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ポツッ、水滴が頬を濡らした。見上げる日が傾きだした空には灰色の雲が集まり、今にも太陽の日差しを隠そうとしている。
「どうかしましたか?タモトさん」
聞いてきたハントは、翼竜に騎乗の鞍を付けながら聞いてくる。
「あぁ、いえ、雨が降ってきたのかなと思って」
「そうですね。本降りにならないと良いですけれど。ほらキア、雨が降るかもしれないから嫌がっても 少しきつめに紐を締めておくんだよ」
「兄さん、本当に飛ぶの?って言うか、なんで教えてくれなかったのさ」
キアは自分の相棒である翼竜に鞍を付けながら、納得していない表情をしている。確かに、俺でさえもある日急に、家の裏家業は全く違う内偵や諜報専門一家です。などと打ち明けられた日には悩み考え込んでしまうだろう。
「俺だって、父さんがあっさりキアを連れて行けなんていうとは思わなかったさ。今日は事情説明して終わりくらいにしか思ってなかったしさ」
「なんか、ずーっと仲間はずれにされてたのかーって思っちゃって、私結構傷ついてるんだけど」
「俺は前から勧めてたんだぜ、正直父さんの考えはわかんない時があるよ」
「そうなんだぁ、はぁ」
しかし、キアちゃんさえ連れて行ってくれと言ったクルガーさんは、自体を深刻な方に捉えた結果なのだろうと思う。薄々鞍を準備している二人もそれが分かっているのか、表情は暗いままだ。
「ハントさん、この翼竜には俺も乗れませんか?」
「タモトさん、気持ちはわかりますけど、今ここ(一座)の装備に2人乗り用の鞍が無いんです。上級者は鞍が無くても乗れるみたいですが、さすがに雨が降るかもしれない状況なときに同乗してもらう事ができません」
「そうですか」
俺は出来る事であればすぐにでもキイア村に戻る方法があればその手段を取りたいと願っている。今、村の人たちがどのような思いで暮らしているのかと心配でならなかった。
「自分達がなるべく早く村の状況を見てきます。先ほどの会議の通りタモトさんは街道をシス達と一緒に向かってください。キアを伝達に向かわせますから」
「うん、タモトお兄ちゃん、キア達に任せてよ。すぐ伝えにくるからさ」
「わかった。おねがいします」
二人に感謝の思いを込めてお辞儀をする。
「キア、準備できたか?」
「うん、お兄ちゃん」
二人は演劇の時とは違う衣装ではない服装を身に付け騎乗する。ハントは、劇中の騎士甲冑の様な装備ではなく、革性の胸当てや小手を装備し身軽にしている。キアも同じ様相で防寒の為だろうか厚手のマントを胸前で結んでいた。
「キア行くぞ!「ウン!」ハッ!」
二人の掛け声と共に、翼竜は徐々に羽ばたきを力強く繰り返しゆっくりと上昇していく。そして、ある程度の高さへ上昇したあと滑空を利用して水平へ飛行し視界から村の方へと見えなくなった。
「ハントは行きましたか」
「はい」
「じゃあ、タモトさん、私達もそろそろ用意ができます」
「わかりました。よろしくお願いします」
いつから居たのかハントがシスと呼んでいた女の子が、後ろに立っていた。今だにこのおっとりした感じの女の子が、ハントと同じ部隊の一員だと言う事に理解が追いついていなかった。今の服装も街娘と同じ格好をしており、今から盗賊が潜伏している村に向かおうとする様相ではない。
「何か?」
「いえ、思ったほど緊張感が沸かないなと」
「フフフ、そうですね。殺気立って準備すると街の人達に怪しまれますし、何せ一座の人気に影響しますから。皆、落ち着いて迅速に動いてるだけですわ」
「自分はいつでも行けますので、もうすぐ行くんですか?」
ギルドの仮眠室に着替えやパスポートを置いてきていたが、盗まれることも無いと思う。
「ええ、村の危険な状況は変わりませんので、そうですね、そろそろ行きましょうか」
俺がシスに連れられた先には、2頭立ての馬車が6輛準備されていた。全てに幌は無い馬車で、その内の4つには動物が入った檻が揃えられている。促され、先頭の馬車に乗り込もうと檻とすれ違った際、寝ており蹲っているものやじっと外を眺めている動物と様々だった。
「動物達も連れて行くんですね」
「ええ、そうですよ」
フフフ、とシスは意味深げな笑顔で返事をする。御者台から準備が整った事を伝えられ、ゆっくりと出発する。アロテアの中央の広場の外れから、石で舗装された道を進んでいく。これから、夜中に野営をしたり二日かけてキイア村に向かうことを思い出すと、ようやく村に帰れるのだと思ってしまう。
「・・・・・・で、良いんだな?」
「ええ、先に行くから。後からでお願い」
「わかった」
シスは御者台の男性と身を乗り出しながら話をしているところだった。俺は後ろの荷台に座りながら横切っていく街の景色を眺めていた。この幌屋根の無い馬車だと雨が降るとずぶ濡れである。本格的に降ってはいないが、今にも振りそうな予感がしてたまらない。そんな不安を思いながら、街に空にと眺めていると、街の出口までついた様子だった。
「おう、今の時間から出発かい?遅いな」
街に到着した時に通った警備隊がいる詰所へ来たところだった。声を掛けてきたのも、門番を務めており入出の確認をしている隊員だった。
