重力エンジン実用化の意義
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加山“1”佐は、すでにさんざん座ってきた副操縦士席に座っていたが、だんだん緊張するのを意識した。彼は、“宇宙自衛軍”に所属する空中防衛システムの司令官に任命され、それに伴って1佐に昇進したのだが、司令官として間もなく、“さきもり”1号の発進を命じることになる。
とは言え、彼としては、その昇進と完全な管理職としての仕事は本意ではなく、もっと現場で仕事をしたかった。このことを、彼の妻の順子に言ってみたことがある。彼女は給料があがり、官舎のグレードがあがるのをひたすら喜んでいた風であったのでその反論という意味もあった。
しかし腰に手をあてて胸を張って、彼を睨んで返された妻の言葉に黙るしかなかった。
「なにを言っているのよ!あなたは不満なようだけど、認められて世界最先端の部署の責任者にされて何の不満があるの?官舎の奥さん達はすごく羨ましがっていたわ。旦那さん方もそうだって。
それに、息子の瑞希はもう高2よ。娘の佐知は中3、末子の秀樹は中1、皆成績優秀だから今後教育費がどんどんかかるわ。もっと出世して、将軍になってもらわなくちゃ、家計がもたないわよ。
でも、そんなことは別にしても、あなた言っていたじゃない。アメリカ頼みのこのままでは日本の防衛は危ういって。その懸念がこの空間イージス基地で解消されるのでしょう?あなたはその中心にいれられるし、自分で意思決定にも関われるのだから、不満を言っては罰があたるわ。それも、もっと現場に居たいなんて!」
言われて、確かにその通りだなとは思って大いに反省したのだ。妻は、一般大学から自衛隊に入って他部門であったが同じ基地にいたのを、熱烈にほれ込んだ彼のプロポーズに応じて結婚したのだ。彼女は、美人とは言えないが可愛く愛嬌があったが、一方でしばしば見せる賢さで非常に人気があったのだ。
彼女といると楽しい一方で、一緒に話をしていても彼よりも賢いと感じて敵わないと思うことがしばしばあった。また情報機器の取り扱いに天才的なところがあって、子育てのために退官を申し入れたが、自衛隊に籍は残っていて、しばしば情報管理・処理部門から呼び出されている。
その間は、婦人自衛官が子守のために派遣されてくるのだから“余人をもって代えがたい”ということだろう。加山としては、なんで順子がもっさりしてあまり取り柄のない自分のプロポーズに応じたか、今でも不思議に思っている。当然彼は、完全に尻に敷かれていることは自覚している。
彼の乗る“さきもり”1号は、すでに200時間以上の試験飛行を行っており、その半分に彼も同乗しているが、自分で操縦したのは2時間余りであった。試験飛行には月の周回と着陸も含まれており、通常であれば大騒ぎになる着陸のミッションは、月の裏側で秘密裏に行われた。
人類は、エネルギーと鉱物資源の2つの限界、さらに温室効果ガスである2酸化炭素の濃度上昇のために地球温暖化と言う3つの問題で岐路に立っている。水資源も限界に達していると言われるが、これはエネルギーの問題が解決できれば、海水の淡水化などによって対処可能である。
エネルギーに関しての有力な解決法としては、宇宙での太陽光発電、または月のヘリウム3を使った核融合発電と言われている。残念ながら、多くの人が意識する地球上での太陽光や風力・水力・地熱などのエネルギーでは、現在の膨れ上がった需要に対応できないことは明らかである。
また、温室効果ガスの抑制については化石燃料の消費の極端な削減を行い、その部分を原子力等で代替することが必要である。
そして、俺が紹介することになった重力エンジンとAC発電方式の登場で、そのすべての問題が解決できる見通しがたってきた。これは、まず二酸化炭素などのある意味有害な副産物無しの永久機関とも言えるAC発電方式により、エネルギーと温室効果ガスの抑制の両方が解決できる。
さらに、重力エンジンを使うことによる宇宙空間への輸送費用の極端な削減によって、宇宙の資源活用が現実味を帯びてきた。その面で皮肉であるのは、重力エンジンにより地球の軌道上の太陽光発電がコスト的に実用できる水準になったが、AC発電に比べると発電単価は2倍を上回り、今や現実的では無くなってしまったことだ。
さらに、月面に豊富な、核融合炉の燃料として有力なヘリウム3も、核融合炉が開発途上であること、さらにそれが極めて巨大システムになる見込みであることなどから、それほど優位性はなくなった。しかし、今後も精錬など高熱を用いる産業において、化石燃料を用いない点で、核融合炉は有力な手段として位置づけられている。
また、少なくとも月面では多くの鉱物資源が発見されており、重力エンジンを用いた輸送手段により、十分活用可能な資源になってきた。さらに、月面などの真空、さらに低重力という条件は、自動制御の活用によって精錬などの一部の産業には有力な立地条件になりうる。
