アジラン帝国からの解放2
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アジラン帝国の皇都アージラスの宮殿から、宙航護衛艦“ふじ”は遠ざかっていく。だが、同乗しているジャーラル帝国の軍側のリーダーであるザジール・カーモク中将が抗議して、遠ざかるのを止める。“ふじ”艦長の瀬島武彦1佐は外交部の加治木の要請に基づき、大砲を撃たれても安全と思われる上空千mで一旦停止した。
その時点で、カーモク中将は外交部の加治木に次のように言って、外務省の第3次官ミルト・ジョナスに同意を求める。
「カジキ殿、今般のアジラン帝国との関係は、基本的にはわがジャーラル帝国が前面に立つという話であったが、ジョナス次官殿それに相違ないな?」
「ええ、その通りです」ジョナス第3次官は頷いて応じる。
「であれば、先ほどアジラン帝国の皇宮に対する警告として、この艦を出ていく者を撃った場合には宮殿を破壊すると通告している。それに対して、彼らはわが帝国のジョナス第3次官に向けて銃を撃った。
だから、我々は当事者として反撃すべきと考える。私は、このまま去るのは、逃げ出したことになり今後に影響すると考えるものだ」
カーモク中将の言葉に加治木は困って応じる。
「うーん、しかし宮殿を破壊するというのも海賊めいていて……」
それに対してカーモク中将は次のように折衷案を示した。
「いずれにせよ、このまま帰っても、彼らがこっちの言い分を飲む可能性はほとんどない。それに、彼らは我々の警告を破っているのだから、我々は反撃する正当性はある。とは言っても、宮殿を破壊するのはどうかとは我々も思うので、この港の周辺の船を沈めるというのはどうだろう?見た所大型船のみでも100隻以上あるが。
近隣の地方を除いて、アジラン帝国の占領地域は港から広がっているから、船で軍を送り込んで侵略する場合が多いようだ。それに占領地を維持するのも船舶が主体になるはずだ。
だから、我々がアジラン帝国に対して攻撃するのは、主として彼らの侵略の主体になる船舶ということになる。従って、彼らが発砲したことに対する報復として、湾内の大型艦を沈めるというのはどうかな?」
聞いて加治木は『大差ないじゃん!』と思ったが、『まあ宮殿をぶっ壊すより無難かな?』と思い乗ることにした。彼も何もなしではまずいとは思ったのだ。
「ええ、確かに彼らは我々の警告を無視した訳ですから、反撃は出来ます。そして、アジラン帝国との間に戦端を開いた場合には、最初のターゲットは艦船になるでしょうね。まあ、何もしないで去るより、強い印象を残した方が彼らに考えを変えさせる可能性は高くなります。どうでしょうか、瀬島艦長?」
「そうですね。こっちには全く危険がなく、相手のみを破壊すると言うのはいささか一方的ですが、彼我の力関係を知らしめるのに有効かもしれませんね。では、その旨の宣言をして、出来るだけ人的被害を抑えるために、艦砲で喫水付近を狙って撃ちます。ミサイルはコストがかかりますからね。
見通せる限りの湾内には、長さ50m以上の大型船が112隻、それ以下の中小型船が209隻あります。大型船の喫水に穴が開いて沈んでも、小型船で助けるか岸に泳ぎつくでしょうから、死者は殆どでないと思います」
「じゃあ、それでお願いしましょうか」
加治木が応じるのを聞いて、ジャーラル帝国の者達はあきれて見ている。彼らはそれぞれが翻訳機を持っているので、話している内容は解るのだ。まず敵地の中でのんびりしていること、砲の方が安く済むと言っていること、船の喫水を狙って撃つと言っていることなど、彼らには理解しがたい話である。
これは言い出しっぺのカーモク中将も同感である。つまり、日本の技術レベルの過小評価だ。
同乗の同国人を代表してカーモク中将が尋ねる。
「セジマ艦長殿、湾内には戦闘艦もいて、最も大型のものはこの艦より相当大きく、多数の砲を持っているが、この艦は安全なのであろうか?」
