シャイラの日本での日常2
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「大丈夫です。警察を呼びましたから」
ジャイラが言って間もなく車が走ってくるが、倒れている5人の体に気付いて停車する。
まだ、周りにいて立ち去る様子のない野次馬が見守る中で、シャイラは車道を塞いでいる体を引きずって片寄せる。周りの野次馬は、シャイラの手にあった棒が消え、彼女の細い腕で男たちを軽々と引きずるのを見て目を丸くする。
引きずられた男たちが、もぞもぞ動き始めるがシャイラは無視する。そこに、道を塞いで停車した、ヘッドライトを点けたままの白い車から中年の女性が下りて来て叫ぶ。
「どうしたのよ、貴方。これはどうしたの?」
「ええ、襲われまして。返り討ちにしました」
シャイラが、立ち上がりかけた男の首筋に蹴りを入れて再び昏倒させながら言う。ちょうどその頃、サイレンの音が聞こえるからパトカーだろう。
下りてきた女性は、シャイラが男を蹴るのを見て口に手を当てて叫んだ。しかし、サイレンの音に気付いたのだろう、車に再度乗り込んで、先に行って路肩に車を止めて帰ってくる。これで野次馬が増えたが、いつの間にか野次馬は10人を越えている。
「行けばいいのに、暇なのね」
シャイラはつぶやくが、茶髪の美女が5人の男を『返り討ち』にして、警察を待っているなどの情景などそうそうあるわけがない。そして、そこには5人の男が、もぞもぞ動きながらも横たわっているのだ。
サイレンの音が間近に聞こえるようになって、ライトが角を曲がって辺りを照らす。パトカーは2台で来ており、ばらばらと車を降りた警官が集まってくる。倒れた男たちに寄っていく制服の警官とは別に、背広の2人がシャイラに近づいてきて若い方が声をかける。
「ええと、貴方が電話をされた三嶋シャイラさん?」
「ええ、そうです」シャイラは柔らかく答える。
「私は所轄である西新宿署の相良警備補です」
「私は同じく江川です」
40歳台に見える警部補と30歳台の刑事の2人は、それぞれ警察手帳を街灯に明かりに照らされるように見せる。その後若い江川が質問して、それを相良が見守る形で問答が続いた。
「電話では、5人の男から襲われたけど返り討ちにして確保している、ということですが、襲ってきたのはこの倒れている5人ということですか?」
「ええ、その通りです。彼らがどうも手慣れている様子から、見逃すのはまずいと思ってお呼びしました」
「ほう、そこの〇〇駅に向かっておられたのですな。どちらからですか?」
「ええ、ABD劇場から電車に乗るつもりで、ここを通ったら彼らが待ち構えていいました」
「返り討ちと言いましたが、そこに転がっていたこれは、彼らが持っていたのでしょう?これを持っていた相手に素手でその“返り討ち”にしたのですか?」
江川が地面に転がっていたナイフを警官に渡されて、それを見せながら言うのに、シャイラがジュラルミンの棒をその手に取りだす。急に彼女の手の中に現れたそれを見て、相良と江川それに周りの警官達が目を剥いて口々に言う。
「「「マジックバッグ!」」」
マジックバックは結構マスコミで有名になっているのだ。
「ええ、マジックバッグに入れていましたけど、これを使いましたよ。これだと、切ったり刺したりがないから安全ですよね。銃刀なんとかという法律にもひっかからないでしょう?」
シャイラはそう言って、それをヒュンと振って見せて江川に渡す。江川は驚きながらも、棒を受け取って構えて振ってみて言う。
「なるほど、これがあれば、なにか習っていれば返り討ちは可能かも知れませんが、貴方のような女性がナイフを持った相手をあしらえるものでしょうかね?」
「ふふ、私は女ですけど、ちょっとばかり修羅場に慣れているのですよ。そこの連中も、余り重体にならないように手加減はしましたよ」
シャイラが答えたときに、警官から警部補に呼びかける。
「相良警部補、この連中は生きてはいますね。外傷もありませんし、打撲ですが頭や腹を打っているようです」
「ふん。なるほど。どうも状況からして、その連中が貴方を襲おうとしたことは事実のようですね。ですが、この棒をもって反撃して頭も打っているということだと、こいつらの症状によっては傷害罪に問われる可能性はありますよ。こいつらの内で君らの知っている奴はいるかな?」
相良が最初はシャイラに言って、次に男たちを調べている警官に聞く。
「ええ、こいつらはここらで札付きの連中ですね。でも、面倒な奴が交じっています。こいつ、名前が吉村ですが、こいつのオヤジが都会議員のうるさ型です。過去いくつも前科がつくところをもみ消しています」
制服警官の一人が、黄色に染めた顔の若者の体をひっくり返して、顔をさらして言う。結構こいつは強く打ったのでまだ正気に戻っていない。
「吉村都議かあ!あいつ、南衆議院議員の子分だからな」
