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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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暗殺者の数(1)


 魔獣の襲撃があった後、私たちはすぐに別荘に引き返した。

 アリアードのおじさまは文句は言わなかった。


 翌日、まだ雨は降っていたけれど屋敷へと戻ることにした。道中の護衛を増やし、上空の銀鷲は四頭に増やしてより広い範囲を警戒した。

 トゥル様は、帰りも馬車に乗ることになった。

 念のため、万が一の時には利用できるように、馬車のすぐそばに空馬を並走させている。


 馬車の中は静かだった。

 トゥル様がずっと無言だからだ。

 ずっと窓から外を見ていた。でも機嫌が悪かったわけではない。時々上を向いて上空の銀鷲を見ている。膝の上には、アバゾルの詰まったカゴが載っていた。


「……そのカゴ、私がお持ちしましょうか」


 思わずそう声をかけると、トゥル様は無意識のうちに撫でていたアバゾルに目を落とし、苦笑をした。


「いや、これは私が持っておくよ。負担にはならないし……和むからね」

「それならいいのですが」


 和むと言われると、それ以上は言いにくい。

 でも、和むためなら、もっと可愛らしい外見の動物の方がいいのではないかと悩んでしまう。それにアバゾルは掃除には有効だけれど、護身用としては全く役に立たない。

 カートルを一匹お渡ししているけれど、さらに何か、護衛にも癒しにもなる魔獣をおそばに置くべきではないだろうか。


「……トゥル様は、どのような動物がお好きですか?」

「動物?」

「何か、おそばにおつけしたいと思っていますが、お好みを聞いておこうと思って。襟赤栗鼠については、今、手配中です。他に何か……翼狼のように忠誠心の強くて騎獣にもなるものとか、氷嶺山猫ヒョウレイヤマネコのように小型化していつもおそばに置けるものとか、他には蛇類も大きさを変えたりするものがいたはずですが、見栄えの問題で忌避する人もいると……」

「待って。オルテンシアちゃん、ちょっと待ってくれるかな」


 だんだん独り言になりかけていた私に、トゥル様が口を挟んだ。

 青と緑を含んだきれいな目はまだ穏やかだけれど、少し身を乗り出して首を傾げている。


「今、聞いたことがない名前を聞いたんだけど」

「そうでしたか?」

「確か、ヤマネコと言ったよね?」

「あ、まだお見せしたことがありませんでしたか。魔の森にある山地に棲息している魔獣です。お母様の実家で飼っています。たぶん、見た目は普通の猫と同じように見えるはずです」


 普通の猫、という基準がよくわからないけれど、王都土産の絵の中に、膝に猫を乗せた女性の絵があった。だから、きっと大きさは膝に乗るくらい、と言う認識で大丈夫なはず。


「本体はかなり大きくて、成長すれば馬くらいになると思います。でも人間のそばにいる間は、普通の猫くらいの大きさになることを好みます。滅多に人に慣れないので騎獣としては使われていませんが、信頼関係ができれば乗せることもあると聞きます。トゥル様なら、きっとそういう関係にもなれるのではないかと」

「大きさが変わる猫、か。つまり、魔力が強いんだろうね?」

「とても強いです。野性の翼竜たちも、氷嶺山猫には絶対に手出しをしないと言われていますから」

「それは……かなりのものだな。そんな魔獣が、なぜ王都では全く知られていないんだろう」

「個体の強さとしては、本当にとても強い魔獣ですが、人に心を許さない誇り高い魔獣なので、人間の目につくことがまず少ないんです。その上、相性の問題もあります」


 その点、トゥル様なら相性については高い確率を期待できる。

 そして見た目は、魅惑的な猫。

 いいかもしれない。

 紫を帯びた銀色の毛並みも、トゥル様の金髪ときっと相性がいいだろう。

 蛇は暗殺用の魔獣と似ているから、こっそり候補から外しておこう。蛇系は比較的入手しやすい。もしトゥル様が蛇をご希望なら、その時に急いで手配すればいい。


 そんなことを考えていると、馬車の中が急に暗くなった。窓から外を見ると、周囲に大きな影が落ちていた。でも誰も慌てていない。

 馬車と馬を並走させていたグレムが、馬車をコツコツと叩いた。

 密室でトゥル様と二人きりになることは禁止事項だから、今日もメイドが同乗している。でも私は自分で窓を開けた。

 窓を開けると、途端に強い風が吹き込んできた。独特の草の匂いがする。お母様が率いる翼竜隊の匂いだ。


「お嬢様。翼竜隊の出迎えが来ました。銀鷲隊の半数が撤収します」


 グレムの報告に私は頷く。

 でも、ふとずっと気になっていたことを思い出して、少し身を乗り出した。


「私は結婚しているから、もう『お嬢様』は卒業したわよ」

「ああ、そうでした。でも我らにとっては、お嬢様は結婚なさっても、老婆になってもお嬢様ですよ!」


 グレムはそう言って笑い、馬を離していった。

 その間にも、周囲の影がさらに増えていく。かなりの数の翼竜が上空を飛んでいるようだ。

 振り返ると、トゥル様が反対側の窓から空を眺めていた。

 別荘を出た時と比べると、表情が少し柔らかくなった気がする。生物に対する好奇心も戻ってきたようだ。そのことにほっとする。

 でもこれからお父様たちに報告をする私は、密かに気持ちを引き締めた。



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