ユールの絆学園 9
シャーロットはソルと別れた後、ある部屋へと向かった。
「ああ、お戻りになられていたのですね、父上」
扉を開け、その部屋の主に白百合のような笑みを向けた。
ここは、この『ユールの絆学園』の執務室である。この部屋の主は常に多忙で、誰かがいることは少ない。いつも『ユールの絆』の最高幹部の一人として様々な街を回り、信徒の活動の監督をしている。学園長を兼任していると言えども、その椅子に掛けることのできる日は少ない。
だがそれでも機会があれば常にここへと舞い戻っている。ここは彼……学園長にして、ユールの絆最高幹部の一人、ベルグトゥーの理想を体現した場所だからだ。
「やあ、シャーロット。長く留守を任せてすみません」
落ち着きのある、渋みのある声が響く。
身長が高いだけではなく、体に厚みがある。
強さ以上に頼り甲斐を感じる姿に、シャーロットはこの上ない喜びを感じていた。
「いいえ、父上。お力になれたならば、これほど光栄なことはありません」
「その心遣いが嬉しいよ。……ところで、皆の様子は?」
「生徒の皆は元気に頑張っています。辺境からも体験入学の子が来ていて盛況です」
「『恩恵』を与えるに足る者は、現れそうかい?」
「ええ。見所のある子はいます。まだ幼く、親もいるのでこちらに引き入れるのは少々難しいとは思いますが……」
シャーロットの逡巡に、ベルグトゥーは慈愛の笑みを浮かべる。
「焦ることはない。我らの理想に共感してくれるかどうかは腰を据えて考えねばね」
「はい! それと、その、父上……お願いがございまして」
シャーロットがもじもじと恥ずかしそうに言った。
「何かあったのかい?」
「そろそろ、お仕事があるならば……と思いまして。妹や弟たちの様子も心配ですし」
その気恥ずかしそうな態度に、ベルグトゥーはにこやかに笑った。
「シャーロット。きみの願望を妹たちの願望とすり替えるのはよくないぞ」
「えへへ……すみません」
「だが、聖なる御業に邁進するのはよきことだよ」
「はい!」
ソルと話していたときとは異なる、爛々とした輝きがシャーロットの目に宿る。
「怠惰な人間、怠惰な魔物、ともに太陽神の裁きを与えなければならない。そのためにこそ暗黒領域を我々が手に入れなければ」
ソルフレアを太陽神と崇める『ユールの絆』。
そもそも彼らは賢神教を棄教したアウトサイダーたちであり、社会の片隅で生きる、その名に反した日陰者たちに過ぎなかった。竜の時代や獣の時代に憧れを持つ人間や、神話を読んでソルフレアの壮大さに惚れ込んだ人間のみならず、様々な理由で信仰を捨てて棄教した者たちや、故郷を追われた者、家をなくした者たちの寄り合い所帯だった。
そんな彼らを纏め上げ、神殿を建て、学校を経営し始めたのがベルグトゥーだ。街の人々からは不良や愚連隊を更生させた篤志家であり、『ユールの絆』の教徒たちにとっても頼れる指導者だ。
だが彼には、野望があった。
「弟、妹たちは順調に入り込んでいる……が、予想できない変化が起きつつある。彼らへの援護となるが……できるかね?」
「もちろんです。何度も潜っていますから」
「焔から報告が上がってきた。どうやらラズリーが何者かに倒されたようだ」
シャーロットは、その言葉に驚いた。
「まあ……どこかの小国が戦争でも仕掛けたのですか?」
「いいや。新興勢力のようだな。竜の力を使うことに間違いはないようだが、死体啜りの森にいる者しか姿はよくよく見ていない。ラズリーの配下たちは皆、新たな森の主の配下となった」
「竜の力、ですか……」
「ソルフレアを騙ってラズリーを騙し討ちし、手下の魔物たちを隷属させた邪悪な魔物だという噂もある」
「なんと不遜な……捨て置けません」
「焔は単独で死体啜りの森に行くようだが……不測の事態も考えられるだろう」
「しかし私と焔が共に行動するとなると……少々、手荒なことになると思いますが。森が燃えてしまうかも」
「もちろん構わないさ。太陽神に与えられた恩恵、存分に振るいなさい」
彼は、太陽神の預言者……神の言葉を預かる者と呼ばれている。
同時に、神の力を預かっている。
己を信仰に力を分け与える、大自然の化身にのみ与えられた偉大なる力……力を与える力だ。
ベルグトゥーの右手が光り輝き、その手がシャーロットを優しく撫でる。
「……ふむ。しっかりと鍛えているようだね。貢献度も十分だ。位階を上げても問題はあるまい」
「あっ……ああ……ありがとう……ございます……!」
「【覚醒】」
そして光は、シャーロットへと吸い込まれていく。
「……赤き手と言われているようだが、君の手は美しい」
光がやがて治まる頃には、シャーロットの体には獰猛なまでの力が宿っていた。
「さて、それでは門を開こう。そして穢れた者共を蹂躙してくるんだ」
ベルグトゥーが指を弾くと、その部屋の鏡に不思議な光景が写りだした。
その先にあるのは鬱蒼とした森があった。
異なる世界に繋がっているかのような奇妙な光景に、シャーロットは獰猛な笑みを浮かべた。
「はい、父上の御心のままに。そしてユールのために」
シャーロットは制服を脱ぎ、仮面を被る。
そこに、ソルを慰めていたときの慈しみ溢れた姿はなかった。
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