民間の宇宙進出
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宇宙開発(株)は、苫小牧の広大な工業団地の端にその本社と整備工場を建設している。それに隣接して、宇宙港が工業団地の外側に建設中である。『北海道宇宙港』と名づけられる予定の1㎞×2㎞のその広大な用地は、まだ1期整備エリアで、最終的には順次増設されて10㎢の面積となる計画がある。
宇宙開発㈱は日本政府が40%、RGエンジニアリング㈱が15%の株式を持ち、他はM重工、K重工、T自動車などのメーカーの他、M商事、S物産、I商事など資源狙いの会社も株を持っている。会社の主たる営業目的は、宇宙の利用、中でも資源開発と観光である。
すでに、地球上では枯渇しつつある資源が多く、鉱物資源は値上がりの傾向にある。とは言え、従来は宇宙からもってくるという発想はなかった。それは、重力の底である地球からものを持ち上げ持って帰るという作業を、莫大な燃料が必要なロケットで行って、ペイする可能性はほぼないと考えられたからである。
しかし、重力エンジンの登場で話はまったく変わってしまった。しかもそのエネルギー源である電力についても原子励起電力(AEE:Atomic Electrical Excitation)システムとAC電池の登場で、宇宙に行くための手段である宇宙船も極めて簡便なもので済むことになった。つまりコストが劇的に下がったのだから、宇宙の資源に目を向けるのは当然である。
その意味では、月の常に地球を向いている表面の資源はすでに詳しく調べられており、一部の資源は重力エンジンを使えば十分商業ベースに乗ると算定されている。まだ探査が行われていない月の裏側を含めれば、宇宙からの資源採取は魅力的な事業になりつつある。他は、火星、水星、土星や木星の衛星、また土星の大気中の水素などが、有力な資源採取の対象として考えられている。
また、当面の大きな需要として観光業が考えられている。月に水星、金星、火星、土星、木星などの衛星を含めた惑星の観光というのは大きなマーケットになるだろう。そして、単純に住むことを考えても、その表面に住み着くことは難しくても、地下であれば十分に都市も建設でき人々が暮らすことができる。
しかし、太陽系の惑星と言えども、ACバッテリーで動き回り活動するのは無理がある。だから、AEEシステムを組み込んだ宇宙船が計画された。だが、重力エンジンは当面最大で3-2型が限度であり、これを2基しか同期ができないので、1千トンの機体を1Gで飛ばすのが限度である。
だから、3-2型重力エンジンを用いて民需バージョンの宇宙機“おりひめ”及び“ひこ”が開発されたが、これは形と大きさは同じで幅15m高さ7m長さ30mの厚い小判型である。
“おりひめ”は地上のホテルに比べれば狭いが、バストイレ付きの16室の個室があり、調理場、レストランが設置されている。この機は乗員12名、乗客最大32人を乗せて、最長2週間の宇宙の旅を行うことができる。最大総重量は800トンで、最大加速度は1.1Gとなっている。
この“おりひめ”は、宇宙の旅をそれなりの優雅さで楽しむことができるというスタンスの乗り物であり、当然そのチケットは富裕層しか買えないレベルになる。
“ひこ”は乗員5名で、空荷状態において重量600トンで1.2Gの加速性能、満載で3千トンの荷物を搭載して0.7Gの加速性能となっている。この貨物室の容量は1200㎥ある。“おりひめ”は小さいが豪華客船仕様ということで建造費は90億円、極力コストダウンが図られた“ひこ”は35億円である。
また、ACバッテリーの励起のための宇宙AEEユニット“らいでん”は、本体が20mの角の取れた立方体であり重量は5千トンあり、縦横7mで長さ20mの居住区ユニットが付設する。“らいでん”は、接続設備によって連結された“ひこ”4機によって地上から持ち上げられて任意の地点に運ばれる。
