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街灯に照らされた彼女は、ギルドの事務的なカウンター嬢の制服とは違い膝丈までのワンピースを着ていた。いつもの後頭部で結って巻き付けていた髪も解き、今は左側のサイドで結んだままウェーブの掛かった髪を肩まで垂らしている。
「ジーンさんのギルドでの制服以外の服装って初めて見ますね」
「え?変ですか?」
「いえいえ、いつもと違った感じでも似合ってますよ」
「え?そうですか?」
「へえ、タモトさんって意外とそんな事を真顔で言う人だったんだ」
一緒に食事に行くことになったもう一人の受付嬢のニーナは、ニヤニヤ笑いながら振り返る。そんな彼女も肩までの波打つウェーブはそのままに、鮮やかなスカートとフリルの付いた7分袖の上下で刺繍入りの薄いガウンを羽織っていて何処かの商家のお嬢さんと見えなくもない。
もう少し明るい時間にジーンさんと二人並んで歩けば、振り返って見惚れる男性も多いと思う。
「ニーナさんも、似合っててお二人と食事を一緒できるのが楽しみになって来ましたよ」
「あー、うん。ありがと。こういうのって一番初めに言われた人がその人が気になってる人ってね。親密な仲になりたいとか視線がそっちに向くとかね。タモトさんも女の子ってそういう視線に敏感なんだから気を付けないと駄目ですよー?ジーン、貴方の事だからね?分ってる?」
「へ?ハハハ、何だっけ?」
「そ、そんなつもりはないんだけど」
仕事が終わりリラックスしたジーンさんは、仕事中とプライベートでは気の抜けるタイプの様だった。俺と話していたニーナさんから急に話題を振られ話に付いていけていない。
「八方美人な態度に聞こえちゃいました?んー良いと思ったことは言う様にしていたんですけどなかなか難しいですね」
「知り合い以外だと誤解されるかも知れないし、ちゃんとフォローしてくださいね」
「はぁ、気を付けます」
お勧めだと3人で訪れた店は、以前冒険者達と打ち上げをした居酒屋の雰囲気とは全く異なった店だった。店に入った途端ウェイターが45度で腰を折り挨拶され、テーブルまで案内された後椅子を引かれて座るそんな店だった。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりおくつろぎください」
そう言った後も、数歩後ろで俺たちの注文が決まるのを待っている。何か首筋がムズムズしそうだ。手渡された注文メニューには手書きで本日のおすすめが記載されていて、それ程選択肢が無いことが分かった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、それじゃあ。本日のおすすめでお願いします。タモトさんはどうします?」
「じゃあ、俺も同じのを」
「うん、私も」
「あ、そうそう。アンキオ鳥の香草焼きって出来ますか?」
「ございますが、3名様分の追加でよろしいでしょうか?」
「皆いいかな?じゃあ、それもお願いします。これホント美味しいんだから」
ニーナさんの期待に満ちた目が、ぜひ食べてみてと語っている。香草で焼かれる風味にも興味があり特に断る理由も無かった。ジーンと二人頷いて返事をする。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
3人とも特に悩むことなく決める。勧められた店だから味が口に合わない事は無いだろう。周囲を見渡すと、店内には商人風の男性二人や女性同士の組み合わせなど様々だった。特に自分達が場違いな雰囲気ではなく安心する。照らすランプもやや暗く、テーブルクロスも暖色であり客を選ばない落ち着いた雰囲気の店だと思った。
「ジーンさん達は、よくこのお店に来るんですか?」
