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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
55/137

36

 その場所は、本来自警団員達が使用する詰所である。その部屋は壁に掛けられたランプで照らされ、コップに注がれた液体が輝きを照らし返していた。日が暮れ降り出した雨の音も部屋の中で騒ぐ部下達の騒々しさでかき消されていて聞こえない。しかし、時には罵声も今は心地よく、騒音はBGMとなっていた。コップに注がれた酒を一気に飲み干し、勢いよくテーブルに叩きつける。


「オイ!使いにやった野郎達はまだ戻らねえのか?」

「へえ、ガールの兄貴。奴ら何してるんでしょうね、まったく」


 正直、予想外に村人達に自分たちの素性がバレてしまった事はどうでも良かった。村へ他の仲間達が準備が出来次第、行動を起こす事は近々決まっていたからだ。その点では、ちょうど今朝に村の周囲に他の部下達が集合できたとの連絡を受けており、今日か明日かの違いだけでしかなかった。


「それにしても、サニーが居るとはな」

「ホントですよ。ロイドさ……いえ、ロイドが匿っていたんでしょう?」

「だろうな」


 まだ、ロイドが裏切ったと実感が持てない部下が敬語を使おうとするのを視線で止める。今考えると、サニーが逃げたあの夜、アロテアに向かったという目撃情報も本当だったか分からない。すでに、あの時から裏切るつもりだったのか。馬鹿の様に言いくるめられ信じていたと考えると機嫌が悪くなってしょうがない。


「まあ、村の連中はこっちにガキが居る事で何もできない腑抜けだ。こんなに上手くいくなら、もっと早く手を出してれば良かったな」

「まったく、その通りで」


 村の自警団と言えども、若者ばかりの素人集団である事は昼間の格闘時にすでに分かってしまった。気になった動きをする者が数人いるくらいで、20人以上からなる自分達が負けるとは到底思えない。その上で、村には徴収可能と思われる金額とサニー達を要求したのだ。もし、翌朝に支払いを渋ってきたとしても俺達の本気を見せつけるだけで事は終わると信じている。


「……ぼねえじゃん、ぼがあじゃん、いだい、いだいよぉ」

「ちっ、ガキが目を覚ましたか」

「みたいですね。まったく、手加減ってものを知らねえから、あのガキ使えものになりませんぜ」


 部下の言うとおりである。村の宿屋からさらってきた人質のガキは、今は隣の部屋に寝かせてある。人質のため、今すぐどうこうするつもりは無いが。もう、覚醒してはうめき声を上げるのは何回聞いただろう。しばらくすれば再び気を失い静かになるが、それまでうわ言の様な声を聞くのは気持ちの良いものではない。


「まったく、傷さえ少なけりゃ高く売れたかも知れませんがね」

「ああ、もう無理だろ。頭を打ちやがって、視線も合わねえし、手足も動かねえからな」

「まっ、人質ってだけですからね。兄貴の言う、魔陣を使える女とかの方が高く売れるのは間違い無いですわ」

「だな」


 俺は再び酒を飲もうとして空になっていることに気づく。チラッと夕方に自警団の武器と一緒に集めてきた陶器性の酒瓶を見ると、残り本数が少ないのに気づく。


「くそっ!遅せえ。連中の宿屋に行くぞ!気が利いて酒なんて持ってこねえだろうし。ガキを連れてこい。奴らもガキの姿を見たら、ガタガタ言わずいう事聞くだろ」

「ヘイ」


 向かいの席で同じく騒いでいた部下を促し、宿屋へ向かう準備をする。隣の部屋から連れてこられたガキは肩に担がれて来た時と同じくグッタリとしているが、まだうわ言の様に同じ言葉を繰り返していた。



 すぐに、部下10人程を連れ宿屋に向かった今は、昼間に大立ち回りをした宿屋の食堂に立ちながら、床に伏せながら謝る部下に問いかけていた。


「あ?どういうこった」

「すみやせん」

「村の連中はどこに行ったんだって聞いてんだ!」

「すみません、許してください」


 近くにあった椅子を蹴り飛ばす。その勢いで壁に当たり、椅子の足が折れる。


「わ、わかりやせん」


 部下と言えども、怯える様子を白けた表情で眺め、あれほど居た人数の村人が居なくなった事を考える。人質のガキを見捨てたか?そんな筈はないと思う。宿屋に着いた俺達は、あまりの静かな様子に村人が消えた事にすぐ気付いた。直ぐに、宿屋の周囲と何かの手がかりを探させているうちに、2階に閉じ込められていた盗賊達を見つけたのだ。


「まだ、宿屋に向かわせて半刻もたってねえだろ。命かけて探せや。見つからなかった時は、わかってるよな?」

「……は、はい」


 縛られていた両手の縄を他の部下が解きながら、2階に捕まっていた盗賊へ言い放つ。部下の目は恐怖に揺れながら、顔色は蒼白になりつつも部屋を走って出て行った。


「お前達も探せ、村から逃げる奴がいたら始末しろ」

「はい」

「そして、宿屋ここに火をつけろ。まだ、遠くに逃げてないなら見えるだろ。これ以上、女子供に舐められるんじゃねえ」


 返事とともに、宿の各部屋にランタンを投げ込んでいく部下達。割れる音と共に、中で炎は燃え広がり、数分の内にもう消せない程食堂も炎に包まれる。その時だった、仲間達に配ってある手筒花火が打ち上がる音がする。


