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捲くられた馬車の中からは、左右に並ぶ林の列が鮮やかな新緑の色を輝かせ流れていっていた。時折吹き込む風は、少しだけ肌寒く感じさせる。
「はっくしゅ!」
「どうしました?風邪ですか?」
「いえ、急に寒気が」
「お客さん、寒かったら幌を閉じましょうか?」
気がけた御者が聞いてくるも、せっかくの天気の良い中に閉じてしまうのも自分だけでなく同乗している人達に迷惑になってしまうのではないかと思ってしまう。
それに、本当に風邪を引いたとも思えなかった。
おそらく、肌寒い風が急に吹き込んだせいだと思った。
「気をつけてくださいよ。あと一日とは言え体調を崩されでもしたら、せっかく来てもらっても時間を浪費しますからね」
「ええ、気をつけます」
バオは本を読む視線をあげ、それだけ言うと直ぐに視線を本へ戻した。本当に研究熱心と言うか、予定を気にする人だなと思う。
この二日、馬車は特に異変もなく首都キアーデへの道のりを進んできていた。そんな中、バオという人物がどういう人なのかを少しながら知ることになった。
良く言えば、効率的かつ計画性のある人物。悪い方をあげれば、他者の意見を聞かない人物であることに気付いた。
「無事に着けそうですね」
「まあ、何事かある方が確率的に低いでしょうね。恐らく、首都への道よりもアロテアの街の方が物騒だと思いますが」
「はあ、まあ、そうかも知れませんね」
バオの言う通り、アロテアの街を出てから徐々に街道も整備されている印象だった。馬車2台がすれ違える程に道幅は広くなっており、路面の凹凸からつたわる振動もほとんど気にならなくなっていた。
確かに危険度としては、スノウの頑張りには悪いがゴブリンや狼、盗賊と遭遇する確率は高かった様に思えた。
「バオさんは、日ごろどんな研究をしてるんですか?」
ふと、話題探しに聞いただけのつもりだった。今日までも時間さえあれば本を開いていた様子に興味が少しあったからだ。
「ふむ、説明して理解できるとは思えませんが?」
「あ、いえ。熱心に本を読まれているので、気になっただけですから」
「興味が生じる事は良い事です。何事もそこから始まるのですから・・・・・・、良いでしょう少しだけお話しましょう」
バオは大仰に本を閉じると、姿勢をこちら側へ向ける。
「タモトさんは、神と人の違いは何だと思いますか?」
「神様ですか?」
バオからの急な神という存在の質問に、女神ユルキイアの姿を思い浮かべる。しかし、質問に何と答えてよいか返答に詰まってしまう。
「そう、人は神を語るときに敬称を付ける。それは、遥かな昔から人よりも上位の存在であると認めているのです。ならば、なぜ上位の存在と成り得るのか、突き詰めた先には膨大な魔力と能力を使いこなす存在である事に繋がると思っているのです」
バオが言うには、数々の書籍にて残っている神々の異能と偉業について調べているのだと言う。
「そこで、私は気付いたのです。人もまた膨大な魔力があれば、神に近づけれるのではないかと。いや、その魔力が神と同等かそれ以上となった時には、人であっても神と言っても良いのではないかと思うのです。それなのに、神殿の神官どもは神聖な神を愚弄する言動だのなんだのと言って、私にこんな調査を押し付けやがって」
「はあ・・・・・・」
「まあ、まとめると。元来の人の魔力を増やす事ができるかどうか、その研究をしているのですよ」
「なるほど」
経緯はどうであれ、膨大な魔力が体内に取り込まれた時の結果を俺は知っていた。盗賊に襲われた雨の中のキイア村で魔宝石を飲み込み、魔力の炎と化したガールの姿を思い出す。
今思い返してみれば、ガールは飲み込んだ後に自分がどうなるかを知っていての行動だったのだろう。身に余る魔力を体内に取り込んだ結果と、バオの言う魔力を増幅するための研究は相反する難題なのかも知れない。
「そろそろ、今日の宿に着きますぜ」
御者が軽く振り返り、乗車している客へと告げる。馬車の外へ視線を向けると、言われたとおりに林並木を抜けており遠くに宿泊できそうな街が見える。
「バオさんは、魔力が急に減っていく人を知っていますか?」
「ん?なぜそんな事を?人は誰しも魔力は持っていますからね。枯渇によって意識を失う事はあっても、自然に湧く魔力が減っていくとすれば寿命や死しか思いつきませんが?」
「寿命ですか・・・・・・」
確かに、魔力の枯渇によって意識を失う原因として、魔力が生命の源であるならば、減少していく経過は死に近づいていく様に思える。
でも、今現在魔陣の使用できる回数が減ってきていた自分にとって、死に近づいているか?と考えてみても、その実感は無かった。それこそ、意識を失ったりする事も無かったからだ。
「私は知りませんが、学院には詳しい人が居るかも知れませんね。気になるなら調べてみますか?」
バオは先ほどの研究の話から、やや上機嫌に聞いてくる。特に魔力の事での話題だからかも知れないが、知っていそうな人を探してくれそうでもあった。
「もし、忙しくなければお願いします」
