日本の進路
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日本国総理大臣の紺野太一が出席して、非公式の会議を開いている。
出席者は司会を務める官房長官木村みどりのほかに、外務大臣の西野秀樹、防衛大臣二宮博、経産大臣田川、財務大臣吉田、官房副長官宮田などの重要閣僚が揃っている。
また今回は、ハウリンガ世界開発機構の理事長である黒崎慎吾と、経産省の傘下である宇宙開発機構の理事長である仁科実が加わっている。
「本日は、忙しいところを私の都合で集まって貰って申し訳ない。いや、木村君と話していて、わが国もいささか手を広げすぎたかと思って皆の意見も聞きたくてね。じゃあ、木村君説明してくれ」
紺野首相が切り出す。
「はい。皆さんもご存じのように、我が国はハウリンガ世界開発機構によって、現在面積2千万㎢もの広大なムラン大陸を開発しています。現状でわかっている範囲でも、それほど手間をかけずに耕地に適する面積はその30%に及び、耕作すればわが国の食料需要を軽々と賄えます。
さらには、様々な鉱物資源もその鉱床が特定されていて、現状で見つかっているものだけで、数百年のオーダーで我が国の需要を満たせます。そこには人に劣らない知能を持った原住民が住んでいますが、人口が200万人と少なく、強力な魔獣に怯えて暮らしていたために、開発部隊はすでに友好的な関係を築いています。
ハウリンガは概ね地球に相当する惑星で、全部で5億人程度の人口があって、彼らの最も進んだ国で地球の2百年前のレベルの文明です。彼らは、十分なスペースと資源があるにも関わらず、その有効活用の方法を知りません。ですから、全体として貧しく、他民族を征服し、相争い、結果として多くの人々が悲惨な生活を送っています。
わが国としては、基本的に我々の価値観で彼らを交易し助けたいと考えていますが、実際はムラン大陸の開発に注力するのが第一で、その中で可能な限りということになります。まあ、ここまでがハウリンガ開発に係わる話で皆さんもご存じのとおりです」
それに対して西野外務大臣がコメントする。
「ええ、ハウリンガ世界の開発は極力隠してきましたが、すでに実態は殆ど世界には明らかになっています。我が国は公式には認めていませんがね。そのため、日本が開発を独占しているとしてすでに国連で抗議されるに至っていて、外交的には針のむしろです。確かに、地球は人口爆発で資源がひっ迫していますからね」
それに対して、「ハ」世界開発機構の理事長である黒崎慎吾が応じる。
「確かに、世界には貧しい人々は多いという現実と、水を含めた資源のひっ迫から国連での言い分は判ります。ですが、国連での言い分を認めたら、貧しい人々がハウリンガに雪崩込んでいくでしょう。そして、たちまちハウリンガの諸国を侵略して次には現住の人々を奴隷扱いして、地球の大航海時代の悲劇を繰り返すでしょうね。
そして、時間はかかりますが、最終的にはまた人口爆発を起こして別の世界を求めるでしょう。その意味では、我々の『機構』は、日本人のみならず世界の人々も受けいれること、さらに地球の資源不足の補完も考えています。この計画の骨子は出来ていますが、まだ基本計画の内容を肉付けしている段階なので発表にはあと半年ほど頂きたいところです」
黒崎の話をうけて、官房長官の木村が話を整理する。
「黒崎さんありがとうございます。実のところ今日の話は、わが国が突出しすぎていることの対策です。ハウリンガ世界の開発のみでなく、宇宙開発に関しても、日本が殆ど独占していることが大きな問題になりつつあります。
これは、実のところ重力エンジン関係の技術で圧倒的に先行しているためです。わが国は、すでに月面に関しては有力な資源を発見して資源採取を始めています。その過程で分かったことは、月には思ったより経済的に開発可能な鉱物資源が豊富にあります。
そして、重力エンジンとITC技術によって、地球よりむしろ低いコストで資源を得られることが分かったのです。それに加えて、AEE発電機を備えた宇宙船の登場によって、太陽系内の惑星・衛星は資源開発のターゲットになってきました。