「見つけたかぁ?」


 ニヤリと残忍な笑みを浮かべ、燃える宿屋から花火が打ち上がった方へ向かう。雨が降ってはいるが、シトシトと勢いも弱く宿屋を灰にまでするには十分に燃える勢いがあった。




「クソ、こんなに早く見つかるなんて」


 雨の降る中、後方から盗賊の怒号が聞こえてくる。もうすでに自分達はぬかるんだ地面に生じる足音を気にせず駆け出していた。


「ハント君、急ごう。今ならまだ見つかっていないはずじゃないか」

「オニボさん、もう盗賊の声が聞こえる場所まで来ています。このまま高台まで向かうのは良い案とは思えません!」


 このまま、自分達は確かに逃げることは可能であろう。しかし、ぬかるんだ泥には自分達の足跡が残っているのである。少なからず、高台へ向かった村人達が見つかるのも時間の問題なのだ。その場所へ自分達が早々に案内する訳にはいかない。


「まだなのか、キア、シス」


 キイア村に向かっているであろう仲間に無理な願いを思ってしまう。わかってはいるのだ、キアやシスも可能な限り頑張っていることを。


「しかし!追いつかれたら、まずいぞ!」

「最悪。ここで抵抗するしかありません」

「そうだな。いいか、皆覚悟だけはしておけ!」


 オニボ団長の視線に走りながら、頷き返す団員達。団長と自分以外にロイドさんと他5人の団員達。しかし、この最終組に盗賊達の目当てである、ユキアさんとサニーさんを除く事を失念していた事を後悔する。


「私は大丈夫です」

「私も大丈夫だ」


 ふと視線を向けていた事に気付かれたのか、二人共真剣な表情で返事をくれる。


「こっちに足跡があるぞ!」


 盗賊の一人が、こちらの足跡を見つけたのだろう、叫ぶ声が聞こえる。


「追え!逃がすな」


 数々の罵声が、すでに聞き取れる所まで来ていた。左手で腰に帯剣した柄を確認する。言葉には出さないが、心の中では戦闘の覚悟をすでにしていたのだ。


「誰かかしらに知らせろ!」


 ヒューーーン


 音がする方へ後ろを振り向き確認する訳にはいかないが、空気を裂く乾いた音が鳴る。盗賊の合図として使っている手筒花火だろう。横では、それを聞いたサニーさんが走りながら舌打ちし苦い表情をしているのが見える。


「ハントさん、オニボさん、このままでは囲まれます。体勢を整えましょう」


 黙って付いて来ていたロイドさんが、言い出すタイミングに悩んでいた助言をくれる。


「オニボさん!」

「ああ、わかった!」

「でも、こんなに暗いと!ユキアさん光の魔法は出せますか?」

「はい、でも長くは無理です」

「一時的でも良いんです。オニボさん!他に明かりになるものはありますか?」

「そうだな、この先に使っていない家と厩舎があったはずだ。そこなら好きに使って構わない」

「では、そこを背に迎え撃ちます。良いですね」


 団長の暗黙の了承を得て、その民家を明かり代わりにするしかない。明かりの代わりとは、燃やすつもりなのだ。ユキアさんの光の魔法も必要だが、光源としては足りないだろう。そう考えるうちに、山の高台に登る坂が見える麓に立つ民家を見つけそこへ皆走っていく。

 確かに、ここであれば民家を通り抜け道を知っている村人であれば、少し行けば高台への登り口があることを知っているだろう。加えて言えば、ここの道を盗賊達に抜かればければ高台への道はわからないはずだ。


「ハントさん、ここでですか?」

「ユキアさんお願いします」


 自警団員の面々は、盗賊から奪った剣を鞘から抜き身構える姿勢をとる。武器を持たない4人の自警団員はそれぞれ武器を構える人に付き添い必ず孤立させないように、オニボさんが配置していた。


『我は癒しに仕える小さき人の子、光よ闇を照らせ!』


 ユキアさんが魔法を使えると言っても、実際に魔陣を織る情景には見慣れていない。もちろん、一座のメンバーの中にも魔法を使える人物はいるが、日常的に見ているわけでは無かった。

後ろでは、自警団員が厩舎に火を掛けわずかばかりに明るくなってきていた。しかし、炎の勢いは弱く、明かりというよりも焚き火ほどである。そんな中、ユキアさんの両手の前には直径30cm程の銀糸の魔法陣が形作られていく。造形としては単調の様だ、それほど難しい魔陣では無いのかも知れない。自分達が隊形を作るうちには、すでに完成し両手を上空へ突き上げ空中へ魔法の光を浮かせることが出来た。


