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俺の冒険  作者: 黄昏人
第5章 俺のために地球世界と異世界は混乱する
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討伐軍の進発

読んで頂いてありがとうございます。


 侵攻してくる王国軍は『シーダルイ・カリューム討伐軍』と呼ばれることになって、一般には討伐軍、攻められる方からは侵略軍と呼ばれた。王都からカロンまで、道なりには350㎞あり、その軍勢は騎馬が1万、歩兵が4万、輜重隊とその護衛が1万人で合計6万人であり、当初予定より相当に少ない。


 総大将は、名目指揮官として王国顧問官のミザラス公爵であるが、実際の司令官はゼルドール大将である。歩兵が主体であることから、1日の行軍距離は30㎞程度であるために、概ねカロンまで13日~15日を見込んでいる。戦闘部隊は騎士師団、歩兵2師団で王国軍10万から抽出された精鋭部隊である。


 だから、今の戦力は王国の全力というわけではないが、これは対抗するシーダルイ辺境伯家と、カリューム侯爵家が各々の直轄部隊である合計8千しか動員していないことが判ったせいである。これは、両家の寄子貴族家やいくつか同調する貴族家の領兵を合わせれば、さらに5千人が動員できるのに不可解なことである。


 しかし、これに関して、ミザラス侯爵は「はは!どうせ寄子連中に背かれたのであろう」と笑っていたらしい。だが、ゼルドール将軍は学校で一緒であった辺境伯と侯爵をよく知っているだけに、両家の動員数を怪訝に思っている。そして、将軍は油断なくカロンを含むカリューム領のみならず、シーダルイ領に諜報員を潜らせているが、警戒が厳しくて探り出せた情報は部分的であった。


 しかし、動員数とプセセ峠を要塞化していることを探りだしたほか、何やら新兵器の訓練をしていると言う噂、さらに空を飛ぶ乗り物を両家が運用しているという噂を掴んでいる。だから、両家の迎撃兵力が1万以下と判った時点で、戦闘部隊を3万人としようとしたミザラス公爵やピエール王太子の意見を退けて、今の動員数で押し切った経緯がある。


 ゼルドール将軍の感覚では、シーダルイ辺境伯にカリューム侯爵本人とその嫡子も侮っていい相手ではないということだ。そして、新兵器のうわさは彼を不安にさせているが、ミザラス公爵やピエール王太子の楽観論に討伐軍はすっかり影響されており、将軍の引き締めにもかかわらず、全体としては楽勝ムードに浸っている。


 実際に、槍と刀剣に弓をもって戦う場合には、騎馬戦力と兵力が大きな役割を果たすために、対抗するシーダルイ・カリューム両家の騎馬兵がせいぜい2千、総兵力が8千となると楽勝と思うことに無理はない。だから、行軍する兵たちの表情は明るく、整然としてはいても雑談しながらの者は多い。


 この行軍は上空からドローンによって終始監視されているので、その状況は守備側にはリアルタイムで把握されている。まず、軍団が王都から2日の工程の昼頃に至った時に、空に見慣れないものが音もなく飛んで来て、大量の紙切れをばらまいた。


 それは手のひら位の大きさで色とりどりの絵が描いてあり、それに字が書いてあるが、人が書いたものとは思えないほど整った字であった。絵は、女性と数人の子供のものでいかにも家族のある者の留守宅のようなものであり、文章は次のような記述であった。


『行軍中の侵略軍に告ぐ。我々は東部カリューム侯爵家、シーダルイ侯爵家を中心とする故郷防衛軍である。我らは、明日以降君らの軍を攻撃する。それの攻撃目標は上位の階級からになる。最初は総司令官とその周辺、次は各師団の幹部、次は将校、最後は一般の兵となる。我々は逃げ去るものは追わないし攻撃しない』


