アジラン帝国からの解放1
読んで頂いてありがとうございます。
今後週末に投稿します。
ハウリンガ世界最大のアジラン帝国の皇都アージラスは、奥行き100kmを超えるミーザル湾の最奥に位置する港町である。差渡しが概ね10㎞四方の城壁に囲まれた市域には、奴隷まで入れると200万の人々が住んでおり、市域の最も奥の小山の裾に1㎞四方の皇帝の住まう皇宮がある。
アージラスの穏やかに晴れた昼頃、ムリスム・ミーカエル少尉は皇宮の城壁の上を定期巡回していた。彼はごく真面目な顔をして、銃を捧げて規則正しく歩いているが、その心は昨日の奴隷のザラヌとの痴態を思い浮かべていた。神の化身たる皇帝陛下が住み、執務を行う皇宮の警備兵は皆貴族であるが、ミーカエル家は下から2番目の男爵家である。
それでも平民に比べればはるかに豊かであり、貴族街に家があって庭には樹木が植わっている。なにより、貴族街は汚水用の下水道があって清潔であり、下水道のない平民街のようにひどい悪臭がしない。彼の家には5人の奴隷がいて、そのうち3人は女で2人は性奴隷である。
そのうちの一人ザラヌは、まだ19歳で植民都市であるパマム領から来た犬系の獣人であり、中々可愛く性奴隷としては非常に気に入っている。彼女が家に買われて来たのは、彼女が16歳の時彼が強請って買ったものだ。それは、今22歳のムリスムが19歳で最も性欲が盛んな時であり、彼女が来た当初は毎日何時間も戯れたものだ。
今でも毎日のように抱いているが、昨日は彼女が珍しく大きく反応したことを思いだしている訳だ。思わずにやけそうになる顔を引き締め、気を取り直して足を踏み出したところ、前方の兵士が空を指さして騒いでいるのに気がついた。
それにつられて上を見ると、両側が細くなった円筒形のものが下りてくる。比べるものが無いために大きさはよく判らないが、最初に気付いたときの大きさは拳程度に見えた。しかし、それはどんどん大きくなって、家ほどもある太さで、その10倍ほども長さがあることが分かってきた。
色は濃紺であり、それはかすかな連続音と共に悠々と皇宮の広場に下りてきて、人の背丈ほどの高さで緑の芝生から浮いた状態で止まった。その上部に突き出している細長い塔の頂点が、背丈の10倍ほどもある皇宮の城壁ほどの高さであり、太さは人の背丈の6倍から7倍ある。
そこから、大きな声が聞こえ始めた。
「アジラン帝国の諸君、私は貴国から遠く離れた大陸にを占めるジャーナル帝国の外務省の者である。私は、わが帝国から貴国への抗議のために訪れたものである。
貴国の戦闘艦ミモズ、マサラ、キーナルの3隻は、150日ほど前にわが国の保護国の港に予告なしに訪れた。さらに、突然威嚇のためか大砲を撃ち始め、陸上の建物を破壊し人を3名殺し、かつ上陸して建物を占拠し地元民を捕虜にした。しかも、そのうちの抵抗した8名を殺害して、捕虜にした女性を強姦した。まさに、魔獣にも劣る行為である。
それらの戦闘艦は明らかな不法行為を働いたのでわが帝国が撃沈し、上陸した者は及び撃沈後救助した者達は全て捕虜にした。我々は、貴国の旗を掲げた戦闘艦の、以上述べた不法かつ唾棄すべき行為に対して貴帝国の説明を求めるものである」
それは、およそ人が発するとは考えられない大きな声であり、しかもはっきり聞こえたから、多分皇帝陛下のお耳まで届いているだろう。ミーカエル少尉はその状況にどうしていいか判らなかったが、取りあえず銃を取り出して構え火縄に火を付けた。少尉が見ていると、城壁の歩廊から見下ろす広場に続々と人が出てくる。
半分ほどは近衛兵の制服を着た近衛の者達だが、皇宮に仕える様々な制服を着ている者も大勢いる。やがて、下にいる兵に将校が指図をしているが、あれは近衛第3師団第2中隊のウラスム大尉だ。ウラスム大尉の命令に10人ほどの兵が銃を構えて、大尉の号令でバババとその大きなものに向かって撃つ。
カン、カン、カンと重なった軽い音が響き火花散ったが、弾はあっさり跳ね返って周りの人々に向けて飛び散る。そして、「痛い!」と一人が叫んでうずくまる。跳弾で負傷したようだ。
「ハハハ!そんなちっぽけな弾でこの艦は撃ち抜けんよ。さて、やられるばかりでは不公平だな。危ないから最も威力の弱い反撃をするよ。そこの黄色い葉をつけた木の周りから退きなさい。危ないぞ。それ!」
その船体の胴体から浮き上がってきた筒が、火を吐いてドド!と吠える。