相良警部補が顔を顰めて言うのを聞いて、シャイラはどこも一緒だなと思った。彼女とて、日本の新聞を読んで、権力者がその権力を使って自分の都合の良いように様々に働きかけた結果、摘発された記事を見かける。彼女にしてみれば、その内容は“それごときで”、という程度のもので、自分の母国の事情を思って逆にあきれていた。
イミーデル王国にも明文化された法律は一応あるが、例えば平民が貴族に理由なく殺されて告発されても、多少の罰金程度で済んでしまう。それに、普通は各領の警備隊は、そういう問題はまず摘発があっても取り上げようとはしない。取り上げても間違いなくもみ消される。
だから、警官たちの話を聞いていても、さほど違和感がなく、日本も自分の母国と似たところがあるという意味で親近感を持った程度である。それに、三嶋の妻である自分は権力者の側なのだ。ハウリンガの開発が、日本国にとっていかに重要なものになっているかは彼女も理解している。
そして、そのためにはゲートが必要であり、現状のところではバトラによって開くしか方法がなく、それは夫のケンの意力によってのみ開閉が可能である。ハウリンガ世界開発機構が機能し始めて、ケンジの係わりなしでも、現地政府の接触とムラン大陸の開発は進み始めているが、機構も政府も重要事項についてはケンジの同意を得ることを怠らない。
都会議員とか国会議員が、どの程度の権力を持っているかは知らないが、いずれにせよこの若者たちがやろうとしていたのは、重大な犯罪行為であることは確かだろう。だから、弱みがあるのは相手の方であって、こちらはそれをもみ消されないようにするだけだから、それは難しいことではないだろう。
「ええと、相良警部補でしたね。私は彼らが私をその車で攫って強姦しようとしたと考えています。現にその吉村という者が私に来るように言って、その5人で私を取り囲みました。初めてそれをするような様子ではなかったですから、まず間違いなく何度も同じことをやっているはずです。
しかも、このような街の中で待ち伏せているということは、相当に手慣れていると思います。その吉村という男は有力者の息子のようですが、私も夫から警察絡みのなにかあったら、“警視庁の危機管理担当官の桂井”という人に連絡するように言われています」
「ええ!危機管理担当官?お名前は三嶋シャイラさんでしたね。ちょっと失礼」
相良は携帯を取り出して2桁の短縮番号を押して、何やら確認しているが、数分で通話を終えてシャイラに向きなおる。
「三嶋シャイラさんには最大限の便宜を図るようにとのことで、通達が回っておりました。もちろん犯罪行為を見逃すという訳ではありませんが。まあ、マジックバッグをお持ちというだけでも、普通の人ではありえませんがね。そのマジックバッグは御主人から?」
「いえ、自分で作りました」
そこに、江川が口を出す。
「ええ!ご自分で、貴女はそれじゃあ、ハウリンガ世界の魔法使いですか?」
「そうですよ。でも地球では殆ど魔法は使えませんがね。主人とはハウリンガで知り合いましたのよ」
三嶋のことは反重力エンジンと、AEE発電などの関係で少しずつマスコミに漏れており、知る人ぞ知るという状態になっているが、シャイラのことは政府が厳重に抑えているので一般には知られていない。ただ、ハウリンガ世界のことは広く知られるようになってきて、そこで魔法が使える人々、魔法使いのことも報道されている。
その中にマジックバッグの情報もあるが、現状では民間には出回っていないので、人々が実際に目にして使うことは殆どないので、警官たちも目の前で使われたのは初めてである。
「それで、貴方が三嶋シャイラさんということであれば、この連中の捜査に邪魔が入ることはないですね。しかし、調書は取る必要はあるので、すこしお付き合いを願いますか?出来るだけ早く終わりますので」
相良が言って、現場検証をやっている時に俺が着いたのだ。俺は、スマホで地図を特定して、駅に近いこととから電車の方が却って早いことから地下鉄に乗って現場に着いた。
現地の状況は、シャイラが相手を叩きのめしたのは、念話で把握しているので特に心配はしていなかった。また警視庁の危機管理担当官の件は俺が念話で知らせたのだが、これはシャイラが良く出歩いているのは知っていたので、トラブルがあったらということで、木村官房長官に相談して紹介してもらっていたのだ。
また南議員を抑える件については、これも木村長官に頼んだが、『心配ない』という返事だった。20分ほどの現場検証、その後、西新宿署に移動しての30分ほどの聞き取りで俺たちは家に向かった。
警察がパトカーで送ると言うのを断って、近くの駅から地下鉄で帰ることにした。同じマンションの同じ階には、シャイラの弟と妹のカミールとミランダがいるが、家政婦の品川さんが夕食を作ってくれているので心配ない。