 軍では、字を読めるものはおおむね4~5人に一人であるが、その色とりどりの美しい紙切れは人目を惹き、兵たちは競ってそれを拾った。そうだろう。この時点では、その滑らかな紙とカラー刷りの印刷物は、シーダルの一部の印刷店でしか用意することは不可能である。


 むろんそれは総大将のミザラス公爵やゼルドール将軍にも手に入り、将軍は直ちに兵に読むことを禁止して、回収させようとした。しかし、それは手遅れで、ほとんどの紙切れは兵によって拾われ、読まれて内容は1時間以内には全兵員が知ってしまった。


 そして、多くの兵員は色とりどりのその紙きれを取り上げられることを良しとせず、そのまま持っていたので1/3程度の紙切れは回収できなかった。その騒ぎで軍団の行進は停止したので、その間にミザラス公爵やゼルドール将軍とその取り巻きは協議を行った。


「ゼルドール将軍、これごときで集まる必要もなかろう。わが軍は圧倒的には優位にある」

 ミザラス公爵の言葉であるが、顔色が悪い。それを見ながらゼルドール将軍は反論する。


「いや、重大な問題だ。一つは彼らがやはり空を飛ぶ乗り物を持っていたということ、そしてそれにあの高さを飛ばれる限り我らは手も足も出ぬ上に、彼らが運用できるのが1機のみとは限らぬ。そうなれば彼らはあの飛行体から好きなように我らを攻撃できるのだ。

 多分、この紙に書いているように最初に狙われるのは、ミザラス公爵、貴殿とこの私だ。そのような攻撃は、空から行える彼らには可能だ」


「う、うむ。や、やはりそう思うか?たぶん、明日以降の時点でこの紙に書いているように、我らが殺られたらわが軍は崩壊する。何とか防ぐ方法はないものか?」

 なるほど、公爵も判ってはいたのだが、虚勢を張ったということだろう。


「うむ、我らが取れる方法としては、弓兵で我らと師団の本部を囲んで防衛するか、あるいは目立たないように、兵の集団に紛れ込むかだ。しかし、後者の方法は実際に実施したら兵への示しがつかん」


「お待ちください。公爵閣下、そして司令官閣下、確かに不可思議なものが飛んで来て、このようなものをばらまいていきました。しかし、攻撃はしてきませんでした。私は、このように威嚇して我々を引かせようと思っているのだと思います。そして彼らには我々を攻撃する手段がないのだと思うのです。

 そもそも、王家に長く忠誠を示して仕えてきた、名門の領主が公爵閣下のような要人を直接殺すなどのことはあってはならないのです。それに我々にはバリスタがあります。たしか、10基の大型バリスタがありますから、荷車を空けさせて組み立てておけば、彼らが現れたらすぐに使えます。そして、300名ほどの弓兵と共に司令部を守れば、彼らが飛んできても防衛はできるかと思います」


 参謀長で中将であるカ-ズラス伯爵が割り込んで言うと、それに対して公爵が応じる。

「うむ、よく言った参謀長。君も当然最初に狙われる者達に入るが、あくまで抗戦するというこのだな」

「うむ、そうだの。ここで引き下がるわけにはいかぬ。カーズラス参謀長の言う方法で迎え撃とう」

 ゼルドール司令官が、あきらめたように大きく息を吐いて言った。


 しかし、そのように言ったカーズラス伯爵も不安ではあった。その理由は軍の上空を悠々と舞った人が乗った飛行体であり、また撒かれた紙切れであった。いずれも自分たちは作れぬもので、どのように作られたのか見当もつかぬ。


それでも、見栄を張って弱みを見せられない王家と貴族社会を思えば、脅されたくらいで引くわけにはいかないのだ。彼は、急ぎ司令官の了解を取り付け、司令部付きの参謀を使って、バリスタの準備と司令部を守るように弓兵の配置換えを行った。


 軍団は結局3時間ほどそこに留まり、必要な準備を済ませて再度出発した。やがて暗くなる前に川のそばで軍団は止まり野営に入る。今は初春であり、歩いている間は暑いくらいであるが、日が落ちると少し寒い。持ってきた薪で火を起こしたそばに蹲って下士官のジョイドは、同僚のオペラムに拾った紙切れ見せて話しかける。


