ムラン大陸開発地の生活2
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西野みずきがミノリ町に越してきたのは3月末であった。同町は4月1日をもって市政を布くことになっていて、引っ越し早々に盛大な記念祭が催されて、彼女も大いに楽しむことができた。特にこの記念祭にはムラン人が数多く参加しており、風変わりな彼らの伝統の服が人目を引いたが、彼らにしてみれば初めての日本の祭りを楽しんでいるようだった。
そして、4月8日にはみずきは新しく完成したミノリ西中学校に入学した。この学校はみずきが3ヵ月前に来たときはまだ建設中であったが、今は白い2階建ての校舎と広いグランドを含めた構内は完成している。ただ、樹木は植えられたばかりで、根を張り広く葉をつけるにはまだ5年ほどはかかるであろう。
また今は4月というが、600日を超えるハウリンガ世界の一年の公転周期を無視して地球に月日を合わせているので、気象学上は実際のところ秋に当たる。
日本も特に大気汚染が問題になるほどではないが、殆ど大気汚染の源のないハウリンガの大気は極めて清澄で、みずきもハウリンガ世界の空気はまた違っていると思う。もっとも、ミノリ市とその周辺の開発は終わってはおらず、盛んに圃場整備と建物の建設は続いている。
ただ、市内における土工事は大部分終えており、空気にホコリを感じることはない。また、ミノリ市は温帯に位置しているので、現状では気温は最低温度12~15℃、最高温度が18~22℃で、湿度は60%以下、1週間に1回ほど30㎜程度の雨が平均的に降るような気候で極めて快適である。
市域の人口は現在3万2千人であり、そのうち1万1千人がムラン人である。元々、このミノリ町の洞窟住居に住んでいたムラン人は4千人であったので、7千人が周辺から集まってきたことになる。これらの人々は、開発機構がミノリ町のムラン人を案内役にして、各所の集落に働きかけて集まってもらったもので、住居と食料の供給さらに将来の生活の保障を約束しての結果である。
開発機構は日本政府による要求で、ムラン人を地権者と捉えて、彼らの福祉に責任をもつものと規定されている。そのために基本的な構想としては、魔獣の脅威に怯えて暮らしていた彼らを、日本人と共に暮らすようにして、快適な生活を送れるようにする計画である。
だから、大陸に点在するかれらの集落を訪問して、機構が建設している町の周辺では魔獣から安全になっていることを説いて、そこに移住した場合の生活について画像を使って様々に説明して口説いている。この機構による誘いは順調な成果を上げている。
ムラン人もなにも魔獣に怯えながら、いつも飢えている状態の生活をしたくはないのだ。だから、とりわけ若者は大部分が積極的に話に乗っている。まずは開発地の視察に訪れ、開店しているマーケットで買いものをするなど数日の経験をすると、すぐさま移住を決心している。
その視察では、彼らは外で歩き回っても安全であることを確認でき、すでに居住している自分と同じようなムラン人が彼らの常識では考えられない豊かな生活をしているのを見ることになる。機構はムラン人には住居の無償提供と、一定の広さの開発済の農地の提供及び生活が安定するまでの生活費の支給をすることになっている。
とは言え、その農地は彼らの資産になる訳であるが、実際に自ら耕作をするものは少数派であり、多くはその他の広大な農地を耕作している企業に生産を委託して、自分は鉱山や商業などの企業に雇用されている場合が多い。
そして、ムラン人の言語に関しては、日本のムラン大陸を文明社会とする予定である以上、大人も含めて日本語を習得させるカルキュラムを構築している。但し、ムラン人言語は、言語学者を送り込んで体系的に整理・記録をして、実際に使っている大人は継続して使えるようにしている。また、子供たちにはムラン人の教養の一つとして学校の授業に組み込みことにしている。
