ジャラシンの復讐
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侯爵も賛成して、ジャラシンが決心したように、王都の象徴である中央宮殿とミザラス公爵の王都屋敷、さらに王都に隣接するミザラス公爵領の公爵邸を含むミザラス城を破壊することになった。
どのように実施するか議論があったが、方法としては飛翔機で爆撃することが最も容易かつ確実で、反撃も受けないのですぐに決まった。
しかし、大型の爆弾では周辺に被害が及ぶのでふさわしくないことから、無反動砲やグレネードランチャーを主として使うことになった。その砲台は、サーガラ傭兵団が所有する飛翔機を用いることになった。この飛翔機は彼らが改造した機であり、機体の上部を外すことができる。
従って、当該飛翔機の所有者で、無反動砲やグレネードランチャーの扱いに長けたサーガラ傭兵団を再度起用することが必然的に決まった。そして、彼らは100㎏の金の追加報酬で喜んでこの仕事を引き受けた。このように目指す破壊の方法と手段は、あっさり決まった。
しかし、ジャラシンは父親の復讐としてミザラス公爵の殺害が必要と考えた。しかし、一方で彼はミザラス公爵の家臣や使用人などに大きな人的被害が出るのは、好ましくないと思っていた。そうなると、不意打ちはできないが、人々の被害を少なくするために予告すると公爵は逃げるだろう。
カリューム侯爵も俺も、ジャラシンの決断を待った。どうするにせよ、やりかたはすでに辺境伯を継ぐことが決まっている彼が決めるべきであり決める権限もある。ジャラシンはさほど悩まずあっさり決めた。
「予告はしよう。昼に予告して夜攻撃する。砲撃であのような爆発で火が出るから、むしろ夜の方が派手で目立つだろう。そうすれば、我々が予告しても防ぐことができず、中央宮殿、王都の公爵邸そしてミザラス城がむざむざと廃墟になる方が、王都の民に与える効果は大きい。
そう、明日の正午に予告して、夜の4刻(午後8時)に攻撃を開始する。順番としてはまずミザラス城、王都の公爵邸、それから最後に中央宮殿にしよう。そして………」
彼は自分を見つめている者達を見回す。
「私が20人ほどの部隊を率いて王都に乗り込む。全員が小銃と手りゅう弾を持っていくので、対抗できる相手はいないだろう。すでに、王都にいる手の者にミザラス公爵の動向を探るように命じた。ミザラスが父の暗殺の背後にいることは間違いない。私は自らの手で報復したい」
ジャラシンは静かに言った。
「うん、いいんじゃないか。ただ、ジャラシンも辺境伯領を率いる立場だ。軽々に危険を冒すのは困る。俺も同行しよう。少しでも危険を減らせるだろう」
俺の言葉にカリューム侯爵が頷き言う。
「普通であれば、領と多くの部下に領民を抱える大将が、少数の部下を率いて万を超える敵の中に攻め込むなど無謀だと言うところだ。しかし、我らには移動手段として飛翔機があり、かつ相手に明らかに優る武器がある。
それに加えて、これらを我々の世界に持ち込んでこれらを自由に操り、かつ魔法においても我らの一流を越えるミシマ殿が同行すれば、よほどもことはなかろう。婿殿、思うようにやって来い」
ジャラシンは侯爵の娘のアデリーナ嬢の婚約者だ。そして、父を亡くした彼は、立場上すぐにでも結婚することになる。さらに言えば、侯爵と彼は多くの寄子の貴族家、また同盟者と共にこれから帝国に鞍替えしようという同盟者である。
侯爵の立場では、ジャラシンが危険を冒すのは止めたいところではある。しかし、かれも武人として教育を受けた一人として、止めろとは言えないのだ。
それから、慌ただしく準備をして王都への攻撃の予告のビラの散布、さらに予定される対象へ砲撃に出撃する傭兵団と、王都襲撃のジャラシン直卒の部隊の出撃準備である。この点では、カロンから数時間で王都まで飛べる飛翔艇が使えること、さらに念話や無線機といった連絡手段があることが有効に働いている。
通常のハウリンガの技術レベルであれば、カロンから王都に移動するだけで、馬で飛ばしても1週間はかかる。連絡にしても、念話による連絡を出来る術者はまれであり、よほど重要な場合であらかじめ準備をしておかないとできない。