「食事に行こうかって言ったら、選択肢には入る店だよね?私はここの森狐の腿肉の煮込みが好きだからよく来るかな?ジーンはどう?」
「私もお酒があまり飲めないから、ここの料理は美味しいのでニーナの言う通り皆とよく来ます」
「そうなんだ。キイア村には無い雰囲気の店だから緊張しちゃったよ」
「そうなんですか。キイア村も早く元に戻ると良いですね」
注文はしたけれど、おすすめ料理とはいえ直ぐに出来てくる様子ではなかった。しかし、ギルドの仕事や研修でお世話になったとはいえ、ジーンやニーナ達と食事に来ていると言う縁が改めて考えてみると凄く珍しい事の様に思えてくる。
「どうかしました?」
「いや、ジーンさん達に研修とかお世話になって。まさか自分に大変な仕事を任されたり、相談されたりして驚く事ばかりだなあって」
「確かに、急に仕事を任されて大変だとは思いますけれど、もう同僚なんですから何でも聞いてくださいね。それで、聞きたい事が有ったんじゃなかったですか?」
「良いんですか?食事前に」
「どうせすぐ来ないと思いますし、食欲を無くすような話題じゃなければ。いいんじゃない?」
主に答えてくれるのはジーンさんかも知れないが、ニーナさんも食事が来るまで暇そうにしていた。むしろ、俺が何を聞きたいかに興味があるみたいだった。
「聞きたい事って言うのは、カウンターの仕事でなんですけど」
「う……やっぱり仕事の話?」
「良いでしょ?ニーナ、私の方が気になって食事どころじゃなくなりそう」
「はいはい、ごめんねタモトさん。続けて」
そう言いながら、ニーナさんは控えるウェイターに果実酒を頼み、コップへと注いで貰っていた。その飲み方も、少しづつでは無くゴクリと音が鳴りそうに飲んでいる。あぁ、気になってはいたが、ニーナさんって黙って座っていれば令嬢に見え、ちょっとした仕草に男性の印象が見えるのだ。もしかしたら、男性の兄弟やお父さん子なのかも知れないと感じてしまう。
「ええ、前の研修で冒険者にランク分けがあるのも学びましたし、冒険者の方では自然と活動拠点らしい範囲が決まってくるものなのだそうですけれど。もし、他の街から拠点を変更して活動する場合や突発的に依頼を受けに来た人への対応ってどうなってるんだろうと思って」
「えーと、タモトさんが聞きたいのは日頃ギルドへ依頼を受けに来てくれる人以外の初見の人やパーティの受け入れについてどうしたら良いか?って事ですか」
「まあ、そんならば、相手の持っているギルドカードを見せてもらって対応するしか無いだろうね」
「これですよね?」
俺は財布とともに腰のポシェットに入れていたカードの見本をテーブルの上に置く。置いたカードは木製の薄さ3㎜程であり、大きさ5㎝×10㎝の片方にギルドの章印が焼かれている。見本のためか、本来名前やランクの記載される部分は何も記載されていない。
「そうそう、それそれ」
「本当は、もっと魔法みたいなカードかと思ってました」
「はい?」
「いえ、自分の住んでいた所でよく物語に出てくるんですよ。血を染み込ませると個別認識するカードとか、身体能力がわかる水晶とかが話にでてくるので、もしかしたらって期待していたんです」
「いやあ、さすが物語だねえ。そんなのが有ればだいぶ私達も楽だわ。ね?ジーン」
「そうよねえ、身体能力云々は魔陣を使う人なら出来るかも知れないけれど、全ての依頼受注する人には無理だと思うわ。使うとしたら昇級とか新規登録者くらいに限定されるかしら」
「まあ、そんな事言っても都合の良い魔陣は無いんだろうけどね」
確かに、言う通り魔陣があったとしても使えるのはほんの魔陣を操る一握りの人達だけだろう。やはり、カードに頼っている身元の証明力を高める必要がありそうだ。
「そうそう、冒険者の名簿は?有るとも無いとも、前の研修では聞いたんだけれど」
「あぁ、確かに名簿はあります。それもC級以上の冒険者の人達のグループ名と主な活動拠点が記載してあるやつですね」
