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凱旋 1

書籍化決定しました。

2/28 書籍1巻発売予定です。よろしくお願いします!


「なんだと?」

「我は少々、不快じゃ。よいところを邪魔されたのだ。罰を受けてもらおうか」


 我の声に、ラズリーがびくりと震えた。

 だがすぐに我をきっと睨み、より強く縛り上げる。

 むしろ骨ごと砕く勢いであった。


「何をしたところで無駄よ……!」

「それはこちらのセリフじゃ。別に、熱が伝わらなくとも斬ってしまえばよいだけの話であろうが」

「えっ」


 呼吸を整え、瞬間的に力を込めて手刀を放つ。

 あの女と戦って、人間の体での力の出し方というものをしっかり学んだ。

 今更、ラズリーの力任せの捕縛など恐るるに足らぬ。


「ほれ、次はおぬしじゃぞ」


 そして今度はラズリーの本体に手刀を放った。

 三日月のような斬撃の軌跡が幾つも生まれて、遠く離れたラズリーに襲いかかる。

 なんかコツを掴んだら普通に遠距離攻撃になったわ。


「うっそでしょ……くそっ……!」


 だが、手ごたえが薄い。

 確実に当たったしダメージは与えはずなのに、妙に軽い。


「おぬし、本当はここにおらんな?」

「…………なによ、上手く演じてやったのに……。騙す甲斐がないわね」


 斬撃で傷ついた体のまま、ラズリーがにやりと笑った。


 これは精巧に造った人形であるな。

 虫を食う花が虫をおびき寄せるための疑似餌のようなものに近いやもしれぬ。


「どこぞから根を這わせておるようじゃな。地表に生えている木を燃やし、密かに自分の分身となる樹木を植えるといったところか……油断も隙もないのう」

「なっ……」

「魔力を辿ればわかることよ。丁寧に焼いてやるから覚悟しておけ」


 今度こそラズリーは演技ではない驚愕と恐怖を顔に浮かべた。

 そしてすぐに、表情から感情が消え失せる。

 恐らく本体から切断されたのだろう。


「まったく、性懲りもない……。なんか興ざめしてしもうたな」


 見れば、空が色づき始めた。

 夜が終わり、太陽が昇りつつある。


「ソルフレアの偽物……聞きなさい」

「うおっ!? もう起きたのか……ヤバいのおぬし。あとその呼び方は止めよ」


 気付けば女は、焔という少年に肩を貸されて立ち上がっていた。

 脚も再生している。だが、もう戦う意思はなさそうだ。


「本物とは到底認めがたいので」


 いかにも不満といった様子だ。どいつもこいつも頑固者よ。

 まったく、素直に信じたディルック先生とユフィー先生の爪の垢でも飲ませてやりたい。


「ならば……そうじゃな、フレアとでも呼ぶが良い」

「まだ不遜さはありますが、ま、よいでしょう」


 一言余計な女じゃ。ムカつく。

 だがこの女の戦いは嫌いではない。高みを目指す者の気高さがある。


「おぬしは赤手と呼ばれておったな。覚えておこう」

「それは光栄ですね」


 女ーー赤手は、嬉しそうに笑った。


「焔、行きますよ」

「はい、姉さん」


 輝く手に呼ばれた少年は、左手で指を弾いた。

 なんじゃ、左手でも炎を使えるのか。

 最後まで隠し通してこちらを襲う気だったのやもしれぬ。


「今回は私たちの負けです。森を焼いたことも詫びましょう。……ですがいずれ、あなたの命を奪いに来ます。私の手で、あなたを討ってみせる」


 二人の周囲に炎が立ち上り、陽炎のようになって二人の姿を隠す。


「お前の挑戦であればいつでも受けよう。次に会うとき、そのそっ首を落としてやる」


 告白のような挑戦状に、同じように返した。

 奇妙な縁が生まれたことに、心地よい何かを感じていた。







 睡眠時間が足りてない。


 あれから火事の後始末や怪我人の治療を手伝い、ミカヅキに転移して学園に戻してもらったが、すでにその時点で完全に朝日が昇っていた。


 それでも起床の時間まで1時間か2時間は寝れるだろうと思ったが、ミカヅキが「転移陣を消しておけ」と言うのでこっそり雑巾で拭きつつ魔力の痕跡を消して、終わった頃には起床の鐘が鳴っていた。生まれて初めての徹夜である。


 ねっむぅ……!


「ちょっとソルちゃん、ソルちゃん!」

「わおん!」

「……んあ?」

「もー、歩きながら寝るなんて器用なんだから」

「だってぇ……眠いのじゃ……」


 これから村に帰る前に、授業に混ぜてくれたクラスの皆に別れを告げなければならぬ。

 流石にそこで居眠りとなっては格好が付かぬ。

 ぎゅっと自分の手の甲をつねって目を覚ましながら、教室を目指して歩いた。

 それでも寝そうになって、隣に歩くミカヅキにほぼもたれかかって歩いているようなものであった。


「ちゃんと寝なきゃダメだよ。朝ご飯の時間もほとんど寝てたし」

「お姉ちゃんのいびきがうるさかったのも悪いのじゃ!」

「マジで!? いや、それはごめん。でもそろそろ帰る時間だから頑張って!」

「なんだなんだ、ちゃんと寝れなかったのか?」

「シャーロットちゃんも珍しく寝坊してたし、星の巡りでも悪いのかしら」


 教室では、ディルック先生とユフィー先生が待ち構えていた。


「枕が変わると眠れぬのじゃ」

「じゃ、次に来るときは自分の家の枕を持ってくるんだな」


 また来ることを当たり前にディルック先生が言った。

 我も、反発することなく自然とそれを受け入れた。なんだか不思議である。

 たった一日しかいないはずなのに、ここから離れるのが妙に寂しい。


 クラスメイトたちも、また来いよとか、体育祭まで絶対戻ってきてくれとか、何やら妙に惜しんでくれている。色々とイベントがあるようで、我やお姉ちゃんの力を借りたいらしい。ふふん、助力を請われるのは悪くない。


「うむ。パパとママに相談してからになるが……また会おうぞ!」


 そして皆に別れを告げて、来たときと同様、乗合馬車の駅へ向かおうとするときであった。


「ソルちゃーん」


 そのとき、優しい声が我の耳に届いた。


「シャーロットちゃん!」

「ごめんなさい、本当は教室に行こうと思ったのだけれど、色々とやることがあって。見学、お疲れ様でした」


 歩いてきた割に、シャーロットちゃんは少し息が上がっていた。


「どうしたのじゃ?」

「ちょっと昨日、転んじゃいまして。ああ、すぐ治るから気にしないでください」


 怪我を押して会いに来てくれたのは、嬉しい。

 クラスの友達とは違う、不思議な特別感がある。


「無理をするでない。でも、また会いに来てくれて嬉しいぞ」


 とても良い子だ。

 それに比べて、赤手は実に性格が悪かった。

 シャーロットちゃんの爪の垢を煎じて飲んでほしいものである。


「きっとソルちゃんのお父様もお母様も、帰りを楽しみに待っていますよ」

「早く帰ってパパとママの顔を見たい。でも、ここから去るのを寂しい。変な気持ちじゃ」

「それは……幸せなことですよ。行きたい場所、会いたい人がたくさんあるんですから」

「うむ!」


 再び我は、シャーロットちゃんと握手を交わした。


 別れがたい人と出会うのは、喜びだ。


 時が過ぎていつか別れが来るとしても、それは今ではないのだ。




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