「おい、オペラム。今日のあの飛んできた奴とこれをどう思うよ?」

「ああ、やばいのは判るぞ。バリスタを用意すると言っても、その飛ぶ距離は精々500ラド(m)で、狙いのつくのは精々300ラドだ。あの飛ぶ奴はそのバリスタでも届かない高さを飛んでいた。

 ということは、俺たちはあれに手も足も出ねえということだ。しかし、何でシーダルイ領やカリューム領があんなものを持っているんだ」


「俺は実は王都で、カリューム家の王都勤めの奴と酒場で一緒になって聞いたことがある。そいつは、人はいいんだが酒癖が悪い奴で、家のことをペラペラしゃべってくれたよ。そいつの言うには、カリューム家とシーダルイ家は嫡子と令嬢が婚約しているからだけど、今は商売上で深くつながっているらしい。

 それで、シーダルイにはどんどん新しいものが生まれているらしく、シーダルには帝国からも船が来ていろんなものを買い付けているという。だから、帝国との付き合いもあるらしいぞ。だから、両家と友好な領が帝国に鞍替えするというのは、はったりではないと言っていたな。


 大事なのはこれからだ。あのな、そいつは今日俺達も見た飛ぶ乗り物の話をしていた。そして、新しい強力な武器を大量に持っているという話もしていた。シーダルイ領ではその訓練もしているけど、カリューム領ではそれがもうすぐ手に入るとか言う話だった。

 その武器というのは、魔法を撃つより遠くから鎧を着た兵士の撃ち倒すことができるということだ。それに、大きな弾を相手の陣地に打ちこんで、爆発を起こす武器もあるそうだ」


「ええ!だったら、あんな空から来られて、それを使われたら手も足も出ずに一方的にやられるだけだ。そりゃあ、これに書いているように逃げるの一択だ」


「待てよ。だけど、軍にいるというのも悪くはないだろう?お前も百姓の次男だから帰っても食えんだろうし、どう見ても商売には向きそうもないし、今更職人の修行もできんだろう?」

「ああ、だから軍に入ったんだからな。まあ、下士官になったから、こんどサドムさんのお嬢さんを嫁にもらおうと思っている。お前もそういう当てはあるんだろう?」


「そうだ。だから、うかつに逃げちゃだめだ。そいつが言っていたのは、両家は出来るだけ一般兵は殺さないようにするということらしい。上の方はしょうがないから最初に殺ってしまうと言っていたけどね。だから、逃げるのは皆と一緒に、手向かう様子を見せないということが大事だ。

 お前の分隊の利口な奴にはそれとなくそう言っておけよ。変に手向かって巻き添えになっちゃあ敵わんからな」

 このように下の者にも対策はあるのだ。


 翌早朝、ラッパの音と共に起きた軍団は、野営の片付けをして朝餉をとり出発する。それが起きたのは、午後も遅くなってからのことであった。軍団は左手に山裾が長く続き、右手には灌木の生えた草原が続く街道を進んでいた。行進する軍の隊列の歩兵は3列、騎馬は2列に並んで長く続いている。


 山裾には高さ10m前後の樹木が薄く生えそろい、その向こうに斜面が見えているが距離約1ケラド(㎞)以上と遠い。それは突然始まった。

 樹木が弾け飛び、それ以上に地面が激しく抉られるが、少し遅れてドドドという遠い音が聞こえる。兵たちが慌ててそちらを見ると、斜面の5ヵ所から火箭が伸びておりその周りに動いている人の姿が見える。


 さらには、ドーン、ドーン、ドーンと止まない連続音がして、兵たちから50mほども離れた森の中で列を成して大爆発が起きる。それは、直径が5m高さが10m近くある爆発で、土や引き裂かれた樹木の破片が白い噴煙の中で舞い上がる。そして、その爆発は兵たちの隊列を超えた草原でも起き始める。