「ええ、貴国で沈めた艦を調べた結果から言えば、彼らの砲の最大射程距離は2~3㎞ほどです。しかし、最大の届く高さとしては、この艦の対空している1㎞には達しません。それに、艦砲の数が多いということは命中率は低いということです。だから、仮に届いても当たる可能性は低いでしょう。
さらには彼らの砲弾は多分大きさが150㎜程度の只の鉄の塊であって、初速も低いので厚さが50㎜あるこの艦の高強度鋼の外殻は打ち抜けません。ゴーンという音がして、少しはへこむかも知れませんけどね」
艦長の答えに驚いてカーモクは更に聞く。
「おお、この艦は50㎜もの鉄の板で出来ているのか、なるほど。とは言え、アジラン帝国にも劣る我々では手も足も出ないな。…………、ところで、この艦に砲は1門のみであったが、あれで100隻以上の艦を砲撃できるものか?また、喫水を狙うと言われたが、そのように精密な砲撃が出来るものだろうか?」
「ええ、我々の艦砲は176㎜ですが、最短で1秒に1発撃てます。もっとも今回は狙いを大きく変えていく必要があるので、そんなに早くは撃てません。そして、今回は移動して5㎞以内に近づいて砲撃ができるので、50㎝の的に命中できます。つまり、一発で沈没させるように喫水を狙うことは十分可能です」
ジャーラル帝国の、とりわけ軍の者達はあきれ、驚き、それが自分たちに向けられたことを考えると恐れ慄くのだった。そして、彼等とは絶対に敵対してはならないとさらに強く思うことになる。
基本的に、ハウリンガ世界の開発は全てハウリンガ(「ハ」)世界開発機構によって行うことになっていて、開発行為のみならず外交や防衛も責任を持つことになっている。これは実のところ政府の責任逃れである。
なお、『機構』は民間で該当する人材が得られない場合には官庁からの出向者を充当している。だから防衛部門は自衛隊からの出向者で構成されており、外務部門も半分以上は外務省からの出向者である。加治木の歳は35歳、外務省の生え抜きで「ハ」世界開発機構への出向を受け入れてやって来ている。
これは、彼がハウリンガというフロンティアに満ちた世界の魅力と、官僚世界での窮屈な仕事とは違ったことをやりたかったのだ。役人としては変わり者である。
ちなみに、アジラン帝国への対抗する行動をジャーラル帝国主体とした理由は、実質的に戦争をすることになる行為を、日本国として公然と行う訳にはいかないからである。日本国主体となると、一つ一つの行為や条約を国会の承認を得ながら進める必要がある。
一方で、ジャーラル帝国もアジラン帝国については、すでに起きた3隻の船団のよる侵略行為で、敵対するのはやむを得ないという判断であったが、相手の巨大さを憂慮していた。その意味では、俺の母国日本を代表するという「ハ」世界開発機構は大いに歓迎すべき相手であった。
そして、ハウリンガ通商との取引を通じて、その社員の行動も合わせてその母国たる「日本」に侵略的性向は無いと既に判断していた。元々、ジャーラル帝国は国内を富ませることに熱心で、侵略などをして自国より貧しい国を抱え込むことには消極的である。
だから、“日本”が圧倒的に豊かなことを知って、それに比べたら貧しい自分達を征服することを望まないと判断していた。それに対して、アジラン帝国の侵略性向は明らかであり、その占領政策は自分たちの経験に照らしても非論理的なまでに悪辣である。
ジャーラル帝国としては、だから、アジラン帝国に対抗することはすでに既定の路線であった。しかしそのための軍備と国民の動員、それによる人命の損失と予想される膨大な戦費は頭の痛い問題であった。
従って、極めて進んだ戦備を持つ「機構」と対等の条約を結び互いに交易を行うと共に、防衛条約を結ぶことには積極的である。その防衛条約は、共にアジラン帝国の膨張を阻止するのみならず、その脅威を無くすためにそれを解体するということまで含んだものである。
しかも、防衛条約はジャーラル帝国の防衛を目的としたものであり、主体は帝国であって『機構』は戦力と技術を提供するとある。そして、ジャーラル帝国の権力者たちは、その提供を予定している戦力の内容と、アジラン帝国の国力と戦力を対比して、様々な数字に映像までも含めて2日に渡って詳しく『機構』から説明された。