居住区ユニットは“ひこ”1機によって運ばれるが、この運搬状態においては“らいでん”は0.5G、居住区ユニットも同様に0.5Gの加速度になる。これらの製造は、宇宙機は宇宙開発㈱の宇宙機製造事業部で行っており、“らいでん”はむろん専門の㈱ACバッテリーで建設されるが、この“らいでん”の建造費は150億円になる。
現状のところ宇宙機と発電ユニットは、世界中から購入の申し込みが殺到しているが販売の予定はなく、リースにする予定である。これは、これらを売った場合に軍用に改造される可能性があるからである。
AEEユニットは、当面地球の衛星軌道の1千㎞、1万㎞さらに3万6千kmのそれぞれに1基ずつ乗せるのに加えて月の高度1千㎞の軌道に乗せる予定にしているので、4基が建造中である。衛星軌道は高度1千㎞、1万㎞のものは日本、アメリカ、欧州上空を通るルートとして、静止衛星は日本上空に占位することにしている。
現在、“ひこ”は4隻が完成して陸上で搭載機器及び全体の作動試験中であり、加えて“おりひめ”2隻が建造中である。俺は、試験の最終段階にある“ひこ”が建造された横浜の造船所に来ているが、この日は宇宙開発㈱の大株主の代表の視察会なのだ。
この造船所は、中規模ではあるが自衛隊の潜水艦も作っていた歴史のある造船所で、優秀な社員もいる。これを宇宙開発㈱が買収して、横須賀製造所として宇宙機の製造工場にしようとしているのだ。“ひこ”は大きな乾ドックで4隻が一斉に建造され、隣のドックで“おりひめ”2隻が建造されている。
俺は、RGエンジニアリングの代表としての参加だが、最大出資者の日本政府からも来ていて、なんと経産省から田川大臣自ら出席している。
「田川大臣、今日はまた自らご出席ですか?」
顔見知りの俺が声をかけると、長身で筋肉質の鋭い目をした政治家がにこやかに応じる。俺は、60歳代の姿にイメージを固定している。
「おお、これは三嶋さん、お久しぶりですね。重力エンジンにACバッテリーさらにAEEシステムのおかげさまで日本の産業界は大いに沸いております。この“ひこ”型に“おりひめ”の実用で宇宙産業も将来が楽しみですので、ぜひ自分で見ておかなくちゃと思いましたね。それはそうと、三島さんはご結婚されたとのことで、おめでとうございます」
「いやいや、お祝いを頂きありがとうございました」
俺は応じたが、シャイラの在留許可を取るのに、ハウリンガのことも政府に明かさざるを得ず、当然シャイラとの結婚も知られているのだ。だから田川大臣からはお祝いが来た。老年に差し掛かっている彼にしてみれば、60歳代になる俺が若い嫁をめとるとは羨ましいということだろう。
「いやいや、羨ましい限りです。ところで、三島さん。例のハウリンガについて少しお話を伺いたいのですが、この見学会の後で少しよろしいですか?」
「ええ、まあよろしいですよ。途中ででも少しご説明しましょう」
結果的に、ハウリンガのことを説明させられ、政府をある程度かませざるを得なくなった。
見学会の参加者は30名を上回るほどで、各社の実務者はすでに何度か訪れているとのことで、今回は比較的年配で高い役職の者が多い。一行は3人の技術者に案内されて、まずは船の上部に昇ってデッキを縦断する。“ひこ”1号と命名される予定の船は明るい青色に塗られており、後部近くの仮設階段を昇って上部にあがる。
基本的には宇宙船であるので、乗員は外を行動することはほとんどないが、地上でのメンテナンスを考えて歩廊が手すり付きで設置されている。乾ドックの床から3mの高さの船を支える基台を含めて高さ10mは、なかなかの高さであるが、幅15m長さ30mの滑らかなボディはあまり大きくは感じない。
基本的には後部1/3の気密部を除き、前部も下部は水密になっているので水には浮くが上部は気密ではない。後部の中心部には、高さ3mほどの窓付きの塔が立ち上がり船橋を形成しており、窓は大きめだがシャッター付である。
今見学者が昇っているのは、すでに地上での試験が終了した縦に3隻が並んでいる中心の船であり、長さ200mある乾ドックの壁の中に並んでいる、前後の“ひこ”型の船が良く見える。
