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部屋の中にはロウソクによる燭台の明かりのみがテーブルの面々を照らし出していた。椅子に座るのは4人であり、その内の一人は今行われた説明に余計に表情のシワが増えたように見えた。
「これ以上の負担を課すのはは村には無理じゃ、今でさえ家を失った者達を支援することで精一杯だというのに」
「しかし、これ以上村人に危害が加われば、村を離れ街に移り住みたいと言い出す人が出ないともなりかねません」
「しかしのぉ、盗賊とやらが味をしめて一回だけでは済まなくなったときは、もう、この村はおしまいじゃ」
一足先にアロテアのギルドへ連絡を行った自警団のオニボ達は、事情を説明に村長の家へと来ていたのだ。しかし、考えていたとおり村の財源はほとんど無く、盗賊を懐柔出来るだけの金銭などどこにも無かった。
「幸い、まだ、相手には気付かれていません。事情を知っているのも村人の数人だけです」
「ふむ、アロテアのギルドに借金という事で、討伐依頼の冒険者を雇ってみてはどうかの?」
「アロテアギルドへ依頼するためには、誰かを向かわせないといけません。もし、村の状況を考えてくれているギルドが先に冒険者を送ってくれても、2日程かかると思いますが……」
自警団の副団長が村長の提案に返答する。
「しかし、盗賊がその間に大人しくしてくれているかが問題で……」
「そうじゃのぉ」
「まずは、私達には時間が必要です。アロテアの助力を受ける上でも、そして私達の準備を整える上でも、今は盗賊たちの動きを抑えないといけません」
「どうすれば良いかの?」
「特別に重労働などを課すと、不自然さや反発を感じるかもしれません。何か良い案はありませんか?」
副団長の提案に、少しの沈黙の後、今まで聞くだけだったこの席で唯一の女性であるユリアが、再確認するように聞いてくる。
「最悪な状況で襲われても相手の戦力を落としたいわけですよね?ならば、仕事を別に分けて幾つかに分担してはどうですか?不自然じゃない程度にですが」
「仕事を割り振るのは私達の方が決めれる訳だからな、相手の戦力を割く意味では効果的かもしれん。じゃあ、どうやって分けるかだが」
「団長、依頼で到着した冒険者たちと、4組に分けて昼夜交代で伐採をさせるのはどうでしょう?」
「ほお、しかし、相手に斧を持たせるのは大丈夫かね?」
「それを言い始めれば、何も仕事ができませんよ」
「ふむ、無関係な者たちを巻き込みたくは無いが、都合よく選ぶわけにもいかない。しかたないか」
「とにかく、まずは、時間が私達には必要なんです」
ひとまず最優先の取り組みが決まった4人は安堵の笑みがわずかに見える。
「でも、そう長くは続かないじゃろう?」
「そうですね、相手に村の規模や人数を把握される前に、子供や女性とお年寄りはアロテアに避難させた方が良いかもしれません」
「そうじゃろうなぁ」
「ちょっと待ってください、そうするとざっと見積もっても100人近くですよ?どうするんですか!」
「したくは無いが、ケガをしている者や今回洪水で家財を流された者を優先して避難させるしかないだろう。その時には、ユリアさんに引率を頼む事になると思うが構わないかな?」
「ええ。もちろんです」
「そうすると、避難の出発も見つからない方が良いな。急遽になるが、明日村の作業現場を案内する事になっている。その時には、宿屋で避難準備をしていると気付く盗賊も居ないだろう。明日中に避難者の出発準備ができるか?」
「わかりました。今晩中に資材搬送用に使用している荷馬車を避難用に数台準備します」
「よろしく頼む、ユリアさんには、避難者の引率とアロテアのギルドへ依頼をお願いしたい。村長、ひとまずはそれで構いませんね?」
「そうじゃな、後は覚悟を決めるしかなかろう」
ユリアは承諾のうなづきで返事を返す。それぞれ4人の表情には覚悟した眼差しで頷きあうのだった。
翌日曇り空の中、時間は昼を過ぎキイア村の出口に当たる詰所の前には、50人あまりの村人が集まっていた。一様に手提げ袋程度の荷物を持ち、停まっている馬車へそれぞれ乗り込んでいた。
「お母さん、気をつけてね」
「ユキアこそ、後はお願いね。いい?無理しちゃダメよ」
「わかってるわ、先にアロテアの街で待ってて。残りの人達と一緒に私も後から行くから」