シャイラと俺は、基本的には日本かまたはハウリンガのどちらかに1週間毎に一緒に住んでいるので、留学でずっと東京に住む2人のために家政婦を雇ったのだ。家政婦に遅くなることを告げて、駅前で居酒屋に入る。夕食は要らないことは既に伝えている。
店の2人席に向かいに座っておしぼりで俺は顔を拭くが、シャイラはそっと首筋から頬というように拭いて、俺みたいに蒸しタオルを顔に被せるようなことをしない。
彼女と弟妹は最下級の貴族の子弟だったのだが、男爵令嬢だった母親からそれなりに教育を受けて、その振る舞いに品があるように思う。その意味では、義父と義母は諦めているようだが、カミールとミランダは俺の粗野な振る舞いと平たい顔が気に入らないようだ。
それでも、彼らに与えた数々の便利な日本の製品や、マジックバッグはいたく気に入っているので、俺に対するそれらの不満も帳消しのようだ。
まあ、不満が強ければ日本に留学はしないよね。容貌の点では、ハウリンガの人々のイミーデル王国、ジャーラル帝国共に肌の色はそれほど白くないが、彫りが深くて足が長くという白人に近い容貌とスタイルを理想とする日本人の感覚からすれば美男・美女が多い。
その意味では、ロリヤーク家の人々は、シャイラをはじめとしてその典型であり、特に女性は美人でもあるが可愛い。だけど、俺には理想なのだが、シャイラはイミーデル王国で美人と言われたことはほとんどないそうだ。
「いいわねえ。このオシボリは本当に便利ね。日本のレストランでは、これが大体出るから好きよ。それに、この“イザカヤ”って大好きよ。本当に色んな料理があって皆美味しいわ」
シャイラは、メニューを見ながらしみじみ言う。俺も、海外が長くて普通のレストランにもよく行ったが、それよりは種類が豊富で皆で突っつくことのできる居酒屋が好きだ。
ハウリンガでは、シーダルイ領やジャーラル帝国などでハウリンガ通商が経営しているレストランや、居酒屋がどんどん出来ている。そこでは、ちょっと前まで高価であった香辛料や醤油や油、さらに砂糖を普通に使うことで大人気である。
シャイラも長く塩とハーブ程度で味付け香り付けされた料理を食べてきて、俺と交流するようになって、俺が作ったものや日本風レストランの料理を食べて、自分の食べてきたものは何だったかと思ったそうだ。
ビールのジョッキで乾杯して改めて聞く。
「どうだったかな。日本の悪ガキは?」
「うーん、悪ガキというような可愛いものではなかったわよ。だけど、ゴブリンほどの迫力もないわね。醜悪さはよく似ているけど。彼らの、どぶのような心からすると、かなりの女性を毒牙にかけているわ。ひょっとすると殺した者もいるかも?」
「うん、そうだね。まだ正気に完全に戻っていない奴の心は覗けた。半年前に殺しをやっているようだね。あの警部補にメモを渡したから、死体が見つかるはずだ。強姦殺人で捕まえられれば、後は芋づる式に出てくるだろうよ。殺人では議員では何ともならんよ。シャイラを襲おうと思ったのが運の尽きだな」
「そう、じゃあやっぱり警察に連絡して良かったのね」
「ああ、お陰でこれ以上の犠牲者が出るのを食い止めたんだからね。それにしても、あんな人通りのある所で犯行とはよほど頭に乗っていたんだな。ところで話は変わるけど、ミランダは、君に似て美人だから随分モテるだろうね」
「そうね。凄いみたいよ。でも前に言ったけど、あっちの世界では私は美人とはみられていなかったわよ。けどこっちに来るとすごく視線を感じるわ。私はケンに見初められたけど、私やミランダは日本人には好みなんでしょうね」
彼女は俺の目を正面から見て柔らかく言うが、彼女の緑の目で見つめられると未だにドキドキする。そこに頼んだ料理が出て来て、ひとしきり食べるのに集中するが、やがて彼女が再度口を開く。
「それと、カミールもそれなりに告白されているらしいわ。だけど、彼も授業についていくのに必死で、女の子と付き合う余裕はないようね」
「ほお、確かにカミールは会話についてほぼ問題無いけど、日本語は書くほうが大変だからなあ」
「ええ、苦労しているようね。だけどその点は私も彼と一緒に勉強しているから、そうねえ、1年あればそれなりになると思うわ。まあ、別段卒業資格はなくてもいいのだか、らそう焦ることもないわ。日本の文化を身につければいいのだからね。
その点ではミランダは、語学の才能はあるようねえ。会話は私ともうレベルは変わらないわ。読み書きも私と同等でカミールの上をいっているわ。まあ、学業も大学ほど難しくはないから、卒業は問題ないと思う。ただちょっと人気がありすぎて男の子が煩わしいみたいね。まああの子も弱い子ではないから大丈夫でしょう」
その後、2時間ほども飲み食いして、家に帰り着いたのは夜の10時を過ぎていた。
よろしかったら並行して連載中の「異世界の大賢者が僕に住み憑いた件」も読んでください。
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2025年、12/19文章修正。