この点では、シーダルイ領では、魔法に関しては科学技術に基づく訓練により格段の進歩を見せている。だから、念話を使える術者も数人ジャラシンに同行しているのだ。ただ、俺はハウリンガ通商を通じて、軌道には人工衛星を浮かべて、それを通じて携帯電話を使えるようにしている。だから、それほどこれらの術者の出番はない。
予定通り、王都の上空を飛翔機が舞い、掌サイズのビラが撒かれた。上空500mの高さから緩やかな風に乗って撒かれた合計2千枚のそれは、ハウリンガ通商が持ち込んだ印刷機によって印刷され、裁断されたものだ。散布は、人通りの多い商店街に加え、王宮周辺を中心とされた。
それは裏表になっていて、片面は漫画である。これは、王国軍が意気揚々と王都を出発したものの、銃撃・砲撃に脅されてすごすごと引き上げる様子、そして辺境伯を暗殺する様子を描いている。さらに、それに対して宮殿が爆発によって破壊される様子を示している。
もう片面には、まず漫画の内容の実際の経緯について文字で示している。また、シーダルイ辺境伯嫡子ジャラシンの名で、ミザラス公爵の王都邸とミザラス城の破壊、さらにミザラス公爵とその一味に対する懲罰として中央宮殿を破壊する旨を宣言している。
さらには、その攻撃はその日の夜間であること、そしてそれを防ぐ手段は王国にはないことを述べている。従って、ジャラシンは、その攻撃によって殺され、傷つく人が出ないようにこれらの建物から避難するように勧告しているのだ。
国軍が王都から出発して、何ら成果を挙げることなく帰還したことはすでに王都に広まっている。6万もの軍の行動であるので当然目撃者は多いし、参加した兵や輜重に駆り出された者が黙っている訳もない。出発前にはそれらの兵はカリューム領やシーダルイ領及び周辺の領を略奪して女を犯すことを公然と吹聴していたのだ。
それが悄然と帰れば、何らかの説明は求められる。幹部は口留めをしたが、それで収まるわけはない。帰還して数日の間に、真相が広まっている。合わせて、カリューム侯爵家、シーダルイ辺境伯爵家が王軍も及びつかない武器を持って、どうあっても対抗できない戦力を保持していることが明らかになった。
だから、シーダルイ辺境伯爵家嫡子のジャラシンの名で、撒かれたビラに書かれたことは実現性のある内容として捉えられた。大部分の字の読めない庶民も、漫画で内容を察して、それを字の読めるものに意味を確認して正確に事態を捉えた。
実のところ、王政府において暗殺団を送り出した当事者及びそれを知っている者達も、自分たちの試みが成功したことをそのビラで知った結果になった。そして、暗殺団を送り出した者達は、その時点ではシーダルイ辺境伯爵家の実力を理解していなかった。当然である。王国軍で打ち負かし滅ぼすつもりだったのだから。
では、何で暗殺団を送り出したかであるが、帝国と結んでいることを自ら明かしたのだから、そこに逃げ込むと思ったからである。そして、すでにカリューム侯爵家とシーダルイ辺境伯爵家が持っている兵器を知って、それの威力に追い返された者達は、その復讐を唱えるジャラシンに恐怖した。
しかし、ミザラス公爵と王太子に与していた多くの貴族が、その復讐の的がミザラス公爵に集中していることに安心した。普段は公爵の独裁的な振る舞いに忌々しさを感じていたが、この事態にそのような状態であったことに感謝して、少々の胸のすく思いと後ろめたさを感じたのだ。
かくして、事情を知っている者は、ジャラシンが予告したことを実行できることを疑っていなかった一方で、一般の者達も見聞きしたことを総合して同じ考えであった。当事者は、結局ミザラス公爵と王太子であった。王太子は、相手の言う標的の一つが中央宮殿である点に、ジャラシンの自分への思いを察した。
しかし、少なくとも自分の名は出ていないので、ミザラス公爵と取り巻きである王政府の重鎮たちに、中央宮殿の死守を命じた。しかし、自分では何の積極的な行動は見せなかった。結局彼は、いつものように日和見をしているということだ。父王も病床にあって長くはなく、嫡男は自分ひとりで王位を継ぐことは決まっている。
病床にある王も平凡であり、ミザラス公爵とその前任者の言うがままに統治してきて特に大きな問題もなかった。しかし、今王国は辺境から変わろうとしている。それに対して、王国はそ対処を誤ったのだ。果たして、彼が王になった時に、率いる王国かどうなっているのか、それを具体的に考える想像力が彼にはない。