出席したのは皇帝ピリエ・カザル・ミーラルイ・ジャーラルを始め、皇太子、皇子、皇女等の皇族に加え貴族の代表、皇国政府の主要閣僚等であった。彼らは、地球で言えば近世に入ろうとする発展段階であり、世界が丸いということがようやく常識になろうとする世の中である。
その彼らが、初めてハウリンガ世界の衛星写真を見せられ、その中で自分の帝国とアジラン帝国の版図を映像で示され、互いの領土面積、推定人口、経済力、推定軍事力を比べて聞いた。そして、条約を結ぼうとする相手の『機構』の本体の日本の諸元と国力、さらに提供しうる戦力について映像付きで説明を受けた。
彼らは、余りに自分の常識にかけ離れた情報を詰め込まれて疲れ果てた。なにより疲れたのは映像であり、とりわけ迫力に満ちた兵器の実射映像であった。そして、ジャーラル帝国の軍は、このレベルの文明社会の軍としては珍しく情報の価値を良く認識していた。
つまり、『機構』上空から敵軍の位置から配置、規模、平気まで丸裸にして、かつリアルタイムで情報のやり取りができる。更には、巨大な軍用艦を自分達では想像すらできない速度で飛ばすことができ、それには凶悪な破壊力を持って、自国の端から端まで飛ばせるミサイルという兵器を多数積んでいる。
彼らがその気になれば、アジラン帝国でも簡単に滅ぼすことができることは明らかである。しかし、彼らは自国の憲法という制度の制約のために、自分では攻撃ができない。しかし、防衛条約を結んだジャーラル帝国の侵略防止のため、その要請があれば可能であるということだ。
また重要なことは、『機構』が解体すべきと考えているアジラン帝国ですら、彼らは自分の意志で攻撃が出来ないというのであるから、ジャーラル帝国が侵略される可能性は無いと考えた。こうして、『機構』と帝国は帝国の防衛義務が付帯する平和友好条約を結んだのだ。
そして、ジャーラル帝国外務省の第3次官ミルト・ジョナスが、宙航護衛艦“ふじ”に同乗してアジラン帝国の皇都アージラスにやって来て、実質的な宣戦布告文書を渡したのは、『機構』の要請に従った自国の決定に基づくものである。
ジャーラル帝国にしてみれば、別段そんな行為の必要は感じなかった。決定すればただ攻撃すれが良いのだ。ただ、力関係からすれば、自分達で実行するのは元来不可能である。しかし、巨大な敵の首都に乗り込んで喧嘩を売ってくる。そして間違いなく安全に帰れるという提案は、皇帝のみならず帝国の軍人の支持を得た。
しかも、自国からそこまで1万5千㎞もの距離を半日で行けると言う。『機構』からの10人の募集に、行きたいという希望者が2千人以上集まった。その中にはミマーシャル第2皇子、軍務大臣などの大物の名もあったため皇帝に叱られた。
結局皇帝の命で、外務省からは2名はしかるべき者が行くものとして、残りを軍から軍務大臣が自分以外を選ぶことになった。その結果10名が選ばれ、外務省の責任者はジョナス第3次官となり、軍の最高位の者は軍の参謀長のカーモク中将となったのだ。
さて、ここはアジラン帝国の皇都アージラスの玄関口とも言えるアージラス港である。”ふじ”は積み込み・荷下ろししている船舶及び、港内及び港外に停泊している多数の船舶に対して、動き回りながらアナウンスを始めた。
「この艦はジャーラル帝国に協力する宙航艦“ふじ”である。我々は、本日アジラン帝国政府に対して、その侵略行為を止めるように、そして止めない場合には実力を持って阻止することを通告した。その通告に際しては、もし帝国側が発砲した場合には皇宮を破壊する旨を警告した。
しかし、結果的に帝国はわが使者に対して発砲した。我がジャーラル帝国は、警告に背いたことに対して報復するものである。ただし、皇宮の破壊は多数の死傷者が発生するのでこれは許す。代わりに、この港にある大型艦船、長さ50m以上の船全てを沈めるものとする。
我々は出来るだけ死傷者が出ないように、対象の船の喫水部分を砲撃するので、砲撃した船の沈没は免れないものと考える。従って、乗り組んでいるものはそれを考慮して、適切に避難するように警告する。砲撃は今から約30分後の午後4時より開始する」
