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まだ夕焼けには早く照りつける太陽の照り返す石畳の上を、一台の馬車が通り過ぎる。二頭の馬が引く客車には、一人の男性が書類に目を通していた。
窓から見える街頭の景色の流れには気にもせず、綴られた文章を目は追っていた。時折、路面の石を車輪が弾き不規則に揺れる状況にもその視線は書類を見つめ中断される事は無い。
「うちの(キイア)村でこんなことが・・・・・・ユリア達は無事だと良いが」
幸いにも、情報を伝えてくれたバオとタモト君には、感謝せねばならない。村が盗賊に襲撃されたらしいと言う話を聞いた直後から、何度と自分の仕事を休み村へと向かおうと思ったか知れなかった。
その点では、情報を集めるうちに被害者も少なくて済んだ事がわかり、幾分かは落ち着いて状況を把握することができるようになった。
丁度その時に、首都にも奇妙な魔陣の輝きを見たと言う噂が冒険者を通じて広がり始め、本来であれば、国の調査を担当する衛兵隊が事情を調査する事になるのだが、魔陣が関係した可能性が高い事と村の出身で地理も詳しいだろうと私へと調査の依頼が届けられたのだった。
「フフ、しかし先ほどは自分ながらはしゃぎ過ぎてしまったな」
書類から目を上げ街頭の景色を眺めながら、先ほど出会った青年の事を思い出す。自分の呟いた言葉も誰も他に聞くものは居なかった。
しかし、まさか神痣を授かったかもしれないとはバオも思い切ったことを言うものだと感じたのだ。
いつも冷静な彼が、面白い玩具を見つけた子供のように目を輝かせて報告したのだ。意外な一面を垣間見て私自身も童心に返ったように興奮してしまった。
「確かなものだと確証は無いが、二神と青年(タモト君)か・・・・・・この時に伝えられたのは偶然か?」
宮廷への召集は、緊急で会議が執り行われる事を意味していた。ある時は決定事項を伝達される会議として、もうひとつは、魔力や魔陣の研究機関の代表として意見を求められる事があるためだった。しかし、通常の会議が開かれるのはまだ幾日か先のはずであった。
アブロニアス王国にとって、最近の懸念事項は、隣国の情勢の悪化の噂が聞かれている事だった。その噂の源も酒場の噂話から冒険者が持ち帰った信憑性の高い情報まで様々であるという。
自分は噂話程度でしか知らない事ではあったが、緊急の召集がされるとすれば直ぐに思いついたのはその話位であった。キイア村の襲撃の件で国の重鎮が集められることは無いだろうし、それ以外にも商業外交などに問題があったと言う話も聞かないからだった。
「サージェン先生。どうぞ」
「あ、あぁ、ありがとう」
いつの間にか停車していた馬車の扉を、御者が開き声を掛けてくれる。
宮廷の入り口に居る衛兵と御者とのやり取りさえ気付かなかったのは、さすがに考えすぎていたんだろうと苦笑する。
一応、報告を求められるかもしれないと持参したバオの報告書をまとめ、馬車を降りる。見上げた入り口は、学術院の入り口とは比べようも無いほどの豪華な彫刻が掘り込まれた玄関の扉が目に入ってきた。
宮廷と言うのは、王族の住む大きな屋敷そのものを意味していた。扉の両隣には、帯剣した衛兵が立ち視線を向けてくる。自分は、いつも通りに入り口へ歩を進めたのだった。
入り口の扉を通った後は、衛兵の先導で会議室へと向かうのはいつも通りの事だった。まだ、早く来てしまった為、案内された会議室の椅子にも空席が半数以上ある。
会議の席場は、円卓ではなく長方形の20mはあろうかという机でそれぞれの席順が決まっていた。一番奥を王が座る席として左側に騎士団、右側に各大臣達が座り、入り口に近い席に私の座る席が用意されており空席の目立つ中座って待つことになった。
「おお、サージェン殿、お早いお着きですね」
先に席に座っていた30歳代の男性が声を掛けてくる。席順は自分の対面にあたり、入り口から見ての左側、騎士団に所属する事を意味していた。
癖のある金色の髪とたれ目がちな眼差しでこちらへ声を掛け、挨拶代わりに声を掛けたような印象を受けた。その男性は、痩身に鎖で編みこまれたチェインメイルを着ており、その上から、それぞれの騎士団の紋章が刺繍されたトゥニカと呼ばれる布性の衣服を着ており皮製のベルトで抑えた服装をしていた。
「ミズーヴェ様も、お久しぶりでございます。お早いのですね」
「ちょっとした用事で来ていたもので、緊急な話が有ると聞き館に帰りそびれてしまったのですよ」
「そうでしたか」
少し離れた横の席では、早めに来ていた大臣達が挨拶や世間話をし始めた時である。入り口の扉を開き、ミズーヴェと同じくチェインメイルとそれぞれ違う紋章のトゥニカを着込んだ男女が入ってきた所だった。
「ミズーヴェ来ていたのか、どおりで来がけに館に寄ってもまだ戻っていないと言う事だったからな」
「スダン、わざわざ家に寄ってもらってすまないな。ちょうど呼び止められてしまってね」
「サージェン先生、ご機嫌麗しく」
声を掛けてきたのは、従騎士の頃からの教え子であったエミルと言う女性騎士だった。彼女は、28歳ながら他の騎士達とは違い魔陣を織れる騎士として第3騎士団の団長を勤めている。
彼女とは、私が地域的な魔陣の研究を行っている事から、隣国の魔陣体系などを教えた関係でもあった。
もちろん、一緒に入ってきたスダンは第1、ミズーヴェは第2の騎士団長を任されている人物であった。彼ら二人は、エミルとは少し年が離れてしまうが3人とも仲の良いことを知っていた。