子供は、日本の学校制度に組入れて、必要に応じて個別授業を行うものとしているが、大人は音声翻訳スマホを与えると共に学習プログラムに組み込んでいる。そのプログラムとは、言葉を含めた1日1時間から3時間の学習時間を設けて、そこで日本語と算数に加え、機器の取り扱いを含めた一般教養を学習させている。
そのような過程の中でムラン人の知能はほぼ日本人と差がないことが確かめられた。また、厳しい環境で苦闘してきた為であろうが、学習には平均的に意欲的であることも明るい面として判明している。
だから、みずきが属する1年2組の36人の内の16人はムラン人であり、残りが日本人であるが、ムラン人は半分ほどは、言葉や補習としての彼等のみの授業である。みずきは、こちらに来てすぐにムラン人の少女、アースラと仲良くなった。
彼女は、身長はみずきと同じくらいで、少し浅黒い肌色で、小さな顔に鋭い目と引き締まった体の少女としては精悍な感じである。そして体のプロポーションが日本人とは大きく異なっていて足も長い。みずきとて、運動万能の父の血をひいて日本人としてはバランスの取れた体つきであるが、やはりアースラとは大きく異なる。
彼女は、学校の勉強に集中して頑張っており、最初はまだ日本語は片言であったが、半年を過ぎる頃には相当に流ちょうにしゃべれるようになっていた。学校の成績もクラスで5番程度に入っているから、小学校を経ていないことを考えると非常に優秀と言っていいだろう。
みずきは、一目で独特の存在感のある彼女に魅かれた。それは異文化の存在の故の独特さもあるが、にじみ出る野生にあふれる勇ましさかも知れない。彼女の静かで威厳のある姿勢と、何と言ってもその目がたまらない。彼女はそれなりに互いに群れているムラン人の中でも、一人離れて孤立している状態であったが、みずきはすぐにアースラに話しかけた。
そもそも、みずきは人怖じするような性格ではない。しかし、予想通り中々相手にされず、打ち解けてはこないものの、みずきはそれすでに覚悟していた。懲りずに、あまりしつこくならない様に、隣の席の彼女が困っているところをさりげなく助けるようにして、2ヵ月のほどの苦労の末にようやく緊張せずに話し合えるようになった。
とは言え、アースラは基本的には無口ではあったが、みずきが良く回る口でしゃべる内容を楽しそうに聞いている。彼女にとっても、みずきの話す多岐に渡る内容はそれなりに有用なものであったのだ。その中でお互いの家庭環境も知れるようになるが、アースラは、父を魔獣に襲われて亡くし母と祖父との3人暮らしである。
彼等の家は、機構が建てたプレキャスト・コンクリートの平屋の長屋形式のもので、玄関先と裏側に小さな庭がある。いずれも上下水道完備のユニットであるがバスとトイレ付きで、2DKの間取りであり、過ごしやすい気候を鑑みエアコンはついていない。
内陸の集落から、その家に移り住んだ時のことをアースラが話してくれた。
「私の前の家は、洞窟のなかのくぼみを木で雑に仕切った広間に草を敷いたようなものだった。まあ、寝る時は決まった位置に布を被ってということで、当然家の中で個々に部屋を仕切ったりはしてないよ。煮炊きは、煙突を付いた入り口に近いところの共同の炊事場でするしかなかった。
だからそこには沢山の人が集まるから、順番を待たなくちゃならず、食事を作るのも大変だった。魔獣が怖くて中々食べ物を集めるのは大変で、水だけということよくあったわ。でも、私は母が祈祷師だったし、父が優秀な猟師だったから父が亡くなるまでは、割に食べるのに不自由はしなかったわ。
でも、子供の頃食べるのに不自由した子は体が小さいな。だから、食べられるのが幸せで、おいしいものとか考えもしなかったよ。でも今は、食べ物に全く不自由はしないし、しかも好きなものを選べて、その選んだ食べ物は全部美味しくて、幸せだよ……。でも食べ過ぎて太っちゃう子もいるね」