「うーん、あまり大きなものではないね。形と言い、これが宇宙に出て行けるとはちょっと想像できない」
立ち止まって、ドックの中の前後の船を見て言った田川大臣の言葉に、引率の中年の技術者、柳井が笑顔で応じる。
「我々も、宇宙船を造船所であるこの工場で製造できるとは考えもしなかったですよ。すべて、重力エンジンとACバッテリーのおかげです。ロケットで推進するとすれば、こんな16㎜もある鋼板で表面を張るなんてあり得ないし、こんなずんぐりした構造もあり得ないですよ。
これを作った私たち自身も、これが宇宙に飛び立つとは未だに信じられない思いはあります。私は、明後日この船を苫小牧まで回航する一員になりますが、苫小牧についたら本当にこれが飛び、そして宇宙まで行けることに得心すると思います。まあ体で解るということですね」
「うん。機体というか船体もそうだけど、ロケットでこの大きさのものを軌道に乗せるには、燃焼剤、切り離しのロケット等で、人件費は別にして数十億円はかかりますよね。それが、ACバッテリー駆動の重力エンジン搭載のこの“ひこ”なら、100万円はかからないですよ。例えば月で資源を取ってきても、むしろ地球上で鉱山から運ぶよりコストは低いかもしれない」
そのようにM商事の常務が言う。
「うん、例えば遠い土星の衛星で資源があったとしても、それを単なる缶に詰めて地球に向けて、この“ひこ”で押してやればいい。それを、地球近くでまた“ひこ”で拾ってやれば、人件費もかからない。この“ひこ”の完成で太陽系の資源が活用の範囲に入ってきたよ」
また別の見学者が夢を語る。
彼らは上部から降りて、尾部の高めの位置にある気密扉からから船内に入る。そこは最大5人の乗員が作業し生活するスペースであり、その下には重力エンジンとバッテリーユニットが設置されている。
居住スペースは2段ベッド2つ、トイレ、バス・シャワー、キッチン、ランドリー機があり、テーブルに椅子、小さなトレーニングスベース等も設けられている。上段の艦橋には操縦席・副操縦席、監視パネルのついたシートが2席ある。
「このキッチンでは本格的な料理はできんな。長期間の滞在は考えていないのかな?」
I商事の見学者の質問に引率の技術者が答える。
「ええ、基本的には乗員は3名で2週間の滞在を最大として考えていますが、これはメンタルを考えた場合の期間で、実際には再生する水や空気・それに食料の面での限界は2か月です。
でも、ACバッテリーの標準搭載量で10時間4回の加速が出来るので火星だったら5日もあれば往復できます。でも、土星になると2週間ではちょっと厳しいですね。だから、土星にAEEユニットの“らいでん”を浮かべれば、加速時間を長く取れるので2週間あれば十分往復できます」
「うん、重力エンジンは電源さえあれば、加速を続けていくらでも速度を上げられるものね。無論光速を上まわることはできないけど。そういう意味では、AEEユニットを積んだ船を造れば、隣の恒星でも行けるな。そんな船はできないのでしょうかね」
そのように、T自動車の参加者が言うのに俺が答えた。
「ええその点は、何とかなりそうな感じになってきています。AEEユニットそのものの“らいでん”は5千トンの重量があって、“ひこ”4隻でけん引することで軌道上に乗せられるし、地球の重力圏からも脱出できるわけです。
つまり、一つの推進ユニットとしての重力エンジンは2基が限度ですが、2基1セットの推進機をいくつか大きな船に据え付けて、それぞれの推進機をコントロールして任意の方向に向けることは可能です。だから、今AEEユニットを乗せた宇宙船の設計をしていますから、2年以内には1号機が完成するでしょう」
「「「おお、それは」」」
皆俺を注目してどよめくが、とりわけ案内役の造船技術者が目を輝かせている。
「三嶋さん、それは初耳ですが、我々も“らいでん”を“ひこ”でけん引する話を知って、AEEシステムを積んだ宇宙船が出来るのではないかと思っていました。是非私たちの手でそれを作りたいと思います」