「そうなんですよ。ちょっとキイア村で突然の公演が決まっちまって。俺たちも急いで準備して向かう所なんですよ」
「ああ、見世物一座の人達か、俺も見に行ったぜ。あれだけ面白いもんは、是非見てもらいたいよな」
「ありがとうございます」
「いちおう決まりなんでな、目的と名前を書いてもらっていいかな」
「もちろんです」
警備している隊員は怪しむこともなく、それぞれの馬車を眺め人数を確認していく。荷物などの確認もされることも無く、数分で通行許可がおりた。
「じゃあ、頑張ってきなよ」
「はい、ありがとうございます」
シスが笑顔で荷台から返事をする。俺も軽く会釈をしておいて、再び動き出した馬車から遠くなっていくアロテアの街を眺めていた。
「ここぐらいで良いか?」
「そうね」
アロテアの街が遠く視界から外れた後、5分ほど進んだとたん御者台の男が馬車を停めてシスに聞いてきた。なんだろう、不都合でも起きたのだろうか。
「タモトさんも、降りてください。荷物は、そうでした無かったんでしたね」
「えぇ」
俺は肯定しながら、何をしようとするのか疑問を感じながら促され馬車を降りる。後続の馬車を見ると、誰も不思議がることなく馬車から降り、止まった馬車から動物達を檻から出しているのが見える。
「動物達を下ろすんですか?」
「ええ、そうですよ」
シスは俺の反応が面白い様に微笑みを浮かべながら、髪を後ろで束ね革紐で結んでいる。
「タモトさんも、私達の事聞いてましたよね?」
「はい、見世物一座をしながら、何とか部隊っていう仕事もしているって」
「そうです。王都の騎士隊とは別に所属する、クルガー団長とハント隊長をトップにもつ、独立遊撃騎獣部隊、これが私達の正式な名前です」
気がつくと、シスの後ろには体長4m程のグリズリーがのそっと近づいてくるのが見える。誰も手綱を持っている状況ではなく、全くの野放し状態だ。
「シス、もしかしてさ」
「ええ、紹介しますね。私のパートナーでナナって言います。女の子ですよ。フフフ」
グリズリーと目が合ってしまったが、いや、仮にも見世物一座なのだから襲われる事は無いと思うけれど、体長4mは半端ではなかった、演劇中遠目には見たけれど近くで見ればその大きさにもう猛獣と言っていい。前足の大きさなんて30cmを優に超えている。あれで殴られたら、5体満足にはいられないだろう。
「そうでした、タモトさんにはこれを渡しますね。必要ないならそれに越したことは無いのですけど」
「え?剣ですか」
渡されたのは、ロングソードと言われる直刀だった。刀身は鞘の外からは分かりにくいが、1m前後くらいだろう。腰に付けるのかと帯のようについていた紐を腰にまこうとすると、たすき掛けして背負ってくださいとシスに言われる。どうも、腰に付けると騎獣に剣の先端が当たり不快らしい。
「いちおう最悪な状況の時用です」
「こんなのを荷物にいれていざというとき怪しまれなかったんですか?」
「いちいち檻の中までなんて見ませんから」
シスは笑いながら、ナナと呼ばれたグリズリーを撫でる。周囲を見ると、他の動物達はグリズリーではなかったが、二足歩行のトカゲや黒豹に似た牙の長い動物など全部で5頭が準備されていた。
「シス、そろそろ準備ができる。急げ」
「わかったわ」
シスは促され鞍を付けながら、緩みが無いかを確認している。鞍は一人乗りの用でありシス専用なのだろう。もうすでに準備の出来た隊員は騎乗しシスを待っている雰囲気でもある。馬車の御者達は残り、遅れて後方から追いかけるらしい事を告げられる。
「よし、準備できたわ。さあ、行きましょうか。ヨット」
鐙に足を掛け騎乗するシス。しかし、鞍を付けた位置から僅かに前方である。そして、俺に手を差し伸べ。
「っさ、タモトさん」
「え?」
「乗ってください」
俺の見つめる先には、4mのグリズリーの背中に付けられた鞍が一つ。そこにはシスは座っておらずいわゆる裸乗り?スタイルと言うやつですか?
「馬車で行くつもりですか?早く村に行きたいんですよね?」
「はい、あの、後ろに乗るんですか?」
「大丈夫ですって、ね?ナナ」
グルルッ
あぁ、心境は、あどけない女子高校生がモンスターレーシングバイクに跨ってタンデムしましょうよと言っている様なものだった。しかも、ヘルメット無しでだ。しかし、馬車よりも早く村に着けるなら馬に乗ろうがグリズリーに乗ろうが変わりは無いのだと決心する。俺が乗ることを決心すると、少しでも乗りやすい様にだろう、ナナは腰をかがめて座ってくれた。おっ、見かけによらずナナは良い子なのかもしれないと思ってしまう。
「よし、それじゃあ行きますね。しっかり掴まってください」
「あ、あぁ」
ゆっくりとナナは歩き出し徐々に疾走というスピードに速度が上がっていく。シスの背はあまり高くないのかちょうどシスの頭越しに前方が見えるため、スピード感が半端ない。近くの地面を見ると、足先が地面を削りそうなくらい低いのだ。
「タモトさん、大丈夫ですから力を抜いて!」
「そ!そんなこと言われてもぉぉおおおおっ!」
俺はまだ知らなかった、夜の山道に外灯なんてあるはずもなく、暗闇を疾駆する恐怖はまだ始まったばかりだという事を・・・・・・。