 轟音と爆発に立ち込める火薬の匂いに、どうにもならず狼狽え走り回りあるいは蹲る兵たちであった。だが彼らは、ようやくその爆発をもたらす発生源が、最初に気づいた火箭の伸びる源の後方から、火箭ともに発射される目にも見える弾のようなものであることに気が付く。


 つまり、彼らから山側の森が、連続して打ち出さ何かによってずたずたにされていること、さらに爆発物がその後方の斜面から発射されて、軍の隊列の前後に撃ち込まれ、10ラド(m)ほどおきの爆発の列ができている。それに対して、その規模から無敵と思っていた軍は、その轟音と時々降ってくる破片におびえるしかない。


 そして、それに耐えられない者も出てくる。

「お前ら、それでも栄えある王国軍か!敵は見えている。突っ込むぞ。ヒミル、ギラーヅ、パイラム、キシダシ、ムラーソ!兵を立たせろ!」


 ある若い将校が部下の5分隊の小隊に向かって怒鳴るが、呼ぶ5名の分隊長の下士官に対して、3人の下士官の分隊長が躊躇いながらも立ち上がる。彼らは、部下に立つように命じるが、いつものような切れがなく、結局立ったものは半数ほどである。


「お前ら立たんか!それでも王軍兵士か!」

 若い将校は血が上っているらしく、立たない者は放っておいて、軍刀を抜いて「行くぞ!」と叫んで走り始める。立った兵も従うものは少数であったが、それでも10人ほどが、ずたずたになった森の残骸の中を将校を追って走り始める。


 彼らの運命は無残であった。遠くに行っていた鉄の暴風が彼らに気づいて帰ってきて、彼らを数回凪いで過ぎていった。12.5㎜のメタルジャケットの弾は、その運動量で全員の人体を引き裂いて、バラバラにして残骸に変えてしまった。

 それを見ていた下士官ジョイドは、部下15名をしゃがませて待機させていたが、彼は同じく15名の分隊を率いる同僚のオペラムに身を伏せながら歩み寄って話しかける。


「こりゃあ、すさまじいな。しかし、突っ込んで行ったあいつは将校のパッカルだな。馬鹿とは思っていたが本当にバカだったな。追っていった奴らも馬鹿だが、最初に言い出した奴が悪い。

 しかし、こりゃ勝てないわ。まあ、全員で突っ込んだら、全滅する前にあそこまでたどり着きはするけど、あの連中の横にあるのはあの飛ぶ乗り物だろう。だから、着いても逃げられるな。そして、こっちの半数は殺されているというわけだ。俺はごめんだな。こりゃあ、勝てる要素はないな。引き返してくれればよいが……」


 その猛烈な射撃は、時間にして10分足らずであっただろう。突然、爆発と機関銃射撃が終わった。爆発音で耳が馬鹿になっていた兵たちは突然の静寂に戸惑った。そして、その発生源を見ると、100人以上の人が片付けに入っており、てきぱきと片付けて20機ほどの飛行体に分乗して去っていった。


 しかし、その1機が彼らの頭上に再度昨日と同じように紙切れを撒いて去って行った。昨日と同じようにカラフルなそれを拾って読んだ目には以下のように書かれていた。

『侵攻軍の皆さん、我々の火力はいかがでしたか。今日はお披露目のみでしたが、明日以降は皆さんの隊列を攻撃します。最初は総司令官からで上の階級から順次攻撃していきます。賢明な判断を期待します』


 それを読んで再度集まった総指揮官であるミザラス公爵、ゼルドール総司令官とカーズラス参謀長はうなだれていたが、軍事に責任を持つゼルドール将軍が口を開いた。

「残念ながら、勝てる要素はありませんな。これから引き返します。国王陛下と王太子殿下には私から説明しますが、よろしいですな?」

 その場の全員が頷いた。


2025年、12/17文章修正。


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