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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
王女マリーナ編
81/137

4

手の届くところにある暗幕は客席への光を遮り、上の骨組みに居る私からは客の顔を見分ける事は出来なかった。見下ろす中央のステージでは先日講演され始めたばかりの演目が進んでいる。


『そして、村には魔物の群れが襲い掛かるのです。しかし、それを知った若者は危険だと制止するのを振り切り騎獣に跨るのでした』


 そう、下の舞台では父の前口上で進みながら、兄のハントが若者の役で雨の中に山を越える場面を迎えていた。しかし、事実を私は知っている。兄が演じている人が誰なのか。魔物では無く盗賊だった事も。しかし物語の内容は事実から多くが削られ、エンターテイメントの作品に作り替えられてあった。

 そう思う自分の姿も、皮の防具を身に着けた女性の冒険者の格好をしていた。この格好も、兄のやった役割を私が演じるのだ。


「そろそろね。それにしても私の登場っていっつも高いところからばっかり、演出書いてる人って高い所が好きなのかしら?」


 誰に聞かせる事も無く呟く。諦めた口調になる。そうして私は相棒を呼ぶ指笛を吹いた。

すると演台の明かりが暗転し、舞台そでから飛竜ワイバーンが飛び立つのに明かりが絞られる。

 飛び立つ姿を見つけた後、私にもスポットライトが絞られる。私の姿に会場からどよめきが微かに聞こえてきて、胸の奥を微かに熱く高揚させた。


「キアちゃーん」

「キア隊長ぅー俺をパーティに入れてくれー!」

「「「ハハハッ!」」」

『主人公に助力を申し出た、冒険者は相棒の飛竜に跨り一足先に村へと向かいます』


 日に日に男性客の合いの手の掛け声が変になっていっている気がするが、悪い気はしない。他の客も笑ってくれているならそれで良い。それに、物語ではここからがダブルキャストの様に盛り上がるのだ。


「よし!行くよ!!」

キュイィィィ!


 私の掛け声が聞こえたのか、相棒が旋回しながら一声あげる。そして、私は力いっぱい天幕の梁を蹴り空中へ飛び出した。

 体は地面に叩き付けられる事も無く、飛竜ワイバーンの背に飛び乗る。何度となく練習してきたがゆえに私達のコンビネーションはピタリと合っていた。


『急ぐ冒険者の前を自然の雨と風が行く手を遮ります』

『くそ!急がなきゃいけない時に!』


 私の声も特殊な魔陣によって増幅され観客へ届く。他の団員が鳴らす楽器に合わせ、外套を雨風を防ぐように手繰り寄せ、いかにも風雨の中を飛んでいるように演じる。時には急制動をして風に煽られている様子なのも、細かい演技というやつだ。

 あぁ、こんなに降ってはいなかったけれど、懐かしいなって思てしまう。


『村が見えた!……あれは、煙?不味い!もう襲われている!?』


 ここまでが、私の一人演技の見せ場だった。後は、ステージにスポットが変わり村娘を演じているシス姉の登場。その間も、客は物語に夢中で歓声をあげる人は一人も居ない。

 今にも、シス姉が本当は相棒であるグリズリー名前ナナに襲われそうになり逃げているシーンへと変わっていく。私はそれを上空から見つけ飛竜から飛び降り、シス姉を後ろに庇い助ける演技は順調に進んでいった。


『大丈夫!?』

『ありがとうございます』

『他の村人はどこに?』

『魔物たちが襲ってきて、せめて高いところに逃げようと準備していて!』


 私が演劇の物語ではなく、真実を知っているのはここまでだった。後は作られた物語の結果しか私は知らない。練習したステップで、演技とはいえ魔物役ナナの攻撃を回避していく。

 しばらくして、お兄ちゃん演じる主人公が村に到着して劇は終盤へ向かっていった。途中、私は腕に怪我を負ったと言う事で、お兄ちゃんよりも一歩下がったところで演じる。お兄ちゃんは実際怪我でもしたんだろうかって聞きたくても聞けないままだった。