アナウンスは対象の船で聞こえるように、港の上空を飛び回りながら行われた。高度は千mを保っているが、軍用艦では慌ただしく艦砲の準備がされており、さらに皇宮の3か所の砲台でも砲の準備がされている。
それを、“ふじ”艦内ではスクリーンで見ているが、瀬島艦長が計測担当の三宅3佐に聞く。
「三宅3佐、砲の口径などは分かるか?」
「ええ、今計測しています。ええと皇宮の砲台、仮にA、B、C砲台としますが、各々4基の砲を設置しています。砲の口径は250㎜で、砲身は25口径すね。砲弾は球形ですから、推定飛距離4.5㎞です。この艦は高度千mで砲台からの距離は3㎞~8㎞ですからまず砲弾は届かないでしょう。
それから、砲を備えている大型艦に属する軍艦は34隻あり、最大の砲の口径は200㎜で砲身は25口径です。砲弾は同じく球形ですから、推定飛距離は3㎞ですね。だから、アミア亜大陸まで航海した船の砲より少し進んでいますが、これらの艦砲はこの艦の千mの高さまで弾を届かせることは無理でしょう」
「三宅3佐、ご苦労。なるほどな、皇宮の砲は船で攻めてくる敵に対してのものだな。地球の大航海時代には陸上の砲の方が優位にあったと言うしな」
そこに、ジャーラル帝国の軍人の一人海軍の作戦部長のウェール少将が口を挟む。
「ところで、この“ふじ”の艦砲の射程はどのくらいでしょうか?」
「うーんと、砲の初速が820m位ですから、真上に撃つと30㎞位飛びます」
「ええ!30㎞、そんなに」今度は瀬島が聞く。
「ジャーラル帝国でも砲は作られていると聞きましたが、どの程度のものですか?」
「ええ、大砲はまだ真似て作り始めたばかりでる。それで戦艦に実戦配備している砲は、最大口径150㎜で飛ぶ距離は1㎞程度ですから、アジラン帝国の方が進んでいます。それに、あの艦などは100門ほども砲を積んでいますが、わが海軍は30門が最大です」
ウェール少将の答えだがそのようなやり取りの内に、皇宮の最も近い砲台から砲が火を噴く。
「あ、撃った。4門全部だけど、少し時間はずれているな。この艦までの距離は今5㎞ですが、どこまで届くか」
三宅3佐が声にして言うが、砲弾は目では見えず、やがて海面に水しぶきが上がる。
「ほう、高さはこの艦の高さを越えていますが、仰角を上げているので距離は3㎞位ですね。概ね予想通りです。さて皇宮の砲は届かないことは確定したが艦砲は撃つかな?」
その言葉からしばらくして、5隻の100門の砲を備えている戦列艦が合計30発位の砲弾を撃ったが“ふじ”の高さに届かず、むなしく水しぶきを上げる。そして、間抜けなことにその砲弾の1発が長さ30mほどの小型船に命中してその船はずぶずぶと沈んでいく。
時間になった。“ふじ”は艦砲を撃ち始める。最初に狙ったのは砲を100門装備の戦列艦であり、3層甲板で長さ100mほどもある艦も、喫水部に176㎜弾を食らって砲弾が爆発し、2mほどの大穴が開いてたちまち大きく傾く。
“ふじ”は最適な射点を求めて移動しながら、まず戦闘艦を先に撃ち始める。平均10秒に1発程度の早さでの砲撃であり、すべての弾はほぼ艦体の中央部の喫水部に命中して、半分ほどは命中時に爆発するが、半分程は命中部では信管が発動せずに内部で爆発する。
いずれも修理できる穴ではなく、すべての艦は横転またはマストなど一部を残して沈む。これらは木造船であるため、完全に水没する船は稀であるが、沈んだ船は石材や鉄製品など重量物を積んでいたのだろう。30分ほどで的になった112隻は、すべて水面に一部を浮かべた残骸になった。
よろしかったら並行して“なろう”で連載中の「異世界の大賢者が僕に住み憑いた件」及び“カクヨム”の以下のURLのRevolutionも読んでください。https://kakuyomu.jp/works/16816452219050653749
後者は前に書いたものの途中から、ストーリーを変えて書いているもので、私の小説の原点です。
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2025年、12/19文章修正。