柳井が技術者を代表して言う。
「うん、当然1号機はこの工場で作ることになると思うよ。今のところ、形状はこの船と比べてすこし細長くなって、長さが100mで幅が30mくらいになるから、この乾ドックで出来るようにしている。容積的には“ひこ”なんかの8倍位になるかな。
それが出来れば、太陽系の惑星はくまなく調査できるし、太陽系を飛びだすことも可能だ。ただ、光速以下だと宇宙はあまりに広いねえ」
柳井に答えて俺は言ったが、間違いなくバトラをくれた“あいつ”は超光速の技術を持っている。だけど、バトラにその知識がないことは確かだ。結局は、人類が重力エンジンとACバッテリーの背景の理論を完全に理解して、次の段階に入らない限り恒星間宇宙に出て行く資格がないということだろう。
その後、“ひこ”の貨物スペース、さらに建造途中の“おりひめ”を視察した。“おりひめ”は全体が気密構造になっていて、全客室にバス・トイレをつけ、レストランを備えるなど、狭いスペースながら乗客が快適な旅を楽しむことができるようになっている。だから当然、その新規性、希少性からそのチケットは安いものではない。
地上試験の終わった“ひこ”1号は、俺たちの視察の2日後に予定通り苫小牧宇宙港に移動した。パイロットは社員の金谷清太であるが、彼は航空自衛隊で輸送機のパイロットをしていた人材である。宇宙開発㈱は、彼のようにパイロットとなる人材をすでに10名確保していて、皆航空機操縦免許を持っている。
彼らは、飛行機のパイロットも格安航空機が増えて、昔ほどの好待遇でなくなってきていることもあって、“宇宙船を飛ばせる”という誘い文句に喜んで乗ってきたのだ。現在、宇宙開発㈱は同盟国を含めた国と一緒に“宇宙機操縦免許”の資格創設に動いているところだ。
「どうですか、金谷さん、水井さん。パネルの配置とか操縦装置の具合は?」
製造の指揮を執った柳井が、後部座席から、前席の操縦士と副操縦士の水井に聞く。彼らの乗った“ひこ”は工場のドックの中から飛び立って、水平飛行に移った段階である。
「うん、パネルは見やすいし指示項目や位置に問題はないように感じるな。まあ、この点はすでにヒアリングで言ったよね。また、私たちも重力エンジン機はハヤブサの操縦で一応は慣れているからね。この“ひこ”も図体もでかいだけで離陸については基本的に変わらないようだし、いずれにせよ、操縦はジェット機に比べるとうんと楽だ。
少なくとも、スペースのない造船所のドックから飛び立つなんて真似は、他の航空機では絶対にありえないしね。また、ゆっくりした機動が可能という点は、安全と言う意味ではいいよね」
まず操縦している金谷が答え、ついで隣の水井が答える。
「そうですね。操縦装置はいいですね。ひとつには、ジェット機に比べると監視項目がだいぶ少ないのが幸いしています。それと、絶対に間違うことができない加速して離陸という工程がないのが気分的に楽です。仮に間違っても、いくらでもやり直せますからね。この離陸が鉛直に上昇というのもいいですね」
「はい、時速千㎞に達しましたから、あとは定速で苫小牧まで行きます」
そこで、金谷が静かに告げる。
彼らは1Gの加速度で垂直にドックから鉛直に千m上昇して、それからは航空機と同様に1/20の角度で高度1万mまで上昇してから水平飛行に移ったのだ。重力エンジンの場合は重力を中和して、それに推進力として定格の加速力を加えることになる。だから、最高速度を亜音速の千km/時としているので、苫小牧までの所要時間は1時間強である。
柳井は、船橋の窓から東京湾と周辺を埋め尽くす町並みがどんどん小さくなっていくのを見ていた。さらに薄い雲を突破し、まさに航空機のように地上が流れていく景色を見て思わず言う。
「本当に、この翼もない鉄の塊が飛んでいるんですね。ようやくこの機が宇宙船であることを実感しました」
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2025年、12/17文章修正。