『村娘を庇って傷ついた村娘の弟に、若者ハントは近寄ります』


 もうすぐ劇も終わる。傷ついた少年を魔力で癒して、お兄ちゃんが村娘とハグして終わるのだ。キスすれば?って冗談でこの前言ったら、お兄ちゃんにゲンコツされたっけ。


パン、パン、パン。

「はい、しゅーうりょうー!楽しいお遊戯の時間はお終いですよぉー」

「何、あいつ?」


 劇が終わろうとしていた時、乾いた拍手と共に男が立ちあがる。近くに居たシス姉が怪訝そうに呟くのが聞こえた。私だけが知らない演出とかでは無いようだ。

場違いな男の行動に一気に見世物のテントの中が静まりかえる。男の手には小型のナイフが握られ、隣に座っていた女性の手を引き上げて立たせる。


「キャア!」

「動くな!!この女がどうなっても良いのか!?」


 ナイフが首に当てられ、引き上げられた姿勢のまま女性は表情を引きつらせる。あぁ、ハント兄の追っかけファンだねあの人。その男が周囲を見回すと同時に、同じような雰囲気の男たちが2人3人と立ち上がり、それぞれの手にナイフを持っていた。


「よし!さあ、分るよな?有り金と宝石を全部出しな。言う事を聞かないとどうなっても知らねえぞ?」

「いやあぁぁ!」


 首筋のナイフに力を入れられたのだろう、血が出ているかは知らないが。女性の足は恐怖に震えていた。舞台上で見ている私達も兄貴達も身動きが出来ないみたいだ。

 その時、可愛い声が、いや女の私から聞いてもって事ね。可愛らしい声が聞こえた。


「……お姉様?これもお芝居ですの?」


 この言葉に、劇を見に来た客全員がギョッとしたと思う。当の本人は小声のつもりかも知れないが、逆に澄んだ可愛い声の響く事響く事。今さら視線を集めてしまった事に気付いて、縮こまってお姉さんみたいな人に隠れてもバレバレですって。


「アァン?これが芝居に見えってか?」

「痛いぃ!」


 より一層腕を引っ張ったのだろう、まあ、切られていないだけよかった。


「まずいな。あとどの位かかる?」

「あと60」

「シス、時間を稼げるか?」

「……やってみる」


 兄貴は、力を抜いた様子でそのチンピラ(私主観)の方に向きながら、後ろの団員と何やら話していた。たぶん、兄貴と裏方のメンバーとで何やら対策を考えているんだろう。はぁ、確かに何も出来ないけれどさ見ているだけってのも辛いね。


「あのぉー?」

「何だ!?」

「お客に乱暴されると、私達も寝覚めが悪いんですよね。人質なら私と交代しませんか?」


 おぉー、シス姉が色気を微かに出してる!これならいけるか?


「人質を自ら変わるって奴か。けっ良かったな嬢ちゃん」

「うぅぅ」

「でもな!……交代はそっちだ!」


 へ?嘘!私!?その男の指は私を指していた。


「ちっロリコン野郎……」


 シス姉、今さりげなく毒吐いたよね?うぁあ、シス姉顔は心配そうな表情で振り返っても目がマジだ。


「私?」

「気を付けてね。キア……(ロリコン絞めてやる)」

「こっち来い!」

「キア、頼む」


 まあ、兄貴が何か策が有るなら不安は和らぐけれど。シス姉からは心の声が聞こえそうだからそっとしとこう。


 困惑気味に舞台を降りるため端の階段が付けられている方へ歩く。今、私の頭の中は兄貴の合図でどんなことをしたら良いの?って宿題を当てられた時の心境だった。何も出来そうにないよ?兄貴。チンピラを投げるとか無理だし。シス姉なら出来るかもだけど。

 そう困惑していたからか、舞台から降りる階段を踏み外し前へ転びそうになる。


「きゃっ!」


 転ぶかと思った体を誰かが抱き留めてくれる。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……えっ?」


 抱き留めてくれたのは、170㎝以上の長身の女性だった。私が驚いたのは、その女性が綺麗だったからだけでは無い、抱き留めた際のマントの中に長剣ロングソードを帯剣しているのを見たからだ。

 姿勢を正された私は、再び女性の顔を見てその横で私を見つめている赤毛の女性と銀髪の女の子を見比べる。あぁ、さっき「芝居ですの?」って発言をした女の子の姉妹?だろうか。

 しかし、見世物一座に入場する際、帯剣は確認され入り口で剣は預かられるはずである。


「なんで?」

「シー……」


 深く追及するなと、口に指を立てて制止される。確かに詰問する場面では無いのは十分に分かっていた。しかし、チンピラ達でさえ何とかナイフを持ち込んだんだと思う。

それなのに、こうも堂々と帯剣を許していると言う事は、この女性の事をお兄ちゃんも知っているのだろうか?