月については、不思議なことに地球を周回する公転時間と月の自転時間が一致しているために、地球から見える月の表面は常に同じ側であり、これを表とすると裏側は常に隠されている。だから、表側の資源地図はすでにできているが、裏側はまだ未完である。
そのため、“さきもり”による今般の試験周回時に裏側の資源探査衛星を軌道に乗せるとともに、地上に降りて土のサンプル採取のために無人採取機を置いてきた。
このミッションは、日本とアメリカの共同で行われており、英国・カナダ・フランス・オーストラリア・ドイツなどとは情報を共有することになっている。月資源の活用については国際的に様々な議論があり、C国やロシアなどとは意見の隔たりが大きい。要は当面のところは彼らに知られたくないのである。
「カヤマ、北の独裁者は手をだせるかな?」
加山に、後部座席のアメリカ宇宙軍のアラン・ジョブズ大佐が話しかけてくる。加山が振り返るとアランはニヤリと笑っている。
「アラン、それはないよ。今この瞬間もまもる7号が日本海上空にいるものな。前にも何度もチャンスがあったが、結局彼らは撃てなかった。撃ったあげく迎撃されることの影響の大きさはあの太っちょも判っている」
「しかし、宇宙に恒久基地が出来たら、彼ら自慢の核戦力も意味をなくすからな、黙ってそれを見逃すかな?」
「ああ、日本に対しては核ミサイルの脅しは意味をなくすけど、首都が間近にある隣のK国に対してはその後も大いに有効だよ。しかも、K国は我々の同盟から離れつつあって、歯止めがない状態だからな」
「はん。わが国も散々隣にあのような物騒な国があるのに、国境間近に人口密集地を置くなど自殺行為と言ってきたのだけどなあ。せめてミサイルの防衛システムを整備すべきともな。それを、どちらも全く手を付けずだからな。まあC国にくっつけば彼らが守ってくれるんだろう。多分?」
「ああ、彼らが例の徴用工の件で民間企業の資産を差し押さえて現金化したよね。それに対してわが国はさんざん言っていたように報復して、結果彼らの経済がガタガタになったわけだ。
それで、彼らの政府、マスコミ、国民が狂ったようにこっちを非難してきたので、こっちも付き合いきれずほとんど没交渉だからな。こっちの国民感情もこれまでないくらいに悪化している。
お宅の大統領もあきれてもう手を引いているし、駐留軍の撤退も決めて実行している最中だよな。まあ、K国の連中は自分たちが、隣の核からは安全という確信があるのだろうよ。まあ、どっちにしても、KTが陸側に撃つぶんにはこっちは手を出せないよな。
ロシアにC国それにK国とも下手に彼らを守るために迎撃ミサイルを撃つと、こっちを攻撃してくる可能性すらあるからできない。むろん、アメリカやカナダそれにアラスカに向けて飛ぶものは迎撃するけどね」
「うん、うん。お宅の政府が集団自衛権ということで、我々の大陸へ飛ぶミサイルを防衛範囲に加えてもらって、わが国の世論も日本への好感度が大いに増したからね。それにしても、そら型に乗せてもらってしみじみ思ったが、高度500㎞の高空から監視するというのは、遮るものがなく極めて見晴らしがよいな。
さらに、迎撃も打ち下ろす形になるので、日本が配備している小型のミサイルで2千㎞の射程が得られる。だから、このサキモリのような空中基地があれば、中・長距離ミサイルに対しては確実な迎撃手段になる。各国が欲しがるはずだ」
「そうだな。俺は最初からそら型に係っていたからそう思っていたよ。しかし、お宅の国ではこの“さきもり”型については、複雑な思いがあるんじゃないか?だって、大陸間弾道弾の高価なシステムが無力化するわけだから」
加山の言葉にジョブズが指を立て首と共に振って見せて答える。
「チッ、チッ、チッ。そんな事はないさ。われらUSAの国民にとって、核兵器というのは全くの必要悪の存在だったんだ。核ミサイルが都市に落ちるなんてことはまさに悪夢そのものだった。
かといって、自由と民主主義、更に正義を奉じる我々が先制攻撃などということはできないから、どうしても受け身になる。我々にとっては確実性のあるミサイル迎撃システムは、待ちに待ったものだ。
それに、今ある大陸間弾道弾などの攻撃ミサイルシステムはとっくに償却を終えている。だから、今回の日本の空間防衛システムの開発で、損をしたなどとは全く思っていないよ。そんなことより、重力エンジンの開発で、宇宙に出るということが莫大な経費を要する特別なものでなくなったことの方に、遥かに意義があると思っている。
つまり、まず核を抜いても、わが国の航空戦力や海上・陸上戦力は依然として有効であるし、それは質量ともに世界No.1であることは変わらん。無論、航空戦力の重力エンジン化は避けられないがな。また、重力エンジンが友好国日本発のものだから、必要な費用さえかければ、早期に新たな国防システムを構築することが可能だ。
一方で、今までの強敵であったロシアは、すでに経済が落ち込んで久しい。また、経済でアメリカをしのぐと言われたC国も、世界の工場から退場しつつある中で、その矛盾が噴出し各地で起こる動乱の手当てのために経済の落ち込みが隠せなくなってきている。
