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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
58/137

39

 ダルが受けた傷を思うと盗賊達への怒りで思考が真っ白になり始める。特にガールに向けた怒りの思いは、まさに振り下ろされる拳へも恐怖を感じなかった。まともに剣で受けても、受けきるだけの力は自分には無かった。そう感じた時、せめて受け流そうと後方へステップする。


「あ?何してんだ」

「タモト君!?」


 ガールと俺の右隣にいたオニボ団長でさえも俺のとったステップ行動に驚く。俺は拳の衝撃に備え、両手を引き寄せる。二人がなぜ驚くのか理解できず、再びガールへ視線を向けると違和感を感じた。


「あれ?」


何だ、この違和感は。そうだ、いつまでも来ない拳の衝撃にガールの拳を見ると、まだ振り上げられたままだった。


「大丈夫か?タモト君」

「え、ええ」


 振り下ろされた拳は実体だったのか。自分の体を見直してみても傷一つ無いままである。


「何だ今のは?」


 あまりの恐怖や怒りに幻覚でも見てしまったのかと思う。

直ぐに切り替えたガールが、間合いを詰め今度は素早く殴りかかり、構えていた剣とナックルガードとの間で金属同士がぶつかる音を上げる。ガールの拳は素早さを上げたぶん、体ごと吹き飛ばされるような重さはない。

 しかし、集中的にジャブのような速さで押し込まれる自分に、オニボ団長が突きを出し援護しようとするが、相手も拳で叩き落し十分な牽制になっていない。


「クッ」

「タモト君下がるんだ」

「でも!」


 自分が下がれば、すぐ後ろには倒れているユキア達がいるのである。シスさん達がもうすぐ助けに来るだろうとは思うが、その間だけでも時間を稼ぎたいと退く事は出来ない。


「拍子抜けだ!」


 いつの間にか、防ぐ事で頭が一杯になっている間にガールは再び振りかぶり左の拳を振り抜く。今度は拳自体見ていることが出来なかった。両手で構えていた剣ごと体が地面に吹き飛ばされ、右手と右腕にミシッとした音が伝わる。


「なんでえ、妙な動きをするかと思えば、弱すぎじゃねえか」

「タモト君!」


 駆けつけようとするオニボ団長の前に、ガールの手下の一人が割り込み近づく事を阻止する。団長の左腕はだらんと下がり右手だけで対応しており、剣をさばくので精一杯の様子だった。


「タモトさん!」


 ぬかるんだ地面から起き上がりながら、ようやくシスさん達が追いつき後方の盗賊達と剣を交えているのがわかる。騎獣達の咆哮や攻撃も連携する盗賊達を徐々にしか押し込めず、直ぐに援護に来てくれるとは思えなかった。しかし、シス達が到着したことでそれまで後方の盗賊達の相手をしていたスノウが、盗賊達を飛び越え俺の横へと来る。


『大丈夫カ』

「まだ、なんとか」

『オ前ハ魔陣ヲ使エ』


 俺の頷きを確認したスノウはガールへと襲いかかる。無闇に飛びかかったりせず、足元周囲からの爪や牙を使った攻撃だった。俺は言われた通り、魔陣を織り始め炎の魔法を形成していく。攻撃のパターンとして他の効果がありそうな魔陣を知らないため、単調であるのは仕方がなかった。


「ちっ、いよいよ本気ってか?」

『魔力よ!燃えろ!(ファイヤーボール)』


 魔陣の火球はそのままガールへ直撃する。当たった一撃は、一気に爆発し庇った右腕や衣服には炎が残り燃やそうとしている。


「ガアアアア!」


 苦痛に叫ぶガールは、左手で右腕の手甲を引きちぎると投げ捨てる。地面に落ちるとジュッと雨で一気に冷やされた手甲が音をたてた。無理に高温から引きちぎった為か、ガールの腕から皮膚が剥がれ一部は火傷に血が流れる。


「この野郎!!」

「スノウ!」


 もう一回だけチャンスをと叫ぶ暇もなく、再び魔陣を形成し始める。スノウも俺の意図は分かっていた為、再びガールを牽制し攻撃しながら足止めをする。


「そう簡単にさせるか!」


 ガールも悠長に足止めをさせない様に、一気に俺へと駆ける。そのため、ガールはスノウの爪による攻撃に傷をいくつも残していたが俺への対処を優先したようだ。そして、スノウの位置が俺とガールとの間に割り込んだ瞬間を狙い、左の拳でスノウを吹き飛ばし、一緒に魔陣を作っていた俺もスノウと一緒に吹き飛ばされる。


『グァ!』

「かはっ!」


 地面に打ち付けられながら、スノウの体躯が乗りかかり一気に肺の空気が押し出される。目の前が一瞬真っ暗になるのを自覚した。


「遅せえ!」

「うっ」


 ドンとスノウの胴体の上から片足を乗せられガールは叫ぶように言い放つ。俺にとって2激目は攻勢を左右するものだったはずだが、ガールのスピードに負けたのだ。冷たい地面に横たわりながら、徐々に怒りが冷め冷静になっていき周囲をぼんやりと見る。