ここに集まっている50名の避難する人達には、村に盗賊がいるなどの詳細の理由は伝えて無かった。伝えてある内容は村の今後も支援できる財政が困窮している事、第1陣としてアロテアに向かうのも村の復旧が進むまで向こうで職を探し住む場所が再び再建されてから戻ってきてもらうためだと表向きは説明してあった。それに対しては、反対や移動を拒む村人もおらずすんなりと避難へ承諾してくれたが、何より、アロテアのギルドにあらかじめ話を言ってある旨を伝えると、皆不安の表情が幾分か和らいだのだ。
「私もサオ達と近いうちに出発出来ると思う」
「そうね、そうなると村人がいきなり少なくなった事にさすがに相手も気付くと思うから、気をつけるのよ?」
「うん、わかった。アロテアの街のギルドにはタカさんが居るから、よろしく伝えといてね」
「わかったわ」
ユリアは微笑すると馬車に乗り込む。大きな荷物も何も無い50人の乗車は、もたつく事もなく終わる事が出来た。1輛の馬車に8人が向かい合い座る姿勢で腰掛け、先頭をいく馬車はすでに出発しようとしていた。村の出口に立つ自警団員は一切の事情を伝えられており、皆一様に緊張した表情で周囲を警戒している。ユキアは母親の乗る馬車に手を振りながら無事にアロテアの街に到着することを願っていた。
「ユキアお姉ちゃん、おばさんはもう出発したの?」
「ダル君、もう出発したわよ?何か用事でもあったの?」
「いや、挨拶したかっただけだから、そっか、まあいいや」
宿屋に戻るとダルとダリアが食堂でユキアを待っていた。今まで自然とサニーが二人の面倒を見る形になってきていたが、事情によりサニーが部屋から出れなくなった事で任されていた仕事も無くなり暇になっていたからだ。
「ねえねえ、俺達も近いうちに街に行くんでしょ?」
「ダル君、まだ大きな声でその事は言わないでね。今日行けなかった人達が悲しむでしょ」
「あぁ、ごめんごめん。内緒だったね」
「お姉ちゃん、私達は、いつには、行けるの?」
ダリアはユキア達がアロテアから帰ってきた時に、一緒にタモトお兄ちゃんが帰ってこなかった事にショックを受けていた。ユキアが帰ってきた直後は馬車に一緒に乗っていなかった事で顔色が悪くなりパニックを起こしかけたのだ。父親の事を知っていたユキアは、アロテアで無事に仕事をしている事を伝えてようやく落ち着き、まだ二日しかたっていないが、今日、アロテアに村人が急遽向かう事の話があってからは、また少し落ち着きが無くなってきていた。
「そんなに待たせないと思うわ」
「うん……」
「いつでも行けるように、荷物をまとめておくのよ?」
「わかった」
夕方になり、ユキアとダリアは宿屋の厨房の中で簡単な夕食の手伝いを行っていた。ダルは食堂のテーブルに配膳し、帰ってくるギルドの冒険者達の食事を準備していたのだ。これが、一応の関係の無いギルドから来た冒険者への労いであり、盗賊達への機嫌を損ねない様にするための対応として行うことになった。
「であ、皆さん先ほどの組み合わせで今晩から仕事をお願いします」
「ああ、わかったわかった。何度も言うな」
宿屋の扉を開け、自警団長とギルドの冒険者達が帰ってくる。返事をしていたのも、ユキアは盗賊の一人だと伝えられている人物だと知っていた。しかし、ここにいる人達で事情を知っているのは、ユキア以外には自警団員と女将さんだけである。
「ダリア、もうそろそろ終わるから良いわ。ダルとお部屋に行ってて良いわよ?」
「うん」
「ダリアちゃんありがとね」
ダリアはコクンと頷き、並べていた皿を横に置きエプロンを外そうとする。ユキアは子供達を盗賊達に近づけないよう部屋へと行かせようとした。女将さんも、その気持ちを察したのかユキアと視線をあわせて頷く。
「おい!小僧。そこのお前だよ」
「俺?」
ユキアは驚きカウンターから食堂のダルを見る。ちょうど配膳が終わりカウンターへ戻ってくるところを呼び止められたのだ。
「そうだ小僧、酒を持って来い」
「ガールさん、お酒なら私が」
オニボ自警団長が対応しようとするが、ガールの視線はダルから離れることはなかった。
「お前が一番近いだろう?何だよ、注文も聞こえねえのか?」
「ハイ!今お持ちします」
女将さんの返事で、ユキアはダルを手招きすると、女将さんも急いで酒を木製のジョッキに注ぎ始める。女将さんとユキアとダルの3人がかりで全員に配ることになり、女将さんが気を配ってガールの所に配ることになる。
「この、小僧!何しやがる」
「ごめんなさい」
「おい、どうした?」