つまり、経済的にロシアは兵器システムの変更はできないに等しい。さらにC国も経済的には難しい。このために、その技術の根幹を握っている日本の協力を得て、経済に衰えがないアメリカへの軍事的な対抗は不可能だ。彼らはアメリカどころか、日本単独すら早晩対抗できなくなると見ている」
加山はジョブズ大佐のこの長い話にいささかひるんだ。手前勝手な言い草も混じってはいるが、自衛隊内部自分たちの議論と一致している。
「ああ、もちろん政府も我々は貴国に協力するさ。ただ、技術を握っているのは三嶋さんだからな。彼を怒らすと面倒なことになるから、その点は気を付けてほしい」
加山1佐はジョブス大佐にこのように注意したらしい。
ちなみに、“さきもり”1号のパイロットは自衛隊の笹田3佐であり、副操縦席の加山1佐の他に、もう2名の自衛隊員の合計4名が寝台兼座席に座っている。一方でもう一つの後部座席は、イギリス宇宙軍のマイク・キーン大佐が占めており、他には後部寝台兼の座席に2人のインドとドイツの士官が乗り組んでいるので、定員を超える8名を一時的に収容している。
さきもり型は正副操縦士席を含め、監視機能のついた後部座席2つに2段ベッドになる寝台が2つあるが、下段のベッドはシートベルトのついた座席各2席とすることが可能である。
自衛隊以外の国際色豊かな彼らは、いずれも各国・地域に配属される空中防衛基地のオペレーションを担う幹部であり、日本が行う所定位置への占位と最初の監視活動を視察・経験するために、この機に乗っているのだ。
もう1機の“さきもり”2号は、1日遅れで1号と同様な活動をする予定になっており、同様に4人の自衛官と4人の海外の士官が乗っている。そして、さきもり1号には24時間後にそら型改2機がやって来て、海外の士官全員と司令官の加山を地上に連れ帰り、代わりに3名の自衛官を配置に就かせる。“さきもり”2号は24時間の訓練任務の後に、地上へ帰ることになっている。
このようにして、日本の空中防衛基地である“さきもり”1号は、何の問題もなく日本海上空に配置に就き、主としてKT国とC国、そしてロシア東部の監視を始めた。
ちなみに、このようにすでに方針も決まり、実行するだけの案件に俺には用はない。俺は“さきもり”に使った3-2型重力エンジンにより、大型旅客機と宇宙船の開発に熱中していた。ジェットエンジンを用いた大型旅客機の開発は、複雑なエンジンそのものと機体の空力的な部分に様々なノウハウがあって容易ではない。この点は日本のM重工が何度も開発につまずいたことからも判る。
だから、コロナ騒ぎで実質的に開発を中断した、M重工に旅客機開発の協力の声をかけたがむろん彼らは大喜びで乗ってきたよ。大体、RGエンジの香川常務を通じて重力エンジンの大型化は彼らが頼んできたものね。何度ものトラブルで開発が遅れて、まだもたついていてすっかり恥をさらしたけど、最初の重力エンジン駆動の旅客機を実用化すれば完全に名誉挽回だ。
もちろん、世界中の旅客機メーカーからは、我がRGエンジへ重力エンジン提供依頼の申し入れがあったが、これは実際問題断れない。だけど、M重工から籍を移した香川常務のこともあるので、すこしズルをした。つまり、旅客機本体については、バトラに作らせた重力エンジン駆動の旅客機の基本設計を渡してあとは彼ら自身に任せたのだ。
実際は、重力エンジンを用いた場合には旅客機の開発にほとんど問題がない。だって、重力エンジンさえ稼働していれば落ちることはないのだからね。翼はいらないし、早い話が球でも立方体でも飛ぶことは飛ぶ。しかし、最も効率のよい形と活用方法というものはある。バトラは重力エンジンを長く使っている世界のノウハウを持っているので、それを紹介してもらったのだ。
今回、M重工は総力を挙げてプロトタイプの機体を作り上げ、他社がまだ設計の段階で試験飛行を実施した。これは、機体を鋼製で製作できることもあって、艦船の製作に長けたM重工の仕事が早かった面もある。
一方で、航空機産業は国家がテコ入れしている事業であり、アメリカやEUなどは簡単に機体の認証を出そうとしなかった。しかし、日本がいち早く認めて国内線で使い始めたために、出来るだけ遅らせて、しぶしぶだったが、彼らも認証を拒むことが出来なかった。
そしていずれにしても、日本のM重工が最初に重力エンジン駆動の旅客機を実用化したことは事実である。ただ、当初のそのずんぐりした形は、スマートさを追求したEUやアメリカ製に比べて不評であった。しかし、この形状は重力エンジン使用の先進世界で確立されたものであり、最も経済的で合理的な形であることを証明したので、まもなく最も人気のある機種になった。
ただ、俺もさすがにバトラに指導された形に関しては特許を取らせなかったので、後に旅客機の形は殆ど同じになった。だが、機体の材質まで変わって、既存メーカーが長い航空機製作の経験を生かせなかったことから、M重工は世界の30%程度のシェアを取ることが出来ている。
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2025年、12/17文章修正。