ミザラス公爵にしてみれば、シーダルイ辺境伯爵家の怒りを、自分ひとりで背負うことに釈然としない思いであった。確かに、前辺境伯の暗殺を指示した首謀者は自分である。しかし、それは王家に反旗を翻した張本人を、生かして逃がしてはならないという思いで王国を思ってのことであった。
その意味では、王国政府を牛耳る同僚の皆が背負うべき怒りである。しかし、そのような繰り言を言っても仕方がない。今回のジャラシンの宣言でもっとも大きな問題は、すでにカリューム侯爵家とシーダルイ辺境伯爵家と戦った結果から言えば、彼らの宣言を防ぐ方法がないということだ。
彼らは多分、あの飛ぶ乗り物から戦場でやったように爆発する弾を投げつけてくるだろう。その威力からすれば、彼の誇りであるミザラス城の堅固な石積と言えども耐えられるとは思えない。王都にある屋敷も中央宮殿も同様で、ずっと脆いだろう。
だから、彼らが言うように戦えない者は避難させるしかないだろう。しかし、戦える者は籠って抵抗するのか?どうやって?あの飛ぶものを攻撃できるのは、バリスタくらいしか思いつかない。だけど、バリスタに矢をつがえて狙いをつけて撃つのは時間がかかる。それまで、あの飛ぶものはのんびり待ってはくれないだろう。
だめだ、対抗する手段がない。ミザラス公爵はため息をついて考え込んだ。どこで間違えたのか。シーダルイ領で進んでいる、農業、鉱業、工業、商業などいろんなことは耳に入り調べさせた。それらは、異世界から来たと言う噂の若い男が持ち込んだという。
だが、あの武器のことは解らなかった。と言うより、それを聞いてその富の元を奪うことに集中してために、ちゃんと調べることを命じてこなかったのだ。あの、火を吐いて弾を打ち出すもの、似たもので銃については帝国が持っているとは聞いている。しかし、さらに爆発するような武器が存在することは、考えもしなかった。
うん、決心した。私は自分の城に籠ろう。多分、ジャラシンの狙いは私だ。城に籠ることを明らかにして、ジャラシンを迎え撃つ。家臣も家族も傷ついてほしくはない。ミザラス公爵は秘書官を呼んで、王太子に訪問を予告させ、その後すぐにその執務室に行って一人で部屋に入る。
娘婿である王太子は、椅子に座って公爵を睨む。この事態を招いたことを怒っているのだろう。
「王太子殿下、私はミザラス城で辺境伯ジャラシンを迎えます。そして、その旨は町中に伝えます。ジャラシンは間違いなく市中に耳を持っているはずなので、それを知るでしょう。私はまた、彼と一騎打ちを望むことを市中に知らせます。彼は真っ先に城に来るでしょう。
私と彼が戦った結果、たぶん彼は中央宮殿を破壊することはしないはずです。私は城と王都の屋敷から人を去らせますが、城には望むもののみを残らせます」
流石に王太子は公爵の真意を悟った。公爵も高位貴族のたしなみとして、人並み以上の剣の修行はしているだろう。しかし、60歳代の半ばになる彼に、若く辺境伯領の嫡子として厳しい鍛錬をしているはずのジャラシンに勝てるとは思えない。
そして、公爵亡き後、誰が王国を支え切りまわしていくか。残ったものにめぼしいものは思いあたらない。ならば自分が切りまわしていけるか、それもはっきりとは自信はなかった。
「殿下。いずれにせよ、カリューム侯爵家、シーダルイ辺境伯爵家と同調する家は帝国にその所属を移すでしょう。そして我々王国政府にそれを止めるすべはありません。その後、これらの家は今進めている様々な産業を推し進めて、どんどん栄えてくると思えます。
一方で、それに対して王国が門戸を閉じていては、その豊かさで大きく劣るようになります。ですから、恩讐を捨てて、出来るだけ早く彼らと和解して商取引をするようにしてください。また……」
侯爵は言葉を切ってためらったが、苦渋の顔で再度口を開いた。
「王国は、最終的にはジャーラル帝国の傘下に入るべきです。できるだけ有利なタイミングで、請われる立場を作りたいものです。私としては、カリューム家にシーダルイ家がその仲立ちをしてくれることを期待しているのですが」
「なに!」
王太子は顔色を変えて一旦、椅子から腰を上げたが、義父の顔を見て再度腰を下ろし考え込んだ。
「うむー、確かに滅ぼされるよりは、ましかもしれんな。今の時点では、我が王国はカリューム家またはシーダルイ家にも滅ぼされうる存在だ」