「無いって言われたのは、D級やE級の冒険者達の事でしょう?」
「あぁ、そういう事か。C級は確か(クリナー:討伐)でしたっけ」
確か、C級以上の冒険者達はギルドの緊急招集に対応できるよう、所在や拠点を報告する義務がある。移動する際には冒険者達の方に伝達の義務が生じていると聞いていた。
なるべく偏る事が無いように冒険者を派遣するのも、難易度が高い依頼の未消化を防ぐための仕組みだと聞いている。
また、かといって昇級が容易な訳ではない。C級とD級との間には見えない壁があり、パーティを組むならまだしも一人でC級へと合格する者はほとんどいない。
C級の上位にA級(エリアル:制圧)とB級(ブラスト:殲滅)が居るらしいがアロテアには上位2つのランク持ちは活動拠点にしている冒険者は居ないと聞いている。
「そうですね。D級は(デフェンダー:護衛)で、E級は(フェレッタ:探索・収集)の人達ですね」
「まあ、D級以下は個人や数人で商隊の護衛を行う人達だから、街への出入りも頻繁すぎて名簿の意味が無いだけけどね。拠点の報告義務も無いし。薄利多売じゃないけれど数をこなして生活している人も多いから。そうなると、一番苦情が多いのもDやEの人達の依頼なのだけど」
何か最近嫌な苦情でも聞いたのかニーナは表情を曇らせる。そうすると、やはりギルドの信頼を取り戻すためには、何らかのアクションや仕組みを取り入れて商業ギルドへの早い対応をしなくてはいけないだろうと感じてしまう。
不信感が固定化しないうちに、明日にでもルワンナさん達へ相談しすぐに行動できるものについては自分も助力しようと決める。
「ねぇ、もう仕事の話って良いでしょ?いろいろ思い出すと胃が痛くなりそ」
「すみません。凄く参考になりました」
そう言われると、やはりランクの人員で多いのはD級とE級の人材である。キイア村のゴブリン討伐であげられたランクはC級であり、盗賊の襲撃も緊急招集扱いではあったが、状況次第でC級報酬、緊急対処が必要で有ったならばB級扱いの報酬と中央都市への緊急人員派遣の依頼が出される予定だったとガイス主任は話していた。
実際にはハント達騎獣部隊の活躍もあったのだが、詳細の報告書に彼らの記載は無く、実質的にはB級の事案だったのだが、公にはC級の案件として報告されてある。
「お待たせいたしました。こちらがアンキオ鳥の腿と胸の香草焼きでございます。あと、こちらが山菜と二色鱒の乳焼きです」
「待ってましたー」
「いい匂いですね」
配膳された皿の上には、香草で包まれた鶏肉と思われるものと、横に長い白色のオムレツ状の物がありこれが乳焼きだろう。その後、ウェイターは日替わりのスープと説明しカップへ注いでいく。
「いただきましょ」
「いただきます」
包まれた香草を解いていくと、より一層独特な芳香が強くなる。さすがに食べ方は間違っていなかった様子でアンキオ鳥の肉を削いでいく。見かけはソースなども無い、薄味に見えたが一口食べてみると鼻孔に抜ける匂いと溢れる肉汁が噛むたびに出てくる。
「んーおいし」
「この硬すぎず程よい食感がなんとも言えない」
「肉汁が凄!香りも良いしニーナさんが勧めるだけあるね」
「でしょ?この鳥って森に取りにいかないと良い食感にならないらしいよ」
「こっちは、何かな初めて食べるけど」
切ってみればわかるか、という感じにオムレツ状に切れ込みを入れていく。説明された鱒が一匹丸々入っているかと思ったら、どうも切り身と山菜がソース上にまとまりそれを包んであった様だ。
「あっほんのり甘くて中は味が濃ゆいんですね」
そう感想をいったジーンの言う通り、乳焼きは甘さからそのままチーズの様に固形となっている物だった。中のソースはワインを煮詰めたような濃厚さと、外のチーズの甘さとでどちらが無くても成り立たない料理だといえた。
