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私達二人を乗せた馬車は、村近くの林道を進んでいる。後1時間程で村が見えてくるあたりだ。先日に降った雨が、アロテアに出発した時には地面を泥に変えていたが、数日経った今は凹凸はあるが硬い地面に戻っていた。
「もうすぐ村につくぞ」
「はい、無事に帰れそうですね」
御者で馬を操るオルソンさんが、幌馬車の中を振り返り告げる。上り下りの多い山道と比べて言われたとおり凹凸も少なくなり、平地へ抜けて来ていることに気づいていた。
「ああ、そうだな。アロテアに向かう時は狼に襲われてどうなるかとヒヤヒヤしたが、向こうもある程度怪我しただろうしな」
「帰り道も襲われる可能性も有ったんじゃないですか?」
「もしかしたらと考えはしたが、護衛を雇う資金も無いしな。どうせ、俺たちだけで戻る事になったろう、タモト君が街に残ったのは予定外だったが」
「そうですね」
馬車の中で、ギルドから任された鳥に餌をあげながら御者台のオルソンさんに返事を返す。木製の木枠の隙間からギルドから鷹の餌を指ですくい差し出すと、暴れたり指を噛む事も無く上手に食べている。今回、初めて鷹の世話をする事になったが、猛禽類の特徴である鋭い爪と嘴から初めは怪我でもするのではないかと恐る恐る餌を与えていた。しかし、帰路で一日馬車の中で鷹の様子を見ているしかなかった今は、大変おとなしい様子に少しだけ恐怖感が薄れている。
「だいぶ慣れたようだな」
オルソンさんが、御者台からチラッと馬車の中を振り返る。はじめから鷹に興味が無い様子だったが、話題と言えば見世物小屋の話や自然とこの鳥についての話になるのだ。この二日、ほとんどの世話は私一人で行ってきたし、ギルドから任されたのも私の役割だと思っていたので不満を抱く事も無かった。
「さすがに、まだ、鳥篭から出そうとは思いませんけど。おとなしいので大分慣れた気がします」
「にしても、キイア村にギルドの支店とはな、仕事は無いわけじゃあ無いが、何か慣れ親しんだ村が変わっていく気がするな」
「そうですね。ギルドの話は村長がご存知だったみたいですから。タモトさんが戻ってきたら詳しく聞いて決めないといけないみたいです」
「なるほどな、村に帰ってもしばらくは誰も彼も忙しそうだ」
「依頼した人たちが早く村に来てくれれば良いんですけれど」
「ああ、報酬も普通よりも割り増しだから早くて3・4日中には村に来てくれると思うが」
「そうでなければ、報酬を見直すのと他の希望を書いて連絡するのが、この子(鷹)の出番ですね」
「そうだな」
もし、依頼を受けた人達が来ない場合に何をするべきかも理解した私は、早くタモトさんが戻ってきてくれないかと思ってしまう。無意識に出発前にもらったブレスレットに触れながら、アロテアの街でギルドの研修に頑張っているだろう姿を思い浮かべていた。
鳥の餌やりが終わる頃には、林道を抜け遠くにキイア村が見える程になってきていた。門や城壁があるわけではないが、このまままっすぐ行けば自警団の詰め所が村の前にあるが、まだ遠いため人影などは見えない。
「まずは、村長さんの家に行くんですか?」
「ああ、そういえば何も言われてなかったな。出発した宿屋に一度寄るか」
次第に近くなってくる村を見つめ、数日しか離れていなかったが随分と長い日にち戻ってこなかったような感じがする。朝一で禊をしてお祈りを日課にしていた事がかなり昔の様に感じた。
女神像のある山肌の斜面の方向を見つめると、青々とした木々が陽の光を反射しながら輝いていた。
「ふう、着いたぞ」
「オルソンさんお疲れ様でした。すみません、御者を任せてしまって」
「気にすることはない、出来ない事をさせるつもりはないよ」
「はい」
オルソンさんの馬車は、出発した宿屋の入り口に横付けされる。村の入り口で顔パス同然に通過した自分たちは、そのまま宿屋へと戻ってきた。普段からあまり人の多い通りでは無いが、今は閑散と言う言葉があてはまる。
