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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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暗殺者の数(2)


 お父様には、すでに襲撃されたことは報告が上がっている。

 でも、お父様は改めて私に状況を説明することを求めた。


「騎士の視点ではなく、お前が気付いたことを教えて欲しい」


 だから、私は全てを話した。

 あの時の状況、天候、私が見上げた時の銀鷲の位置、魔獣の出現の仕方、それからトゥル様のことも。

 トゥル様が毒持ちの魔獣を斬り捨てたことを聞き、お母様がわずかに眉を動かした。


「騎士たちは殿下が剣を振るうところは見ていないようで、半信半疑でした。でも、シアが見たのなら、あの方はやはりかなりの腕をお持ちのようだ」

「しかも、襲撃者に慣れている。魔獣を前にして、的確に毒持ちを斬り捨てるのはなかなか難しいものだぞ」


 お父様も感心したように頷く。

 でも、ふと首を傾げた。


「だが……お前のペットか、と本当におっしゃったのか?」

「斬っていいか、という確認だったのでは?」

「ああ、そういうことか。ということは、あの方は毒持ち以外も斬るおつもりだったのか? あれほど美しいお顔で、どれだけ豪胆なのやら」


 お父様とお母様が顔を見合わせて、苦笑している。

 でもすぐに真顔になり、お母様が私に紙を手渡した。

 日付と、場所と、簡単な説明文。一見単純な事項が、ずらりと紙いっぱいに並んでいる。

 それが何を意味するのか、目を通しながらゆっくりと理解していった。


「……こんなに、暗殺者が入っていたのですか」


 王都でのトゥル様は、ずっと命を狙われていたと聞いていた。でもこの辺境の地に追いやることで、王妃様の憎悪はある程度は薄れたのではないかと思っていた。

 だが、大掛かりな襲撃が起こった。

 お父様たちが未然に防いできたものも、これだけあった。


「一つ一つは、大したものではない。殿下狙いの暗殺者とは思わず、ただの他領からのスパイと思っていたものも多かったくらいだ。だが、いくつかは連動していた。全く無縁と思っていたものも、連動した作戦の一つだったのではないかと疑うべき事例となりつつある。まあ、我らを甘く見ていたのか、計画が粗雑なものが多かったようではある」


 そう語るお父様は、表面上は淡々としている。

 でもどこか不機嫌そうだ。

 ブライトル領は辺境地区にある。王都から見れば田舎だ。文化的にも遅れた野蛮人と下に見られていることもあると聞く。


 実際に、そう言う面は否定しない。

 私は辺境地区しか知らない。王都のものとの違いもよく分かっていない。

 でもブライトル領は、何も考えない人間が治めていける場所ではない。あらゆることに目を配り、些細な変化から予兆を読み解き、慎重に慎重に行動しなければいけない。

 苛烈な戦いを得意とすることだけが辺境領主の役割ではない。

 だから、豪快な辺境の男に見えて、お父様は思慮深い。

 慎重で冷静なお母様は、必要となれば命知らずの猛者たちすら尻込みする苛烈さを出してくる。


 私は、この二人の後を継ぐ。

 翼竜に乗ることができない私は、戦いの場に立つことはない。自ら先頭に立つ苛烈さもない。

 だから私は、あらゆることを見極める術を身につけなければいけない。冷静さを保ちながら、冷酷にもならなければいけない。

 状況を読み解き、判断をしなければ。

 でも……まだ先のことを思い悩むより、今はトゥル様をお守りすることが一番だ。


「しばらく、殿下には外出を控えていただかねばならないだろう」

「わかりました。トゥル様にお伝えしておきます」


 私は頷いた。

 それからもう少しトゥル様の警備についての話をして、私が退室しようとした時、背後からため息混じりに呼び止められた。


「……オルテンシア。お前に改めて聞いておきたい」


 振り返ると、お父様が私をじっと見ていた。

 冷静な目をしているのに、渋い顔をしていた。領主としての顔と、父親としての顔が入り混じっている。どうしたのだろう。

 お父様はもう一度深いため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「我らは、トゥライビス殿下を守り続けていいのだな?」

「はい」


 何を当然のことを聞いてくるのだろう。

 私が首を傾げると、お父様は言いにくそうに目を逸らして顎を撫でた。


「あの方を守るだけなら別の方法もある。だがお前は、今のまま、トゥライビス殿下をお守りしていきたいのだな?」

「今のまま?」


 私は、お父様の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 何を言おうとしているのだろう。

 何かの隠喩なのだろか。

 そう考えていて……突然、悟った。


 今のままでない守り方と言うのは、どこかに幽閉することだ。もっと警備が厳重で、外部からなにものも入り込めない場所に移っていただけばいい。国王陛下から懇願された三年間くらいなら、そこで息を潜めていただく間に簡単に過ぎてしまうだろう。


 でも、そんなことは望まない。

 きっとトゥル様は、どんな状況でも楽しみを見出すだろう。でもそんな場所には、埃だけを食べるアバゾルは生息しない。自由に飛んできてはすぐに姿を消す虫もいない。スオロのヒナを観察することはできないし、アマレの白い花を見ることもない。

 そんな状況にいるトゥル様なんて……私は絶対に想像したくなかった。


「トゥル様には、今のまま、穏やかに過ごしていただきたいです」


 警備に人手を割かれても。侵入しようとする暗殺者に頭を悩ませても。巻き込まれて私が襲われることがあろうとも。


「そうか。わかった。お前がそう望むなら、我らも覚悟を決めておこう」


 お父様はしっかりと頷いてくれた。



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