「タモトさん、研究者に忙しくない人なんていませんよ。フフフ」
再びバオは本を開くと、自分もまた馬車の外へ視線を向けた。今度の町は城壁が無いようだった。それほど周囲が安全な環境の印象を受ける。
徐々に路沿いに個人の簡易の商店のテントが並び、店舗の形をした建物が多くなっていく。アロテアの街の様に石畳とまでは言えないまでも、整備され凹凸の無い路面を馬車は進んでいった。
「着きましたよ。明日には首都に着きますからね。出発は竜の1刻(午前9時)になりますんで遅れないようにお願いします」
この二日御者との慣れてしまったやり取りが行われる。首都への馬車と言っても、宿泊の宿が決まっている訳ではない。ましてや、予約をしようにも事前に連絡する手段が無いかららしい。馬車を利用する客が現地にて、それぞれ宿を決め、また朝には集合するという仕組みをとっていた。
「さて、行きますか」
バオと俺も例外ではなく、今日宿泊する宿を探すことになるが特別に贅沢を望んでいるわけではない。この二日の間も御者や他の宿泊者と同じ宿に泊まる事にしていた。
必要最小限に宿の主人とやり取りをするバオを見ながら、俺は周囲を見渡すと1階は食堂兼酒場になっていた。どこかしらキイア村の燃えてしまった女将さんの宿屋を思い出してしまう。
「タモトさんこれを」
「あ、ありがとうございます」
「それでは、私は部屋に居ますので」
「わかりました」
バオから部屋の鍵を受け取ると、彼は自分の荷物を持ち部屋に行くために階段へと向かう。バオは本当に研究に時間が惜しいと感じるタイプの様だった。部屋で何をしているかと考えても、きっと本を読んでいるんだろうと思う。
初日から、夕飯をどうするか尋ねた時、適当に済ませてくださいと言われ朝食と夕飯は自分一人で食べるのが通例となっていた。今日も例外ではなく、一人で食べることになるだろう。かといってバオ自身も空いた時間に食事をしているらしいので気にするほどでも無かった。
自分も部屋に行こうかと悩んだときに、ちょうど時間的にも混み合う少し前くらいの時間である事に気づく。早いうちに食事を終えてから部屋に行っても良い様に思えていた。
「よお兄ちゃん。今日も一人か?」
「え?あぁ、どうも」
声をかけて来たのは、馬車の護衛の為に付いて来ている冒険者のリーダー格の男だった。後ろに同じ仲間である数人を引き連れ声をかけてきたのだ。
「どうも、今回の護衛の客は子供と夫婦に読書家と付き合いが悪くてよ。どうだい?明日には首都に着いちまうし、一緒に一杯やらないか?」
自分もこういう誘いは嫌いではなかった。むしろ一人で食事をするよりも楽しく食事するほうが歓迎である。それに、この二日の間に彼らの仕事ぶりを横から見ていたのだ。馬車の利用客に文句や賭け事を誘ったりする事も無かったので好印象に受け取っていた。
向こうからしても、互いに初対面だった。自分がアロテアギルドのカウンター業務や仕事を手伝っていたと言っても、時間のすれ違いや担当する事も無かったのだろう。
「ええ、お願いします」
「おっいいねえ。お金の方も安心しな、あらかじめ4銀集めるからよ。ちと高めだが十分飲めると思うぜ?大丈夫だよなっ?」
「それくらいなら何とか」
アロテアのユワンナさんからギルドマスターのカードを受け取った時に、ギルドの仕事の報酬や今後の資金として200金を受け取っていた。
始め受け取る事を遠慮したが、この金額の中にはキイア村ギルドの準備仕度金も含まれていると言われると断ることも出来なかった。しかし、大金を持ち歩く訳にも行かず今の手持ちである20金を残し、残りはアロテアギルドへの貯蓄として預けるようにお願いをしてきていた。
アロテアギルドが破産すれば、その資金も無くなってしまうが今の時点でそんな事は無いだろう。それに、キイア村の支店の資金も含まれるならば破産する時は、互いに一蓮托生であると思えた。
「親父さん!良い席あるか?」
「おお!どうぞどうぞ、それなら奥のテーブルなら好きに使ってください」
先に集めていた食事代の支払い金を前払いした事も宿の主人の気前が良かった理由だろう。それに奥のテーブルであれば、一般客にも迷惑は掛けにくい、こちら側もくつろいで飲むことが出来ると思う。一食としては4銀は高いが、一般的にお酒付きの食事で1銀から2銀はかかるのだ。
すぐに席に案内され、冒険者達は飲み物を次々に頼んでいく。冒険者の大半が蜂蜜酒のミードをベースに好みでブドウやレモンに似た果物をブレンドした注文をしていた。
俺自身も、やや渋みのを希望してレモン入りの物を頼む事にする。
「はい、待たせたね」
宿の女将さんだろうか、給仕のエプロンをした女性がそれぞれ注文したお酒を配っていく。お酒が置かれた者から順番にリーダー格の男性へ視線が移っていくのは自然な流れだった。
「それじゃあ、飲むか!出会いとお酒に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
互いにコップを当て一口飲みこむ間は、異世界へと来てもこの独特な雰囲気は、変わることは無いと感じた瞬間だった。




