日本の宇宙開発1
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AEE発電ユニットを積んだ商用宇宙機が完成した。日本の宇宙開発については、すでにACバッテリーの励起ユニットである“らいでん”によるサポートで、ACバッテリー駆動の貨物船“ひこ”と客船“おりひめ”が月と火星軌道まで運用されている。
客船“おりひめ”はすでに12機建造されていて、8機は地球と月の周回クルーズに使われて大人気である。3日間の運航で、収容人数がわずか32人であるが、一人3万ドルという価格にも関わらず、半年後まで予約で埋まっている。
また、残り4機は、地球と月に加えて火星または金星航路に概ね10日間の周回クルーズに投入されて、一人10万ドルの価格にも関わらず1年以上の予約待ちになっている。しかし、バッテリー駆動では行動範囲に限界があるために、近日軌道にある火星か金星まで到達するのが限度である。
月面では、現在ニッケル、クロム、コバルトとマンガン鉱山が開発されて採掘されている。資源量としては鉄や銅も大規模な鉱床があるが、レアメタルの属するこれらは、戦略的にも早急に確保することが望ましいのだ。そこで、政府の意も受けて、代表的な鉱山会社である㈱MマテリアルズとS金属鉱山㈱が合弁で開発にかかったのだ。
月面は地球のように水や植生で覆われていないので、リモートセンシングにより資源探査が本来の機能を発揮できる。そのためこうした鉱物資源は地球上からでも従来から探査されていた。
それに加えて、重力エンジンの出現によって、宇宙へ出ていくことが航空機で地球上を移動するのと同じ程度のコストと簡便さになったために、宇宙と月面への到達は極めて容易になった。
そのために、リモートセンシングで検出された鉱脈の位置に到達することは地球上と大差はない。そこで到達した位置で、探査された資源について、実際に現地に到達した“ひこ”からコントロールされた振動による地質調査やボーリングが行われて、現在20か所以上で様々な鉱石層が突き止められて、価値のある鉱山が特定されている。
従来から、特定の鉱物が集中(濃縮)するためには、水の存在が欠かせないと言われていた。だが、月面のこの調査によって、月には過去水が豊富にあったこと、さらに鉱物の集中のためには、水による濃縮とその“星”の形成時の造山運動が貢献していることが分かった。だから、大気のない惑星でも鉱物資源が採取できる可能性が高いことが判明したのだ。
現在では、とりわけITC技術すなわちセンサー技術の発達と、それに基づく自動制御の技術が熟成しつつあり、そのため障害物のない月面での掘削、積み込みなどを無人で行うことに殆ど問題はない。
とはいえ、最低限のメンテナンスや管理のための人間のエンジニアは必要なので、鉱山毎に地下基地が作られて、5人から数十人が滞在している。地下基地にする理由は、大気のない月面の昼夜間の環境は、温度的に極めて過酷なものになるためである。
“ひこ”は、現状では殆どがこの月面上の鉱山運営の資材と鉱物の運搬に使われていて、現在25機が就航している。“ひこ”による月面までの運行時間は月の地球に対する位置にもよるが、概ね24時間から40時間である。その貨物機は、現在では2人の乗員で行っているが、近いうちに無人運行に切り替わる予定になっている。
現在では船体のキャパシティが小さいために、地球での船舶による輸送コストより50%ほど割高になっている。しかし、無人運行になれば却って安くなると試算されている。
将来においては、土星などから燃料になる水素などを大量に運ぶことも構想されている。その場合には、ダグボートで推進する100万㎥以上のエンジンのないタンカーも計画されていて、そのコストは地球上の海上運行に比べても大幅に安くなると試算されている。
ただ、そのためにはAEE発電ユニットを積んだ商用宇宙機の運用、または人類の活動範囲の宇宙の隅々までACバッテリーを励起する“らいでん”の配置が必須になる。その意味では宙空護衛艦と同時に着工されて、半年遅れて竣工した大型商用宇宙機は深宇宙開発のために待ち望まれた機体であった。
矢代真紀は、“くまもと”基地の自室でベッドに寝ていた夫の悟に声をかけた。
「サトル、朝よ。起きなさい」
真紀は28歳の中背細身で、その割に丸顔の優し気な目をしている。悟は30歳の機械エンジニアでラグビーをしていた、いかつい体つきで顔も厳ついが目は細くて優しげだ。
彼らは、月面の地球から見える裏側にあたる“くまもと”鉱山と名付けられたニッケル鉱の採掘場で働いている。“くまもと”のニッケル鉱は硫鉄ニッケル鉱であり、露天掘りをした鉱石を溶鉱炉で溶かして銅ニッケル硫化物にすることで、量を減らして“ひこ”で日本の愛知工場に運んでいる。
“くまもと”では、現在月面上で運用している4か所の鉱山の内で、唯一溶鉱炉の運転のためにAEE発電機が設置されている。そして、同時にACバッテリーの励起もしているので、他の鉱山等からバッテリーの交換のための飛翔機が定期的に集まってくる。