また、中国から分離したウイグル自治区とチベット自治区だった中央平原国で、続々と資源が発見されています。さらに、チベット自治区の高原部の水資源を使った大規模農地の開発が可能であることが分かってきました。この人口が希薄で内陸の広大な国は、やはり重力エンジンによるアクセスの利便性から、わが国がいち早く資源開発と大規模な農業開発を進めています。
これらに対しても、先ほど西野外務大臣が言われたように、各国に利権を分配するように国際的な圧力があって、これに対しては味方がいないことが大きな問題です。
それもあって、少々我が国としては手を広げすぎたかなと総理と話していたのです。しかし、いずれもすでにスタートを切っていますし、止めることはそれはそれで問題があります。また、世界を敵にして今後やっていくわけにはいきません。そこで、全体的な方針をどうするかの議論をしたいわけです」
官房長官の言葉に、国際的な圧力でめっきり頭の毛が薄くなった西野外務大臣が話し始める。
「基本的には、味方を作る必要があります。このままいけば、日本対世界の戦争になりますよ。我が国から出たAEE発電とEX-バッテリーによって、世界のエネルギー問題は基本的に解決しました。さらに、同時にこれらの技術は化石エネルギーを用いませんから、地球温暖化も解決策を提示しました。
今のところ気候変動は収まっていませんが、AEE発電所の建設の進行及び自動車、船、飛行機の電動化、さらに工場設備の全電動化の進行で、5年後には大気中の二酸化炭素の濃度ははっきり低下すると考えられています。
その成果があるから、今までのハウリンガ、宇宙、中央平原国の独占が許されたのであって、今はまだましなのです。早急にこれらの開発に国際協調の形をとる必要があります。そこで問題は、従来であれば最大の友好国であるはずのアメリカとの関係が冷え込んでいることで、最近では強硬一辺倒に近い要求を突き付けられています。
そして、その尻馬に乗っているのが隣のK国、旧C国の東北国、中央西国などで、彼らにアジられて同調する国々が増えています」
今度は、それに続いて二宮防衛大臣が話を始める。
「外務大臣の言われる通りで、わが国の安全保障環境は極めて厳しくなっています。アメリカの国防省は我が国に同調的なのですが、大統領の意を受けた国務省はもはや敵視しています。国防省の場合は、我が国の戦力の実態をかなり知っていますから手強すぎるという判断でしょう。
しかし、国防省も結局は大統領の指示には従う必要がある訳で、担当者が好意的というのはさほど意味を成しません。さらには、在日米軍基地はなくなりましたが、アメリカはグアムなど近海に基地があり、K国の基地を復活させましたから、アメリカに対して完全に本土を守ることは非常に困難です。彼らは潜水艦も多数持っていますしね。
まあ、大陸弾弾道弾などの長距離ミサイルについては、C国の残っているものやロシアなどのものと同様問題はないでしょう。ただ、わが国も質量兵器という形で、宇宙から世界中どこでも破壊できますので、核は持っていませんが、“まもる”型でも防げない同等以上の相互破壊保障戦力があるということは言えるでしょう」
「ほお、その宇宙からの質量兵器の運用は直ちにできるのですか?またそれを米軍は知っていますか?」
宮田官房副長官が聞く。
「AEE発電機を備えた自衛隊の“うさぎ”基地が月面にあることは御存じの通りです。あの基地の建設の際に、アメリカ、ロシア等から猛反対されたのも覚えておられると思います。アメリカは今現在月面基地を建設中ですがね。
すでに、“うさぎ”基地では、地球上だと10トン程度になる重量の大きな岩塊を多数貯留しています。そして、それをマジックバッグに詰めて軌道上から、タイミングを計って地上の特定の地点に落とす訓練は実施しています。
大体高度1万km程度の軌道で、軌道速度より低い速度で周回しながら岩を放り出せば地上に落ちます。ただ、狙った地点の数百の範囲に落とすには厳密な計算が必要ですから、そこのコントロールはAI任せですがね。