そう言って、彼女は幸せそうにため息をついた後に顔を顰めてまた話を続ける。
「便……、いやトイレはもちろん共同で洞窟内よ。私の住処からはそうね50m以上あったかな。勿論臭くてね。二度とあれは使いたくないな。服は取ってきた木の皮や草から取った繊維、または狩った動物の毛皮だからごわごわで、余り洗うと擦り切れるから汚かったと思うな。
それに私たちの集落は、ここのミノリ町のように水が豊富でなかったこともあったから、汚いし臭いし、たぶんあの頃みずきに会ったら近寄ってくれなかったと思うよ」
そう言って、アースラは笑う。
「それでね、このミノリ町の住んでいいと言われた住居に来て驚いたよ。まず広いし明るいし、柔らかいそれぞれのベッドがあってね。ちょっと匂いはあったけど、嫌な匂いでなかったし、なにより暗くなると明りが点けられるしね。
それにコックをひねったら水が出てくるし、何と言っても暖かい水が使えるバスと、臭くなくて水で流せるトイレだよね。それに、キッチンもすごい。火を使わないで電気で煮炊きができるから煙も出ないよね。食材を溜めておける冷蔵庫もあって、家ごとに食事を作れるというのはすごく便利だよね。
母さんが夢中になっていろいろ料理をしているわ。それに、それに何と言ってもテレビだよね。最初はあの中に人が入っていると思ったもの。勉強をするために、一定の時間以上に見ないようにするのが大変よ。いや、ここに引っ越して来るのを嫌がってしぶしぶやって来た人もいるけど、今はみな大喜び」
彼女はにこにこして言ってから、少しトーンを落として言う。
「だけど、日本語を始めとして、勉強というか覚えることが多くて大変!半分諦めている人もいるよね。でも、魔獣に怯えて、手に入る食べられるものは何でも食べなきゃならない、臭くて暗い生活をしなくていいのだから、この程度大変なのは当然で何と言うことはないよね」
最後は明るく笑って言うのに、みずきも嬉しくて合わせて笑う。彼女の父が貢献した結果が、相手の人々の幸福に繋がっていることが嬉しかったのだ。
ちなみに、みずきは学校にできたクラブ活動である魔法研究会に入会した。彼女は、魔法には執着があって、5万円強の意力増幅器は日本で溜めていた自分の金で買ってきて、さらに父に頼んで月に2万円もの授業料の魔法教室に申し込んでいた。
西野家は、両親がフルタイムで働いているので家計には余裕がある。とは言え、その教室では3ヵ月で大体のことは習えたので止めている。そして、今は学校の魔法研究会に集中している。学校は新設なのでクラブは当然新設であるが、発起人の会長は3年生の新井美穂である。
彼女は3年生と言っても当然日本の中学からの転校生である。彼女の父親は、㈱ミノリ鉱業を操業しているM金属㈱の電気技師であり、鉱山の開設当初単身で来て働いていた。専業主婦の妻と一人娘の彼女との一家だが、中学校が出来て長女の美穂の転校先となったのを機に、家を買って引っ越したのである。
その点では西野家と同じ条件であるが、広大なムラン大陸には有望な鉱脈が次々に見つかっており、鉱山に必須の電気技師である父も会社から移住の持ちかけがあったのだ。彼女は、ラノベのフアンであり、ハウリンガとの接触で魔法がクローズアップされてからのガチの魔法オタクである。
彼女は、父に無理を言って魔法目当てに何度もミノリ町を訪れており、意力増幅器も無論持っていて、すでにある程度の魔法を使えるようになっている。そして、彼女は魔法を使えるハウリンガに来たからにはということで、同級生から3人の同志を募り、クラブを立ち上げたのだ。それに応募したのは、アースラを誘って2人で入会したみずき他男女6人であった。
ハウリンガの人々で魔法を使えるのは、ジャーラル帝国やアジラン帝国などある程度文明化されたところの数%であるが、広大な大陸に少数が散っているムラン人の場合には体系的な魔法を教える体制がない。だから、魔法を使えるのは各集落の祈祷師と呼ばれる、特に魔力が強くて生来魔法を使える極少数に限られる。
