。多分今くらいの傷だったら病院で縫うほどのものだよ。それがたった今くらいの時間で大体糸を抜いた時の状態になるのだから」

 いくつもの怪我の経験者の仁科が応えるが、彼には怪我で縫った経験もある。


「凄い!治癒魔法ってあるんだ。アースラ、あなた凄いわ、ぜひ皆に教えてよ」

 じっと見ていた部長の新井が、傷が取りあえず塞がったのを確認して叫ぶ。魔法オタクの彼女もアースラからは聞いていたが、治癒魔法は知られていないので夢中だ。それに対してアースラは赤面して言う。


「私なんかは、母に比べればまだまだです。母はこんな風に見えている傷以外にも治せますから」


「いやいや、これは凄いよ。是非市民病院外科医の僕の父に会ってほしい。魔法医学の分野が出来るぞ!」

 彼女の言葉に村木慎太郎が興奮に顔を赤らめて言う。


 そのような話から、翌日には彼女の母親を呼んでもらって村木が市民病院に連れて行って父親に紹介している。アースラの母のミューランも旧村人の治療を細々とやってはいたが、今後自分の職業としてどうするか悩んでいたところだ。


 無論、村木和也も息子の言うことをそのまま信じることはなかったので、当然いろいろ調べた。まずは、昨日アースラから治療を受けた、仁科の腕の傷を点検する。

「ふーん。これが昨日裂傷を受けた傷か。まだ、治りきってはないけど、もう乾いているね。 仁科君、どう痛い?」


 傷が出来た腕に巻いていたサポーターを取ってしげしげと見て、はっきり残っている傷口を触って村木医師が聞く。

「うーん、痛くはないですけど、ちょっと敏感で普通皮膚に触っている感じではないですね」


「ふーむ。大体治療してから1週間程度経った状態程度のようだね」


 村木医師が言うが、横で傷口を見ていたミューランが首からぶら下げている翻訳機を通して言う。彼女はまだ日本語は苦手だ。

「娘が未熟なもので、傷口が少し汚いですね。ねえ、アースラ?」


 話かけられたアースラは赤面して日本語で返す。

「ううん、一生懸命やったんだけど……。お母さんのようにはいかないわ」


「い、いや。経過1日でこの状態というのは凄いことですよ。それに、もともとすっぱり切れた傷じゃないから、この程度だったら立派なものです。ただ、まだ傷口は治って奇麗になると思いますが、今後どの程度まで良くなるのでしょうか?」


 その村木医師の言葉にミューランが応える。

「そう、今日とあと1回ほど治癒をすれば、ほとんど跡が残らない程度にはなるでしょう。ではここで私が治癒をやりまりょうかね」


 そう言ってミューランが手を差しのべて、手のひらを仁科の傷口にかざす。1分ほどの時間だったが、目に見えてへこんでいた傷口が盛り上がり正常に近づいている。

「おお!」感嘆の声上がったが、無理を言って立ち会わせてもらった、魔法研究会の一員である西野みずきも感嘆の声をあげた一人である。アースラの治癒魔法も見ていた彼女は、魔法研究会に入ったことを大いに感謝して、絶対に自分も治癒魔法を覚えると決心した。


 その後、ミノリ市民病院では、院長の立ち合いの下で、何人かの患者に対するミューランによる治癒が行われてその能力が実証された結果、『治療師』として雇用されることになった。そして、その業務の中でミューランに対して、人体の構造と機能ついての説明と様々な手術の事例、レントゲン、超音波、CTスキャンによる映像を使った医学の教育が行われた。


 ミューランも20年以上の治療の経験とその中での魔力による体内の検知、さらには先祖代々の言い伝えからほとんどのことは感覚的には理解していた。そのために、結果的に多くの内容は知っていることの追認になっている。しかし、視覚で明瞭に見ることは今までとは全く異なり、レントゲンを見ながらの治癒などにより、彼女の治癒はより確実で精度の高いものになっていった。