オルソンさんは、馬車と馬を結っている紐を解き、馬専用の水桶に連れて行くところだった。私は、預かった鷹を馬車に置いておく訳にもいかず、木籠を手に持ち馬車を降りる。馬車の中から急に明るくなりバサバサと翼を動かし驚いた様子なのだが、しばらくすると再び落ち着いて周囲を見ていた。馬を馬留めへ結び終えたオルソンさんを待ち共に宿屋の中に入っていく。アロテアと違い、荷物の載った馬車を外に置いたままにしても盗むような人は居ないだろう。
「女将、今帰ったが。村長はここ(宿屋)に居るかい?」
「ああ、ごくろうさん。まずは座りなよ。ユキアちゃんもお帰り」
「はい、ただいまです」
そう言われるままテーブルに腰掛けた私たちに水の入ったコップを持ってきてくれる女将さん。片付けや仕事がいっぱいあるだろうに気遣ってくれるのが嬉しい。
「村長は、家に戻ってて、他の皆は家を新しく建てるって作業をしているよ」
「そうか、じゃあ少し休憩したら俺は村長に報告してくる。女将さん、俺たちは昼飯がまだなんだ。何か食べれるものはあるかい?」
「そうかい。簡単なスープとパンだけでも良いかい?」
「おねがいする」
「ありがとうございます。あっ、女将さん母さんも家に戻ってますか?」
厨房に戻ろうと振り返った女将さんを呼びとめて確認してみる。
「ユリアさんはまだ上に居るよ。先日来た商人が大怪我をしててね。最近は付きっ切りで治療しているさ。もう大分良くなったらしいけどねえ」
「そうですか」
「まあ、すぐ食事が出来るから食べてからにしな」
女将さんは、私が宿屋の2階に向かうことに気になったのか、食事をしてからとやんわりと止められた。せっかく作って貰えるのだから断る訳にもいかず、腰を落ち着ける。言われたとおり5分もしないうちに遅めの昼食が運ばれてきた。穀類の実を砕いたとろみの付いたスープと切った上に火で炙って焼いてあるパンだ。パンには蜂蜜がかかり甘みが付けてある反面、スープは塩味を効かせてあり簡素の中に飽きさがこない食事だ。
「それじゃあ、私は村長に話をしてくる。ユキアはゆっくり食べて休んでるといい」
私が半分も食べ終わらないうちに、オルソンさんは食べ終わり食器を返しに行く。今自分が村長さん会って話をする必要はほとんど無いだろう。帰ってくる時にオルソンさんにはギルド支店の事情はほとんど話していたからだ。
「わかりました」
ようやく飲み込みつつ返事をしながら宿屋を出て行くのを見送る。オルソンさんが出て行こうと扉を開いたとき誰かと鉢合わせしたようだった。
「おっ、おっちゃんお帰り!」
「よおダル元気か?」
「オルソンさんお帰りなさい」
「ダリアも元気そうだな」
宿屋の扉を開けて入ってくる。先頭で扉で鉢合わせしたのはダルだろう。おとなしく声が聞こえるのはダリアだとすぐにわかった。二人を連れてきたのはサオかなっと思ったが、食堂の入り口を入ってきた姿で誰かはすぐにわかった。
「あ!ユキア姉ちゃんお帰り」
「お姉ちゃんお帰りなさい」
「ユキアさんお帰りなさい」
「二人とも、サニーさんも、ただいまです」
ダリアとサニーさんは、私に挨拶をすると手に持ったバスケットを女将さんへ渡していた。ダルは、挨拶をしたまま、私の横の椅子に置いていた木籠に気づき身を乗り出すように覗き込んでいる。
「すげえ、カッケェ(カッコイイ)」
「ほらっ、ダル!バスケットを持ってきなっ」
女将さんの呼ぶ声もそのままにダルは視線を鷹へ向けていた。
「ダル。まずは、バスケットを渡してからゆっくり見なよ」
サニーさんの諭すような声でダルへと言うと、ダリアと共に私のテーブルに腰掛ける。ダルは返事と共に渋々、女将さんへバスケットを持って行きガシガシと強めに頭を撫でられていた。
「サニーさん、髪?切ったんですか」
「ああ、これ?ちょっとね、まとめてるだけ」
正面を向いていた理由もあるが、そう言われるまで、後ろで結んである紐に気づかなかった。前からみると、ショートにも見え、遠くからは服装も男性に見えなくも無い。サニーさんは手をうなじに持っていくと、まとめた髪を服の中から前に引き出す。ただ、それだけでサニー自身の女性としての魅力が増す。それに気付かされると、あまり年齢も変わらないのに羨ましいなあと思うのだった。