「俺は好きだな。この甘さは懐かしい」
「私は、この鱒をアンキオ鳥に変えたらいいと思うんだけど」
ニーナはアンキオ鳥一押しなんだなと苦笑してしまう。確かに鱒だとサッパリ感強く、こってりとした味が好きな人は染み込んだ鶏肉を好む人が多いのかもしれない。
「今度、頼んでみようかな」
「迷惑じゃなければいいけどね?」
「私は、このままで十分好みです」
三者三様の意見を楽しみながら、食べ終わると十分にお腹が満たされる量だった。そして、次の休みの日に何をするか等話をしながら食後の時間を過ごす。
「そうだった。アイナへのお土産ってどうしましょう」
「あっもうこんな時間だとやってるお店ってそうそう無かったかな」
食事に来てすでに一刻(2時間)近くが経とうとしていた。あまり遅くまで商売しているお店と言っても酒場が主になるらしい。二人が話すには酒場で持ち帰れる食事があったかと悩んでいるくらいだ。
「すみません、知り合いに料理を持って帰りたいんですが、できますか?」
「はい、少々お待ちください。料理長に聞いてみますので」
まだ、数組残っている客へ接客しているウェイターに尋ねてみる。無理ならば、ケーキのデザートは有る様子なのでそれを頼むしかないかと思ってしまう。
「頼めますかね?」
「無理ならケーキでも喜んでくれるんじゃないかなって」
「そうですね」
すると、厨房らしき奥から料理長だろうか白色の服装をした人物がウェイターと共にやってくる。
「お客様、本日は当店を選んでいただきありがとうございます。料理はご満足いただけましたでしょうか?」
「はい、大変おいしく食べさせていただきました」
ジーンやニーナも美味しかったです等感想を伝えており、それを聞いた料理長も笑顔で受け答えしている。
「料理を持ち帰られたいとの事を伺いまして、少し事情をお聞きしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「はい、突然お願いして申し訳無いのですが。(冒険者)ギルドにて夜通し仕事をしている友人がいるのでお土産を持って帰れないかと思ったのですが。食事に行くことを知った時に大変残念がっていたので」
「そうでしたか、なるほどわかりました。微力ながらご用意させて頂きます」
お辞儀をして満面の笑みで去っていく料理長。おそらくだが不信感等で尋ねてきた訳ではなく、最良のお土産を作るために事情を聞きに来たという事だろう。
「いやぁ、アイナが残念がってたのはお店に来れない事だけじゃあ無かったと思うんだけどねぇ」
「そうでしたっけ?」
ニーナが意味深な事を呟くが、ジーンはお土産を頼めて良かったですね等言っているので、無理して聞きなおす事でも無いように思えた。
お土産を待つ間、先に支払いを済ませる。一人の食事分としては2銀として少し高いかなと思える位だった。3食とも食べれば一泊宿屋に泊れてしまう。
「もうすぐ、亥の三つ刻(22時過ぎ)くらいですかね。明日もお仕事ですしそろそろ帰りますね」
「あ、ジーン。途中まで一緒に行こう?」
「二人とも家まで送りますよ?」
「気にしなくて大丈夫ですよ。私達の家すぐ近くですから」
そう言いながら指さす先は、大通りから少し入った見える4階建てのアパートの様な建物だった。それに同じ建物に住んでいるという、寮では無いようだが本当に近くなんだと実感する。
まだ出来上がらないお土産を待つでもなく二人は「おやすみなさい」と別れ家へ帰っていく。それから数分程して見慣れたウェイターが紙で包まれたお土産を持ってくる。
「お待たせしました」
「いえ、ありがとうございます」
入店時と同じく腰を折り見送られ、俺は暖かい包みを持ちながらギルドへの道を進んでいくのだった。今は美味しさで満たされた幸せを感じながら、明日からの幾つかの悩みを少しばかり忘れる事が出来た。




