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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
番外編

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乗馬(前)

本編後の、二年目の平和な日常の話。


「オルテンシアちゃん、君は馬は乗れるのかな?」


 のんびりと中庭でアバゾルの日光浴を眺めていたトゥル様は、ふと顔を上げて私を見た。

 今日は晴れている。辺境地区風の晴れだから、空はうっすらと白いけれど、十分に明るい。

 柔らかな太陽の光を受けて、トゥル様の金髪はとてもきれいに見える。でも見惚れている場合ではないから、私はこほんと咳払いをした。


「昔、少しだけ練習していたことがありますが、十二歳頃から乗ることを禁止されました」

「それは、暗殺防止だろうか」

「そうだと思います。何かの拍子に馬が暴れて落ちることがあれば、子供なら簡単に死んでしまいますから」


 私は正直に説明する。

 かつて、私は命を狙われていた。ずっと狙われ続けていたのを、周囲は巧みに隠していた。

 そのおかげで無邪気な子供時代を送ることができたのだけれど、理由を伏せたまま禁止されたことはいくつもあった。

 乗馬もその一つだ。

 きっと、鞍などに何か仕掛けられていたことがあったのだろう。

 トゥル様は少しだけ悲しそうな顔をしたけれど、予想はしていたようで大きく表情を変えることなく微笑んだ。


「でも、今の君は落馬しても大丈夫だよね?」

「え?」

「君自身の体質だよ」

「……あ、そうですね」


 私は、負荷がかかると体の密度が翼竜と同じ状態に変異する。高所から落ちた時に最も有効で、羽根がふわりと落ちていくようにゆっくりと降下するのだ。

 それを考えれば、落馬したとしても地面に叩きつけられることはない。


「それに、カートルもいるだろう? ある程度は落ちること自体を防げるんじゃないかな」

「カートル、ですか? ……そう言うことを試したことはないので、よくわかりません」

「私のカートルは、銀鷲に乗る練習をしている時に何度か助けてくれたよ。騎乗用のベルトがあるから完全に落ちることはなかったんだが、大きく傾いた体を支えてくれた。君のカートルもそうじゃないかな」

「まあ、そんなことがあったんですね」


 私は耳飾りのふりをしているカートルに触れた。

 領主一族用の護衛魔獣のカートルは、あらゆる攻撃を防いでくれる。まるで銀そのもののような体を大きく変化させるのだ。

 攻撃を防ぐ時は膜のように広がることが多いけれど……いつも金属製の装飾品のような姿になるのだから、金具のような形にだってなれるはず。

 私の指に、カートルが体をすり寄せてきた。体の表面はつるりとしているのに、ほんのりと温かい。


「……そうですね。落ちないようにするくらいなら、してくれるかもしれませんね。どうして思いつかなかったのかしら」

「君が、とても真面目な性格だからじゃないかな」


 トゥル様はからかうように笑うけれど、気付いていなかったのは私だけではないから、そんなことはないと思う。

 もしかしたら、私が頑なだったから提案できずにいただけかもしれないけれど。

 辺境地区の常識にとらわれないトゥル様だから気付いてくれた。トゥル様だから私に言ってくれた。トゥル様の言葉だから、私は素直に聞くことができる。


「明日、屋内練習場に行こうと思うんだ。君もどうかな? とりあえず馬の反応を見てみないか?」

「——そうですね。馬が私にどう言う反応を示すかを知るために、ご一緒させていただきます」


 私は大きく頷いた。



     ◇



 翌日、乗馬服を着たトゥル様と共に乗馬場へ赴いた。

 屋敷の敷地の端にあるそこは、屋根付きの広い空間がある。雨の季節でも濡れずに馬術訓練ができる場所であると同時に、有事には厩舎の代わりになる場所だ。

 雨が降っていないのにこの場所を選んだのは、まだ手放しで安全であると確信できないからだ。

 トゥル様の乗馬服姿は相変わらずとても素敵で、私はついつい目を向けてしまう。でも、それ以上に緊張して落ち着かない。


「オルテンシアちゃん、大丈夫だよ」


 乗馬場が近付くに連れて足が重くなっていることも、見抜かれているようだ。でもそれを恥ずかしく思う余裕もなく、私はぎゅっと手を握りしめた。

 馬は動物で、空を飛ぶ魔獣ではない。

 それでも敏感な馬は、私がそばに行くと様子が変わる。我が家の馬たちは魔獣がそばにいても落ち着いて行動できるように訓練しているけれど、それでも近づきすぎないように気をつけてきた。


 今日は、思い切ってもう少し近付いてみたい。慣れてくれたら、馬に乗る練習をしたい。

 そして——いつかトゥル様と遠駆けをしてみたい。

 そのためにも、まず今日を乗り越えなければ。


「大丈夫です。何事も挑戦です!」

「うん、いい顔だね。……ああ、私の馬は向こうだ。さあ、行こう!」


 私を見たトゥル様が、笑顔で手を差し出す。

 いわゆるエスコートの形ではない。手を引いてくれるのだろう。

 私は思い切って手を伸ばす。少し控えめになってしまったのを、トゥル様はぎゅっと握ってぐいぐいと引っ張っていく。


 トゥル様用の馬は、私が近づいても怯える様子は見せなかった。促されて恐る恐る体に触れても、耳をわずかに動かしただけで落ち着いている。

 さらに思い切って首を撫でると、とても穏やかな顔をしてくれた。


「……よかった。久しぶりに触りました」

「では、乗ってみようか」

「えっ?」


 突然の言葉に驚いて振り返る。トゥル様はにっこりと笑い、小さく「失礼」と言ったかと思うと、私の体を軽く持ち上げていた。

 体が浮いて、視線がトゥル様より高くなる。青と緑を混ぜた色の目が楽しそうに輝いている。

 あまりにも楽しそうだから、体をこわばらせることも忘れる。踵にしっかりとした感触が伝わって、馬の背に乗せられるのだと悟った。

 自然に手が動いて鞍をつかむ。そっと下ろされると、すぐにお尻の位置を調節した。


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