一方で日本人の場合には、マナの濃いハウリンガなら、魔力を発揮する点は意力増幅器でカバーできるので、魔力(意力)の多寡によらずある程度の魔法は振るえる。しかし、意力増幅器を使ってもハウリンガの魔法使いと呼ばれる人々のように、戦闘に使えるほどの魔力を使えるものはいないとされている。
俺の魔法は公開していないからね。それでも、自然科学ではありえない、意志によって火や風をおこし、物を動かすことが出来るというのは人々のロマンを掻き立てるものではある。とは言え、少々便利ではあるが実用になるとは見做されていない。
ただ、今のところ魔法については、十分に解明されておらず、俺はやりようによっては俺が出来る程度のことは日本人にも出来ることは知っている。しかし、その知識が広まると面倒だから教えるつもりはない。
ミノリ西中学校の、男子4名、女子5名の魔法研究会の面々は魔法に大きな思い入れがある。そして、それが無くても魔法を発動できるアースラ以外の日本人は全員意力増幅器を持っている。それに加えて、会長も含め半数以上は魔法教室に通ったことがあって、一定の魔法の発動を行うことができる。
「それで、この文献によると、基本的には魔法というのは体内の意力というか魔力を使って発動して、空気中のマナつまり魔素を使って起こす現象なのよ。体内の魔力は、地球人はハウリンガの人々に比べると、1/10以下と遥かに少ないようね。でもそれを補えるのが意力増幅器よ。
だから、日本人がハウリンガの魔法使いに比べて、小さい威力の魔法しか使えない理由がないわけよ。ハウリンガの魔法使いは砂を研磨剤として使うことで、水魔法で太さが1m近くある大木を切り倒すと言いますからね。
それにしても、成功した日本人はいないマジックバッグを作りたい。もっとも作れるハウリンガの魔法使いも少数だけどね。幸いこの研究会には、ジャーラル帝国などとは違う体系の魔法を使えるアースラさんがいるわ。そして、彼女のお母さんのミューランさんが祈祷師ということだけど、すごい魔法使いでこのクラブの指導を引き受けてくれたのよね。ミューランさんの指導は大いに期待できるわよ」
魔法研究を続けてきた会長の新井が機嫌よく言う。秀才で魔法オタクの彼女は美人ではあるが、厳しい目つきであり、自分が立ち上げた魔法研究会が大きな成果を上げられそうなので上機嫌である。
実はアースラは代々続く祈祷師の血筋で、母のミューランの指導を仰いているところであり、彼女もある程度の魔法を使える。
その母のミューランは熟練の祈祷師で、火を付けたり、水を出したりの魔法の他に、治癒の魔法を使える。その際には祈祷するので、祈祷師と呼ばれているのだ。彼女は魔法で治癒能力を大幅に加速することで骨折を含む怪我などは、数日で治癒させることが出来るほか、よくある風邪などはすぐに治せる。
しかし、基本的に自分がメカニズムを理解できない病気は治せない。ちなみに、彼女の治癒の対象であった人々はミノリ市に越してきて、栄養状態が改善して魔獣に襲われる恐れが無くなったことからは、めっきり患者が減ってしまった。その上に市立の総合病院ができてますます出番が減っている。
そこに、彼女のことを聞きつけた新井美穂の強引な誘いと、顔見知りだったみずきのアシストで、研究会の指導役を引き受けた。その指導を受けている、魔法研究会員である3年生の村木慎太郎の父和彦は、市立病院の外科医師で、母の洋子は内科医師であった。
それなりの医学の知識のあった慎太郎は、ミューランの能力を聞く内にそれがとんでもないことに気が付いた。そのため、彼は父母にその話をしてとり急ぎ面接をした結果、ミューランを病院の『魔法医師』として雇用することになった。現在医学と魔法が融合した魔法医学の幕開けであった。
2025年、12/20文章修正。