「さて、今はわざと地面を撃ったが今度はその木をめがけて撃つぞ。木から近い者は退け!」
わざと地面を撃ったというその銃弾は、激しく芝生と土を巻き上げる。とても火縄銃の威力ではない。
だから、皆怖気づいてその命じる声に、木から近い者は焦って遠ざかる。今度はドドドドドという重低音の連続音が鳴り。太さが頭ほどもある木の幹がぐしゃぐしゃに粉砕される。その樹木は幹が無くなったためにその高さをドスンと落ちる。そして一拍して、メリメリと枝が折れながらゆっくり転倒する。
その機関砲の射撃の凄まじさに、集まった者達は恐れ慄いて縮こまっている。
「お判かりかな?我々がその気になると、この宮殿を粉砕することもできる。誰か話の解かる者が出てきてほしいものだが。いかがか?」
その声に、ややあって中年の長身の男が進み出て叫ぶ。
「私は、外務省の植民地局長、オイラム・ダドオラムだ。私が話を聞こう!」
「では、我々の一人が出ていくぞ。もし出ていく者を撃ったら、宮殿を破壊する。わかったか?」
「ああ、撃たない。良いか、近衛のもの撃つなよ」ダドオラムが応じる。
出ていくのは、ジャーラル帝国外務省の第3次官ミルト・ジョナスであり、船体底部の扉が下に開いて、彼が下りるのに2人の自衛官が20式小銃を持って護衛している。今回のアジラン帝国への懲罰作戦はジャーラル帝国を前面に出して、あくまで日本は裏方になっている。
だが、近代兵器をジャーレル帝国に渡すわけにはいかないので、ハウリンガ開発公社の責任で実際の軍事力は自衛隊が行使するのだ。だから、今回は潜水艦を改造した宙航護衛艦“ふじ”を持ってきている。“ふじ”であれば、爆裂弾でないアジラン帝国の大砲程度は耐えられる。
「私は、ジャーラル帝国外務省の第3次官ミルト・ジョナスだ」
ジョナスはジャーラル帝国風に手を挙げた挨拶をする。それにアジラン帝国側の者が似たような挨拶を返して応じる。
「アジラン帝国の植民地局長、オイラム・ドザオラムだ」
ジョナスは一方的に書類を差し出して言う。
「これは、わが帝国のわが外務卿からのアジラン帝国への通告だ」
それを聞いてドザオラムは顔を真っ赤にして怒る。
「通告?貴殿らの帝国はわが帝国に比べるとちっぽけで遅れているはずだ、そのお前らが“通告”?」
ジャーラル帝国のことはある程度調べているらしい。
「ああ、通告だ。その書類は貴国の外務卿へのものであり、概要を伝える。
1.今後、他国への侵略を止めよ。
2.今征服している国、地方を解放し、他国民の奴隷を解放し与えた損害を補償でせよ。
3.以上を遵守しない限り、我々ジャーラル帝国はアジラン帝国の元々の領域外への船舶交通、陸上交通について実力を持って遮断する。
以上だ」
「なにを!お前らのちっぽけな国が!この世界最大のわがアジラン帝国に対して!」
ドザオラムが怒鳴り始めたところで、ジョナスは一方的に別れを告げ振り向いて去ろうとする。
「ではさらばだ。外務卿にそれを渡してくれ」
それに対して、ドザオラムが兵に向かって叫ぶ。
「撃て、あいつを帰すな!」
突然の叫びに戸惑った兵たちが銃を構えようとするのに、2人の自衛官の護衛が兵たちに向けて機銃を撃つ。その間すでに艦底の扉が閉まろうとしており、近衛兵たちが火縄銃を撃てたのは自衛隊員も艦内に入りすでに扉が閉まった後あった。結局彼らは、上昇していく“ふじ”を撃って、その跳弾によって負傷者を多数出しただけになった。
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ムーライ・ジランは、その若い女性が連れ去られようとしているのを見て歯をむき出して笑った。今までどれだけそういう光景を見ていただろうか。もっとも多いのは商人が商品を奪われ、なおかつ殴られて悔し涙にくれていたことだ。ある時は子供が殴られ、蹴りつけられていた。
もっとも耐えがたいのは、このように若い女性が連れ去られて、慰めものになるのをただ見るしかないことだった。しかし、それは終わった。自分達にも抵抗する武器が手に入ったのだ。その知らせがあったのは、滅ぼされたミザイガ王室の元家臣の息子のイバン・ドナーという者からであり、アジランの兵に勝る武器が手に入るという。