「エミル様、お元気そうで何よりです」
「もう、毎回よしてください、サージェン先生。エミルで良いと言ってますのに」
エミルには、微笑を浮かべ困った表情で返される。この様なやり取りが毎回会うたびに繰り返されている。
そうして、それぞれが挨拶を交わす間に空席も埋まり始め、後は騎士団をまとめる将軍と宰相、王が来るのを待つのみとなった。
ただ、緊急の会議を待ちながらも自分が発言を求められる事は、キイア村の報告以外では無いだろうと思ってもいたのだ。
「皆集まっているな」
国王はそう言いながら、私達の入ってきた入り口とは違う会議室の奥の扉から入ってきた。国王のすぐ後ろにリーマン将軍が控え、将軍の後ろを宰相と言う順で会議室へと入ってきた。
その一言で会議場は静寂へと変化し、何事があったのかと疑問の表情が浮かんでいた。
それは会議場に集まった面々が知らない人物、宰相の後ろにもう一人若い青年が付き添っていた事で余計に疑問が強まっていた。
自分は会った事の無い青年だったが、服の上からでも体を鍛えているだろうという事は分かった。
「さて、それではシャーヴェ宰相、始めてくれ」
「はっ、挨拶は省き用件に入らせていただきます。昨日、隣国ラソルより重要案件の提案がされ届けられました。今日はその連絡と対策を速やかに整えるため集まってもらう事となった。なお、この案件は最重要事項となるため秘匿とするように」
その言葉を聴いたとたん、隣国の噂を思い出し良くない知らせなのだと思うことしか出来なかった。
「重要案件と言うのは、ラソル国は亡くなられた先代の国王が結んだ同盟を再確認したいという事を伝えてきた」
その宰相の一言で、なぜ今頃その様な話がと囁き合う大臣達の声や飛躍した囁き声では、戦争が起こるのか?といった言葉も漏れ聞こえてくる。
「静かに!」
宰相の渇を含んだ声色に、再び会議場には静寂が訪れる。
「もちろん、同盟の用件は確認としての要請だけではない。具体的には、ラソル国第1皇女と第2皇女、および神官の巫女の合計3名の我が国での受け入れと保護を申し入れてきた。我らがサバラ王はそれを承認し受け入れることを決定された」
「我が国への利益はどれ程ですかな?まさか、無償で保護せよと?」
財務を取り仕切る大臣が発言する。確かに、学業などでの受け入れであれば簡単な話で済みやすい。
しかし、伝えられた内容の中に保護までの文章が入っていたとすれば、何事か起きた時には同盟の破綻や国同士の争いへと発展しかねない事を懸念したのだろうと感じる。
そうならない様に、我が国にも身の安全を保障する費用が掛かるというのを心配しているのが分かった。
「ラソル国からは、劣化魔宝石の精製技術の提供をする意思があることを伝えてきている」
「「「おぉ」」」
大臣勢の皆が驚くほどに、劣化魔宝石の人造精製技術はラソル国が秘匿してきた技術の一つであった。その技術が広まれば、天然で産出される魔宝石よりも需要が増大する事は熟考しなくても気付ける事だった。
しかし、旨い話ばかりではない事に数人は気付いている表情をしていた。特に財務や産業に関係の薄い騎士勢の面々は、その先に思いを巡らせている様子だった。
「それで、我々騎士団はその皇女様方をお迎えに伺えば宜しいのですか?」
「スダン、その必要は無い」
「将軍、必要が無いとは・・・・・・」
「スダン団長、この案件が届いたのと同時に、すでに皇女様方は我が国の護衛と共に向かわれているとの事だ。ラソルはそれほどまでに急いている事は、秘匿の技術を提供してもよいと言う事からも分かるだろう」
ずいぶん手回しの良い話である。大臣達は破格な報酬が期待できることで黙って話を聞いていた。しかし、騎士団の面々はてっきり自分達がラソル国の国境まで皇女方を迎えに派遣されるだろうと思っていた表情をしていたのだ。
「ラソルは皇女方の受け入れを秘密にしたいという条件も付けてきた。その為、迎えに大々的に騎士団を動かすことは出来ないが、しかし、我々も座して待っている訳にも行かない。そこで、エミル団長」
「はっ!」
「エミル団長を、ラソル国皇女方の世話役兼護衛役として命ずる。その間の第3騎士団の指揮を副隊長へと委任せよ。準備が整い次第、国境の村ケイルに向かい皇女方を首都へお連れするのだ」
「しかし、彼女だけではもしもの時は?」
第1騎士団のスダンと同じく、第2騎士団のミズーヴェもまた自分に何か出来ないかを期待しての質問をあげる。
「そうだな、直接的な護衛は付けれないが、数名の随伴位は大丈夫だろう。護衛の方法はエミル団長と煮詰める事とする。第1から第3の騎士団は、皇女方到着後の警護の協力体制を整えよ、各々(おのおの)それでよいか?」
「「「了解いたしました」」」
「うむ、それでは今後ラソル国皇女方の呼び名を『ケイル村の村長の3人姉妹』とする」
会議は以上の伝達で終わりとなり、護衛の方法を決めるためエミル団長や宰相達が残ると、他の騎士や大臣達面々は会議室を後にした。
自分としては、調査を依頼されたキイア村の事情について参加者の思考の中には無かった様子だった。その点では、バオからだけの情報で報告するわけにも行かず、タモト君からの事情を加えた上で判断したいと思っていたため聞かれずに良かったとさえ思えた。
自分にとっては、ラソル国の皇女方達の話はこの場だけで関わることは無いと思っていたのだ。