そのため、訪れる他基地の要員のための本部としての機能を持っているために、駐在員は20人と最大である。これは、500㎡の地下スベースを設けて、10人が入れる大型の浴槽、レストランさらに病院も備えている。月面での移動は全て飛翔機によっていて、大気がないので通常時速1千㎞で飛翔するために、直径3500㎞の月では各基地からは1時間強で集まることができる。
矢代悟は、鉱山を経営している1社である㈱Mマテリアルズの機械系のエンジニアであり、この基地では溶鉱炉の管理をしている。妻の真紀は看護師であり、悟が東京に努めていたころは、都内の病院に勤務していた。悟が月面の“くまもと”鉱山勤務の内示が出たときに、悟が行きたがったのもあるが真紀も一緒に行くことを希望したのだ。
彼らの頭には、大人気の地球・月クルーズのことがあったからである。会社にとっても、2社の共同企業体で建設して運用する月面の鉱山に、1ヵ所は病院を置くので看護師は必要であったので、真紀を社員として採用して送り込んだのだ。
会社は、送り込む社員は、3ヵ月毎に地球へ帰る休暇を認めているが、できるだけ妻帯者が夫婦で赴任することを勧めているので、真紀の採用も簡単に決まった経緯があった。彼らが赴任した“くまもと”鉱山は最終的に12か所になる月面鉱山の、病院やリゾート施設を含むハブ基地の機能があって最も恵まれた環境にあると言える。
それに、現状のところでは、月面にいる人員は35人であり、基本的に全員が健康な男女であるために、病院は忙しくはないし入院患者も生じていない。だから、真紀にとっては都内の病院に比べると楽な職場であった。また、自分の給料は手当てを含み2倍弱、夫は1.5倍であるので、収入面では大いに満足している。
しかし、彼らが住んでいる合計35㎡の狭い台所兼居間と寝室にバス・トイレの部屋を含めて、全部で500㎡の地下スペースで働き・生活することは中々窮屈な思いをすることは否めない。基地内には、売店、レストラン兼居酒屋兼スナックがあるが、変化が少ないことは事実である。
そのため、住民の利便性は高い優先度が与えられているので、地球と繋がっているネットによるショッピングで、4日もあれば注文したものが届く。
ちなみに、水は鉱石を運搬する“ひこ”が2日に1回日本と往復しているから、その都度最大20㎥を運んで500㎥の貯水槽に蓄えているので、これは常時ほぼ満タンである。排水は全て膜を使った処理施設で高度処理がされて、中水道システムが備えられて無駄にならないようにしている。
真紀から声をかけられた悟は「う、ううーん」と唸って、目を開けて頭を振って言う。
「やべえ。夕べ、少し飲みすぎた。すこし頭が痛いよ」
「やっぱりね。少し調子に乗りすぎと思っていたわ。じゃあ、この薬を飲みなさい。よくなるはずよ。1時間後に出発だからね」
真紀の声に悟はベッドに座り、水の入ったコップとカプセル2つを受け取って、カプセルを口に入れて水を飲む。昨晩、彼らは悟の同僚の水上慎吾とかおり夫妻と、基地内の夜は“のんべ”の名となる居酒屋で痛飲したのだ。
そして、日曜日の今日は2組の夫婦で月面飛行を楽しむ約束になっている。水上はほぼ基地内にいる悟と違って、通信設備のメンテナンスをしているため、他の3基地をたびたび訪問して飛翔機の操縦に慣れている。とは言え、彼の飛行ルートは基地間を移動するのみであるので、それ以外のルートの観光飛行をしようということだ。
真紀からもらった薬はよく効いて、出発の時間にはほとんど正常になった悟は、月面飛翔機のエアロックに行き、更衣室で気密服に着かえる。月面飛翔機は、地球上で使う飛翔機に比べると板厚10㎜の鋼板で作られた丈夫な構造であり、その安全性に基づき乗員は機内では気密服を着用しているがヘルメットは被っていない。
とは言え、機内にヘルメットは用意されていて、気圧が下がるとそれが自動的に出てくるが、乗員は機内ではヘルメット無しで乗ることになる。飛翔機はエアロック内から離発着することになっていて、離発着の都度ゲートが開いてロックが解け、その際に空気が抜かれ注入される。
「よお、矢代。お前昨晩は飲み過ぎなかったか?」
エアロックで会った同じく気密服を着た水上が言う。彼は悟より少し背は低いが細マッチョのイケメンだ。横に立っている夫人のかおりは、女性としては背が高く整った顔立ちの細面だが気密服を着ていても判るグラマーな体つきをしている。
「ああ、ちょっとな。薬のお世話になったよ、今日は操縦頼むな」
「ああ、任せとけ。ただ、月面は余り面白みはないかもな」
「そうねえ、何と言っても本物の不毛の大地だからね。でも、本当の意味で回った人は少ないよね?」
横から口を出した真紀の言葉に、基地の総務担当で水上の妻のかおりが応じる。
「そうよ。月の1周飛行なんてここでないと出来ないし、月の4倍の大きさの地球も見えるし見どころはあるわよ。私は楽しみよ」