苦い笑顔を作って、王太子は去り行く義父に再度言った。
「公爵、妃のカミーラとサミュルは慈しむつもりだ。そして、今後生まれてくる子もな」
公爵に似ない優しく穏やかな妃と、長男のサミュルを王太子も慈しんでいる。
「かたじけなく。ではこれにてご無礼を」
公爵は短く言って王太子の目を見た後に、決然と王宮を去った。彼は12騎の護衛を伴い、騎馬で10㎞強の距離の自領に帰った。
俺は、ジャラシンの耳が王都で聞いてきた話を聞いた。それは、公爵がミザラス城で待ち、一騎打ちを挑んでいるという話であり、それを聞いてどこか納得する思いであった。
「なるほど、公爵も覚悟を決めたのだな」
俺が言うとジャラシンは頷いた。
「彼にしてみれば、やってきたことは私心ではなく、王国のためであったのかも知れんがな。しかし、父の暗殺については責任を取ってもらう。それから、ミザラス城は破壊する」
その言葉で、ミザラス家の王都屋敷と中央宮殿は破壊対象から外したなと思い、俺も応じた。
「うん、そうだな」
その夜、午後8時に5機の上部を開放した飛翔機が、高さ10mにもなる黒々とした城壁に囲まれた城にゆっくり近寄る。夜空に星を遮りながら浮かぶそれを、ジャラシンと俺、他に20名の精鋭たちが城に続く道路に立って見ていた。正門までの距離は200mほどだ。大威力の武器は使わないので、この程度で安全と考えている。
上空からの知らせでは城には人影がないそうだ。
「時間です」
時計を見ていた隊員が言った数瞬後、夜空に多数の火矢が走って、城壁、屋根、城門に大きな火花が走り、一瞬後に爆発の連続した轟音が響いた。そうした火花と轟音の連続音に耐え、ようやく闇に輝く光と轟音に慣れたころ、矩形であった城は随分いびつな格好になっていた。
ジャラシンが片手を挙げたのを見て、隊員の一人が無線機に「撃ち方止め!」と告げる。飛翔機からの火矢が止まり、突然の静寂が降り、くすぶっている火が見えるのみになった。用意した拡声器でジャラシンが叫ぶ。
「ミザラス公爵、出てこい。決着をつけよう!」
我々が吹き飛んだ城門に近くに行って待つうちに、ごとごと音がして、20人ほどの集団が現れる。先頭に立つのは、半白髪の中背だが逞しい体の男だ。
俺は照明を上空の飛翔機に頼んだ。折角の舞台が真っ暗では失礼だからね。
「ジャラシン殿、後ろにいるのは我が家の累代の家来だ。手を出すことはないので、見逃してやってほしい」
のっけに公爵が頼みを言うが、ジャラシンは無造作に頷く。
「むろん、承知した」
それから、彼はいつも持っている刀を抜き放ち構えをとって叫ぶ。
「ミザラス公爵よく来た。父ポロフルの仇を打たせてもらう。いざ!」
「おう!返り討ちにしてやろう。かかってこい」
公爵も応じるが、なかなか元気だ。
ほどよく明るい広場で2人が刀を持って打ち合う。しかし、客観的に見て侯爵の剣は流石に立派だが腕はたいしたことはない。一方で、ジャラシンの腕前は俺と同等だから結果は見えている。ジャラシンもそれが判って、真剣な顔を作ってはいるがあしらっている。
敵わないのを承知して戦っている、権力者の気持ちはどうなんだろう。数回刀を交わして、適当なところで老年の男の胸をズバリと切り下げる。完全に致命傷だ。ばったり倒れた公爵に家臣連中が駆け寄る。
「御前!」「閣下」「御前!」
主として老年の男と少数の女が、倒れた体に向かって膝まづきむせび泣く。
それを見ていた俺たちであったが、顎髭の立派な男が立ち上がり、ジャラシンに歩み寄り、「手紙を出します」と声をかけてから、疑われないように懐から慎重に手紙を取り出して差し出す。
「私はミザラス公爵家の総執事長のマウケイと申す。御前からシャラシン殿充てにお預かりしたこの手紙をお渡ししたい。それから、御前を私どもの手で葬りたいがよろしいな?」
「うむ、受け取ろう。公爵は貴殿らで丁重に葬ってやってほしい」
彼らは、公爵の体を数人で抱き上げて去っていった。
結局、俺たちはその後の破壊はせずに立ち去った。
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「異世界の大賢者が僕に取り憑いた件」という題名です。
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2025年、12/17文章修正。