10トンの岩を落とせば、10キロトン程度の破壊力はありますし、そのコストは非常に低く、放射能もありません。しかし、都市に落とせば極めて破壊的な兵器になります。米軍は、私共のその訓練のことは知らないはずですが、我々がそのような運用能力を持っていることは知っています。彼等自身それを可能にするために基地を作っているわけですから」
二宮防衛大臣の言葉に、聞いている人々の表情はこわばっているが、その中で直前まで自衛隊幹部であった黒崎元陸将が穏やかに言う。
「ですから、アメリカに関してはもし全面的な戦争になった場合には、こちらも被害を受ける可能性が高いです。ですが、わが国が報復すれば、彼らの都市部が廃墟になるでしょうね。少なくとも両国の誰も得をしません」
「うん、そのことをカーピントン大統領が本当に解っているのか、どうも疑問のような気がするんだよな。まあ、いずれにしろそのような馬鹿なことにならないように方針を立てようということだ」
首相の紺野が言って話は元に戻ると、吉田財務大臣が話し始める。
「まあ、物騒な話は無しにしましょうよ。アメリカとて曲りなりにも民主主義国家、昔ならいざ知らず都市の攻撃はそう簡単にできません。少なくとも宇宙では当分こっちの方が優勢なんでしょう?」
「そうですね。重力エンジンは、まだアメリカでは製造できないですから」
それに対して防衛大臣が答えると、さらに吉田財務大臣が穏やかに言う。
「だったら、自分たちが大被害に遭うことが分かっていて、余計に無茶はできません。あの国は、まだ戦争として本土を攻撃されたことはないですからね。
とは言え、世界中の国と人々から敵視されては、日本の国は保ってはいけません。だから、先ほど言われた3件の開発には、いずれにせよ世界の国々を巻き込む必要があります。幸い、さっき聞いたようにハウリンガ世界開発機構は、現住の人々との調和を保った形で、地球世界の国々を巻き込むことを、すでに考えておられます。
ですから、それを少し詳しく聞いて我々も加わって、それをもっと良いものにすればいいと思います。宇宙開発にしても、宇宙開発機構の仁科理事長の方でもすでに考えられているはずですし、中央平原国は経産省で考えられているでしょうから、それをお聞きしましょうよ」
まず黒崎元陸将が話を始める。
「はい、では、ハウリンガ世界の開発の現状を簡単に説明して、現状で考えているポリシーについて話をさせて頂きます。一部マスコミに発表していない内容もありますので、その点は御承知下さい。まず、ムラン大陸の開発は準備段階ですが、順調に進んでいます。
最大の障害は魔獣でしたが、超大物については、それぞれの個体にタグを付けましたので位置は常時追えていますし、退治方法も確立しています。だから、開発の障害になる固体から狩っていくということになります。
その他の大物であるワイバーンは、移動能力が高く極めて危険です。しかし、重力エンジン戦闘機で十分対応可能ですので積極的に狩っていますから、すでにそれほど残っていないはずです。他の魔獣は各開発基地に配置した防衛隊で十分対応できるため、この場合も積極的に狩っています。
そういうことで、2/3が温帯でありその半分は耕作可能な面積になるという、面積2千万㎢ものムラン大陸で12か所に大規模に農業開発する基盤が整いつつあります。だから、日本で必要な穀物他の食材は十分生産できるようになります。
更には、海域は陸と同様にクジラを超える大きさの魔獣は住んでいますが、水生の魔獣を含めた魚影は濃く、大型船での漁獲を行えば、大量の漁獲が可能です。ちなみに陸生・海生を問わず魔獣の肉は普通の肉より美味ですので、十分食料になります。
そして、現住のムラン人は、まず知能的には地球人に劣りません。多分、魔獣を避けながらなんとか生きていくために知能が発達したのだろうと推定されています。さらに、今まで魔獣に怯えて隠れて暮らしていたこともあって、魔獣から彼らを守ることのできる我々に極めて好意的ですから、共に住むには問題が無いでしょう。
さらにムラン大陸には様々な鉱物資源もあって地球より豊富のようで、現地調達の面でもすでに開発にかかっています。とは言えハウリンガ世界の開発の元来の目的は食料の確保です。