それは、二ホンという国の者達が与えてくれた銃で、アジランの兵の持つ銃より優秀なものであるらしい。アジランの銃と大砲にはどれだけの王国の兵、また一般人が殺されたか判らないほどだ。ニホンの狙いは、アジランの支配地域を全て彼らの支配から解放することだという。
そのうえで独立した我々と交易をしたいと言っているらしい。いささか信じがたいが、アジランの支配は余りに過酷すぎる。我らの誇りを踏みにじり、富の一切をはぎ取り、食うこともままならぬほど貧しさのどん底に置こうとしている。経済のみを考えると征服した民にも十分食料を与え、それなりの待遇を与えることで手なづけた方が得られるものが大きい。
事実、我らの国だったミザイガ王国も過去征服を繰り返して大きくなったのだが、被征服民をそのように遇して共に豊かになり大きな利益を得てきた。その意味では、アジランの獣共の場合は、単に征服したもの達を虐めるのが好きであるのでそうしているように思われる。
いずれにせよ、アジランの支配から抜け出せるのであれば悪魔とだって手を組む。それが、未だに反抗心を捨てていないジラルの心理である。だから、その機会があったのだからそれを掴んだ。それは夜間、森の中の開けた場所に集まったジラル等に向けて、ゆっくりと空から近づいてくる乗り物だった。
そこに集まっているのは、20人ほどの男女であり、ほとんどはジランの顔見知りである。そもそもそのような乗り物があること自体が信じられないが、それにはいくつかの窓がぼんやり光を放ちながらゆっくりなめらかに下りてきて、音もなく地上に降り立った。
星光の中でそれはつやつやと光っていて、いずれにせよ自分達の理解を越えている。地上にそれが下り立ってしばらくして、ドアが開いてそこを潜って人が出てくる。暗い中でいた人々がそれほどまぶしくないので、暗めの照明なのだろうが、その程度の明かりしか知らない人々には普通だ。
下りてきた人は、上下とも複雑な模様の服を着た男で、背の高さは普通でがっちりしているが、顔つきだいぶ自分達と違って平たく見える。その人は集まっている人々から誰かを探している風であったが、自分達の中にいた一人が手をあげて合図して進み出て言う。
「ヤジームです。配達ありがとうございます」
そして、後ろを向いてジラルをこの場に誘ったドナーを招いて言う。
「ドナーさん、じゃあ送られた銃と弾丸を受け取って下さい」
ヤジームは再度振り返って乗り物から出てきた人に言う。
「では、持って来たものを出して頂けますか?」
「分かった。ここへの配達は、小銃が50丁で、銃弾が各200発だな?」
「ええ、その通りです」
そう言うと、乗り物に乗ってきた男は腰で光っている何かを操作すると、そこに5つの箱が並んで出てくる。ほう珍しい。マジックバッグだ。
「これが、5箱で、銃が各箱に10丁ずつ入っている。確認してくれ」
箱の蓋を取るヤジームとドナーの周りに皆が集まる。乗り物から漏れている明かりは薄暗いが暗さに慣れた皆には十分はっきり見える。
それは、2段に積まれた長細いもので、後で小銃としていやというほど見慣れるようになるものだ。数は確かに各箱に10丁ずつあった。ヤジームと名のった男が言う。
「はい、確かに10丁ずつ5箱で50丁ですね。では次に弾をお願いします」
「次は銃弾だ。200発が50丁分だから、全部で1万発だな。5箱あって一つの箱に100発入りのケースが20個入っている。100発は練習用だから十分に練習した方がいいぞ」
再度男が操作をすると、今度はもう少し短い箱が同じく5つ現れる。
その夜、集まった者達は、各々銃を受け取ったが、さらに残り30丁ほどは、各々信用のおける者達に配られた。銃の射撃訓練については、ヤジームという男から受けているが、この男は新たにジャーラル帝国という国に加わったシーダルイ領の兵だった者で、そこで銃を撃つ訓練を受けたらしい。
彼は、二ホンという国がこの世界を開発するために作った組織に雇われて、この地にやってきているらしい。そのような者が、このミザイガ領と呼ばれるようになったこの地に5人いるらしく、それぞれがミザイガ王国の旧臣に接触して、こうして武器を渡し、使い方を訓練するために働いていると言う。
そして、飛翔機というあの飛行する乗り物を運用して、銃を与えているのはニホン人らしい。そして、二ホンという国は、アジラン帝国を含めて、この世界の国々より遥かに進んだ技術と豊かさを持っているという。その彼らは、アジラン帝国の周辺諸国を征服して、その人々を奴隷化して余りに過酷に扱っている点を許さないと決めたらしい。
