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ユールの絆学園 6



 ユフィーはソルを教室に送り届けた後、勉強する様子を見てから応接室に戻った。

 応接室で茶菓子を楽しんでいるディルックの後頭部を、書類束ですぱぁんと殴る。


「何するんだよ」

「あんたこそなにサボってんのよ! まったくもう!」

「待ってたんだよ。あの子の様子はどうだった?」


 ユフィーは少し逡巡し、遠慮がちに答えた。


「……いい子だなって。ちょっとふてぶてしいところはあるけど、明るいし、授業は熱心に聞いてたし、運動の苦手な子を助けてあげてたりしたし」

「じゃあ馴染んでるんだな。このまま入学するんじゃないか?」

「……どうする?」


 恐る恐る、ユフィーが尋ねた。


「どうするもこうするも、学園としちゃ普通に受け入れるだろう。仮に俺たちがこのことを喋って誰が信じる?」

「いや、でも……子供にしては強すぎるよ。信じる人がいてもおかしくはないんじゃないの?」

「確かに俺たちより強い。トップクラスの冒険者を超えて、暗黒領域を統治する王たちに匹敵するかもしれない……だが」

「だが?」

「まだ、弱すぎる」


 ディルックの言葉に、ユフィーが困惑する。


「え、あれで弱すぎるって、あんた何言ってんの!?」

「バカ、声がでけえよ」


 ユフィーが呆れと驚きでつい大声を出し、はっとして自分の口を塞いだ。


「いいかユフィー。そもそも比較対象が間違ってるんだよ。本当にソルフレアの生まれ変わりだとしたら、神とか大精霊とか、自然現象とか、存在するだけでこの星の在り方が変わるような人知を超えた存在だ。そういう風に思えたか?」

「それは……まあ、そこまでとは思えなかったけど」

「凄まじく強いが、理解できない範囲じゃない。恐らく、完全に目覚めてはいないんだろう。恐らく、恐いのはこれからだ」

「……あんたは信じてるんだ。あの子がソルフレアの生まれ変わりだって」

「信憑性はない。だが、あいつは多分……本物だよ」


 ディルックの勘は当たる。

 それはディルックの相棒を長年勤めたユフィーの勘であった。


「だからユフィー。今が好機だ」

「え? 好機って、あなたもしかして……」

「ああ」


 怖じ気づいたユフィーに、ディルックはにやりと笑った。


「変な悪党共に染められちまう前に、すくすくと情緒を育んで育ってもらう」

「あ、なんだ、そっちか」

「なんだと思ったんだよ。殺すとか言い出すんじゃあるまいな」

「そんなわけないでしょうが!」





 楽しかった。


 すっごい楽しかった。


「うーむ……これは予想外じゃ」


 同い年の子供らと一緒に名作文学を読んだり、歌を歌ったり、かけっこをしたりするのは、びっくりするくらい楽しかった。


 都会っ子は田舎者を馬鹿にしてくるかと思いきや、教科書を貸してくれるし、何かで一番になっても普通に褒めてくるし。ミカヅキの部屋もちゃんと用意してくれたし。そういえばゴライアスくんがミカヅキの飯を用意してくれた。ついでにめちゃめちゃモフってた。


 寮のご飯も、ママの料理ほどではないが美味しかった。

 肉と玉ねぎを炒めた甘辛い料理が出てきたが、エイミーお姉ちゃんから「好き嫌いするとアップルファーム開拓村は甘えん坊ばっかりだなぁって馬鹿にされちゃうよ?」と言われて食べた。寮母というママより年上の女に「いい食いっぷりだねぇ!」と誉められた。


 あてがわれた部屋も、狭いが汚くはない。

 ちなみにエイミーお姉ちゃんと同室で、消灯時間までおしゃべりして楽しく過ごしておった。いつぞや、村の集会場でお泊りしたことがあったが、そのときよりも話が弾んだ。エイミーお姉ちゃんも体験学習が余程楽しかったのであろう。


 だが灯りが消えた瞬間、なんだか胸がざわざわした。


「なんか眠れぬ……。エイミーお姉ちゃんは……」

「ぐがー……んごごごごごご……ぷしゅー……ぐがー……」


 寝ておる。

 すっごい寝ておる。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、トイレに行かぬか……?」

「んんー……もう食べられないよぉ……」

「おかわりしすぎなのじゃ、まったく……。仕方ない、一人で行くかのう」


 我は静かに扉を開けて廊下へと出た。


 暗い。


 他の子供たちも部屋の明かりを消して寝ているようだ。

 消灯時間の後も遊んでいると寮母や教師に怒られるらしい。

 トイレに行くくらいは構わぬそうだが、ここで問題が起きてしまった。


「どっちじゃ?」


 暗いとはいえ見えぬわけではない。

 少しばかり目に魔力を集中すれば周囲の状況は把握できるが、どこにトイレがあるかわからなければ意味がないのである。


「う、うむむ……こっちか……?」


 抜き足差し足で静かに歩く。

 音を立てて歩くことは止めておこうと思った。

 ここの学生寮は、遠方から来ている生徒たちが寝泊まりしている。起こしてしまっては申し訳ない……という気持ちだけではない。


 なぜであろう。

 ここには我を追い詰めるものなどはないはずだ。


「む?」


 廊下を歩くうちに、中庭の方まで来てしまった。

 星と月の明かりがこぼれ、中庭の花壇の花を静かに照らしている。

 なんだかその光景に、妙にホッとしてしまう。

 空の景色はいつ見ても変わらぬ。

 今の世も昔の世も、昼は太陽が輝き、夜は月と星々は輝いている。

 ほんの少しだけ寂しさを感じなくて済む。


「え……寂しい?」


 我はなぜ、寂しがっておるのだろう。

 今日一日は思い切り楽しんだはずなのに。


「にゃーん」

「うおっ!? なんじゃなんじゃ! 我を脅かすつもりか!」


 何か物音がした方を見る。

 そこにいたのは、ただの野良猫であった。

 我の声に驚き、たたたたっと中庭の茂みの中を走っていく。

 迂闊にも小動物にドキドキしてしまった。


「び、びっくりしたのう……ママ、猫がおったのじゃ。食料庫に出入りしていないか確認せね……あ」


 ここは我が家ではないのに、うっかり呼んでしまった。

 当然、誰の言葉も返ってこない。


 風の音、鈴虫、ときおり鳴く野良猫。


 普段は気にも留めぬ音が、ごうごうと耳で鳴り響いているようだ。


「帰りたいのう……お前もそう思わぬか」


 花壇の花に語りかけた。

 なんでこんな気持ちになっているのだろう。


「それはペゴニアですね。綺麗でしょう?」

「こっ、今度は、誰じゃ!?」




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