ですので、日本のために必要な食料を確保するための労働者とその家族、更にそれを支える社会を考えると必要な人口は大体550万人になります。ただ、200万人強のムラン人もその役を担うことになりますから。地球からの必要な移住者は大体400万人です。
しかし、温帯という居住に適したエリアが極めて広大なのですから、無論食料生産以外の目的、またはそこで社会を築くということで、多くの人々を受け入れることはもちろん可能です。その場合は、ムラン大陸のみならず、同じく南半球の巨大なララーム大陸も開発可能で、こちらも現住のララーム人の数はわずか300万人です。
だから、その気になれば、地球から10億人の人を受け入れても、現住の人々の社会を大きく揺るがすことはないでしょう。ですから、政府の方針次第ですが、ここの部分で海外からの人を受け入れることは当然可能です。ただ、持続性を考えると急激な人口増加の防止措置はとる必要があると考えています。
ちなみ我が機構のこの世界の現住の文明社会との接触は、すでにハウリンガ通商が商業協定を結んでいたジャーラル帝国と相互防衛条約を結びました。これは、北半球の巨大大陸であるシンバ大陸の半分を占める暴虐なアジラン帝国への対抗策で、これはすでに報告している通りです。
そして、すでにアジラン帝国の被征服地の独立運動を援助しています。さらに、アジラン帝国の首都に乗り込んで、ジャーラル帝国の名で侵略の停止と、征服地の解放を要求しました。そして、それに対して攻撃されたことによる報復をジャーラル帝国の使節に要求されて、宙空護衛艦“ふじ”によって首都付近の海域に滞留していた彼らの艦船を多数撃破しています。
アジラン帝国と彼らのやっている残虐行為等については、主としてハウリンガ通商からすでにマスコミに公表していますが、我々機構が動いていることは公表していません。しかし、これは適当な時を見て公表する予定です。まあ、現状の状況及び活動は以上の通りです。
また、考えている開発のポリシーは1)現住の人々に直接的なネガティブな影響を与えない、2)可能な限り現住の人々により良い生活環境を与える、3)現地で行われている非人道的行為は可能な限り是正する、4)自然環境の悪化は極力避けるが、そのため地球で行われている公害防止、自然環境破壊防止と同等の措置を取ると言ったところです。この点のご意見をお聞きしたいと思っています」
「はい、ありがとうございます。では次に、宇宙開発機構の理事長の仁科さんから同様な話をお願いします」
木村官房長官から促されて、長身痩せぎすの学者である仁科が立ち上がる。
「はい、宇宙開発機構としては、それほどお話しすることはありません。現状では観光船による月と火星・金星の遊覧飛行と、月の金属資源を4か所からすでに採取しています。更に、AEE発電機を搭載した商用宇宙船の完成によって、深宇宙への観光旅行と、火星本体と土星と木星の衛星の開発が可能になりました。
しかし、率直に言って、ハウリンガ世界での鉱物資源の調査結果を伺うと、月はともかく火星と、土星と木星の衛星の開発に意味があるのかという気がします。コスト的に太刀打ちできないと思いますので。ただ、それはハウリンガの開発を行っている我が国の話であって、他国にとっては大いに魅力があるでしょうね。
ただ、防衛と言う意味で、むやみに他の国または組織が操る重力エンジン機を地球の軌道にを近づけることは危険ですし、わが国として宇宙を行動範囲としておくことは必要でしょう」
仁科の話の後、田川経産大臣から、中央平原国の開発について話があった。それは、分離したとは言えC国へのけん制と資源狙いで援助を始めたものであった。しかし、ハウリンガの開発を行っている今となっては意味が薄くなっている。
そこで、欧州の国々と交渉して、資源や農産品とバーターでの開発資金を提供させるようにしようとしている。その際に、問題になるのはまだ数の少ない重力エンジン駆動の大型貨物機が必要になるが、その点は日本が便宜を図ることを条件としているということだ。
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2025年、12/19文章修正。