彼らの世界でも昔はそういうことがあったらしいが、現在ではそのような振る舞いをその世界の国々が許していないと言う。とはいえ、この世界ではそれほど厳密には考えていなかったのだが、アジラン帝国がやっていることがひどすぎる為にそのような決断に至ったらしい。
ジランも、アジラン帝国の振る舞いは許されないものと思っていたが、いろいろ調べてその強大さも同時に知っていた。だから、その強大さを知ってなお対抗しようという存在に驚き喜んだ。とりわけ銃と弾に触ってみて、自分たちでは到底作れない工作レベルにその文化の高さを実感した。
その彼らが、ミザイガ王国の復興を支援してくれるというのであれば、十分可能性はある。そしてよしんば彼らが裏切ってアジラン帝国に取って代わるとしても、アジラン帝国よりはずっと良いだろうと思うのだ。
仲間と共にジランは、銃を撃つ練習をしたが、弓を必死に練習して名人級になっている彼にとっては驚くほど扱うのが易しい武器だった。ヤジームが言う単位で、200mの距離を隔てて楽々人の手のひらサイズの的を射抜く。それも威力が大幅に弓より高い。
ジランの弓であれば、必中距離は人の顔の大きさで100m以内であるから、それより相当に精度が高いことになる。そして、ジランほどの弓の腕を持ったものは滅多にいないので、銃があれば何人も集めて部隊を作る場合には非常に有効だ。
また、アジラン帝国も同様な銃を持っているが、彼らの銃は火縄銃であり、丸い球と火薬を詰めた紙の包みをそれぞれ銃身に詰めるという動作が必要である。
一方で与えられた小銃は、細長い弾と薬莢が一体になっていて、取っ手を引いて前の薬莢を排出して、新しい弾を詰めるだけなので、必要な装填時間は多分1/10位である。つまり、彼らの滅ぼされた王国の旧家臣の抵抗勢力は強力な牙を持ったことになる。
ドナーからの情報では、今のところ小銃を手に入れたジラン達の仲間は、現在3千人を越えた位だと言う。一方で、調べた限りでは人口5百万人のミザイガ領に居るアジラン人は5万人を越えていて、兵は5千人ほどで全員が銃を持っている。
また、兵のみでなくアジラン人の一般人の内の一割くらいの者は民兵として剣や槍または弓を持っている。彼らが銃を持っていないのは、兵に比べて守りの弱い彼らが現地の者に銃を奪われないようにするためであると言う。だから、数は圧倒的にミザイガ土着の者が多いが、アジラン帝国としては銃と大砲を集中運用する5千の軍で十分抑えられると考えているのだ。
しかし、二ホンは今後ジャーラル帝国という別の大陸の国を通して、アジラン帝国に現状の政策を改め、征服地の解放を行うように正式に要求するらしい。それに従わない場合は、彼らの自国の境をまたいでの通行を実力で止めると言う。つまり、今後アジラン帝国人は本国との交通を遮断されるのだ。
ジランはアジラン帝国兵が2人であるのを確認して、顔の半面をタオルで隠して背中に隠していた鉄棒を出す。そして素早く駆け寄り、女性の手を掴んで殴ろうとしている兵の横面を殴りつけ、そのあとを笑って追っている別の兵を向く。
そして、その兵が慌ててサーベルを抜こうとしている手を殴りつけ手首をへし折る。更に痛みに絶叫する兵の喉をついて吹き飛ばす。どっちも相当な重症のはずだ。
「お嬢さん。逃げなさい。しばらくは外に出ないこと」
ジランは涙でぐしゃぐしゃの少女に声をかける。
少女は恐怖に震えながらがくがくと頷いて、最初はよろよろしていたが懸命に走って去っていく。周りには何人かの目撃者がいるが、アジラン人はいないようで皆恐怖の目で見ている。今後ジラン達は本格的にゲリラ戦をやっていくつもりなので、この程度の人前で行動は計算の内なのだ。
よろしかったら並行して“なろう”で連載中の「異世界の大賢者が僕に住み憑いた件」及び“カクヨム”の以下のURLのRevolutionも読んでください。https://kakuyomu.jp/works/16816452219050653749
後者は前に書いたものの途中から、ストーリーを変えて書いているもので、私の小説の原点です。
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2025年、12/19文章修正。




