蠢動
草木も寝静まる静かな月夜。
だが暗黒領域においては夜とて油断はできず、領土の境界線に関所を設けて不寝番が立っている。
「あーあ、ねっむ……」
「おい、油断しすぎだぞ。またラズリーが襲いに来るかもしれないんだ」
「けどしばらくは来ないだろ。あっちは長命種だし、俺たちの寿命が尽きるまで隠れてりゃいいんだからよぉ」
「わからねえぞ。どっかの勢力とつるんでこっちを攻撃してくるかもしれねえ。あいつには花や果実があるんだ。残ってた分は燃やしたが、あいつが隠し持ってたり新しく実らせたりするかもしれねえって、注意喚起してたじゃねえか」
「そりゃそうだけどよぉ……」
そこで、槍を携えたゴブリンたちが雑談に耽っている。
一人はやる気がなく、もう一人はそんな態度に苛立たしさを感じていた。
「それに最近は妙な連中が多い。気を付けろよ」
「わかってるって……。でも今まで一度も攻められたことはないじゃないか。つーか攻めてくるにしても何を目当てに攻めてくるんだよ」
「別に、目当てなんてないよ」
「誰だっ!?」
森の暗がりの奥から、誰かが現れた。
声は、まだ若い。
背も小さい。
どことなく少年のようではあるが、それ以上はわからない。
顔は仮面を被っていて異彩を放っているはずだが、妙に特徴を捉えにくい。
更にはマントがその姿を覆い隠している。
人間なのか、人間に似た魔物なのかも区別がつかない。
「旅人……じゃねえよな」
「どこの者だ! 答えろ!」
「こうしている理由は色々とあるんだ。あるんだけど……今、ここ、あなた方である理由はないんだ。だから僕が誰で、何しに来たかも説明してもしょうがないし」
どこか浮ついた言葉でありながら、ゴブリンは妙な剣呑さを感じていた。
即座に殺しに来るような暗殺者や戦士の風格はない。
だというのに不思議な威圧感がある。
「ご、御託を言う割に、大した魔力はなさそうだな……」
「ラズリーの実でも食べたんじゃないか、こいつ」
「無礼だな君は。妖樹と話すなら妖樹の実を食べないなんて当たり前じゃないか。いや、それさえもできなかった種族に言っても仕方ないか」
「てっ、手前!」
「馬鹿落ち着け!」
「それは、僕を攻撃しようってことでいいんだね?」
ゴブリンの一人がいきり立って槍の刃を少年に向けた。
だが少年は焦ることなく、マントから右手をゆらりと出す。
その手には何もない。
剣もなく、杖もない。なにより魔力がない。
その少年の不気味さに気圧されてはいても、純粋な強さにおいてゴブリンたちが劣るはずもなかった。
だが少年の指が鳴った瞬間、槍を構えたゴブリンが燃え上がった。
「うっ……うわああ……! 熱い、熱いぃぃ……!」
「な、なんだ、どうしたんだよお前……」
攻撃魔法を放つときは魔力を高め、呪文を詠唱する。
よほど魔力が高く、魔法そのものに精通していれば呪文を省略しても発動するが、魔力を隠すことはできない。魔力を隠蔽することもできるが、呪文を唱え、儀式として成立させるなどの下準備が必要だ。
どちらにも該当しないこの炎の前に、ゴブリンはただ戦慄していた。
味方が燃えている光景を見て、自分の皮膚が焦げるのさえ無自覚であった。
「助けなくていいのかい? ま、いいや」
少年の嘲笑めいた言葉に、ゴブリンはハッとしてようやく正気に立ち返った。
「てっ、敵襲ー! 敵襲だー!」
「うるさいよ、まったく」
そしてまた、何の前兆もなく炎が放たれた。
◆
シャーロットちゃんと話して、なんとなく気分が落ち着いた。
トイレを済ませ、ベッドにもぐりこむ。
エイミーお姉ちゃんのいびきもちょっと静かになった。
……大丈夫じゃよな、呼吸しておるよな?
いびきしている人のいびきが突然止まるとちょっと不安なんじゃが。
「わん……!」
「おおう、部屋に入ってはダメではないかミカヅキ。静かにせい。どうしたのじゃ」
まだ太陽は出ておらぬ。
眠りに入ってから二時間といったところであろうか。
ミカヅキは寮の玄関で毛布を与えられて寝ておったが、ここに入ってはならぬと教えられていたはずだ。まったく、我が怒られてしまうではないか。
「わん!(それどころじゃねえ! 死体啜りの森が攻撃されてるぞ!)」
「なんじゃと!?」
「くうーん(即席で転移魔法陣を作ってお前を飛ばす。準備しろ)」
ミカヅキは、恐らくどこかの備品と思しきチョークを持ってきた。
これで床に魔法陣を書けということであろう。
でも我、こういう魔法よく覚えておらんのじゃが。
「わんわん(そうそう、大自然の化身の紋章を書くんだよ。あとは月が出てるから俺の方でフォローする)」
「頼んだぞ。しかし犯人は誰じゃ。よもやラズリーが……」
「わぉん(いや、どーも違うみてえだな。森が燃やされてる。妙な人間だそうだ)」
「森の木に火は付かぬであろう」
「わんわん(森の防護を突破してるんだよ。本格的な山火事になるかもしれねえ。ヤバいことになるぞ)」
「なんじゃと……!」
暗黒領域においては森林も大事な魔物たちの住処である。
火属性の魔法の禁止を突破して火事を目論む放火は、流石に禁じ手と言えよう。というか人間社会においてもかなりの禁じ手だ。これをやられたらアップルファーム開拓村とて、村総出で放火犯を何としても縛り上げる他なくなる。
「……強いのか?」
「(文句なしにな。下手な魔法使いや精霊より厄介だろうよ。ジェイクも負けそうだ)」
ジェイクは伸びしろのあるやつだ。
我が主になってからは必死に鍛錬をしておる。
今ではラズリーに勝ちはせずとも、かなり食らいつくことはできるであろう。
「よかろう。門を開けよ」
魔法陣に魔力が宿り、うっすらと輝く。
これで暗黒領域まで一っ飛びじゃ。
「(偉そうに言ってるんじゃねえよ、ったく。魔力は抑えろ。人間はどこに勘のいい奴がいるかわからん。気付かれるなよ)」
「わかっておるって」
「(じゃあ飛ばすぞ。俺はこっちで待ってるから、終わったら呼び戻す。油断するなよ)」
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