「よくここまで来たがなぁ諦めろや」


 ガールはスノウの下敷きになっている俺を左手で首を締め上げながら空宙へ担ぎ上げる。首を絞められ、声さえも出すことはできない。スノウも起き上がろうとするが、再びガールの蹴りと押し付けられ起き上がることは出来なかった。


「がっ……」

「タモト君!」

「タモトさん!」


 最後に何もできないのか!こんな近くに憎い相手の顔があるのに、意識は遠のくばかりで拳を握り降ることさえ出来ない。ましてや魔力さえ魔陣を作るのに出す事が出来ない。俺は額に雨の降り注ぐ中、徐々に体温を奪われていく。

しかし、奪われていく体温と意識の中俺は気づいた。額の傷痕が、そして左肩の傷痕も熱いくらいに熱を帯びていることに。そこに有るのは、ぼんやりと思い出す。神痣シュメリアだと。




 暗闇に落ちたと思った意識は、気がつくと周囲は光と水の広がった空間に横たわっていた。なぜだろう、見たことが有る様な気がするが、この様な現実にない情景を忘れるはずはない。体は水面に浮きながら、空には雲が流れ横を向くと地平線のかなたまで水面で満たされている。


「タモトさん」


 そっと顔に触れている女性が居る事に気づく。先ほど周囲を見たときには居ただろうか、それとも気付かなかったのか。その女性の隣にも、左手を握りながら同じように覗き込むもう一人の女性の姿があった。


「女神さま……」

「聞こえるかい?」


 手を握った女神の方が訪ねてくる。額に触れるユルキイアと言っていた女神の目には涙が溢れんばかりに溜まっていた。その点、赤髪の手を握る女神の方が不安そうな表情はあるものの気丈に微笑んでいる様に見えた。

 俺は、返事の代わりにコクンと頷く。


「良かった」

「ごめんなさい。辛い思いをさせてしまって」

「いえ、皆を守りたかったし、盗賊達も許せなかった。でも、ダメでした。俺の力じゃ足りなかった」

「そんな事は無いです。それは全て私の責任です。タモトさんの体に負担の無いように魔力を制限した私のせい、本当は少しづつ魔力に慣れていける様にするつもりでした」

「どういう事ですか?」

「本当は、タモトさんの中には元々大きな魔力が眠っていました。それを見初めて私は選んだのです。でも、それを一気に開放すると身体と魔力の流れる路の損傷が起きる危険がありました。一つ誤算だったのは、タモトさんの居た世界が魔力とはほとんど接点の無い文明だった事です」

「制限したって、魔力の糸を増やせなかったのも?そのせいですか?」

「そうです。体への負担が慣れる頃に、自然と解ける様にしていました」

「なるほど、やっとわかりました」

「しかし、予想外の事が起き、今の状況を招いてしまったのです。すみませんでした」


 そう言いながら、女神の目からは涙がハラリとこぼれ落ちる。


「それで、ここに居るって事は俺は死んだんですか?」

「まだです。今は刹那の時の中、タモトさん達の夢と言う世界の中です」

「まだって事は……」

「はい、このままではタモトさんは……それで、タモトさん。お聞きします、私はタモトさんの魔力を開放しようと思います。良いですか?」

「でも、開放したからといって必ず勝てるとは思いません」


 スノウに時間を稼いでもらっても、無理だったのだ。ガールのスピードよりも魔陣が作れるとは思えなかった。


「タモトさん、私達女神にはそれぞれの特殊な力が有ります。私は水の女神、病む人を知り癒す力の行き着いた先には、知る力が未来を見せるという力となりました。フレイラは」

「あたしは火の女神。破壊と再生の性質を持ってるのさ。まあ、ユルキイア程特殊なのは持ってないがね。でも、タモト君には二つの力が刻まれているのは確かだよ」

「ええ、魔力が開放されることでどの様に影響するかはわかりませんが、何らかの変化はあるはずです」

「ユルキイア、あとタモト君は本来の魔陣の事を知らないんでしょう?」

「そうね」


何故か、女神ユルキイアは憮然として炎の女神に返事を返している。小声で「私が教えようと思ったのに」とか聞こえるが、聞き流し女神フレイラは話を続ける。


「タモト君、なぜこの世界で魔法が魔法陣ではなく魔陣と呼ばれ、その使い手が織り手と言われているか想像できるかい?」

「魔力を始めて見たとき糸の様に見えましたけど、それと関係が?」

「そう、見たとおり魔力は糸の様に見える。じゃあ、糸が集まって作られるものは何か分かるかい?」

「……紐ですか?」

「そう、そう考えて工夫し作られたのが今の魔陣。でも、本当の魔陣にはその先が有るの」


 すると女神ユルキイアが、自らの衣服の袖から抜き出す様に糸を抜き出す。すかさず、フレイラの「ちっ」と舌打ちする声が聞こえるが、これもまた聞き流し女神ユルキイアは話を続ける。