「大丈夫?」

「すみません」


 赤毛の女性が心配そうに聞いてくる。立ち眩みでもしたと思われたんだろうか、ただ単に踏み外しただけですとは言えない雰囲気だしね。そうか、緊張して震えれてば油断するんだっけ。


「すこし眩暈めまいが……」


 チラッとその女性の瞳に力を込めて見つめる。もちろん眩暈めまいのある人の視線では無い。気付いてくれるかな?


「……手を貸そう」

「ありがとうございます」

「気にしなくていい、」


 一度、確認の為にチラッと兄貴を見たが、軽く頷いてくれる。ほれ、私の勧も捨てたもんじゃないね。

 腕を借りながら、少し緊張で眩暈めまいがしてますよと言う感じに歩みをゆっくり進む。もう良いよね?カウントは十分過ぎたと思う。兄貴もシス姉も明らかに姿勢をこちらに向けているのが分る。

 それじゃあ、後は隙を作れば良いのよね?


「あっ」


 あと数歩という所で、足をもつれさせ男の前にひざまずく。もちろん、演技である。


「お、おい。早く立ちやがれ」


 チンピラはナイフを持たない左手で私の腕を掴み立たせようとする。私も、抵抗すると痛いしそのつもりも無く立ち上がる。それと同時に、右手に持つナイフごと両手でつかみ振り回せない様に固定し、極めつけの一言を言うのだ。


「きゃっ、ロリコン♡こわーぃ♡」

「なん、だと……」


 自分でもここまで度胸が付いたのには、やはり私達家族の本業を知った事も大きい。


「そこまでだ!」


 チンピラが逆上する前に、綺麗さんの長剣がチンピラの首筋にピタッと固定されていた。周囲を見渡すと、後方座席に居たチンピラの仲間にも同じく長剣を向ける女性さん達が居る。お仲間でしょうか?

 もちろん兄貴達の方も、チンピラ2人を拘束し裏方の人達はテントの梁から弓で狙っていたりする。なるほど、それで時間が掛かったのね。


「ナイフを」

「あ、ハイ」

「縄は有るかしら?」

「私がやるわ」

「シス姉」


 準備よろしく、シス姉は拘束用の縄を手に持って歩いてくる。足を歩行できる幅を残して足首を縛り、腰へと縄を引き上げた後、腰に巻き後ろ手に手首を固定する。ふむ、確かにそうすれば走って逃げる事は出来ないが、歩くのは何とか出来る縛り方だ。


「縛られるのは好き?ロリコンさん?」

「けっそんな訳あるか!」

「まあ、いいわ。ゆっくり話を聞かせて頂戴?良いかしら」

「あ、あぁそうだな。そちらの方が良いかもしれん。ただ調書だけはこちらも頂いて良いか?」

「ええ、良いわよ」


 暗黙の関係がシス姉と綺麗さんの間ではやはり有りそうだった。縛られた男達は裏の方へ引かれていく。それに対して兄貴はさっそく、人質になっていた女性へフォローに行ったしその周囲は兄のファンばかりで近寄せそうもない。舞台上の父親も入場代金の払い戻しや無料招待の事などをアナウンスし始めて一気に騒然としていた。


「何とか無事か……」


 見ると綺麗剣士さん(修正)と姉妹らしき女性達は、数人に守られ裏方の通路へ入っていく。やっぱりどこかの貴族かお嬢様みたいだ。何らかの話が父親と通じているからこそテント裏を通るのは当たり前だと思った。


「あれ?意外と平気?慣れちゃった……かな」


 チンピラとは言え、刃物を持った男性の腕を押さえた事に、自分の手や足も震えてない事に気付く。微妙な困惑を感じ頭を掻きながら私も楽屋に戻ろうと裏方の通路へ歩いて行った。

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