「いえね、こいつが酒をこぼしやがって服が濡れたんでさ」
ユキアは驚き、こぼしたと言う隣の状況を見ると、確かに注がれた酒がテーブルにこぼれているが、服に付いたと言われるのは言われないと分からない程しかなかった。
「おいおい、謝る時は、心を込めてって教えてもらわなかったのか?ええっ」
その盗賊の一人は、ダルの頭を無理やり押さえつけると謝るように無理やり腰を折らせる。
「い、痛い!ご、めんなさい」
ユキアはオニボ団長に助けを求めようと、視線を向けた時。
「ヤメてっ!」
ダリアが、ダルを押さえている腕にしがみつき、その男の行為を止めようとする。
「ァアン?」
マズイと盗賊以外のその場にいた誰もが思った。次の瞬間にはその女の子どうなるのか、皆が同じ想像をしたのである。
「ダリアッ!」
「そのくらいにしませんか?」
緊迫した雰囲気の食堂に一人の男性の声が響く。声の主は、今しがた階段から降りてきた男性のものだった。
「ロイドさん」
ロイドと呼ばれる男性は、落ち着いた雰囲気で食堂へ入ってくる。ユキアは隣の席でダルの頭を押さえていた男が「チッ」と舌打ちをして、ダルを押さえていた頭を開放したことに安堵した。直ぐにダリアも盗賊の男のそばから離しダルと共に自分の後ろへかばった。
「あーぁ、しらけちまった。飯にするぞ!」
ユキアは隣へ歩いてくるロイドへお辞儀をして感謝する。他の冒険者も、後味が悪い表情のまま食事を始めた様子だった。 盗賊の男達もガールの一言で何事も無かったように食事を始めた。
ロイドは、部屋へ持っていく夕食を取りに来た所だったらしい。ユキアはダリアとダルを連れて一緒に部屋に戻りしばらく付き添う事にした。
時間も深夜になり、ダリアとダルが寝るのを見届けたユキアは、夕方の事情を説明したサオと一緒にサニーたちの部屋へ集まっていた。部屋の中には、すでに自警団長も来ておりロイドから状況の説明を受けていた所だった。
「という事は、もうすでに村の周囲に盗賊の仲間が潜んでいる訳ですか?」
「はい、夕方聞き出した所まででは」
「マズイな、人数まではわかりませんか?」
「すみません、正確な人数までは、少なくても20人は居ると思います」
「今日避難した人達の事はバレていませんか?」
「それは大丈夫でした、全く人が減ったことに気が付いてない様子です」
「そうですか、残りの人達はどうすべきか……」
「子供達だけでも避難できませんか?」
夕方のダリアやダルの事を考えると、ユキアは直ぐにでも逃がしてあげたいと思う。サオだって実の姉として同じ思いを抱いているだろう。
「ねえ、サオ?大丈夫?」
「あ、あぁ。うん」
この二日間、サオの様子はおかしかった。ユキアは少なからずその変化に気付いていた。いつも仲の良かったサニーと全く話をしなくなったのだ。ゴブリンの件依頼、見かけるといつも一緒にいたのが嘘だったかのような変化だ。その原因が、サニーが自分の素性を隠しサオにさえ打ち明けていなかったことが多分に影響している事にユキアは気付いていた。
「難しいな、不用意に動けなくなった。村の出入り口を見張られている可能性もある」
「それじゃあ一体どうすれば?」
「村の知られていない所に避難させるしかないだろう」
「そんな所ありませんよ!」
つい感情的になるユキアがサオに肩を抑えられる。
「村の中にいる盗賊は何とか分担作業をさせて、仕事の時間をずらせたがこのままじゃあ長くはやれないだろう。どこか、無いのか……」
「どこか、民家に地下室は無いんですか?」
ふとした思いつきだけでもサニーは案を言ってみる。
「いあ、無理だ有るにはあるが、50人をも匿える広さはない。それに家探しされればすぐ見つかるだろう」
ユキアは、考えながら左腕にはめたままの貰ったブレスレットを見つめていた。
(タカさんが居てくれたら、解決してくれるだろうか。いや、この場に居なくて良かったのだ。元々、出会ったのは偶然だったのだから)
もう、もしかしたら会えなくなるのではないかと思ってしまうと、胸に込み上げてくるものがあった。ブレスレットを指でなぞりながら、不意に彫刻された女神の姿に見とれる。
「あるかもしれません……私が日課で祈りを捧げている丘の上なら、村の人以外は知らないはずです」
「そうか、あそこか!」
ユキアが思いついた場所であれば、飲み水の確保や50人以上の人が隠れるには十分な広さがある。登り道は人がようやく通れる程であり、中腹あたりに村を見下ろせる開けた所もあるのだ。