「糸は、集まると紐になり、また織り重なることで形を変え布から服になる。織り手の呼び名は、本来、魔力の銀糸を織る者達、神々の魔陣を作る姿を総称して呼ばれたのです」


 女神ユルキイアは引き出した袖の糸をプツンと切ると、その糸は銀糸から光となって消えていく。


「まさか、魔陣?」

「そう、人は私達の魔陣を目指し、織り手の高みを目指し今に至ります」

「でも、模様も文字もあるようには見えないけど」


 そう言う俺に、女神ユルキイアは立ち上がるとクルッとゆっくり回る。それに合わせてフワリと服が翻り、天上からの輝きを反射し衣服の至る所に見慣れた形の魔陣模様が輝き浮かび上がる。


「綺麗でしょ?さり気ない魔陣がファッションなんです」

「あたいは、派手なポイントが好きだけどね」


 そう言うフレイラも、振袖の様に垂れる袖の部分を広げる。これは分かりやすかった、先ほどまで魔陣で描いていた菱形が幾重にも重なるように模様となっていたからだ。

 ミニファッションショーを見せられている間、実際には自分が死にかけていた事を思い出す。なんと、和やかな死に際だろう。無事に助かった時は、死ぬ間際、女神がファッションショーをしていましたという笑い話になりそうだ。

 そう思う間にも、自分好みの魔陣のワンポイントだのを言い合いを始めそうな女神達は、俺の視線を受けて妙に落ち着きを取り戻す。


「ごほん。まあ、これが本来の魔陣です。しかし、膨大な魔力は必要ですから気を付けて」

「わかりました」

「では、魔陣の知識と魔力の開放をして良いですね?」

「お願いします。今の俺に出来ることがあるのなら。でも、どうやって教えるんです?」


 「こうするんです」と女神ユルキイアは顔を額に近づけて来る。そっと、唇が額の神痣シュメリアに触れると、ほんのりと暖かくそれと同時に思考の中に光となって魔陣の知識が流れ込んでくるのが分かった。


「ちょっと、教えるだけなら触れるだけでいいじゃない!」

「ふん、仕返しですぅー」


 ユルキイアとフレイラの掛け合いの中、思考は光の情報に飲み込まれ流されていった。



「逝ったか?」


 初めに聞こえたのは、ガールの俺への問いだった。次第に全身の感覚が戻っていき。絞められる苦しさとは別に、額と肩の神痣シュメリアに熱いほどの暖かさを感じる。そして、さっきまでと違ったのは湧きあふれる魔力を感じ、女神との記憶が唯の夢でなかった事を教えていた。


「タモトさん!」

「いやぁあ、タカさん!」


 俺が気を失っている間に、気が付いたのかユキアの声も聞こえる。皆の叫ぶような呼び声に、自分が死にかけていた事をようやく思い出す。


「すぐ、一緒に逝かせてやるからよ。待ってろ、よ?」


 俺は、さっきまで上がらなかった左手でガールの首を絞める腕を掴み力を込める。さすがに振り解けないのは筋力は上がっていないか。ならばと、湧き上がる魔力を全力で開放し、その途端無数の魔力の銀糸が手からブワっと湧き上がった。


「何だ!?」

「何?」

『クククッ』


 周囲で様子を見ていた盗賊も異様な光景に動きを止める。自警団員の面々もその隙が機会なのだが、自警団員さえもその光景に驚き動きを止めていた。

 俺は、女神から教えられたとおり、腕を覆う布としてのイメージを抱きながら魔力の銀糸を織っていく。もう1本1本ではない、すべてが一つの生き物であり、指から手、手から腕へと魔力の銀糸から魔力の布へと変わっていく。しかし、予想外はその魔力の消費がもの凄く多く魔力の織り込みを左肩の手前で止めるしかなかった。そこで止めなければ意識を失いそうになったからだ。


「何あれ」

「魔陣?の紋様」


 ユキアの呟きは聞こえなかったが、手背には薄く輝く水の魔陣紋様、上腕付近には菱形の赤色を2重に配色した神の魔陣だった。それはどこか着物の袖に似ていたのは、日本人ゆえのイメージとしか言えない。


「こけ脅しだろうが!」


 ガールは何かの手品でも見せられたように、より強く首を絞めてくる。しかし、俺は慌てることなく魔力を炎として解き放つ。


「がああああ!!腕があああ」


 もう、詠唱さえも必要は無かった。ガールの腕を掴んだ俺の左手は手に紫の炎を生じて腕ごと炭化させ、ガールの肘から先を燃やし尽くす。それと同時に絞められていた首は開放され、重力によって地面に着地する。


「手前ぇ、なっ何しやがった!!」


 俺はゆっくりと深呼吸をして息を整えると、皆が呆然と見つめる中ガールの前に立ち上がった。


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