水上が、重いが滑らかに動く飛翔機の気密扉を開けて、皆を中に座らせて扉を閉め操縦席に座る。
「管制室、くまもと3号のパイロット水上です。エアロック2号に居ますので、ゲート開を願います」
操縦席の水上が席について言うと映像に出ている管制室の当直の声が応じる。
「こちら管制室、吉田です。空気を抜いてゲートを開けます」
1分くらいで空気が抜かれ上部のゲートが開くが、外は夜の闇である。
「ゲート開けました、どうぞ、出発してください。無事な帰着を願います」
「管制室、有難う。出発します。届けた通り、帰りは16時の予定です」
水上は言って、自動で1Gの加速で鉛直上昇を行う。エアロックの入出の操作は自動が義務づけられている。
「この“くまもと”は月の裏側ど真ん中のダイダロス付近だ。だからここを赤道上の点と考えてその赤道を回る。高度は100㎞で時速千㎞だから、大体1周が3時間半だな。30分後に地球が見えるようになって、40分後に太陽が出て来る。地球は2時間以上見えるから、一番の見ものかも知れないな」
水上が同乗の皆に説明する。
水上の操縦席は正面と横に強化プラスチックの丸窓、助手席も同様、後部座席は両側に丸窓があって、4人はそれぞれそこから外を覗けるようになっている。
果たして、100㎞の上空から見る月面にはあらかじめ調べていた半球図ほど変化はなく、不毛の大地の凹凸がある程度感じられる程度だった。地球と違って浸食がなく、外力は隕石程度なので大小のクレーターははっきり残っている。
そして、極めて大きな温度変化による岩石の破壊によって、岩や崖の形はほとんど残っておらず、地表は砂っぽい粒に覆われている。強烈な太陽光に照らされた表面は、本来であれば光ってまぶしいが自動調光される窓からはちゃんと見える。
その意味で地味で同じような景色の月面に比べて、空間に浮かぶ巨大な青い地球はやはり圧倒的に美しいため、皆自分の窓から覗ける限りの間は、空に浮かぶ地球の半球を見ていた。
月を1周して“くまもと”基地に帰り着いたくまもと3号は、管制室に呼び掛けて逆の順でエアロックに入った。そして、ゲートが閉まって空気が満たされたところで各々飛翔機を降りる。
その後、カフェテリアに行って各々席を占める。
「今日はありがとうな。月面は単調ではあったけど、行ってみないと分からないものな。やっぱり地球は綺麗だな。とりわけ月面と比べると引き立つよ」
悟が言うのに水上が応じる。
「ああ、まあそうだな。この“くまもと”は地球から言えば裏側だから地球は全く見えないけど、表にある“しが”と“いわて”の展望窓からは地球が見えるから少し違うな」
基地の名前が県名なのは、建設の責任者の出身県としたという説がある。
「ええ!そうね。表だと展望窓から地球が見えるのよね。羨ましい。こっちも展望窓はあるけれど、星ばかりで地球は見えないものねえ」
真紀の言葉に悟が応じる。
「だけど、望遠鏡で土星やら木星が見えるから、それほど悪くはないぞ。それに、今度AEE発電ユニットで動く商用宇宙機が完成しただろう?あれだと、土星・木星も軽々と行けるぞ」
各基地には展望窓があって、夜間はシェルターを開いて夜空を見ることができる。だから、裏側の“くまもと”からは見えないが、表は何時も地球が見えている。ただし昼間は太陽の位置による。
さらに展望窓に隣接して100倍の望遠鏡が備えられていて、遠隔操作で焦点を合わせてスクリーンに映すことができる。そのターゲットとして人気は何と言っても巨大な輪のある土星である。
「だけど、土星や木星は巨大すぎるし、水素の海に沈んでいるのでしょう?とても下りることはできないわ」
悟の言葉に真紀が応じるが今度は水上が応じる。
「土星や木星は沢山の大きな衛星があるよ。土星の衛星は、直径千㎞以上のものでも5個あるものね。タイタンなんかは地球の半分くらいの大きさだ。木星に至っては4つの衛星がこの月くらいかそれ以上ある。だから、土星、木星の鉱物資源は衛星で取れる可能性が高い。
それにどちらも本体には莫大な水素がある。エネルギー源として当面意味はそれほどないけど、将来はわからんぞ。それに、重力エンジンとAEE発電機の組み合わせは木星だって1週間の行程にしてしまった。だから、その資源は当然開発可能なものになるよ」
「ふーん。慎吾さんは土星とか木星に行きたいんだ」
夫人のかおりが微笑んで言う。
「ああ、行きたいよ。まさにフロンティアだよね。そして、さっきも言ったように、とんでもない時間がかかる訳でもない。幸い俺の専門の通信はどんなところでも必要だ。手を上がればまず行けると思う。かおりもついてきてくれるだろう?」
「うーん、仕方がないわね。こういう男に巡り合ったのが私の運命ね」
笑みを含んだ顔でかおりが応じる。
今のところそんな気はない悟は、真紀の顔を見て肩をすくめると真紀が応じるが、2人の世界の入った水上夫妻は気が付かない。
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2025年、12/19文章修正。




