燃えゆく森 5
「ぐああああああーっ!」
女はブロックこそ成功したが、威力を殺せずに吹き飛んでいった。
受け身さえ取れず木の幹に激突した。
怒りの形相で折れたであろう骨を治して戦意を昂ぶらせる。
わかっておるとも。この程度で終わるはずがもないと。
「じゃっ!」
大樹を背にした女に、拳、肘、膝、頭突き、そしてまた拳を連打してダメージを蓄積させる。
幹が悲鳴を上げる。枝が揺れ、葉を落とし、みしみしと音を鳴らす。
女の体が樹木に埋もれるように、樹木そのものが歪んでいく。
「舐めるなッ!」
とどめの一撃を放とうとした瞬間、幹が折れた。
いや、女が背中と肩を使って大樹に打撃を放ち、その爆発的な威力で幹を折ったのだ。
殴られながらも呼吸を整え、この瞬間を狙っていたのだろう。
「なにっ!?」
崩れ落ちる大樹を掴み、自分の腕の筋繊維が切れるのも構わずに大棍棒の如く我を叩いた。
あまりの蛮行に目眩がしてしまう。
「そこです!」
凄まじい怪力で大樹を投げつける。
「ちぇりゃあ!」
投擲は陽動。避けた瞬間を見極めて必殺のカウンターを放ってくるつもりであろう。
だから、それごと撃ち抜く。
「……竜夏槍術奥義! 灼光!」
どこまでも真っ直ぐに、呼吸と力を集中して貫手……指を揃えて正面を突く。
それの威力は大樹を貫通し、その向こう側にいる女に襲いかかる。
「ぐうっ……!」
もう一撃、と踏み込んだところで何かが我の額に襲いかかってきた。
拳。
あのとき振り落としたはずの、女から切り落とされた腕だ。
大樹によって視界が覆われた瞬間に拾ってもう一度投げつけてきたのだ。
「我が血、我が肉よ、魔力を見たし蹂躙せよ!」
飛ばされてきた腕が爆発した。
肉体の再生力を暴走させて、爆弾と化したのだ。
「凄まじい……獣よりも獣らしいぞ」
爆発のダメージは大樹の投擲などよりも遥かに大きい。流石の我も傷だらけだ。これが本命であったか。もしこやつが全身の再生力を暴走させて我に絡みついてきたら心中してもおかしくはない。その発想、そして発想を生む猛々しさに感嘆さえ覚えた。
「ぐっ……」
だが女もまた、満身創痍だ。
二度目の斬撃を食らった上で再生するのは、相当な力を消費しただろう。
「この程度で倒れるほど柔ではないのはわかっている。さあ、立ち向かってくれるがよい」
女は、よたよたと震える足で大地を踏みしめた。
我も似たようなものだ。
早くも終わりが近付いている。
お互いに威力が高すぎて加減が効かぬ。
同時に、何としても敵を倒すという決意に満ちている。
「ふっ……ふふ……。久しぶりですよ、挑戦者として戦うのは。位階のあがった私の身体でさえ、衝撃に震えていますよ」
「傷は再生するとしても、その速度が間に合わなければ死ぬ。それでも来るか?」
女は、拳を構えた。
それが答えだ。
すでに傷は癒えたようだが、ダメージは明らかに残っている。
再生をするのに体力や精神力を消費しているはずだ。ここから先は命のやり取りになる。
それでも屈することなくその身全てを武器とし、あらゆる敵を貫く槍と化すような純粋さを保ち続けたままだ。指が折れようと、膝が砕けようと、その身を癒して果てのない探求と修練を積み重ねてきたのであろう。
時折、こういう人間が現れる。
そしてこういう人間でなければ、我を脅かすことはない。
つまりこの者は我を倒してのけた勇者と同じく、我の敵なのだ。
「太陽竜の咆吼は声であり光。眼と耳を閉じ、頭を垂れよ……我が名を冠する絶技、原初の炎【ソルフレア】」
この女と拳を重ねて、なんとなくわかってきた。
人間としての我の肉体を動かす術理は奥深い。
ただ表面をなぞって真似るだけでは深奥に届くことはない。
ママより強い斬撃が放てるとうぬぼれていたが、それで誰かに勝てるわけではない。謙虚に学び、敵に敬意を抱き、薄い皮一枚一枚を丁寧に積み重ねて、技に至ることがなければ目の前の相手に敗北することだろう。
より鋭く、より速く、より熱く。
そしてより深く息を吸い込み、地獄の底まで出し切る。
「お前を見ていたら、どう呼吸し、どう肉体を駆動させればよいか、掴めた気がする。ただ竜となったその身を漫然として使うだけでは駄目なのだ。練りに練って、解き放たなければならない」
太陽魔法【ソルフレア】は、太陽そのものを我を通してこの世界に生み出す魔法だ。
竜であった頃は、それを口から放ち敵を焼き払うようにして使った。
心臓を矢で穿たれたときも、その穴から漏れ出した熱と光をぶつける攻撃魔法として扱った。
だが、あの女を見ていてわかったことがある。人間の力の源は、吐息であり呼吸だ。この女の特技はただ再生するだけではない。攻撃に入る瞬間、そして防御する瞬間、必ず息を常人の数倍、あるいは数十倍ほど吸い込んで、それを吐ききって戦闘態勢に入る。
そうして得られる血の循環は心臓の鼓動を昂ぶらせ、昂ぶった鼓動は空気と魔力を全身に運んで爆発的な力を生み出す。
それを我が真似れば、心臓から全身に送り出されている炎を無駄なく攻撃力に転ずることができる。
全身に送り出す方が力強く竜の力を使えるのであろう。今の我にとって、呼吸を熱や力に変えることが竜の吐息だ。
「我が両腕は今や太陽に等しいぞ。恐れぬのであれば掛かってくるがよい」
体内に巡る力を両腕に集中させと、真っ白い輝きを放ち始めた。
太陽のような、焼き尽くすような獰猛な光だ。
「上等です!」
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