 そして村木医師は、そのすべての記録を大学の同級生であった西京大学の外科学科の准教授の奥田康彦に送っている。村木は、ミューランの魔法が医療を大幅に進化させるものであると確信したのだ。ミューランの治癒はむろん外科のみでなく、彼女が属していた村人のあらゆる体の外傷と不調を扱ってきた。


 孤立した集落の治療師としてはそうせざるを得なかったのだが、無論人体、病原菌、ウィルスについてについてほとんど知識を持っていない彼女らの治癒で手に負えない病気は数多くあった。例えば、ガンを含む体内の腫瘍や盲腸は彼らにとっては死病であった。


 だが、風邪など病原性またはウィルス性の病気も悪さをする瘴気のようなものというとらえ方で、重篤でない限り魔力によって治癒ができてきた。そして、外科については相当に重篤であっても、数分で傷口を塞ぎ出血を止めることが出来るので、その後人体の持つ治癒能力を増強・促進することで死から救うことができる。


 村木医師はミューランと一緒に盲腸、ガン、腫瘍、動脈瘤などの切除を行って、全て従来では考えられないほどの速さで術式を終わり、患者が1/5ほどの期間で回復している。それは、一つにはメスで切った部分を片端から血止めをするので、医師はひたすら切除に集中すればよい点がある。

 さらに終わった後は縫うまでもなく患部は魔法で閉じられ、組織が魔力で融合しかつ回復が促進されるのであるから、その結果も当然のことである。


 村木が送った資料を読みこなし、さらに映像をじっくり点検して奥田准教授は、ミノリ市に乗り込む決心をした。そして、主任教授荒井にそのデータを見せて説得した。荒井教授はそのデータの内容自体は納得したが、自分たちが使いこなせるようになるかについては疑義を呈した。とは言え、その新規性から長期出張には同意した。


 奥田達が着いた夜、助手の山田さなえとともに、市内のレストランで村木と会食しながら奥田が言った。

「村木君、荒井教授から言われたよ。『ハウリンガで使える魔法が、医療に使えないかとは前から言われていた。それが使えることは判ったが、結局ラノベにあるように、あっという間に完全に治るようなものではないことも判った訳だ。

 だけど、確かにこれが現場で使えればもの凄く有用であることは理解できる。ただ、そうなるとそのミューランという女性のみが使えるものでは意味がないし、ハウリンガでしか使えないものであればその効果も半減するも同様だ。そこのところを解決する解決の道筋を見つければ、君もすぐに教授になれるよ』ってね。

 まあ、確かに教授にはなりたいけど、正直僕はこの魔法医学をものにしたい。ものにしたいというのは、例えば地球の総合病院で使えるようにしたいということだ。だから、教授の言われたことはどちらにせよ実現する必要はある。そこのところのアイディアはないかね?」


「うん、そこの所は考えているぞ。知っての通り、地球ではマナの濃度が低くてマナを使っての魔法は使えん。ただ、マナは大気と混在していて、真空中には存在しない。つまり、それはボンベに詰めて密閉した部屋に放出することで、地球でもハウリンガと同等の濃度とすることができる。

 密閉した手術室というか治療室で治療を行えば、ハウリンガと同等の条件を作ることが出来る訳だ。この点については日本でも、密閉した部屋でマナ濃度を高めて魔法を使うのが流行りだしている。

 また、ミューランの魔法は教えてもらって、僕も部分的にできるようになってきた。彼女は自分の娘が入っている中学生の魔法研究会という会で魔法を教えていて、何人もの部員が使えるし、息子の慎一郎も僕と同じくらいに使えるよ。だから、日本に限らず地球の医師もその気になれば使えるようになる。

 さらに、魔道具にすればいいんだよ。魔道具というのはラノベにあるように、魔方陣によって動くわけではないけど、魔石に魔法を込めることで魔道具としてそれを使うことができる。だから、教授の言う命題はどちらも実現できると思っているよ。魔道具の件は、ハウリンガ通商を通じて、ジャーラル帝国から人を呼んでいる」


 その村木の回答に、奥田は破顔して横に座っている彼の肩を叩いた。

「おお、そうか。それは有難い。持つべきものは友だな」

 痛みに顔を顰める村木に奥田は言う。


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