「ユキア君は、一番後ろに、サニーさんとロイドさんユキア君をお願いします」

「ああ、分かった」

「任せて」


 オニボさんへお願いされるまでもなく二人共、短剣を抜きちょうど隊形の中央に位置し後ろにユキアさんを庇う位置に立っている。前衛にいるのが自分とオニボさん、側面はそれぞれ自警団員が受け持つ。民家を背に後方がユキアさんで、回復と支援を任せる隊形だ。


「居たぞ!こっちだ」

「来ます!」


 うっすらと明かりに照らされ盗賊達も人数が一人一人と増やしていく。すでに見えるだけでも6人以上はいるだろう。それぞれが剣を鞘から抜いており、すでに戦闘態勢だった。


「おらあぁ!」


 盗賊の先陣を切った一人が力任せに剣を叩きつけてくる。まともに剣で受けるのは、長期戦としては避けたかった。剣を寝かせ、受け流しながら横へ回り込もうとするが、相手も足を引き横払いへと剣先を変化させてくる。その動きだけでも、相手が手練であることを気付かされる。


「ハント君!」

「大丈夫です。気を付けてください、かなりやります」


 先手に一人を切り伏せたいのは相手も同じらしく、互いの気迫がぶつかり合う。つば競り合いさえ無いものの、互いにひと振りが急所を狙ったものであった。目や体の中心に近い所を狙ってくるのは、相手の恐怖心を植え付ける攻撃としては、相手は対人の戦闘に慣れていた。自分も体をひねりながら一撃をかわし、両手で柄を握り盗賊の腕を狙い振り切る。

 周囲を見る余裕は無いが、すでにオニボさんや自警団の面々も接敵し金属音が周囲へ響く。


「伏せて!」


 サニーさんやロイドさんもまた、短剣ではあるが側面の自警団員へフォローしながら、盗賊達へ手傷を負わせていく。致命傷ではないが、深く踏み込めない盗賊達の苛立つ雰囲気が伝わってくる。


「今です!」


 ロイドさんの方は、短剣を盗賊の足に投げ踏み込みを地面に縛り付ける。その隙をロイドさんの合図に促され自警団員が踏み込み、下からの切り上げで盗賊の一人を切り伏せていた。


「やった!」

「まだです、そこの君、落ちた剣を拾って構えなさい」

「は、はい」


 無手だった自警団員が慌てて、落ちた剣を拾って構える。前衛は自分達が拮抗し、側面は少しずつ押し返していた。もしかすれば、このまま時間が稼げるのではないかと期待を持ってしまう。


「何やってんだ!しっかりしろ!」

「ガール!」


 サニーさんの確認する叫び声と共に、オニボさんの方へ向かうガールの姿を認める。しかし、先ほどから、盗賊の剣先を避け切り返すのが精一杯で互いに力量は拮抗していた。盗賊達の人数はすでに10人を超えていた。幸いこの盗賊の中に弓等の飛び道具を使う者が見られなかっただけ良かった。今の態勢では、対応できないだろうからだ。

 側面への盗賊の人数も多くなり、援護の二人もオニボさんとガールとの対峙に援護に行けないのが現状だった。ガールの拳にはすでに鋼鉄のナックルガードが装着され、オニボさん目掛け振り下ろされていた。


「ぐふっ!」


 ガールの拳は剣で受け流すレベルの話ではなかった。オニボさんは剣とともに体ごと吹き飛ばされ、後方の団員へ体を打ち付ける。一気に前衛の一角が崩れ自分にも横振りの拳が払われる。気付き側面へ飛び衝撃をかわそうとするが、それでもなお拳を受けた左腕がミシッと嫌な音を立て体ごと吹き飛ばされる。


「オニボさん!ハントさん!!」


 ユキアさんの声が聞こえるが、あまりの衝撃に意識が暗くなりかける。


「くそ、女!離しやがれ!」


 突然、ガールの奥の盗賊から罵声が聞こえる。


「ダルを返せ!」

「うるせえ、女!」

「サオ!」


 誰かが盗賊達の後方で掴み合いやりあっているのが見える。ユキアさんには見えるのか叫んでいるのが聞こえる。


「ガール!」


 崩れた前衛にサニーさんが立ちふさがり、短剣で対峙する。打ち付けられ倒れたままではいかない自分も、一回転して姿勢を起こし盗賊の足を傷つける。


「くそったれ!」


 先程まで拮抗していた相手に罵られながら、周囲をチラッと見ると。ガールへの対応はサニーさんへ今は任せるしかない。この際、サニーさんの武器が短剣である事に不憫ささえ抱く余裕は無かった。幸い他の自警団員でまだ立ち上がれない者は居なかった。オニボさんでさえ、何とか立ち上がりガールの相手をサニーさんへ任せるようにしていた。しかし、何かあれば援護できるように気を配っている様子である。


「ガール!これがお前のしたかった事か!!」

「そうよ!力さえあれば誰も何も言わねえ。いや、言わせねえ」


 ガールは再びナックルガードの拳を打ち鳴らし、ガシャンと音を鳴らすとサニーさんへ再び振りかぶり殴りかかった。


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